【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

文字の大きさ
65 / 70

65.大陸の新秩序

しおりを挟む
ザハークはアトランシアを覆う魔力のドームを凝視していた。この結界を強引に破ることはおそらく可能。だが、それには艦隊の相当数の犠牲と膨大な時間を要するだろう。その間に、アトランシアが築き上げた連合諸国が帝国へどう動くか。そして何より――ルティア・ヴェルフェンを市長の座から引きずり下ろしたところで、この街に宿る市民たちの「意志」までは殺せない。力で屈服させても、彼らの「知恵」と「結束」は決して帝国のものにはならない――――。

思案の末、彼は張り詰めた顔をふっと緩め、愉快でたまらないといった風に喉の奥で笑った。

「ククッ……ハハハ! 実に面白い! この俺をここまで追い詰めた女は貴様が初めてだ、ルティア・ヴェルフェン!」

彼の態度の急変に室内にいた誰もが息を呑む。ザハークは私に向き直ると、その金色の瞳に野心的な光を宿して言い放った。

「気に入った。その気概と街のあり方。力で支配するだけが覇道ではないとこの俺に知らしめた。……ならば、その新しいルールに乗ってやろうではないか」
「と、仰いますと?」
「貴様らが築き上げた新たな経済協定。……その仲間に入れてもらうとしよう。このガレリア帝国も正式な加盟国としてな」

予想だにしなかった唐突の加入宣言。シオンですら驚きの表情をし、オドネルに至っては口をあんぐりと開けて固まっている。帝国の皇帝が自ら潰そうとした敵の陣営に、自ら軍門に下るかのような申し出をしてきた。それでも、私は彼の真意を見抜いていた。負けを認めたのではない。土俵を変え、内側から支配する算段。

ただ、その提案はこちらにとっても千載一遇のチャンス。

「それは大変光栄な申し出ですわ、陛下。私たちの連合は理念を共有できる相手であればいつでも歓迎いたします。ですが、新たにご加盟いただくにあたり、いくつかご確認させていただきたい『前提条件』がございます」
「ほう、条件だと? 言ってみろ」

ザハークは不遜な態度を崩さない。私は用意していたカードを一枚ずつ切っていく。

「まず第一に連合へ加盟する全ての国家の主権を尊重し、相互不可侵を条約として明文化していただきます。今後一切の軍事的、政治的、経済的圧力を放棄すると宣言してください」
「……続けろ」

ザハークの眉が再び険しく吊り上がる。私は構わず続ける。

「第二に今回の経済封鎖および軍事恫喝に対する正式な謝罪。そして、それによって被害を被った全ての商会や国家に対する正当な賠償金の支払いをお願いします」
「……まだあるか」

彼の声が一段と低くなる。私は止まらない。

「ええ。第三に連合内における議決権は、国家の大小に関わらず『一国一票』を原則とします。帝国の国力をもって連合の決定を覆す、いわゆる拒否権は認められません。我々は対等なパートナーなのですから」

そして、私は最後の一撃を放った。

「そして最後に……帝国がこれまで独占してきた特定の希少鉱物の交易ルートと、一部の高度な魔導精錬技術を連合加盟国に『共有』していただきます。これは陛下が我々の協定に加わる誠意の証であり、新たな時代の信頼の礎となるものです」

次々と突きつけられる条件は事実上の降伏勧告に等しかった。帝国の特権を一つずつ剥ぎ取り、その牙を抜くための条項。ザハークの額に青筋が浮かび、ギリと歯を食いしばる音が聞こえる。ここで拒絶して艦隊を帰せば、帝国の威信は地に堕ちる。手ぶらで帰った皇帝を帝国内の貴族たちがどう見るか。一方で、この条件を呑めば長きにわたる帝国の覇権が終わりを告げることになる。

彼の背後には空を覆う無敵艦隊がいる。その気になればこの部屋の人間をひっ捕らえ、街の攻撃へ踏み切れる。――が、彼はそれを選択しなかった。天を仰いで大きく息を吐いた後、

