悪役令嬢はあなたのために

くきの助

文字の大きさ
35 / 54

アランと手紙

しおりを挟む
茫然とただ座っているだけの俺の前にバサっと何かを置く音がして、反射的に顔を向ける。
次期侯爵がこちらを見ていた。

「リーネに送られた手紙です。アラン様、君からのね。覚えはあるかい?」

前のテーブルに置かれたのは手紙の束。

俺の頭に浮かぶのは疑問符だけだ。

俺はリーネに手紙を送ったことはないのはもちろん、ハーフナー伯爵令嬢にも手紙を送った事は数えるほどだ。
婚約が決まった時と、誕生日の時。

しかし次期侯爵の思わせぶりな問いかけに、反応したのはセレーナだった。

「キャリー!あなた!!」

「おやおや、なんだい?」

大袈裟に返事をしたのは次期侯爵。

セレーナはぐ……と口を閉じる。
そんなセレーナを次期侯爵はじっと見つめたままだ。

「まさか」

黙ってやり取りを見ていた父上が何かに気付いたように呟いた。

「どうやら、そのまさかのようですよ。」
「違います!!」

思わずといったようにセレーナが立ち上がった。

その姿に次期侯爵は唸る様に笑うと「何が違うんだい?」と問うた。

「それは……手紙が……ええ、私は……!いつも馬車の中でキャリーと一緒にお兄様からの手紙を読んでいました。だから知っているのです。お兄様がこの手紙は捨てて欲しいと頼んでいる事を。なのに持ってきているから、つい声を上げてしまいました。ねえ?お兄様!」

最初こそしどろもどろだったセレーナだが途中からはペラペラと話し出し、最後はこちらを見た。
しかし何の話かわからない。

父上も俺にチラリと目をやっただけで、すぐセリーナに向き直る。

「誰にやらせた?」

「だ……何を……お父様っ……」

引き攣った顔で絞り出した声は詰まりがちだ。

「言え。」

切り捨てるような言い方の父上に、何故かセレーナは眉を釣り上げた。

「ウォルターよ!でも無理矢理やらせた訳ではないわ!少し巫山戯て言っただけなのにあの男、本当に尻尾ふってやったのよ!私は悪くないわ!」

「次期侯爵、少し失礼してよろしいか。」

「ええどうぞ。」

次期侯爵が訳知り顔で頷くと、父上は軽く頷き手を上げた。
後ろに控えていた父上の侍従がそばに来る。

「ウォルターを今すぐ拘束して地下牢に入れておけ。」
「なっ!」

無視され拍子抜けのように佇んでいたセレーナが、絶句した。

すると場違いのようなクスクス笑いをもらしたのは次期侯爵だ。

「驚いたのかい?でもモリス侯爵の処置は当然だよ。貴族の手紙を偽造するなんて大罪だ。侯爵家の封筒や封蝋印まで使っていたなんてかなり悪質じゃないか。セレーナ嬢はどう考えていたのかは知らないけれども、もう子供のお巫山戯じゃあ済まないよ。」

セレーナは一瞬にして顔色を無くした。

俺はその一連の流れをまるで観劇でもするかのように見ていた。
そしてここまで言われれば誰でもわかるだろう。

俺の手紙が偽造されていたんだ。

すべてはセレーナの手によって。

「セレーナ座れ。」

立ち尽くしているセレーナに父上が命ずる。

「でも……!ねえ?キャリー!あなたも楽しんでいたわよね?!私達とメイクの時間も、楽しいと言っていたじゃない!そうでしょう?!」

机さえなければリーネに詰め寄っていただろう。
そのくらいの勢いでセレーナはリーネに迫ろうとしていた。

トウプチ先生の柳眉が逆立つ。

マズい。

隣の父上が立ち上がろうとした。
その時だった。

ずっと黙っていたリーネが立ち上がった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

婚約者を借りパクされました

朝山みどり
恋愛
「今晩の夜会はマイケルにクリスティーンのエスコートを頼んだから、レイは一人で行ってね」とお母様がわたしに言った。 わたしは、レイチャル・ブラウン。ブラウン伯爵の次女。わたしの家族は父のウィリアム。母のマーガレット。 兄、ギルバード。姉、クリスティーン。弟、バージルの六人家族。 わたしは家族のなかで一番影が薄い。我慢するのはわたし。わたしが我慢すればうまくいく。だけど家族はわたしが我慢していることも気付かない。そんな存在だ。 家族も婚約者も大事にするのはクリスティーン。わたしの一つ上の姉だ。 そのうえ、わたしは、さえない留学生のお世話を押し付けられてしまった。

裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。

たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。 次の人生では幸せになりたい。 前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!! 自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。 そして元彼のことも。 現代と夢の中の前世の話が進行していきます。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

処理中です...