僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

文字の大きさ
15 / 49

記憶の中で

しおりを挟む
 マシューが屋敷へ戻ると、珍しく父のセドリックが滞在していた。
 
「父上、お久しぶりです」
「マシューか、大変だったようだな」
「はい、ご心配おかけしましたが現在は回復しております」
「そのようだな、ブレンダから聞いておる」
「父上も色々と問題がありご多忙そうで」
「お前は通じておるのか、最近隣国との様子がおかしいことを」
「噂程度にですが」
「どう考えている?」
「もしかしたら近々――隣国との戦いが起こる可能性があるかと」
「うむ、息子が国政に聡いと話が早い。その対応のためにほぼ内政宮に籠っておる。ここへも所用を済ませるのみで、またすぐに戻る」
「父上……差し出がましいですが、父上も顔色が優れていらっしゃいません。少しお休みになられた方が」
「だが今は我が国の将来にとって重要な時期だ。ダリス内での不審な動きが目立ってきておる」
 
 父上と会話している間、マシューの左腕の傷痕がどんどん熱を持ち、痛みが強くなっていた。
 
「これからもっと忙殺されるでしょうが、父上、どうかお身体をお労りください」
「うむ、無理はしないと約束する。マシュー、お前もこれから大変になると思うが、よろしく頼むぞ」
「はい、父上」
 
 父上は内政宮へ戻るため、使用人に馬車の用意を命じ出ていった。

 自室に入ったマシューは、ソファーに腰をかけ、袖をまくる。膨らんでいるそれは、いつもより少し赤みを増しているように見えた。
 あ、来る――――すでに何回もローレルの記憶を辿っているマシューは、今回もまたその中に入ることを悟った。
 
 ここは……植物園、フィルと一緒にいる……穏やかな二人の表情。そして――ローレルが怪我をする場面。 
 記憶はあのハリーがいる診療所に移る。心痛な面持ちで謝るフィルと、痛いだろうに相手を想い、笑顔を見せるローレルがいる。
 そのまま記憶を見続けて、気が付くとマシューは無意識に涙を流していた。
 
 ――この痕にはそんな意味が込められていたんだ……これほどフィルを想っていたなんて。

 だからいつもローレルの気持ちに強く反応するのだ。
 しかし、だとしたらさっき父上といた時に熱くなったのはどうしてだろうとの疑問が頭に浮かぶ。普通に考えて父上は平民との交流を持っていない。父上は王太子と執務で会うから、そのためだろうか。 
 マシューは少し思案した後、ウィルバーを呼んだ。
 
「ひとつ、頼みたいことがあるのだが」
「何でしょうか」
「この手紙を、以前伝えた平民街のあの診療所のハリーという医者まで届けて欲しい」
 
 手紙には、軍での所属が変わり、フィルとの関わりが増えそうだと書いてある。それと――おそらく犯人は少なくとも男性二人だとも。
 
「マシュー様の名前をお出ししても?」
「ハリーには構わない。だが、他の者には内密に頼む」
「かしこまりました」
 
 ウィルバーが出ていくと、マシューはソファーに座り寛いだ。病人や怪我人は昼夜問わずいるため、衛生部勤務になってからは働く時間が以前より不規則になり、最近は剣の鍛錬をほとんどできていなかった。
 体がなまっているな、時間もあるし、少しやるか。
 マシューは剣を持ち、屋敷内にある訓練場へ向かう。
 
「――はぁー、久しぶりだからきつい……」
 
 小一時間ほど体を動かすと、汗が流れ息が上がってきた。
 少し怠け過ぎたことを実感した。衛生部勤務とはいえ、戦争時には危険な場所へも派遣されるし、これではあの犯人たちとも渡り合えない。そもそも本当に戦争が始まったら、軍に戻されるかもしれない。時間を見つけて訓練しとかないと。
 
 マシューは自室へ戻ると、浴室に直行して汗を流す。自然と目に入るあの『印』を見ていると、ローレルとフィルが思い浮かんでくる。
 王宮庭園で作業しているローレルを、周りに見つからないように隠れながら見守っているフィル。バジルと三人でローレルが育てた茶葉で茶を嗜みながらたわいも無い会話を楽しんでいたり――
 
 えっ…………なんで興奮……
 
 運動した後だからだろうか。マシューは自分のが膨張し主張していることに気がついた。宰相でもある侯爵の子息で容姿端麗なため、言い寄ってくる令嬢は昔から数多くいた。
 だが、どんな美貌の令嬢でも、心を惹かれたことがないどころか、遊びたいと思ったことすらなかった。もちろん自分でも興味を持てないことは不思議だったし、周りからも妬まれ童貞とからかわれることも少なくない。なのに――
 恥ずかしい…… 
 マシューは少しの間葛藤したが、高まりは熱を帯びてすでに痛いくらいになっている。我慢できずに掴み、ゆっくりと手を上下に揺らす。
 
