【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

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45.危険な賭け※ヴォルフside

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アトランシアで己の愚かさと都の惨状を突きつけられてから、あっという間に一年という月日が流れた。俺がルティアに誓った「正式な助力の要請」は、父上の頑ななプライドの前に果たされることはなかった。母上も父上に追従している。謹慎が解けてからも俺にできることは何一つない。日に日に悪化する報告書を眺め、打つ手なく滅びゆく王都をただ黙って見ているだけの日々。エリーゼですら愛想を尽かしたように俺の元を去っていった。

そんな無力感に蝕まれたある日の午後、転機は訪れる。執務室の扉が控えめに叩かれた。信頼の置ける老侍従が、人目を忍んで一人の男を部屋へと招き入れた。

「殿下。本来であればこのような密議は許されませぬ。わたくしの独断でございます。この越権行為、いかようにもお罰しください」

彼は声を潜め、俺にだけ聞こえるように続ける。

「……この都の行く末を案じればこそ陛下ではなく、まず殿下にお会いいただくべきだと判断いたしました。この者がアトランシアより参った使者でございます」

旅装束の男は顔を伏せたまま片膝をつくと、アトランシアの紋章が刻まれた封蝋の親書を差し出した。

「……ルティアから?」

俺の心臓が激しく動き出す。震える手で封を切り、紙を広げる。そこに綴られていたのは、

『……深刻な経済悪化に苦しむ王都に対し、人道的見地から支援を申し出る用意がある』

一読しただけではその真意を測りかねた。読み進めると、

『支援の協議を行うため、アトランシア市長ルティア・ヴェルフェンを代表とする使節団を、貴国の正式な賓客として王都に招聘されたし。これこそが我々が支援を行う唯一の条件である』

これは……! 賓客として迎え入れるということは、彼女の追放という処分を王家自らが事実上撤回し、その身の安全を保障することを意味する。彼女は対等な立場で交渉のテーブルにつこうとしている。俺が果たせなかった約束を、彼女の方から果たせる機会を与えてくれたというのか……。

父上にこの親書を見せればどうなるか。答えは分かりきっている。激昂し、この申し出を一蹴するどころか、アトランシアを敵性都市と見なし、無謀な軍事行動にすら出かねない。……そうなればここは本当に終わる。

もはや、躊躇している時間はない。

俺は使者に「しばし待て」とだけ告げ、机に向かうと新しい紙とペンを取った。

『アトランシア市長ルティア・ヴェルフェンの申し出を、王国皇太子ヴォルフの名において受諾する。使節団を賓客として正式に王都へ招聘する』

国王陛下ではなく俺個人の名で返書をしたためた。これは勅命ではない。王太子としての署名と印章には相応の権威がある。父を欺く。これがどれほど危険な賭けか分かっていた。露見すれば、王太子の座を追われるだけでは済まないだろう。反逆者として断罪されるやもしれない。

――――だが、恐怖はなかった。失墜した権威にしがみつき、沈みゆく船と運命を共にするくらいなら、この一手に全てを賭ける。

封蝋を垂らし、王家の印章を力強く押し付けた。完成した書簡を待っていた使者に手渡した。

「これをルティア市長に。……頼んだぞ」

使者は頭を下げると、音もなく部屋から去っていった。父上には報告しない。この独断が吉と出るか凶と出るか。一つ言えることは、ようやく俺はただ滅びを待つだけの傍観者ではなくなったということ――――。
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