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記憶の中で
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マシューが屋敷へ戻ると、珍しく父のセドリックが滞在していた。
「父上、お久しぶりです」
「マシューか、大変だったようだな」
「はい、ご心配おかけしましたが現在は回復しております」
「そのようだな、ブレンダから聞いておる」
「父上も色々と問題がありご多忙そうで」
「お前は通じておるのか、最近隣国との様子がおかしいことを」
「噂程度にですが」
「どう考えている?」
「もしかしたら近々――隣国との戦いが起こる可能性があるかと」
「うむ、息子が国政に聡いと話が早い。その対応のためにほぼ内政宮に籠っておる。ここへも所用を済ませるのみで、またすぐに戻る」
「父上……差し出がましいですが、父上も顔色が優れていらっしゃいません。少しお休みになられた方が」
「だが今は我が国の将来にとって重要な時期だ。ダリス内での不審な動きが目立ってきておる」
父上と会話している間、マシューの左腕の傷痕がどんどん熱を持ち、痛みが強くなっていた。
「これからもっと忙殺されるでしょうが、父上、どうかお身体をお労りください」
「うむ、無理はしないと約束する。マシュー、お前もこれから大変になると思うが、よろしく頼むぞ」
「はい、父上」
父上は内政宮へ戻るため、使用人に馬車の用意を命じ出ていった。
自室に入ったマシューは、ソファーに腰をかけ、袖を捲る。膨らんでいるそれは、いつもより少し赤みを増しているように見えた。
あ、来る――――すでに何回もローレルの記憶を辿っているマシューは、今回もまたその中に入ることを悟った。
ここは……植物園、フィルと一緒にいる……穏やかな二人の表情。そして――ローレルが怪我をする場面。
記憶はあのハリーがいる診療所に移る。心痛な面持ちで謝るフィルと、痛いだろうに相手を想い、笑顔を見せるローレルがいる。
そのまま記憶を見続けて、気が付くとマシューは無意識に涙を流していた。
――この痕にはそんな意味が込められていたんだ……これほどフィルを想っていたなんて。
だからいつもローレルの気持ちに強く反応するのだ。
しかし、だとしたらさっき父上といた時に熱くなったのはどうしてだろうとの疑問が頭に浮かぶ。普通に考えて父上は平民との交流を持っていない。父上は王太子と執務で会うから、そのためだろうか。
マシューは少し思案した後、ウィルバーを呼んだ。
「ひとつ、頼みたいことがあるのだが」
「何でしょうか」
「この手紙を、以前伝えた平民街のあの診療所のハリーという医者まで届けて欲しい」
手紙には、軍での所属が変わり、彼との関わりが増えそうだと書いてある。それと――おそらく犯人は少なくとも男性二人だとも。
「マシュー様の名前をお出ししても?」
「ハリーには構わない。だが、他の者には内密に頼む」
「かしこまりました」
ウィルバーが出ていくと、マシューはソファーに座り寛いだ。病人や怪我人は昼夜問わずいるため、衛生部勤務になってからは働く時間が以前より不規則になり、最近は剣の鍛錬をほとんどできていなかった。
体がなまっているな、時間もあるし、少しやるか。
マシューは剣を持ち、屋敷内にある訓練場へ向かう。
「――はぁー、久しぶりだからきつい……」
小一時間ほど体を動かすと、汗が流れ息が上がってきた。
少し怠け過ぎたことを実感した。衛生部勤務とはいえ、戦争時には危険な場所へも派遣されるし、これではあの犯人たちとも渡り合えない。そもそも本当に戦争が始まったら、軍に戻されるかもしれない。時間を見つけて訓練しとかないと。
マシューは自室へ戻ると、浴室に直行して汗を流す。自然と目に入るあの『印』を見ていると、ローレルとフィルが思い浮かんでくる。
王宮庭園で作業しているローレルを、周りに見つからないように隠れながら見守っているフィル。バジルと三人でローレルが育てた茶葉で茶を嗜みながらたわいも無い会話を楽しんでいたり――
えっ…………なんで興奮……
運動した後だからだろうか。マシューは自分のそれが膨張し主張していることに気がついた。宰相でもある侯爵の子息で容姿端麗なため、言い寄ってくる令嬢は昔から数多くいた。
