僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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もう一つの真実

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 ノーマンに説明されたダリス王弟は妹の思いがけない不義の話に驚愕した。
 
「まさかアデレイド……」
 
 マルフォニアでも伴侶以外と関係を持つことは褒められる話では決してないが、ダリスでは完全に嫌悪されている。ましてや前ダリス国王夫妻――彼らの両親はお互いを生涯いつくしみ、尊敬し合い最期まで愛情を育て続けた。
 現在はマルフォニア王妃だが、ダリス出身のアデレイドの気質は当然両親譲りだと彼女の兄は考えていたからだ。
 ニコラスから冷遇されていることは当然知っていたが、そこは王族の運命さだめである。
 華やかで周りから憧れられることが多い王族だが、実際は衣食住の保証と引き換えにどんな理不尽な状況――夫である国王から一切の愛情がもらえないなどにも、涼しい顔で耐え忍ばなければならない。
 寂しさを他の相手で埋めるなど、彼の常識では許されることではない。
 
「アデレイド、リュート宰相。今公爵が言った関係は本当なのか」
 
 王弟が訊いたが二人は何も言わず、代わりにギルバートが答えた。
 
「伯父上。お二人の関係はまだ分かりませんが、三十年前に母上が王都のシャーディル邸をお忍びで何度か訪れたこと、それと、リュート宰相とゾーイ嬢が定期的に密会していることも確認しております。ペイナンドが言ったようにゾーイが母上からの手紙をリュートへ渡しているとの侍女の証言があり、ゾーイは二人の連絡を助けていると考えております。母上、これはどういうことでしょうか?」
 
 普段は堂々として冷静な王妃は、俯きつつもしっかりとした声で言った。
 
「わたくしの口からは言えない。だがわたくし達は決してそのような、不適切な関係などではない!」
 
 ギルバードは溜息をつく。
 
「では、リュート。貴殿が話せ」
「王太子殿下、ご無礼をお許しください。王妃殿下と私は不貞など決してしてはおりません。ですが――この場での説明は……ご勘弁いただけないでしょうか」
 
 その言葉に、ギルバートは睨むような視線を向ける。
 
「あなた達が男女の関係でないと言うなら、なぜゾーイを使い人目をはばかる?」
「…………」
 
 恐れ多くも無言を貫こうとしているセドリックを見るに見兼ねたゾーイが口を開いた。
 
「ギルバート王太子殿下。発言することをお許し願えますでしょうか」
「許可しよう」
「ありがとうございます」
 
 ゾーイは礼を言いながら頭を下げると、セドリック・マシュー親子と同じ金髪の髪の毛が揺れた。
 緊張した面持ちでセドリックを真っ直ぐに見つめて話し出す。
 
「わたくしも――ずっと不思議に思っておりました。アデレイド王妃とセドリック様のやり取りを……」
 
 ――これは……見守ってよいのか?
 
 一同は、ゾーイが何を話し出すのか検討がつかない。爆弾発言するのではないかとの緊張した空気が室内を満たす。
 
「わたくしもお手紙を見せていただくこともありましたが、本当に普通の……天気や食べ物についての内容だったので。なぜわたくしに頼まれるのか……もちろん嫌であったのではありません。ですが、尋ねたことはありませんでしたが、どうしてなのだろうと思っておりました」
「それは……だが、これでわたくしとセドリックの間にやましいことなどないと分かったであろう。それで良いではないか」
 
「これ以上訊くな」と言いたげな強い口調だ。 
 ゾーイがギルバートの方を向き、問いたげな目で見た。その意味を正しく汲み取ったギルバードは、ゾーイに「続けてよい」と促した。
 
「わたくしは――知りたいのです。セドリック様……貴方は祖父母を亡くしたわたくしとアルフを引き取り、領地で育ててくださいました。そして……アデレイド王妃の元へ行ってからも、常に気に掛けてくださいます」
 
 彼女が何を言おうとしているのか検討がついているのか、王妃とセドリックが青ざめている。
 
「もちろんセドリック様の優しさからだと思うのですが……」
 
 ――父上はゾーイ様が好き? いや、ドドビー夫人が好きだったのか……だから彼女の娘を見守っている。だが、元男爵は父上に酷いことをした張本人だ。そんな簡単に割り切れるのだろうか。
 マシューの思考を断つように、ゾーイが続けた。
 
「もしかして――わたくしのお父様でいらっしゃるから……でしょうか」


 
「……えっ……?!」
 
 ――ゾーイ様が父上の子供?
 
