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糾弾
その名を聞いた瞬間、何人かの顔がこわばり、そして嫌悪感を顕にしている者もいる。
「順を追って説明しよう」
ギルバートが落ち着いた声で語り出す。
「そのドドビー男爵はアルフが幼い頃に務めていた屋敷の主人。そして――」
ギルバートはゆっくりと自身の横に顔を向けた。
「母上――アデレイド王妃、あなたの亡くなったご親友の元配偶者で……夫妻はゾーイ殿の親でもありますね」
皆が一斉に驚愕の声を上げたが、一番驚いているのはそれまで母方の祖父母に育てられ、両親を知らなかったゾーイだ。
「発言をお許しくださいませ。王妃殿下――以前、あなたは私の両親はご存知ないと。ですが、今王太子殿下が仰ったことは……本当なのですか?」
ゾーイが初めて声を出した。ふわふわの金色の髪の毛が揺れる。このような緊迫した内容でなければ、可憐な響きはまるで音楽を聴いているようだ。
「ごめんなさいね、ゾーイ。あなたに真実を伝えるには……とても複雑だったのよ」
ゾーイは聞きたいことが色々ありそうだったが、懸命にも頷いただけで沈黙した。巷では聡明でないと言われているが、ある程度の分別はある。そうでなければ愛妾として上手く国王と王妃の間に立てないだろうし、幼い頃から目まぐるしく変わる環境に適応できないだろう。
「マルフォニアから派遣した調査団に加わったバジルとその母親に調べさせたが、ダリス王国の縞草、あれはゾーイ殿の母方の祖父母、チャティー家の植物園がドドビーによって燃やされた時、そこにあった植物が熱と反応して突然効果を表したものだと結論付けた」
「殿下。ではあれは意図的に繁殖させたのではなく、自然に広がっていった――ということでしょうか?」
オルドの疑問に、ギルバートは否定した。
「違う。生き残ったドドビーがその作用に気付き、復讐するために繁殖させたのだ」
「報復――ですか? それは……ダリスへの?」
「大きく言えばそうなのかもしれないが、実際には、ある人物へ恨みを晴らすために行ったと考えている」
その人はすでに自分だと分かっているのだろう。緊張した面持ちがより一層彼女の美貌を際立たせた。
「アデレイド王妃、貴女への返報です」
「妹に復讐とはどういうことだ? ギルバート、説明してくれ」
通訳を介すため、少し遅れてアデレイドの兄、ダリス王国王弟が声を上げた。
「王弟殿下――伯父上、申し上げます。その前に母上、あなたが隠したいであろう過去を明るみにさせていただきますが、よろしいですね?」
王妃は小さく首を縦に動かした。
「それとゾーイ殿、今から話すことはあなたにとって辛いことだと思うが――」
「……ご心配ありがとうございます。ですが――大丈夫です」
両夫人に確認したギルバートが話し始めた。
「ドドビー夫人はゾーイ殿を出産した後、自ら命を絶っている。そして――それをお怒りになったアデレイド王妃がダリス国王陛下の名を使い、爵位を剥奪しました」
「アデレイド。私はてっきり兄上だと思っていたが……あの家を断絶させたのはお前だったのか」
「ええ」
アデレイドが悪びれもなく答える。実際に元男爵の悪行を知っている者たちは、彼に同情すらしないだろう。
静かなこの部屋で、鼻をすする音が聞こえてくる。母親の最期を想っているゾーイであろうと思ったが、意外にもそれはセドリックだった。
――父上が?