「……よかろう。そのふざけた条件、全て呑んでやる」

ザハークはバサリとマントを翻すと、踵を返して大股で歩き出した。

「行くぞ」

短く命じ、足音荒く退室する皇帝とその近衛たち。扉がバタンと閉ざされ、重たい威圧感が室内から消え失せる。直後、窓の外で空気が震えるほどの重低音が響き渡った。空を埋め尽くしていた無数の飛空艇が、エンジンの唸りを上げて一斉に進路を変え始めた。アトランシアの街に落ちていた巨大な影が潮が引くようにゆっくりと東の空へ退いていく。やがて雲の切れ間から本来の日差しが降り注ぎ、結界の粒子をキラキラと輝かせた。

その光景を見届けてなお、数秒の間、誰も言葉を発せなかった。あまりに劇的な幕切れに現実感が追いつかない。遠ざかる駆動音が確かな安全を告げると、極限まで張り詰めていた糸がプツリと切れた。

「……か、帰った……?」

誰かの震える声が静寂を破る。それを合図に市長室は爆発したような歓喜の渦に包まれた。

「やりましたな、お嬢様!」
「信じらない……あの帝国を武力も使わずに完全に屈服させるとは……!」

抱き合って涙を流す者、脱力してその場にへたり込む者、書類を放り投げて叫ぶ者……。死の淵から生還した安堵と、歴史的な勝利の高揚感が混然となって室内を満たしていた。オドネルや職員たちが手を取り合って喜ぶ中、シオンが私の隣で静かに呟いた。

「皇帝相手に一歩も退かないとは……。たった今、世界の歴史を大きく動かしたんだ。心から敬意を表させてもらう」

私は窓の外に目を向けた。市民の想いが織りなした『アルゴスの網』は光を収め、アトランシアの空にはいつもの青空が戻っている。

私はすぐに気を引き締めた。これは終わりではない。帝国という巨大な獅子と対等なパートナーとして渡り合っていく新たな時代の始まり。その道のりは決して平坦ではないはずだから。私は青空に溶けていく帝国艦隊の最後尾を見つめながら、凛と背筋を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚
恋愛
婚約破棄―― それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。 理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、 失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。 ――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。 領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった “生きるために本当に必要なもの”に向き合い、 誠実に、地道に改革を進めていく。 やがてその努力は住民たちの信頼を集め、 彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。 そんな彼女の隣に立ったのは、 権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。 過去に囚われる者は没落し、 前を向いた者だけが未来を掴む――。 婚約破棄から始まる逆転の物語は、 やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、 誰もが望む結末へと辿り着く。 これは、捨てられた令嬢が 自らの手で人生と未来を取り戻す物語。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」 王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。 だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか—— 「では、実家に帰らせていただきますね」 そう言い残し、静かにその場を後にした。 向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。 かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。 魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都—— そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、 アメリアは静かに告げる。 「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」 聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、 世界の運命すら引き寄せられていく—— ざまぁもふもふ癒し満載! 婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。 しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。 理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。 さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。 絶望の淵に突き落とされたアプリリア。 破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、 彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。 王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、 そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。 そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。 魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。 一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、 ルキノの無能さが明るみに出る。 エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、 王国は混乱の渦に巻き込まれる。 アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。 やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、 エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。 偽りの妹は孤独な追放生活へ、 元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、 取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。 そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。 辺境の領地は王国一の繁栄地となり、 二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ
恋愛
王太子フィリオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された令嬢・セラフィナ。 代わりに選ばれたのは、 庇護されるだけの“愛される女性”ノエリアだった。 失意の中で王国を去ったセラフィナが向かった先は、 冷徹と噂される公爵カルヴァスが治めるシュタインベルク公国。 そこで提示されたのは―― 愛も期待もしない「白い結婚」。 感情に振り回されず、 責任だけを共有する関係。 それは、誰かに選ばれる人生を終わらせ、 自分で立つための最適解だった。 一方、セラフィナを失った王国は次第に歪み始める。 彼女が支えていた外交、調整、均衡―― すべてが静かに崩れていく中、 元婚約者たちは“失ってから”その価値に気づいていく。 けれど、もう遅い。 セラフィナは、 騒がず、怒らず、振り返らない。 白い結婚の先で手に入れたのは、 溺愛でも復讐でもない、 何も起きない穏やかな日常。 これは、 婚約破棄から始まるざまぁの物語であり、 同時に―― 選ばれる人生をやめ、選び続ける人生を手に入れた女性の物語。 静かで、強くて、揺るがない幸福を、あなたへ。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

処理中です...