36 / 70
36.突然の告白
しおりを挟む
静まり返った閉店後の『ひだまり亭』。ミランダが「あとは二人でゆっくり話しな」と気を利かせて店から早々に出ていくと、私とシオンだけが残された。先ほどの騒動とヴォルフが残していった複雑な余韻が店の隅々に漂っているよう。
「今日は本当にありがとうございました。伯爵がいてくださったおかげで、冷静な対応ができました」
「俺がしたことなど些細なこと。君は一人で堂々と王子に立ち向かっていた。いや、一人ではなかったな。君の後ろには君を信じる市民がいた」
彼の言葉に光景が蘇る。見知った顔、見知らぬ顔の全てが私を守ろうと声を上げてくれた。胸の奥がじんわりと温かくなる。この街に来て得たかけがえのない宝物。
「ええ。彼らは私の誇りです」
「君も彼らの誇りなのだろう」
シオンは穏やかな声でそう言うと、
「今日、改めて確信した。君という人間がどれほど強靭で、そして慈愛に満ちているかを。権威を振りかざす相手に怯むことなく、民のために自分の言葉で語る姿は誰よりも眩しく見えた。市長として、一人の人間として俺は君を心から尊敬する」
私が隣国の伯爵に「尊敬している」と言われている。その事実がくすぐったくも光栄なこと。
「もったいないお言葉です。私はただ、この街の人たちと一緒に歩んでいきたいだけですから」
私が照れ隠しにそう言うと、彼はふっと微かに笑みを浮かべた。そして、テーブルの上に置かれていた私の手に、そっと自身の手を重ねる。彼の少し冷たい指先が触れた瞬間、心臓がドキリと跳ねた。
「尊敬だけでなく、いつしか俺の中で別の感情も生まれていた。市長ルティア・ヴェルフェンだけではない。困難に立ち向かい、温かく笑い、時に悩みながらも前を向く……君という人間そのものに俺は強く惹かれている」
彼の伝えようとしていることになんとなく気づきつつも、まさかという思いで見つめ返した。いつも冷静で、感情を表に出さない彼の瞳が今は熱を帯びて揺れている。
「ルティア。君のことを愛している」
彼の唇から紡がれた言葉が、意味を結ぶのに長い長い時間が必要だった。愛している? この私が? シオンに? 思考が追いつかず、全身の血液が顔に集中していくのがわかった。耳まで熱い。きっと、自分でも見たことのないほど真っ赤になっているに違いない。
いつもならどんな窮地でも言葉を返せるはずの口が今は動いてくれない。どうしていいか分からずに戸惑う一人の女性でしかなかった。
シオンはそんな私を急かすことなくただ静かに、優しい眼差しで答えを待っている。閉店後のひだまり亭に満ちる静寂の中、私の心臓の音だけがやけに大きく響き渡っていた。
「今日は本当にありがとうございました。伯爵がいてくださったおかげで、冷静な対応ができました」
「俺がしたことなど些細なこと。君は一人で堂々と王子に立ち向かっていた。いや、一人ではなかったな。君の後ろには君を信じる市民がいた」
彼の言葉に光景が蘇る。見知った顔、見知らぬ顔の全てが私を守ろうと声を上げてくれた。胸の奥がじんわりと温かくなる。この街に来て得たかけがえのない宝物。
「ええ。彼らは私の誇りです」
「君も彼らの誇りなのだろう」
シオンは穏やかな声でそう言うと、
「今日、改めて確信した。君という人間がどれほど強靭で、そして慈愛に満ちているかを。権威を振りかざす相手に怯むことなく、民のために自分の言葉で語る姿は誰よりも眩しく見えた。市長として、一人の人間として俺は君を心から尊敬する」
私が隣国の伯爵に「尊敬している」と言われている。その事実がくすぐったくも光栄なこと。
「もったいないお言葉です。私はただ、この街の人たちと一緒に歩んでいきたいだけですから」
私が照れ隠しにそう言うと、彼はふっと微かに笑みを浮かべた。そして、テーブルの上に置かれていた私の手に、そっと自身の手を重ねる。彼の少し冷たい指先が触れた瞬間、心臓がドキリと跳ねた。
「尊敬だけでなく、いつしか俺の中で別の感情も生まれていた。市長ルティア・ヴェルフェンだけではない。困難に立ち向かい、温かく笑い、時に悩みながらも前を向く……君という人間そのものに俺は強く惹かれている」
彼の伝えようとしていることになんとなく気づきつつも、まさかという思いで見つめ返した。いつも冷静で、感情を表に出さない彼の瞳が今は熱を帯びて揺れている。
「ルティア。君のことを愛している」
彼の唇から紡がれた言葉が、意味を結ぶのに長い長い時間が必要だった。愛している? この私が? シオンに? 思考が追いつかず、全身の血液が顔に集中していくのがわかった。耳まで熱い。きっと、自分でも見たことのないほど真っ赤になっているに違いない。
いつもならどんな窮地でも言葉を返せるはずの口が今は動いてくれない。どうしていいか分からずに戸惑う一人の女性でしかなかった。
シオンはそんな私を急かすことなくただ静かに、優しい眼差しで答えを待っている。閉店後のひだまり亭に満ちる静寂の中、私の心臓の音だけがやけに大きく響き渡っていた。
14
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした
鍛高譚
恋愛
婚約破棄――
それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。
理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、
失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。
――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。
領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった
“生きるために本当に必要なもの”に向き合い、
誠実に、地道に改革を進めていく。
やがてその努力は住民たちの信頼を集め、
彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。
そんな彼女の隣に立ったのは、
権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。
過去に囚われる者は没落し、
前を向いた者だけが未来を掴む――。
婚約破棄から始まる逆転の物語は、
やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、
誰もが望む結末へと辿り着く。
これは、捨てられた令嬢が
自らの手で人生と未来を取り戻す物語。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる