僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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悲痛な想い

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 馬車が王宮へ着くと、ライアンは任務のためオルドがいる執務室へ向かった。
 一方のマシューは王族が暮らしている宮殿まで進み、門番にジェームズまでの取り次ぎを申し入れる。
 
 ――殿下がいるといいけど。
 
 少し待っていると、ギルバート自らやってくるのが見えた。まさかのお出迎えに、マシューはおろか門番を務めている近衛兵らもたじろいだ。
 
「マシュー。意外と時間が掛かったみたいだな、もっと早いと思っていたが」
「殿下、遅くなり申し訳ございません」
 
 ギルバートはマシューの前まで進み出て、耳元でそっと囁いた。
 
「いや、俺がお前に会いたくて待ちくたびれただけだ」
 
 硬直しそうな体を必死に動かし、マシューはギルバートの後に付いていく。
 公務用の執務室かと思っていたが、入ったのは寝室に併設されている部屋だった。マシューは促されるままソファーに座り、あの二冊の本をテーブルに置いた。
 ギルバートが酒を両手に持ち戻ってきた。
 
「殿下。領地から持ってきた前侯爵夫妻の日記、それと――侯爵家の真の帳簿になります」
「ジェームズとオルドがすでに提出された過去の財政報告書を調べている。照らし合わせれば証拠も見つかるだろう。この日記を――俺が読んでもかまわないか?」
 
 マシューは真剣な面持ちで頷いた。

『マルフォニア歴二百六十九年 十二月六日』
 今日は記念すべき日だわ。お父様とお母様がマクシミリアン様との婚約解消を認めてくださった。マクシミリアン様もわたくしのことなど全く興味無さそうだったし、お互いにとって良かったわ。これでやっと愛する男性ひと 、アントニー様と一緒になれる。
  ~
『マルフォニア歴二百七十三年 十月二十五日』
 わたくし達の宝物、セドリック、何て愛おしいのかしら。息子を大切にしすぎて、勇敢なはずの旦那様が抱っこするのも震えていて微笑ましかったわ。
  ~
『マルフォニア歴二百八十八年 五月四日』
 まさかマクシミリアン様がこんな仕返しをするなんて……わたくしのことをここまで嫌って恨んでいたことに気が付かなかった。ご子息と国王陛下達まで巻き込んで……旦那様に何とお詫びをすれば……それに愛しいセドリックも取られてしまう。絶望しかない。
 ~
『マルフォニア歴二百八十八年 九月二十七日』
 私の愛するベラ、君に永遠の愛を誓おう。
 ~ 
『マルフォニア歴二百九十二年 一月十三日』
 私はどうすべきだったのか。ベラ……君だけでなく私達の最愛の息子、セドリックにまで不幸を背負わせてしまった。私は……ペイナンド親子と国王親子が憎い。だがどうか――セドリック、せめてこれからはあの子と幸せになってくれ。

 読み終えると、ギルバートは硬い表情のままマシューを真っすぐ見つめた。
 
「ペイナンド前公爵はマシューのお祖母様を前侯爵に取られた復讐――ということだろうか」
 
 マシューもそうだろうと想像するが……すでに前公爵達は亡くなっている。確かめるすべはない。
 
「あの子――とは、アデレイド王妃のことでしょうか」
「分からない。お前の母上ではないのか?」
「侍従に以前聞いた話では、両親が結婚したのは僕が生まれる二年前です。おそらく日記に書かれている年にはまだ出会っていないかと……」
「そうか……」
 
 ギルバートがそっとマシューの横に移動した。
 
 ――温かい。
 
 包み込まれた体が愛しい人の熱を感じ、マシューの鼓動が早くなっていく。このまま何も考えずに欲望のまま身を任せたいと思う。
 だが、まだ何も解決していない。周りの不幸を見て見ぬふりをして、自分だけギルバート甘えるわけにはいかない。

「殿下――」
 
 次に続く言葉を発する前に、急に貪るように口を奪われた。
 
「んっ……っ……」
 
 音を立てながら舌を絡められ、息をするのも儘ならず、痺れるような快感が襲う。やっと解放され肩で息をしながら顔を見あげる。
 
「なぜ殿下と?」
「それは――任務中なので……」
「二人しかいない時は名前で呼べと言っただろう。お前はそんなに俺と近づきたくないのか! 夜会に出て他の女を探すくらい!」
 
 ――あ、まだやっぱり怒ってる……
 
「違います! 殿……ギルに何も言わずに出たのは申し訳なかったですが、でもそれは仕方がなかったからで……今後は気を付けます」
「何を気を付けるんだ? まさか俺に事前に言っておけば女を紹介されてもいいと思っているんじゃないよな?」
「そっそんなことは……」
 
 怯えたマシューを見て、ギルバートは我に返り、大きく溜息をついた。
 
「すまない。詰問したいんじゃない。お前といるとダメだ、調子が狂う」
 
 否定の意味で理解し、顔を曇らせたマシューをそっと抱きしめる。
 
「違う。俺が言いたいのは、お前のことが好きすぎて余裕が無くなるってことだ」
「ですが……僕は……」
「マシュー、いいから聞け。俺たちは今問題に取り掛かっている。その結果がどうであれ――それが終わったら、俺はお前のことを公表したい」
「――公……表?」
「そうだ。婚約相手として」
 
 想像していなかった内容に、言葉が詰まってしまった。固まって動かない唇にギルバートはそっと自身の唇を重ねる。
 
「返事は後ででかまわない。そもそもまだ求婚をしていないしな。さて――話を戻すが、公爵と宰相父親、お前はどっちに訊きたいかな?」
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