高等教育時代に暮らしていた屋敷の夫人だ。関わりは普通にあったのだろうと想像できる。ペイナンド公爵から聞いた話が頭の中を去来する。
――もしかして……父上は夫人と男女の関係だったのかも……
「爵位を剥奪され、財産を取り上げられたことを恨んでいたドドビーがその約八年後にチャティー夫妻を殺して放火し、その結果、偶然にもドドビーは縞草の作用に気付いた。そしてそれを国内で繁殖させたのだ。マルフォニアとの関係が悪化すれば、王妃が離縁されダリス王国へ戻ってくるだろうと見越して。仕返しするために」
唸り声がいくつか聞こえてくる。
「では――ローレル殿はなぜ殺されたのでしょうか?」
「俺の考えでは、ドドビーがまだ生きていることに気が付いたある人物がドドビーをマルフォニアへ密入国するのを助け、アルフが縞草に対抗する植物を作っているとの情報を教え植物園へ仕向けた」
「……どういうことでしょうか?」
「実際はアルフ、お前を殺す予定だったのだろう」
ギルバートの知能の高さに周りは理解するのがやっとだ。
問われたアルフはその場面を頭の中で再確認するように目を瞑り、細い声で言った。
「ええ。あの夜……私は仕事を終え部屋にいたのですが、元ご主人様――ドドビーがマルフォニアにいると緊急の連絡があり……植物園へ急いで向かいました。ですが、すでに手遅れで……間に合わず申し訳ありません」
「伝えたのは――リュート宰相、貴殿だな」
「――はい、私でございます。殿下、守れず……お詫びいたします」
あの時の彼女の記憶はそういうことだったのだとマシューは一人納得した。
今の言い方は――父上はローレルとギルバートの関係に気付いていたのだろうか。
「殿下、ある人物とは一体……」
王弟の質問に、ギルバートはその人物を見据え、口を開いた。
「ダニエル・マッカー、ペイナンド公爵。ローレル殺害事件、縞草の蔓延と資源の相場を上げ両国間の混乱を招いた。そして――三十三年前にあったシャーディル侯爵家の借金。全て貴殿とその父親、前公爵が画策したことだ!」
一同に衝撃が走る。この国において身分が高く恵まれている公爵がなぜ……?
「貴族管理部に提出された三十三年前の財政報告書――それによると、前年まで一切財政上の問題がなかったシャーディル家が突如莫大な借金をしたことになっている」
その言葉に合わせてジェームズが紙を掲げたが、父上の表情に変化は見受けられない。
「記載されている理由は領地経営の悪化だ。だが――天候不良などはなく、思い当たる原因も特にない。また書類には幾つか不可解な点が見受けられた。シャーディル侯爵家の借金、実際は父上――いえ、ニコラス国王陛下……貴殿が王太子時代に、現ペイナンド公爵に唆されて作った借金ですね?」
周りから息を呑む音が聞こえてくる 。
だが国王は一瞥しただけで何も答えなかった。予想していた通りの反応なのか、ギルバートはジェームズに視線を向け、ジェームズが二冊の本を手に持ちながら話し出した。
「ご覧ください、こちらはシャーディル侯爵家元侍従の家で保管されていた元侯爵夫妻の日記と、貴族管理部に提出された報告書とは別に付けられていた侯爵家の本当の財政帳簿になります」
広い議場にジェームズの声が響き渡る。
「古い王宮付き侍従にも確認いたしましたが、元々はペイナンド前公爵マクシミリアン様とシャーディル前侯爵夫人ベラ様が婚約されていらっしゃったそうです。ですが――マクシミリアン様はベラ様に全く関心をお持ちでないように見受けられ、その後婚約は解消、ベラ様はご存知の通り前侯爵アントニー様と最終的に結婚なさいました。ベラ夫人の日記にも同様の内容が綴られております」
ジェームズは周りの反応を観察しながら続ける。
「ベラ様は日記を毎日ではなく、何か特別な出来事があった時のみ書かれていたようです。ご成婚から十七年後、マルフォニア歴二百八十八年にも気になる書き込みがありました。それによりますと、円満だと思っていた婚約破棄を前公爵が恨んでおり、子息――ペイナンド現公爵と当時の国王親子を巻き込んで仕返しをされたとの記載がありました。それは、この報告書にあります借金をされた年と同じでございます」
「ペイナンド公爵」
ギルバートに名指しされ、公爵は表情をより一層硬くした。
「父親に言われシャーディル侯爵家に返報するため現国王を利用した。いくら父親の頼みとはいえ、王族を操り友人を裏切った。そしてドドビーがマルフォニアへ入国するための手助けをし、結果一人の女性が犠牲になった。その動機はなんだ?」
「…………」
「公爵、証拠は揃っている。それでも言わぬなら少々荒いことをして吐かせるまでだ。幸い我が参謀部に得意な部下がいる。黙っていても貴殿に得はないぞ」
長い沈黙の後、観念したのか公爵は声を震わせながら、少しずつ想いを絞り出す。
「……格好良くて、真面目で、優しくて……皆から尊敬されるセドリックが、憎かった……」
「だから、陥れたと?」
ギルバートの問いに、公爵は頭を左右に振り否定しながら一気に吐き出した。今まで胸の奥底に厚い蓋をして秘めていた想いは、一度開かれれば水位が上がった川が洪水になるように、溢れ出す他に行き場がない。
「……嫉妬していた。あんな結果になると、まさかセドリックがダリスへ行かされると思わなかった」
「なぜそう思っていたんだ?」
