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第1章 0日婚の申し込みととまどい
⑤
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エレベーターホールまで来ると、彼がボタンを押し、扉が開くと私を先に乗せてくれた。
誰もいない空間に、わずかな緊張が走る。
──そういえば。
ふと、思い出してしまう。
元カレは、こういうことをしてくれる人じゃなかった。
駅まで見送ることもなく、「帰るなら気をつけて」とLINEで済ませるような人だった。
でもそれでいいと思ってた。
恋人なんだから、そんなことは形式的で、必要ないって──
……違う。私は、彼のことが好きだったから、そう自分に言い聞かせてただけなんだ。
10年も一緒にいられた理由はただひとつ。
彼を、純粋に好きだったから。
──けれど、それだけじゃ結婚はできなかった。
そんな思考に沈んでいると、途中の階でエレベーターが開いた。
「あ……」
数名の社員が乗り込んできて、私と神楽木さんの姿を見た瞬間、ほんのわずかに空気が変わった。
「部長、お疲れさまです。」
「ああ。」
神楽木さんは軽く頷き、私にも目を向ける。
そして、次の階でもまた扉が開き、今度は数人が一斉に乗り込んできた。
さすがは一流企業──出入りする人の数も、スーツの質感も、どこか漂う空気感さえ違う。
私は自然と身体をすぼめ、他の人にぶつからないように立ち位置を調整する。
──その時だった。
「……狭くないですか?」
低く抑えた声が、耳元に落ちてきた。
ドキッとする。
反射的に振り返りそうになって、けれど横を向けない。
距離が近すぎて、顔を向けたら頬が触れてしまいそうだから。
神楽木さんは、ほんの僅かに私の前へと身体をずらしていた。
そして、彼の手がそっと壁に添えられている。
まるでガードするように。──他の人が、私に近づけないように。
誰にも気づかれないように、自然に。
でも、確実に“守られている”と感じられる距離感。
胸がじわっと熱くなった。
──こういうところなんだ。
誰にも媚びない。けれど、誰かを守る強さがある。
御曹司という立場に甘えず、実力で“部長”に就いている理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
一言も声を上げず、何も言わないその仕草に、
私はまた、心を静かにかき乱されていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、神楽木さんと目が合った。
その瞳は、まっすぐで真剣で──でも、どこか優しさを含んでいた。
まるで、そっと見守ってくれるような、そんな眼差し。
心臓が、また跳ねた。
こんな人だったら、もしかして……
結婚しても、いいのかもしれない──
……って、私はなにを考えてるの?
我に返って、ぐっと目を伏せた。
相手は、神楽木律。
一流企業の御曹司で、会社の部長。
私とは住む世界が違う。
たまたま今、偶然仕事で関わっただけで、私なんかが結婚の対象になるなんて、あるわけない。
誰もいない空間に、わずかな緊張が走る。
──そういえば。
ふと、思い出してしまう。
元カレは、こういうことをしてくれる人じゃなかった。
駅まで見送ることもなく、「帰るなら気をつけて」とLINEで済ませるような人だった。
でもそれでいいと思ってた。
恋人なんだから、そんなことは形式的で、必要ないって──
……違う。私は、彼のことが好きだったから、そう自分に言い聞かせてただけなんだ。
10年も一緒にいられた理由はただひとつ。
彼を、純粋に好きだったから。
──けれど、それだけじゃ結婚はできなかった。
そんな思考に沈んでいると、途中の階でエレベーターが開いた。
「あ……」
数名の社員が乗り込んできて、私と神楽木さんの姿を見た瞬間、ほんのわずかに空気が変わった。
「部長、お疲れさまです。」
「ああ。」
神楽木さんは軽く頷き、私にも目を向ける。
そして、次の階でもまた扉が開き、今度は数人が一斉に乗り込んできた。
さすがは一流企業──出入りする人の数も、スーツの質感も、どこか漂う空気感さえ違う。
私は自然と身体をすぼめ、他の人にぶつからないように立ち位置を調整する。
──その時だった。
「……狭くないですか?」
低く抑えた声が、耳元に落ちてきた。
ドキッとする。
反射的に振り返りそうになって、けれど横を向けない。
距離が近すぎて、顔を向けたら頬が触れてしまいそうだから。
神楽木さんは、ほんの僅かに私の前へと身体をずらしていた。
そして、彼の手がそっと壁に添えられている。
まるでガードするように。──他の人が、私に近づけないように。
誰にも気づかれないように、自然に。
でも、確実に“守られている”と感じられる距離感。
胸がじわっと熱くなった。
──こういうところなんだ。
誰にも媚びない。けれど、誰かを守る強さがある。
御曹司という立場に甘えず、実力で“部長”に就いている理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
一言も声を上げず、何も言わないその仕草に、
私はまた、心を静かにかき乱されていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、神楽木さんと目が合った。
その瞳は、まっすぐで真剣で──でも、どこか優しさを含んでいた。
まるで、そっと見守ってくれるような、そんな眼差し。
心臓が、また跳ねた。
こんな人だったら、もしかして……
結婚しても、いいのかもしれない──
……って、私はなにを考えてるの?
我に返って、ぐっと目を伏せた。
相手は、神楽木律。
一流企業の御曹司で、会社の部長。
私とは住む世界が違う。
たまたま今、偶然仕事で関わっただけで、私なんかが結婚の対象になるなんて、あるわけない。
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※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
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