氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

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第八章:氷の決別、あるいは偽りの祝福

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 王宮の回廊には、冬の気配を孕んだ風が吹き抜けていた。
 公務の報告を終えて執務室を出たエルフレイデの目に映ったのは、並んで歩くギルベルトとリヴィアの姿だった。リヴィアは親しげに王の腕へ触れ、楽しげに何事かを囁いている。

 かつてのエルフレイデなら、その光景に胸を締めつけられていたはずだ。
 だが今、彼女の瞳に宿っているのは――深い淵のような静寂だけだった。

「……あら。お取り込み中のところ、失礼いたしましたわ」

 エルフレイデの声に、二人の足が止まる。
 ギルベルトの瞳に一瞬だけ、痛ましい色が走る――しかし彼女はそれを見逃した。いいえ、見ようともしなかった。

「エルフレイデ、お前――」
「陛下、わざわざお声をお掛けいただく必要はございません。お二人の仲睦まじいご様子、まるで絵画のようでございますもの」

 エルフレイデは完璧でありながら、血の気のない微笑を浮かべ、深く膝を折った。

「幼馴染というのは、本当に素晴らしいものですわね。積み重ねた年月も、分かち合った秘密も……私のような“毒蛇の娘”には到底届かぬ聖域。
 ――どうぞ、いつまでも仲良く。お二人こそ、この国で最もお似合いのカップルでございますわ」

 その言葉は痛烈な皮肉となって空気を裂く。
 リヴィアの表情がわずかに引き攣り、ギルベルトの唇が戦慄く。

「……皮肉を言いに来たのか」

「滅相もございません。心からの祝福でございます。
 ――私という“置物”は、北塔の冷たい石畳の方が肌に合いますの。
 陛下も、退屈な妻の顔をご覧になるより、その愛らしいお顔を眺めていらっしゃる方が……よほど国益に適うでしょう?」

 エルフレイデは一度もギルベルトと視線を合わせることなく、優雅に身を翻した。

 その日を境に、二人の距離は決定的なものとなる。

 エルフレイデは王妃としての最低限の公務を除き、いっさいギルベルトの前に姿を見せなくなった。
 朝食の席にも、夜の茶会にも。
 彼女は自らの意志で、北塔という“檻”へ身を閉ざしたのだ。

 ギルベルトが幾度か北塔を訪れたが、その扉は固く閉ざされたままだった。

「王妃様はこう仰せです――
 『陛下には、アステラの王女様という癒やしがございます。私のような不興を買う女が、時間を奪うべきではない』と」

 無機質に告げるカレンの報告を聞くたび、ギルベルトの心は少しずつ削られていく。

 王は――彼女の命を守るために距離を置いたはずだった。
 だが、そのあいだに生まれた溝は、やがて言葉では埋められぬほど深く、暗い“奈落”へと変わっていた。

「……これでいい。これで、彼女は安全だ」

 暗い寝室でひとり、ギルベルトは自分にそう言い聞かせる。

 だがその言葉とは裏腹に、北塔でペンを走らせるエルフレイデの胸では――
 あの日、意地のように燃えていた炎さえ、静かに虚無へと変わり始めていた。
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