【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

文字の大きさ
64 / 70

64.繋がりが産む防衛力

しおりを挟む
ザハークは足を組み直し、新たな条件を口にした。

「では二つ目の慈悲だ。アトランシアの自治権を放棄し、我が帝国の直轄領となれ。さすればこの街を特別行政区とし、お前にはその初代管理官の座を与えてやろう。悪くない取引だろう? この条件を呑めば、市民の命だけは保証してやる」
「陛下。私はこの街の市長です。そのような役職になるつもりは毛頭ございません。そして市民の命は私が守るものです。陛下の慈悲などという不確かなものに委ねるつもりはありませんので」
「……どこまでも愚かな女だ」

ザハークの声の温度が数度下がった。彼の金色の瞳がもはや感情を隠そうともせずに、剥き出しの怒りをたたえている。彼はゆっくりと立ち上がると、窓辺へと歩み寄り、空を覆う自らの艦隊を見上げた。

「ならば最後通告だ。貴様らが主導する経済協定を即時破棄し、我が『大陸経済連合』へ無条件で加入せよ。すべての関税自主権を帝国に委譲し、技術特許を全てよこせ。……従わねば、この街を地図から消す」

彼の言葉と同時に、窓の外の飛空艇団が一斉に船首を街へと向けた。船体の側面ハッチが開き、内部から鈍色に輝く巨大な魔導砲の砲門がずらりと姿を現す。空気が震えるほどの魔力充填音がガラス窓をビリビリと震わせた。一斉射撃を受ければ、アトランシアが瞬く間に焼け野原と化すことは誰の目にも明らか。

脅しではなく本気。この若き皇帝は己の意に沿わぬものを躊躇なく破壊するだろう。しかし、私は動じない。むしろ、彼の焦りが手に取るように分かった。

「陛下は我が街の防衛力を過小評価されていらっしゃる」

私は静かに言い放った。ザハークが嘲るように肩をすくめる。

「防衛力だと? その取ってつけたような城壁のことか? 我が艦隊の前では紙屑同然だ」
「いいえ。私たちの本当の壁は、そんな目に見えるものではございませんの」

私は立ち上がると、机の上に置かれた呼び鈴を指で軽く弾いた。チリンと澄んだ音が室内に響き渡る。それが合図だった。

次の瞬間、アトランシアの街全体が脈動した。
市庁舎の屋上から、工場の煙突から、技術専門学校から、さらには民家の屋根という屋根から、無数の光の糸が放たれ、空へと向かって一斉に伸びていく。それらはまるで巨大な織機が布を織り上げるかのように、上空で複雑に交差し、絡み合い、瞬く間に街全体を覆う巨大な魔力のドームを形成した。投網の構造を応用し、魔力の流れを編み込んで作り上げた対空防御結界『アルゴスの網』。街の漁師さんからのアイデアから生まれたものだった。

「な……!?」

ザハークの顔から初めて余裕が消えた。私は毅然としてザハークに向き直った。

「『アトラ・ワークスⅡ』の開発では市民から多くのアイデアを募りました。その中には製品化には至らなかったものの、防衛に応用できそうな奇抜な着想がいくつも眠っていたのです。私たちは差し迫った脅威を前に、それらのアイデアを選りすぐり、急ピッチで組み上げてこの防衛システムを完成させました」

ドーム状の結界には、さらに街のあちこちから色とりどりの光が供給され、その強度を増していく。パン屋の窯の余熱、洗濯屋の蒸気機関、子供たちが遊ぶ広場の噴水。街のあらゆる生活エネルギーが魔力に変換され、防衛システムへと注ぎ込まれているのだ。

「この街の防衛力とは兵器の数ではございません。ここに住む人々一人一人の知恵と、街を守りたいと願う心の結束そのもの。帝国が金と物量で築き上げた軍事力で、私たちの繋がりを断ち切れるとお思いですか?」

その言葉が絶対的な自信を持っていた皇帝の心を突き刺す。彼は信じがたいものを見るように魔力ドームに覆われた街と、その外で当惑するように停船している自らの艦隊を交互に見やった。

「市民の知恵と結束……そんなものでいともたやすく無力化して見せただと!?」

窓に映るザハークの歪んだ表情を見据え、

「陛下、お分かりいただけましたでしょうか。この街を地図から消すことなんて誰にも出来ません。なぜなら、アトランシアは単なる土地や建物の集合体ではないからです。それは、ここに生きる人々の意志そのものですから。さあ、改めてお伺いします。……それでもまだ、私たちに『跪け』と仰いますか?」

沈黙する皇帝を前に、ただ静かに答えを待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚
恋愛
婚約破棄―― それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。 理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、 失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。 ――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。 領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった “生きるために本当に必要なもの”に向き合い、 誠実に、地道に改革を進めていく。 やがてその努力は住民たちの信頼を集め、 彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。 そんな彼女の隣に立ったのは、 権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。 過去に囚われる者は没落し、 前を向いた者だけが未来を掴む――。 婚約破棄から始まる逆転の物語は、 やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、 誰もが望む結末へと辿り着く。 これは、捨てられた令嬢が 自らの手で人生と未来を取り戻す物語。

婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」 王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。 だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか—— 「では、実家に帰らせていただきますね」 そう言い残し、静かにその場を後にした。 向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。 かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。 魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都—— そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、 アメリアは静かに告げる。 「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」 聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、 世界の運命すら引き寄せられていく—— ざまぁもふもふ癒し満載! 婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...