「……んあっ……は……」
 
 手の動きはマシューの興奮に比例するかのようにどんどん早くなる。
 手が止められない……
 
「ああっ――」
 
 あの人を思い浮かべながら懇願するようにマシューは絶頂を迎え、大量の白濁の物が壁に飛び散った。



 何日か経った後、衛生部の倉庫室で同僚と備品の点検をしていると、急に一人の隊員が駆け込んできた。
 
「火薬を使った訓練中に誤爆して……人手が足りない、急いでくれ」
「場所はどこだ?」
「王都の外れの森だ、負傷人が多い」
 
 マシューたちは応急処置に必要な道具を手に取り、馬繋場まで走る。
 爆発事故があった森は、王宮から見て北東の方向に位置している。王宮、貴族街、平民街とそれぞれ城壁で隔たれており、各検問所を通過する必要があるが、ほぼ大通りをまっすぐ進む一本道なので、他の隊員らと共にまとまって駆け抜けられる。
 着くとそこは、すでに消火活動が行われ火は収まりつつあるが、爆発の影響で草が燃え、煤けた地面が広がっていた。煙のせいか目がしみて痛い。そして――負傷した幾人もの隊員が横たわっている。近くでは、隊員たちが負傷者を収容するためであろう天幕を張っているのが見えた。おそらく王宮内の衛生部にある治療室まで運んでいたら間に合わないためだ。
 
「酷い怪我をしている者は動かさないで」
 
 オーウェンや他の上級医師が先に到着していたようで、すでに動き出している。現場全体の指揮を取っているのは王国軍第二隊長だ。
 
「動ける者は水を運べ。各隊の隊長は点呼を取り被害状況を上げてくれ」
 
 オーウェンたちは重症患者らの治療に当たっているため、マシューは比較的軽い怪我をしている者を診ることにした。マシューは以前は医学知識が皆無であったが、ハリーの手伝いを始めた時、絶え間なく訪れる患者に対応するため、マシューもハリーとニックから基本的な手解きを受け、軽傷くらいなら対応できるようになった。
 
「あなたの怪我の確認させてください」
 
 マシューは重症患者の世話をしていた、若い隊員に声をかける。
 
「俺は大丈夫ですので、先に他の隊員をお願いします」
「重症な者はオーウェン医師たちがすでに対応しています。見たところあなたも腕を怪我されていますよね」
 
 それでもこの屈強な隊員は、重傷者に比べて軽傷なことが恥ずかしいのか再度マシューの申し出を拒否した。
 
「本当に大したことないので結構です」
 
 マシューは優しく、だが毅然とした態度で説得する。
 
「早く処置しなくて悪化した場合、その後の勤務にも支障が出て、より他の隊員に迷惑をかけることになります」
「あ……すみませんでした。よろしくお願いします」
 
 患部を診ると、火傷ではなく飛んできた破片による切り傷だった。傷自体は深いが、幸い骨や神経には達していない。水で洗い薬を塗り、清潔な布を当てるだけで一応は大丈夫そうだ。
 
「応急手当はすんだ、無理に力を入れなければ問題ないです」
「リュート中佐、本当に生意気なことを言ってすみませんでした」
 
 屈強な隊員はマシューを尊敬の目で見る。マシューの剣の腕も知っているようだ。
 
「よし、引き続き一緒に頑張ろう」
 
 マシューはこのきらきらした目で自分を見る若手を励まし、次の患者の元へと急ぐ。

 
 すると、オーウェンと上級医師のロイが話し合っているのが目に入った。薬について話しているようだ。
 
「どうかしたんですか」
 
 マシューが尋ねると、ロイが答えた。
 
「火傷の薬が足らない、思ってた以上に状況は悲惨だ」
「取りに戻りましょうか」
「いや、もう残ってない。元々火傷の薬は貴重で少ししかなかったんだ」
「そんな……まだこんなに苦しんでいる隊員がいるのに……」
 
 その時、マシューは少し奥に行った所に、色々な種類の草が生えていることに気が付いた。
 
 ――今から作ったとしたら時間がかかるが……
  
「ここにある、使えそうな草を使って薬を作ることは?」
「それはできるかもしれない。だが、薬草に詳しい者に頼む必要があるし、そもそも乾燥させたり時間がかかりすぎる。怪我の状態は一刻を争う者もいる」
 
 ――やっぱり…………じゃあハリーの所は?
 