だが、どんな美貌の令嬢でも、心を惹かれたことがないどころか、遊びたいと思ったことすらなかった。もちろん自分でも興味を持てないことは不思議だったし、周りからも妬まれ童貞とからかわれることも少なくない。なのに――
恥ずかしい……
マシューは少しの間葛藤したが、高まりは熱を帯びてすでに痛いくらいになっている。我慢できずに掴み、ゆっくりと手を上下に揺らす。
「……んあっ……は……」
手の動きはマシューの興奮に比例するかのようにどんどん早くなる。
手が止められない……
「ああっ――」
あの人を思い浮かべながら懇願するようにマシューは絶頂を迎え、大量の白濁の物が壁に飛び散った。
何日か経った後、衛生部の倉庫室で同僚と備品の点検をしていると、急に一人の隊員が駆け込んできた。
「火薬を使った訓練中に誤爆して……人手が足りない、急いでくれ」
「場所はどこだ?」
「王都の外れの森だ、負傷人が多い」
マシューたちは応急処置に必要な道具を手に取り、馬繋場まで走る。
爆発事故があった森は、王宮から見て北東の方向に位置している。王宮、貴族街、平民街とそれぞれ城壁で隔たれており、各検問所を通過する必要があるが、ほぼ大通りをまっすぐ進む一本道なので、他の隊員らと共にまとまって駆け抜けられる。
着くとそこは、すでに消火活動が行われ火は収まりつつあるが、爆発の影響で草が燃え、煤けた地面が広がっていた。煙のせいか目がしみて痛い。そして――負傷した幾人もの隊員が横たわっている。近くでは、隊員たちが負傷者を収容するためであろう天幕を張っているのが見えた。おそらく王宮内の衛生部にある治療室まで運んでいたら間に合わないためだ。
「酷い怪我をしている者は動かさないで」
オーウェンや他の上級医師が先に到着していたようで、すでに動き出している。現場全体の指揮を取っているのは王国軍第二隊長だ。
「動ける者は水を運べ。各隊の隊長は点呼を取り被害状況を上げてくれ」
オーウェンたちは重症患者らの治療に当たっているため、マシューは比較的軽い怪我をしている者を診ることにした。マシューは以前は医学知識が皆無であったが、ハリーの手伝いを始めた時、絶え間なく訪れる患者に対応するため、マシューもハリーとニックから基本的な手解きを受け、軽傷くらいなら対応できるようになった。
「あなたの怪我の確認させてください」
マシューは重症患者の世話をしていた、若い隊員に声をかける。
「俺は大丈夫ですので、先に他の隊員をお願いします」
「重症な者はオーウェン医師たちがすでに対応しています。見たところあなたも腕を怪我されていますよね」
それでもこの屈強な隊員は、重傷者に比べて軽傷なことが恥ずかしいのか再度マシューの申し出を拒否した。
「本当に大したことないので結構です」
マシューは優しく、だが毅然とした態度で説得する。
「早く処置しなくて悪化した場合、その後の勤務にも支障が出て、より他の隊員に迷惑をかけることになります」
「あ……すみませんでした。よろしくお願いします」
患部を診ると、火傷ではなく飛んできた破片による切り傷だった。傷自体は深いが、幸い骨や神経には達していない。水で洗い薬を塗り、清潔な布を当てるだけで一応は大丈夫そうだ。
「応急手当はすんだ、無理に力を入れなければ問題ないです」
「リュート中佐、本当に生意気なことを言ってすみませんでした」
屈強な隊員はマシューを尊敬の目で見る。マシューの剣の腕も知っているようだ。
「よし、引き続き一緒に頑張ろう」
マシューはこのきらきらした目で自分を見る若手を励まし、次の患者の元へと急ぐ。
すると、オーウェンと上級医師のロイが話し合っているのが目に入った。薬について話しているようだ。
「どうかしたんですか」
マシューが尋ねると、ロイが答えた。
「火傷の薬が足らない、思ってた以上に状況は悲惨だ」
「取りに戻りましょうか」
「いや、もう残ってない。元々火傷の薬は貴重で少ししかなかったんだ」
「そんな……まだこんなに苦しんでいる隊員がいるのに……」
その時、マシューは少し奥に行った所に、色々な種類の草が生えていることに気が付いた。
――今から作ったとしたら時間がかかるが……
「ここにある、使えそうな草を使って薬を作ることは?」
「それはできるかもしれない。だが、薬草に詳しい者に頼む必要があるし、そもそも乾燥させたり時間がかかりすぎる。怪我の状態は一刻を争う者もいる」
――やっぱり…………じゃあハリーの所は?
