僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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議場へ集結

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 数日後、ギルバート王太子殿下からの公式な招集があり、指定された議場へ向かった。
 豪奢で重厚な扉の前には幾名もの近衛兵が警備しており、物々しい雰囲気だ。マシュー・リュートと名を告げ中に入ると、想像していたよりも人がいることに驚いた。
 まず一番初めに父上が視界に入った。向こうもこちらを見ているが、表情は硬く感情は読み取れない。
 他にオルド、そしてその隣にオルドと同じ柔和な雰囲気の軍人がいる。軍服はマルフォニアの物ではないからダリス人だろう。それと――末席にいる、父上よりは若そうな平民風の男性。

 あの姿……マシューは体の中が重く冷えていくのを感じ取る。彼がここに呼ばれている理由。それはもうマシューにしたら、向き合わねばならない問題の証拠に近いものだ。
 室内に充満する重々しい空気、そしてマシューの暗い心情を断ち切るかのようにまた一人の入室が告げられた。
 入ってきたペイナンド公爵はマシューを見ると笑顔で、「この間は夜会に来てくれてありがとう」と何事も無かったかのように言ったので、マシューも表面上は愛想良く微笑み返した。
 
 ――公爵は僕が襲われたことを何とも思ってない? それに――仲が良かったはずの父上とはお互い気が付かない振りをしている。だけど……今回の緊急の呼び出しについて、不思議だとは思わないのだろうか。

 考えを巡らせていると、再度扉がゆっくりと開き、王族達――ニコラス国王陛下、アデレイド王妃殿下、その後を白髪が混ざった黒髪で体格の良い初老の貴人、続いてギルバート王太子殿下、国王愛妾ゾーイ、最後にジェームズが入ってきた。

 一同が瞬時に王族に対してである最上級のお辞儀をする。彼らが席に着くとギルバートの声で「皆着席せよ」と聞こえてきて、それぞれが音を立てずに腰を下ろした。
 マシューは王妃とゾーイ様に謁見するのは初めてだ。

 巷でも言われているが、ギルバートは母親似だ。長身に艶やかな腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪、息子より薄い南国の晴れた空を思わせる澄んだ水色の目、実際に二人を同時に見ると本当にそっくりで親子だというのが良く分かる。
 そしてゾーイ様……小柄で愛くるしい雰囲気、金髪碧眼のお人形のような女性。
 系統は全く違うが、二人とも一般的に見て相当優れた容姿だ。だが……王妃もゾーイ様もこれほどまで恵まれた外見を持っていても、はたして女性として幸せと言えるのだろうか。
 もう一人の貴人もアデレイド王妃によく似ている。服装や年齢から考えておそらく――兄のどちらか――ダリス現国王陛下か王弟だと検討をつけた。
 彼は王族と同じ列には座らず、オルドとノーマンの横に腰を下ろす。その理由は話し合いが始まってから判明した。
 貴人はマルフォニア語が解せないため通訳が必要なのだ。

  
「国王陛下、王妃殿下、ダリス王国王弟殿下、並びにこの場にいる皆の者。お忙しい中、緊急にお呼び出しをして申し訳ない。本日招集したのは、我が国で起こった二つの事件と隣国ダリス王国に関係しての事柄について話すためである」
 
 国王陛下であるニコラスではなく、普段から国王代理として公務を担っているギルバートが場を取り仕切る。
 ギルバートは静寂に包まれる一同をゆっくりと見渡してから、本題に入った。

「事件とは、今から三十三年前、我が国で起こった汚職――多額の借金を巡る不正と、平民街に住んでいた平民の女性が殺害されたことだ」
 
 心当たりがあるはずの三人、国王、公爵、宰相は伊達にその地位にいるわけではない。驚きや関係がある素振りをおくびにも出さない。
 いや、ニコラス国王に限っては本当に何も感じていないのかもしれないが。
 
「まずは――ガードン植物園で起こったガードン夫妻の娘、ローレル殺害事件について少々確認したいことがある」
 
 ギルバートは自身を落ち着けるように、深呼吸をしてから続ける。
 
「彼女は前の建国祭の数日後に刺されて亡くなった。発見者は奥に座っている植物園の使用人、アルフだ」
 
 皆がアルフに注目する。もし犯人ならば動揺しそうだが、平然としている。
 
 ――やっていないから堂々としているのだろうか?