 あそこも患者がいるが、一度に全部必要ではないはずだ。今回が終わったら僕が作って返せばいい。露見するような行動をしたらハリーに怒られるかもしれないが……このまま何もできずただ見ているわけにはいかない。
  
「オーウェン先生――申し訳ありませんが、少し抜けさせていただけますか」 
「この忙しい時に何言ってるんだ、お前は!」
 
 ロイが怒る。当たり前だ。
「決して遊びに行くのではありません。すみません、失礼します」
 
 マシューはオーウェン先生に頭を下げてから、馬を繋いである場所に向かって走り出した。
 
「おいっ! 命令違反だぞ」
 
 後ろからロイがそう言っている声が聞こえたが、マシューは言い返す時間も勿体なく夢中で駆けた。
 
「――っまったく、この忙しい時に、オーウェン先生、リュート隊員の処罰は……」
「ロイ先生、今は患者の処置を優先しましょう」
 
 ロイはまだ苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、上官であるオーウェンの指示に従い、二人はまた治療に戻る。だが、やはり手当をしたくても肝心の火傷の薬がなく、感覚を麻痺させる薬もない。処置をしようにも激痛のため動いてしまう患者を数人で押さえつけての対応になる。軍人なので自制心があり耐えようとするがそれでも限界はあり、逆に体が大きい者が多いので押さえるのも手こずる。
 
「くそっ、これでは助けられる命も……どうにもすることができない」
 
 オーウェンらは己の非力さを嘆いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

嘘はいっていない

コーヤダーイ
BL
討伐対象である魔族、夢魔と人の間に生まれた男の子サキは、半分の血が魔族ということを秘密にしている。しかしサキにはもうひとつ、転生者という誰にも言えない秘密があった。 バレたら色々面倒そうだから、一生ひっそりと地味に生きていく予定である。

名もなき花は愛されて

朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。 太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。 姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。 火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。 断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。 そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく…… 全三話完結済+番外編 18禁シーンは予告なしで入ります。 ムーンライトノベルズでも同時投稿 1/30 番外編追加

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!

ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。  そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。  翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。  実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。  楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。  楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。 ※作者の個人的な解釈が含まれています。 ※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。

【完結】愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

【完結】たとえ彼の身代わりだとしても貴方が僕を見てくれるのならば… 〜初恋のαは双子の弟の婚約者でした〜

葉月
BL
《あらすじ》  カトラレル家の長男であるレオナルドは双子の弟のミカエルがいる。天真爛漫な弟のミカエルはレオナルドとは真逆の性格だ。  カトラレル家は懇意にしているオリバー家のサイモンとミカエルが結婚する予定だったが、ミカエルが流行病で亡くなってしまい、親の言いつけによりレオナルドはミカエルの身代わりとして、サイモンに嫁ぐ。  愛している人を騙し続ける罪悪感と、弟への想いを抱き続ける主人公が幸せを掴み取る、オメガバースストーリー。 《番外編 無垢な身体が貴方色に染まるとき 〜運命の番は濃厚な愛と蜜で僕の身体を溺れさせる〜》 番になったレオとサイモン。 エマの里帰り出産に合わせて、他の使用人達全員にまとまった休暇を与えた。 数日、邸宅にはレオとサイモンとの2人っきり。 ずっとくっついていたい2人は……。 エチで甘々な数日間。 ー登場人物紹介ー ーレオナルド・カトラレル(受け オメガ)18歳ー  長男で一卵性双生児の弟、ミカエルがいる。  カトラレル家の次期城主。  性格:内気で周りを気にしすぎるあまり、自分の気持ちを言えないないだが、頑張り屋で努力家。人の気持ちを考え行動できる。行動や言葉遣いは穏やか。ミカエルのことが好きだが、ミカエルがみんなに可愛がられていることが羨ましい。  外見:白肌に腰まである茶色の髪、エメラルドグリーンの瞳。中世的な外見に少し幼さを残しつつも。行為の時、幼さの中にも妖艶さがある。  体質:健康体   ーサイモン・オリバー(攻め アルファ)25歳ー  オリバー家の長男で次期城主。レオナルドとミカエルの7歳年上。  レオナルドとミカエルとサイモンの父親が仲がよく、レオナルドとミカエルが幼い頃からの付き合い。  性格:優しく穏やか。ほとんど怒らないが、怒ると怖い。好きな人には尽くし甘やかし甘える。時々不器用。  外見:黒髪に黒い瞳。健康的な肌に鍛えられた肉体。高身長。  乗馬、剣術が得意。貴族令嬢からの人気がすごい。 BL大賞参加作品です。

処理中です...