あそこも患者がいるが、一度に全部必要ではないはずだ。今回が終わったら僕が作って返せばいい。露見するような行動をしたらハリーに怒られるかもしれないが……このまま何もできずただ見ているわけにはいかない。
「オーウェン先生――申し訳ありませんが、少し抜けさせていただけますか」
「この忙しい時に何言ってるんだ、お前は!」
ロイが怒る。当たり前だ。
「決して遊びに行くのではありません。すみません、失礼します」
マシューはオーウェン先生に頭を下げてから、馬を繋いである場所に向かって走り出した。
「おいっ! 命令違反だぞ」
後ろからロイがそう言っている声が聞こえたが、マシューは言い返す時間も勿体なく夢中で駆けた。
「――っまったく、この忙しい時に、オーウェン先生、リュート隊員の処罰は……」
「ロイ先生、今は患者の処置を優先しましょう」
ロイはまだ苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、上官であるオーウェンの指示に従い、二人はまた治療に戻る。だが、やはり手当をしたくても肝心の火傷の薬がなく、感覚を麻痺させる薬もない。処置をしようにも激痛のため動いてしまう患者を数人で押さえつけての対応になる。軍人なので自制心があり耐えようとするがそれでも限界はあり、逆に体が大きい者が多いので押さえるのも手こずる。
「くそっ、これでは助けられる命も……どうにもすることができない」
オーウェンらは己の非力さを嘆いた。
「父上、お久しぶりです」
「マシューか、大変だったようだな」
「はい、ご心配おかけしましたが現在は回復しております」
「そのようだな、ブレンダから聞いておる」
「父上も色々と問題がありご多忙そうで」
「お前は通じておるのか、最近隣国との様子がおかしいことを」
「噂程度にですが」
「どう考えている?」
「もしかしたら近々――隣国との戦いが起こる可能性があるかと」
「うむ、息子が国政に聡いと話が早い。その対応のためにほぼ内政宮に籠っておる。ここへも所用を済ませるのみで、またすぐに戻る」
「父上……差し出がましいですが、父上も顔色が優れていらっしゃいません。少しお休みになられた方が」
「だが今は我が国の将来にとって重要な時期だ。ダリス内での不審な動きが目立ってきておる」
父上と会話している間、マシューの左腕の傷痕がどんどん熱を持ち、痛みが強くなっていた。
「これからもっと忙殺されるでしょうが、父上、どうかお身体をお労りください」
「うむ、無理はしないと約束する。マシュー、お前もこれから大変になると思うが、よろしく頼むぞ」
「はい、父上」
父上は内政宮へ戻るため、使用人に馬車の用意を命じ出ていった。
自室に入ったマシューは、ソファーに腰をかけ、袖を捲る。膨らんでいるそれは、いつもより少し赤みを増しているように見えた。
あ、来る――――すでに何回もローレルの記憶を辿っているマシューは、今回もまたその中に入ることを悟った。
ここは……植物園、フィルと一緒にいる……穏やかな二人の表情。そして――ローレルが怪我をする場面。
記憶はあのハリーがいる診療所に移る。心痛な面持ちで謝るフィルと、痛いだろうに相手を想い、笑顔を見せるローレルがいる。
そのまま記憶を見続けて、気が付くとマシューは無意識に涙を流していた。
――この痕にはそんな意味が込められていたんだ……これほどフィルを想っていたなんて。
だからいつもローレルの気持ちに強く反応するのだ。
しかし、だとしたらさっき父上といた時に熱くなったのはどうしてだろうとの疑問が頭に浮かぶ。普通に考えて父上は平民との交流を持っていない。父上は王太子と執務で会うから、そのためだろうか。
マシューは少し思案した後、ウィルバーを呼んだ。
「ひとつ、頼みたいことがあるのだが」
「何でしょうか」
「この手紙を、以前伝えた平民街のあの診療所のハリーという医者まで届けて欲しい」