 ゾーイの発言に王妃、セドリック、アルフ以外の男たちが瞠目した。愚鈍ぐどんと陰口を叩かれ、自身の快楽にしか興味が無いニコラスでさえも固まった表情を顔に載せている。
 
 驚きの時間を過ぎれば後は静寂だ。静まり返る室内の中、全ての視線がセドリックに注がれる。
 直接問われてしまっては、返答は肯定か否定の二つしかない。
 セドリックは諦めと、自身の緊張を抑えるかのようにゆっくりと深呼吸し、口を開いた。
 
「……ゾーイ。今まで言わなくてすまない。確かに私とルシア夫人の娘だ」
「セドリック様――いえ、お父様……と、お呼びしてもよろしいでしょうか」
 
 肩の荷がおりたような、だが少し複雑な表情をしながらセドリックは頷いた。
 
「隠していたことを赦してほしい。それと……マシュー」
 
 不意に呼ばれ、マシューは顔を強ばらせながらかしこまると、「お前にも黙っていて悪かった。ゾーイとマシュー、お前たちは異母姉弟だ」と説明されたが、急に言われても実感はとてもじゃないが湧かない。
 
「母上、あなたはご存知だったのですね」
 
 マシューが醸し出してしまった不穏な空気を断ち切るかのように、ギルバードは柔らかい声で尋ねる。
 
「――ええ。ですから……二人が交流できればとゾーイに手紙のやり取りを頼んだのですが、それがわたくしとセドリックの不義を疑われるなど、思ってもみませんでしたわ」
「ではアデレイド、お前はそれを三十年前から知っていて……それでゾーイ殿を自分の侍女として引き取ったと?」
 
 兄の問いにアデレイドは悲哀が混ざった笑みを浮かべて肯定した。その大切に守ろうとした亡き親友の娘が、自身の夫である国王の愛妾とされてしまうとは何とも皮肉な話だ。

 
 マシューは話された言葉を文字として聞き取ることはできたが、頭が――自身の心が受け入れることを拒否しているかのように、理解することは不可能だった。
 もちろん父上がローレルを刺したのではなかったことは安心――したが、今まで信じていた自分の基盤が地面からひっくり返されたような気分だ。
 それに――僕とゾーイ様が異母姉弟なら、ギルとの関係は……と、周りが国政を左右する話し合いをしている中で色恋に悩む自分を恥じ入る。
 オルドが一同のざわつきが和らいだ状況を見計らい、疑問を口にした。
 
「王太子殿下。ドドビーはまだマルフォニア国内に潜伏している――ということでしょうか」
 
 公爵が顔を背けたのを、ギルバートは見逃さない。
 
「すでにライアン達をペイナンド邸に差し向けている。追って連絡が入るだろう」
 
 その言葉に公爵は項垂うなだれ、とどめを刺すかのようにギルバートは続けた。
 
「ダニエル・マッカー。三十三年前の不正から始まった一連の事件に関わった容疑で身柄を確保する。爵位剥奪、投獄は免れない。それと――」
 
 ギルバートがマシューを真っ直ぐ見つめる。濃い青色の瞳には強い意志が込められているが、それは憐れみではなく慈しみだ。
 
「貴殿の屋敷内で起こったシャーディル侯爵嫡男、マシュー・リュートへの暴行事件に関してだが、なぜあいつらをマシューの所へ向かわせた?」
 
 その言葉に誰よりも強く反応したのは父であるセドリックだ。衝撃を受け、手を口元に当てて震えている。
 
「実行犯のゲイズ男爵三男ら三人は勾留し、すでに取り調べはすんでいる。マッカー、動機を話してもらおうか」
 
 ギルバートが鋭い視線を投げかけると、すでに公爵は訊問に対して黙秘する気はないようで、すぐに理由を口にした。
 
「マシュー君が乱暴を受けている最中に私が助ければ、セドリックが来て……私と話してくれると思ったんだよ……」
 
 そんなことのためにマシューをあんな目に合わせたのか……と一同は衝撃と呆れで何も言えなかった。だがペイナンドは王族にも繋がる裕福な公爵家、マルフォニアで一、二を争う貴族である。おそらく幼少期から欲しい物は当たり前に手に入る環境だったため、初めて心底しんそこ熱望したものを諦めるという選択肢が受け入れられなかったのかもしれない。

 一方のマシューはやすやすと襲われてしまったことも事実だが、それ以上に父上に耐え難い記憶を呼び起こさせてしまったであろう、自身の情けなさを恥じた。
 だがセドリックの方を見ると、セドリックは完全に父親として息子が受けた非道な行いを悲しんでいる様子だ。
 室内が沈黙に包まれる中、ギルバートはオルドに目配せをし、外にいる近衛兵と共にダニエル・マッカーを連行させた。
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