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64.繋がりが産む防衛力
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ザハークは足を組み直し、新たな条件を口にした。
「では二つ目の慈悲だ。アトランシアの自治権を放棄し、我が帝国の直轄領となれ。さすればこの街を特別行政区とし、お前にはその初代管理官の座を与えてやろう。悪くない取引だろう? この条件を呑めば、市民の命だけは保証してやる」
「陛下。私はこの街の市長です。そのような役職になるつもりは毛頭ございません。そして市民の命は私が守るものです。陛下の慈悲などという不確かなものに委ねるつもりはありませんので」
「……どこまでも愚かな女だ」
ザハークの声の温度が数度下がった。彼の金色の瞳がもはや感情を隠そうともせずに、剥き出しの怒りをたたえている。彼はゆっくりと立ち上がると、窓辺へと歩み寄り、空を覆う自らの艦隊を見上げた。
「ならば最後通告だ。貴様らが主導する経済協定を即時破棄し、我が『大陸経済連合』へ無条件で加入せよ。すべての関税自主権を帝国に委譲し、技術特許を全てよこせ。……従わねば、この街を地図から消す」
彼の言葉と同時に、窓の外の飛空艇団が一斉に船首を街へと向けた。船体の側面ハッチが開き、内部から鈍色に輝く巨大な魔導砲の砲門がずらりと姿を現す。空気が震えるほどの魔力充填音がガラス窓をビリビリと震わせた。一斉射撃を受ければ、アトランシアが瞬く間に焼け野原と化すことは誰の目にも明らか。
脅しではなく本気。この若き皇帝は己の意に沿わぬものを躊躇なく破壊するだろう。しかし、私は動じない。むしろ、彼の焦りが手に取るように分かった。
「陛下は我が街の防衛力を過小評価されていらっしゃる」
私は静かに言い放った。ザハークが嘲るように肩をすくめる。
「防衛力だと? その取ってつけたような城壁のことか? 我が艦隊の前では紙屑同然だ」
「いいえ。私たちの本当の壁は、そんな目に見えるものではございませんの」
私は立ち上がると、机の上に置かれた呼び鈴を指で軽く弾いた。チリンと澄んだ音が室内に響き渡る。それが合図だった。
次の瞬間、アトランシアの街全体が脈動した。
市庁舎の屋上から、工場の煙突から、技術専門学校から、さらには民家の屋根という屋根から、無数の光の糸が放たれ、空へと向かって一斉に伸びていく。それらはまるで巨大な織機が布を織り上げるかのように、上空で複雑に交差し、絡み合い、瞬く間に街全体を覆う巨大な魔力のドームを形成した。投網の構造を応用し、魔力の流れを編み込んで作り上げた対空防御結界『アルゴスの網』。街の漁師さんからのアイデアから生まれたものだった。
「な……!?」
ザハークの顔から初めて余裕が消えた。私は毅然としてザハークに向き直った。
「『アトラ・ワークスⅡ』の開発では市民から多くのアイデアを募りました。その中には製品化には至らなかったものの、防衛に応用できそうな奇抜な着想がいくつも眠っていたのです。私たちは差し迫った脅威を前に、それらのアイデアを選りすぐり、急ピッチで組み上げてこの防衛システムを完成させました」
ドーム状の結界には、さらに街のあちこちから色とりどりの光が供給され、その強度を増していく。パン屋の窯の余熱、洗濯屋の蒸気機関、子供たちが遊ぶ広場の噴水。街のあらゆる生活エネルギーが魔力に変換され、防衛システムへと注ぎ込まれているのだ。
「この街の防衛力とは兵器の数ではございません。ここに住む人々一人一人の知恵と、街を守りたいと願う心の結束そのもの。帝国が金と物量で築き上げた軍事力で、私たちの繋がりを断ち切れるとお思いですか?」
その言葉が絶対的な自信を持っていた皇帝の心を突き刺す。彼は信じがたいものを見るように魔力ドームに覆われた街と、その外で当惑するように停船している自らの艦隊を交互に見やった。
「市民の知恵と結束……そんなものでいともたやすく無力化して見せただと!?」
窓に映るザハークの歪んだ表情を見据え、
「陛下、お分かりいただけましたでしょうか。この街を地図から消すことなんて誰にも出来ません。なぜなら、アトランシアは単なる土地や建物の集合体ではないからです。それは、ここに生きる人々の意志そのものですから。さあ、改めてお伺いします。……それでもまだ、私たちに『跪け』と仰いますか?」