手紙には、軍での所属が変わり、彼との関わりが増えそうだと書いてある。それと――おそらく犯人は少なくとも男性二人だとも。
「マシュー様の名前をお出ししても?」
「ハリーには構わない。だが、他の者には内密に頼む」
「かしこまりました」
ウィルバーが出ていくと、マシューはソファーに座り寛いだ。病人や怪我人は昼夜問わずいるため、衛生部勤務になってからは働く時間が以前より不規則になり、最近は剣の鍛錬をほとんどできていなかった。
体がなまっているな、時間もあるし、少しやるか。
マシューは剣を持ち、屋敷内にある訓練場へ向かう。
「――はぁー、久しぶりだからきつい……」
小一時間ほど体を動かすと、汗が流れ息が上がってきた。
少し怠け過ぎたことを実感した。衛生部勤務とはいえ、戦争時には危険な場所へも派遣されるし、これではあの犯人たちとも渡り合えない。そもそも本当に戦争が始まったら、軍に戻されるかもしれない。時間を見つけて訓練しとかないと。
マシューは自室へ戻ると、浴室に直行して汗を流す。自然と目に入るあの『印』を見ていると、ローレルとフィルが思い浮かんでくる。
王宮庭園で作業しているローレルを、周りに見つからないように隠れながら見守っているフィル。バジルと三人でローレルが育てた茶葉で茶を嗜みながらたわいも無い会話を楽しんでいたり――
えっ…………なんで興奮……
運動した後だからだろうか。マシューは自分のそれが膨張し主張していることに気がついた。宰相でもある侯爵の子息で容姿端麗なため、言い寄ってくる令嬢は昔から数多くいた。
だが、どんな美貌の令嬢でも、心を惹かれたことがないどころか、遊びたいと思ったことすらなかった。もちろん自分でも興味を持てないことは不思議だったし、周りからも妬まれ童貞とからかわれることも少なくない。なのに――
恥ずかしい……
マシューは少しの間葛藤したが、高まりは熱を帯びてすでに痛いくらいになっている。我慢できずに掴み、ゆっくりと手を上下に揺らす。
「……んあっ……は……」
手の動きはマシューの興奮に比例するかのようにどんどん早くなる。
手が止められない……
「ああっ――」
あの人を思い浮かべながら懇願するようにマシューは絶頂を迎え、大量の白濁の物が壁に飛び散った。
何日か経った後、衛生部の倉庫室で同僚と備品の点検をしていると、急に一人の隊員が駆け込んできた。
「火薬を使った訓練中に誤爆して……人手が足りない、急いでくれ」
「場所はどこだ?」
「王都の外れの森だ、負傷人が多い」
マシューたちは応急処置に必要な道具を手に取り、馬繋場まで走る。
爆発事故があった森は、王宮から見て北東の方向に位置している。王宮、貴族街、平民街とそれぞれ城壁で隔たれており、各検問所を通過する必要があるが、ほぼ大通りをまっすぐ進む一本道なので、他の隊員らと共にまとまって駆け抜けられる。
着くとそこは、すでに消火活動が行われ火は収まりつつあるが、爆発の影響で草が燃え、煤けた地面が広がっていた。煙のせいか目がしみて痛い。そして――負傷した幾人もの隊員が横たわっている。近くでは、隊員たちが負傷者を収容するためであろう天幕を張っているのが見えた。おそらく王宮内の衛生部にある治療室まで運んでいたら間に合わないためだ。
「酷い怪我をしている者は動かさないで」
オーウェンや他の上級医師が先に到着していたようで、すでに動き出している。現場全体の指揮を取っているのは王国軍第二隊長だ。
「動ける者は水を運べ。各隊の隊長は点呼を取り被害状況を上げてくれ」
オーウェンたちは重症患者らの治療に当たっているため、マシューは比較的軽い怪我をしている者を診ることにした。マシューは以前は医学知識が皆無であったが、ハリーの手伝いを始めた時、絶え間なく訪れる患者に対応するため、マシューもハリーとニックから基本的な手解きを受け、軽傷くらいなら対応できるようになった。