 いや、それでも平民が王族や貴族に囲まれれば萎縮するはずだ。ましてや権力者にかかれば白が黒へと簡単に変わる。
 
「ダリス王国で問題になっている『縞草しまくさ』は皆知っているな? 彼女はそれに関係して殺されたのだと考えている」
 
 ノーマンが手を挙げ、殿下の許可を待つ。
 
「チャールダトン伯爵、発言を許す」
「大変恐れ入りますが……ローレル・ガードンに対しての予備知識をいただけますでしょうか」
「もっとな意見だな。彼女は――王都の南側、平民街で広大な植物園を経営しているガードン夫妻の長女で、事件時は二十一歳。植物園は王宮庭園の管理も担っている。植物の研究や知識に大変優れており、実際に彼女が作った薬草を近所の平民向けの診療所に卸していた」
 
 自分との関係については公にせず、淡々と彼女について説明する。
 ノーマンが頷き、隣に座っている貴人にダリス語で同じ内容を言った。

 伝え終えたのを確認し、ギルバートは話を続ける。
 
「彼女は生前植物園の奥で、普段見られない植物が栽培されていることに気が付いた。黒い葉が特徴のものだ」
 
 ギルバートがある人物を見据える。
 
「アルフ」
 
 名を呼ばれたその人は顔を上げ、視線を動かさない。非常に聡明で優秀と評判の高い王太子にこの場に呼ばれた時点で全て露見したと観念しているのか、隠し通せる自信があるのか、それとも…… 
 いずれにせよこの後の尋問で分かるだろう。
 
「生前のローレルは、お前が植えているものは我がマルフォニアにとって危険な物だと考えていたようだ。俺もまた――彼女が亡くなった後だが、その黒い草はダリスで問題になった縞草しまくさだと。ガードン一家や他の使用人から見つかりにくい場所で栽培し、それをダリス王国に持って行き繁殖させていると思っていた。バジル――ローレルの弟が、お前は二年に一度くらいの間隔で長い休みを取ると言っていたしな」
 
 誰もが言葉を発さず成り行きを見守っている。
  
「だが、そうだとすると動機が思い当たらない。孤児であったり、ダリスで辛い思いをした恨みはあるかもしれないが、それは個人的なものだ。生まれてからずっと安定した環境になかったお前が、やっと平穏に暮らせているんだ。わざわざマルフォニアとダリスの間に戦争を起こしてまた不安定になる生活を望まないだろう」

 ギルバートはノーマンがダリス語で陛下に説明している様子を見た。基本的には同国人であるノーマンが話しているが、通訳はとても頭を使う。そのためオルドもところどころ補っているようだ。
 ノーマンが言い終えたのを確認し、話を先に進める。
 
「アルフ。あの黒い葉は、縞草しまくさの効果を無効にするための『薬』の原料だな?」
 
 ――え? 薬を作っていた?
 
 悪いことをしていると思っていたアルフに対しギルバートがそう言ったので、思わず小さな驚きの声を上げてしまった。
 周りを見ると、オルドも同じ面持ちだ。
 
「………………」
 
 アルフは何も答えない。
 
「アルフ。肯定しないのなら縞草しまくさを作った張本人、及びローレルを刺した犯人にされる可能性もあるぞ。その方が周りに迷惑がかかると思うが?」
 
 観念したのか口を開いた。
 
「はい……あれは縞草しまくさに対抗するための物でございます」
 
 それを聞き、ギルバートが続けた。
 
「そして、俺の推測が正しければ、ローレルを殺したのは――行方不明になっている、ダリス王国のドドビー元男爵であろう」
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