「私たちが幼かった頃、父上たちは円満に交流していた――しているように見えた。父上が前侯爵夫妻を恨んでいることなど知らなかったのだ。だから……シャーディル家の借金をペイナンド家が援助し、恩を着せ出世で有利に立つためだと言った父上の言葉を信じていた……」
「貴殿の家柄は公爵だ。そのようなことをせずとも王族を除いて社交界での地位において並ぶ者はほぼいない。そう考えなかったはずはないだろう。自分にとって都合の良い方向に信じ込むには他に理由がある。違うか?」
静まった部屋に、再度ギルバートの声が響き渡る。
「それに――ドドビーに植物園を襲わせたことと相場を混乱させた理由はなんだ? 両国間の戦争が目的か」
その怒気を含んだ声の中に、喪失感も混ざっていることをマシューは敏感にも感じ取っている。
「セドリックとゾーイ嬢が頻繁に会っていると……」
公爵がそう言った瞬間、僅かに国王が関心を示した。だが公務に興味がないと噂されるニコラスは発言するのも面倒なのか、少し顔をセドリックに向けたのみだったので、公爵は先を続けた。
「王宮で働いている侍女に確認すると、ゾーイ嬢が王妃殿下とセドリックの連絡を取り持っていると教えてくれた。それで……二人の仲が三十年前からまだずっと続いているのかと思った。だから王妃殿下をダリスに戻し、二人を……引き離したかったのだ」
公爵は静まりかえる議場で、自身の想いを吐き出した。
「…………セドリックが欲しかった! 嫉妬して狂わしいほど……独り占めしたかったのだ! 父上の言う通りにすればセドリックは私の物になると言われた。だからあの時、父上に協力したのだ。今回のことも……相場の混乱はペイナンド家がやっている事業で安定させることが可能だ。だから、王妃がダリスに戻った後にセドリックに話を持ちかけるつもりだった。王妃のためなら断らないだろうから……」
公爵の告白に一同は動揺した。
それに、当事者であった父上もまさかこのような動機で公爵がしたとは、想像もつかなかっただろう。
「セドリック……今更許されることではないが言わせて欲しい。私の自分勝手な想いで……君の人生を狂わせてしまった。すまない……」
父上は沈黙を貫いたので、公爵が原因で背負わさせられた運命、苦境、それについての思いは、この場で語られなかった。
「順を追って説明しよう」
ギルバートが落ち着いた声で語り出す。
「そのドドビー男爵はアルフが幼い頃に務めていた屋敷の主人。そして――」
ギルバートはゆっくりと自身の横に顔を向けた。
「母上――アデレイド王妃、あなたの亡くなったご親友の元配偶者で……夫妻はゾーイ殿の親でもありますね」
皆が一斉に驚愕の声を上げたが、一番驚いているのはそれまで母方の祖父母に育てられ、両親を知らなかったゾーイだ。
「発言をお許しくださいませ。王妃殿下――以前、あなたは私の両親はご存知ないと。ですが、今王太子殿下が仰ったことは……本当なのですか?」
ゾーイが初めて声を出した。ふわふわの金色の髪の毛が揺れる。このような緊迫した内容でなければ、可憐な響きはまるで音楽を聴いているようだ。
「ごめんなさいね、ゾーイ。あなたに真実を伝えるには……とても複雑だったのよ」
ゾーイは聞きたいことが色々ありそうだったが、懸命にも頷いただけで沈黙した。巷では聡明でないと言われているが、ある程度の分別はある。そうでなければ愛妾として上手く国王と王妃の間に立てないだろうし、幼い頃から目まぐるしく変わる環境に適応できないだろう。
「マルフォニアから派遣した調査団に加わったバジルとその母親に調べさせたが、ダリス王国の縞草、あれはゾーイ殿の母方の祖父母、チャティー家の植物園がドドビーによって燃やされた時、そこにあった植物が熱と反応して突然効果を表したものだと結論付けた」
「殿下。ではあれは意図的に繁殖させたのではなく、自然に広がっていった――ということでしょうか?」
オルドの疑問に、ギルバートは否定した。
「違う。生き残ったドドビーがその作用に気付き、復讐するために繁殖させたのだ」
「報復――ですか? それは……ダリスへの?」
「大きく言えばそうなのかもしれないが、実際には、ある人物へ恨みを晴らすために行ったと考えている」
その人はすでに自分だと分かっているのだろう。緊張した面持ちがより一層彼女の美貌を際立たせた。
「アデレイド王妃、貴女への返報です」
「妹に復讐とはどういうことだ? ギルバート、説明してくれ」
通訳を介すため、少し遅れてアデレイドの兄、ダリス王国王弟が声を上げた。
「王弟殿下――伯父上、申し上げます。その前に母上、あなたが隠したいであろう過去を明るみにさせていただきますが、よろしいですね?」
王妃は小さく首を縦に動かした。
「それとゾーイ殿、今から話すことはあなたにとって辛いことだと思うが――」
「……ご心配ありがとうございます。ですが――大丈夫です」
両夫人に確認したギルバートが話し始めた。
「ドドビー夫人はゾーイ殿を出産した後、自ら命を絶っている。そして――それをお怒りになったアデレイド王妃がダリス国王陛下の名を使い、爵位を剥奪しました」
「アデレイド。私はてっきり兄上だと思っていたが……あの家を断絶させたのはお前だったのか」
「ええ」
アデレイドが悪びれもなく答える。実際に元男爵の悪行を知っている者たちは、彼に同情すらしないだろう。
静かなこの部屋で、鼻をすする音が聞こえてくる。母親の最期を想っているゾーイであろうと思ったが、意外にもそれはセドリックだった。
――父上が?