「あなたの怪我の確認させてください」
マシューは重症患者の世話をしていた、若い隊員に声をかける。
「俺は大丈夫ですので、先に他の隊員をお願いします」
「重症な者はオーウェン医師たちがすでに対応しています。見たところあなたも腕を怪我されていますよね」
それでもこの屈強な隊員は、重傷者に比べて軽傷なことが恥ずかしいのか再度マシューの申し出を拒否した。
「本当に大したことないので結構です」
マシューは優しく、だが毅然とした態度で説得する。
「早く処置しなくて悪化した場合、その後の勤務にも支障が出て、より他の隊員に迷惑をかけることになります」
「あ……すみませんでした。よろしくお願いします」
患部を診ると、火傷ではなく飛んできた破片による切り傷だった。傷自体は深いが、幸い骨や神経には達していない。水で洗い薬を塗り、清潔な布を当てるだけで一応は大丈夫そうだ。
「応急手当はすんだ、無理に力を入れなければ問題ないです」
「リュート中佐、本当に生意気なことを言ってすみませんでした」
屈強な隊員はマシューを尊敬の目で見る。マシューの剣の腕も知っているようだ。
「よし、引き続き一緒に頑張ろう」
マシューはこのきらきらした目で自分を見る若手を励まし、次の患者の元へと急ぐ。
すると、オーウェンと上級医師のロイが話し合っているのが目に入った。薬について話しているようだ。
「どうかしたんですか」
マシューが尋ねると、ロイが答えた。
「火傷の薬が足らない、思ってた以上に状況は悲惨だ」
「取りに戻りましょうか」
「いや、もう残ってない。元々火傷の薬は貴重で少ししかなかったんだ」
「そんな……まだこんなに苦しんでいる隊員がいるのに……」
その時、マシューは少し奥に行った所に、色々な種類の草が生えていることに気が付いた。
――今から作ったとしたら時間がかかるが……
「ここにある、使えそうな草を使って薬を作ることは?」
「それはできるかもしれない。だが、薬草に詳しい者に頼む必要があるし、そもそも乾燥させたり時間がかかりすぎる。怪我の状態は一刻を争う者もいる」
――やっぱり…………じゃあハリーの所は?
あそこも患者がいるが、一度に全部必要ではないはずだ。今回が終わったら僕が作って返せばいい。露見するような行動をしたらハリーに怒られるかもしれないが……このまま何もできずただ見ているわけにはいかない。
「オーウェン先生――申し訳ありませんが、少し抜けさせていただけますか」
「この忙しい時に何言ってるんだ、お前は!」
ロイが怒る。当たり前だ。
「決して遊びに行くのではありません。すみません、失礼します」
マシューはオーウェン先生に頭を下げてから、馬を繋いである場所に向かって走り出した。
「おいっ! 命令違反だぞ」
後ろからロイがそう言っている声が聞こえたが、マシューは言い返す時間も勿体なく夢中で駆けた。
「――っまったく、この忙しい時に、オーウェン先生、リュート隊員の処罰は……」
「ロイ先生、今は患者の処置を優先しましょう」
ロイはまだ苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、上官であるオーウェンの指示に従い、二人はまた治療に戻る。だが、やはり手当をしたくても肝心の火傷の薬がなく、感覚を麻痺させる薬もない。処置をしようにも激痛のため動いてしまう患者を数人で押さえつけての対応になる。軍人なので自制心があり耐えようとするがそれでも限界はあり、逆に体が大きい者が多いので押さえるのも手こずる。
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オーウェンらは己の非力さを嘆いた。
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