沈黙する皇帝を前に、ただ静かに答えを待った。
「では二つ目の慈悲だ。アトランシアの自治権を放棄し、我が帝国の直轄領となれ。さすればこの街を特別行政区とし、お前にはその初代管理官の座を与えてやろう。悪くない取引だろう? この条件を呑めば、市民の命だけは保証してやる」
「陛下。私はこの街の市長です。そのような役職になるつもりは毛頭ございません。そして市民の命は私が守るものです。陛下の慈悲などという不確かなものに委ねるつもりはありませんので」
「……どこまでも愚かな女だ」
ザハークの声の温度が数度下がった。彼の金色の瞳がもはや感情を隠そうともせずに、剥き出しの怒りをたたえている。彼はゆっくりと立ち上がると、窓辺へと歩み寄り、空を覆う自らの艦隊を見上げた。
「ならば最後通告だ。貴様らが主導する経済協定を即時破棄し、我が『大陸経済連合』へ無条件で加入せよ。すべての関税自主権を帝国に委譲し、技術特許を全てよこせ。……従わねば、この街を地図から消す」
彼の言葉と同時に、窓の外の飛空艇団が一斉に船首を街へと向けた。船体の側面ハッチが開き、内部から鈍色に輝く巨大な魔導砲の砲門がずらりと姿を現す。空気が震えるほどの魔力充填音がガラス窓をビリビリと震わせた。一斉射撃を受ければ、アトランシアが瞬く間に焼け野原と化すことは誰の目にも明らか。
脅しではなく本気。この若き皇帝は己の意に沿わぬものを躊躇なく破壊するだろう。しかし、私は動じない。むしろ、彼の焦りが手に取るように分かった。
「陛下は我が街の防衛力を過小評価されていらっしゃる」
私は静かに言い放った。ザハークが嘲るように肩をすくめる。
「防衛力だと? その取ってつけたような城壁のことか? 我が艦隊の前では紙屑同然だ」
「いいえ。私たちの本当の壁は、そんな目に見えるものではございませんの」
私は立ち上がると、机の上に置かれた呼び鈴を指で軽く弾いた。チリンと澄んだ音が室内に響き渡る。それが合図だった。
次の瞬間、アトランシアの街全体が脈動した。
市庁舎の屋上から、工場の煙突から、技術専門学校から、さらには民家の屋根という屋根から、無数の光の糸が放たれ、空へと向かって一斉に伸びていく。それらはまるで巨大な織機が布を織り上げるかのように、上空で複雑に交差し、絡み合い、瞬く間に街全体を覆う巨大な魔力のドームを形成した。投網の構造を応用し、魔力の流れを編み込んで作り上げた対空防御結界『アルゴスの網』。街の漁師さんからのアイデアから生まれたものだった。
「な……!?」
ザハークの顔から初めて余裕が消えた。私は毅然としてザハークに向き直った。
「『アトラ・ワークスⅡ』の開発では市民から多くのアイデアを募りました。その中には製品化には至らなかったものの、防衛に応用できそうな奇抜な着想がいくつも眠っていたのです。私たちは差し迫った脅威を前に、それらのアイデアを選りすぐり、急ピッチで組み上げてこの防衛システムを完成させました」
ドーム状の結界には、さらに街のあちこちから色とりどりの光が供給され、その強度を増していく。パン屋の窯の余熱、洗濯屋の蒸気機関、子供たちが遊ぶ広場の噴水。街のあらゆる生活エネルギーが魔力に変換され、防衛システムへと注ぎ込まれているのだ。
「この街の防衛力とは兵器の数ではございません。ここに住む人々一人一人の知恵と、街を守りたいと願う心の結束そのもの。帝国が金と物量で築き上げた軍事力で、私たちの繋がりを断ち切れるとお思いですか?」
その言葉が絶対的な自信を持っていた皇帝の心を突き刺す。彼は信じがたいものを見るように魔力ドームに覆われた街と、その外で当惑するように停船している自らの艦隊を交互に見やった。
「市民の知恵と結束……そんなものでいともたやすく無力化して見せただと!?」
窓に映るザハークの歪んだ表情を見据え、
「陛下、お分かりいただけましたでしょうか。この街を地図から消すことなんて誰にも出来ません。なぜなら、アトランシアは単なる土地や建物の集合体ではないからです。それは、ここに生きる人々の意志そのものですから。さあ、改めてお伺いします。……それでもまだ、私たちに『跪け』と仰いますか?」
沈黙する皇帝を前に、ただ静かに答えを待った。
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