高等教育時代に暮らしていた屋敷の夫人だ。関わりは普通にあったのだろうと想像できる。ペイナンド公爵から聞いた話が頭の中を去来する。
――もしかして……父上は夫人と男女の関係だったのかも……
「爵位を剥奪され、財産を取り上げられたことを恨んでいたドドビーがその約八年後にチャティー夫妻を殺して放火し、その結果、偶然にもドドビーは縞草の作用に気付いた。そしてそれを国内で繁殖させたのだ。マルフォニアとの関係が悪化すれば、王妃が離縁されダリス王国へ戻ってくるだろうと見越して。仕返しするために」
唸り声がいくつか聞こえてくる。
「では――ローレル殿はなぜ殺されたのでしょうか?」
「俺の考えでは、ドドビーがまだ生きていることに気が付いたある人物がドドビーをマルフォニアへ密入国するのを助け、アルフが縞草に対抗する植物を作っているとの情報を教え植物園へ仕向けた」
「……どういうことでしょうか?」
「実際はアルフ、お前を殺す予定だったのだろう」
ギルバートの知能の高さに周りは理解するのがやっとだ。
問われたアルフはその場面を頭の中で再確認するように目を瞑り、細い声で言った。
「ええ。あの夜……私は仕事を終え部屋にいたのですが、元ご主人様――ドドビーがマルフォニアにいると緊急の連絡があり……植物園へ急いで向かいました。ですが、すでに手遅れで……間に合わず申し訳ありません」
「伝えたのは――リュート宰相、貴殿だな」
「――はい、私でございます。殿下、守れず……お詫びいたします」
あの時の彼女の記憶はそういうことだったのだとマシューは一人納得した。
今の言い方は――父上はローレルとギルバートの関係に気付いていたのだろうか。
「殿下、ある人物とは一体……」
王弟の質問に、ギルバートはその人物を見据え、口を開いた。
「ダニエル・マッカー、ペイナンド公爵。ローレル殺害事件、縞草の蔓延と資源の相場を上げ両国間の混乱を招いた。そして――三十三年前にあったシャーディル侯爵家の借金。全て貴殿とその父親、前公爵が画策したことだ!」
一同に衝撃が走る。この国において身分が高く恵まれている公爵がなぜ……?
「貴族管理部に提出された三十三年前の財政報告書――それによると、前年まで一切財政上の問題がなかったシャーディル家が突如莫大な借金をしたことになっている」
その言葉に合わせてジェームズが紙を掲げたが、父上の表情に変化は見受けられない。
「記載されている理由は領地経営の悪化だ。だが――天候不良などはなく、思い当たる原因も特にない。また書類には幾つか不可解な点が見受けられた。シャーディル侯爵家の借金、実際は父上――いえ、ニコラス国王陛下……貴殿が王太子時代に、現ペイナンド公爵に唆されて作った借金ですね?」
周りから息を呑む音が聞こえてくる 。
だが国王は一瞥しただけで何も答えなかった。予想していた通りの反応なのか、ギルバートはジェームズに視線を向け、ジェームズが二冊の本を手に持ちながら話し出した。
「ご覧ください、こちらはシャーディル侯爵家元侍従の家で保管されていた元侯爵夫妻の日記と、貴族管理部に提出された報告書とは別に付けられていた侯爵家の本当の財政帳簿になります」
広い議場にジェームズの声が響き渡る。
「古い王宮付き侍従にも確認いたしましたが、元々はペイナンド前公爵マクシミリアン様とシャーディル前侯爵夫人ベラ様が婚約されていらっしゃったそうです。ですが――マクシミリアン様はベラ様に全く関心をお持ちでないように見受けられ、その後婚約は解消、ベラ様はご存知の通り前侯爵アントニー様と最終的に結婚なさいました。ベラ夫人の日記にも同様の内容が綴られております」
ジェームズは周りの反応を観察しながら続ける。
「ベラ様は日記を毎日ではなく、何か特別な出来事があった時のみ書かれていたようです。ご成婚から十七年後、マルフォニア歴二百八十八年にも気になる書き込みがありました。それによりますと、円満だと思っていた婚約破棄を前公爵が恨んでおり、子息――ペイナンド現公爵と当時の国王親子を巻き込んで仕返しをされたとの記載がありました。それは、この報告書にあります借金をされた年と同じでございます」
「ペイナンド公爵」
ギルバートに名指しされ、公爵は表情をより一層硬くした。
「父親に言われシャーディル侯爵家に返報するため現国王を利用した。いくら父親の頼みとはいえ、王族を操り友人を裏切った。そしてドドビーがマルフォニアへ入国するための手助けをし、結果一人の女性が犠牲になった。その動機はなんだ?」
「…………」
「公爵、証拠は揃っている。それでも言わぬなら少々荒いことをして吐かせるまでだ。幸い我が参謀部に得意な部下がいる。黙っていても貴殿に得はないぞ」
長い沈黙の後、観念したのか公爵は声を震わせながら、少しずつ想いを絞り出す。
「……格好良くて、真面目で、優しくて……皆から尊敬されるセドリックが、憎かった……」
「だから、陥れたと?」
ギルバートの問いに、公爵は頭を左右に振り否定しながら一気に吐き出した。今まで胸の奥底に厚い蓋をして秘めていた想いは、一度開かれれば水位が上がった川が洪水になるように、溢れ出す他に行き場がない。
「……嫉妬していた。あんな結果になると、まさかセドリックがダリスへ行かされると思わなかった」
「なぜそう思っていたんだ?」
「私たちが幼かった頃、父上たちは円満に交流していた――しているように見えた。父上が前侯爵夫妻を恨んでいることなど知らなかったのだ。だから……シャーディル家の借金をペイナンド家が援助し、恩を着せ出世で有利に立つためだと言った父上の言葉を信じていた……」
「貴殿の家柄は公爵だ。そのようなことをせずとも王族を除いて社交界での地位において並ぶ者はほぼいない。そう考えなかったはずはないだろう。自分にとって都合の良い方向に信じ込むには他に理由がある。違うか?」
静まった部屋に、再度ギルバートの声が響き渡る。
「それに――ドドビーに植物園を襲わせたことと相場を混乱させた理由はなんだ? 両国間の戦争が目的か」
その怒気を含んだ声の中に、喪失感も混ざっていることをマシューは敏感にも感じ取っている。
「セドリックとゾーイ嬢が頻繁に会っていると……」
公爵がそう言った瞬間、僅かに国王が関心を示した。だが公務に興味がないと噂されるニコラスは発言するのも面倒なのか、少し顔をセドリックに向けたのみだったので、公爵は先を続けた。
「王宮で働いている侍女に確認すると、ゾーイ嬢が王妃殿下とセドリックの連絡を取り持っていると教えてくれた。それで……二人の仲が三十年前からまだずっと続いているのかと思った。だから王妃殿下をダリスに戻し、二人を……引き離したかったのだ」
公爵は静まりかえる議場で、自身の想いを吐き出した。
「…………セドリックが欲しかった! 嫉妬して狂わしいほど……独り占めしたかったのだ! 父上の言う通りにすればセドリックは私の物になると言われた。だからあの時、父上に協力したのだ。今回のことも……相場の混乱はペイナンド家がやっている事業で安定させることが可能だ。だから、王妃がダリスに戻った後にセドリックに話を持ちかけるつもりだった。王妃のためなら断らないだろうから……」
公爵の告白に一同は動揺した。
それに、当事者であった父上もまさかこのような動機で公爵がしたとは、想像もつかなかっただろう。
「セドリック……今更許されることではないが言わせて欲しい。私の自分勝手な想いで……君の人生を狂わせてしまった。すまない……」
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