【完結】またたく星空の下

mazecco

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3章

第27話 生き辛そうな人たち

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 その夜、通話で海茅の話を聞いた匡史は、バツが悪そうに笑った。

《あー。分かるなー、それ》
「どっちの気持ちが分かるの?」
《どっちも。俺はそんなに絵が上手じゃないけど、それでも時々友だちに褒めてもらえるでしょ? 主にみっちゃんにだけど》
「だって上手いもん」

 匡史は《ありがと》と応えたが、自分ではそう思っていないことが分かる言い方だった。

《でも、俺は自分より絵が上手な人を知ってるから、自分の絵が上手だとは思えない。それに教室に通ってる上手な人たちでも、自分の絵が下手だって思ってる人いるよ》
「そうなの? えー、どうして?」
《やっぱり、自分より上手な人を知ってるからだと思う。目が無駄に肥えちゃって、自分の絵のダメなところ分かるし。だって教室の中で上手くても、画家と比べたら見劣りするでしょ》

 だんだんと興奮してきたのか、匡史がいつもより早口になる。

《あのルノワールでさえ、自分の絵が下手だーなんて言ってたこともあるらしいんだ。世界的に有名な画家がそんなこと思うんだから、プロでもない子どもが自分のことを下手だと思っても仕方ないと思うんだよね》

 そこで匡史は突然言葉を切り、黙り込んでしまった。

「ん? どうしたの匡史君」
《あ……ごめん。またやっちゃった》
「やっちゃったって何が?」
《いや、俺さ、画家のことになるとどうしても熱くなっちゃうんだよね……。こんな話聞いても退屈でしょ》

 海茅はキョトンとして、首を傾げた。

「どうして? 楽しいよ?」
《……気、遣わなくていいよ。自分で分かってるから》
「ううん。もっと聞きたいけど。だってこんな話聞かせてくれるの、匡史君だけだもん」

 また匡史が黙ってしまった。まるで悪いことをしたような空気を出している。
 その感覚が海茅には分からず、呟いた。

「画家に詳しいってすごいことなのに」
《……ありがと。嬉しい》
「うん……? こちらこそ、面白い話聞かせてくれてありがとう。また聞かせてよ、画家の話」
《うん。聞いてほしい画家の面白いエピソード、たくさんあるんだ》

 海茅には、特に得意なことも好きなこともない。最近やっとシンバルが特別好きなものになりつつあるが、それ以外はからっきしだ。
 そんな彼女にとって、人とは少し違う好きなものがあり、加えて知識がある匡史には尊敬に近い気持ちが沸き上がった。
 だからこそ海茅は不思議に思う。

(匡史君も如月さんも、どうして特技があるのにちょっと自信がなさそうなんだろう)

 何も持っていない私には分からない世界なのだろうな、と海茅はぼんやり感じた。
 通話を切る直前、匡史が明日香の話についてもう一度触れた。

《もちろん自分に自信を持つのは大事なことなんだけどさ。俺は、上手なのに自分のことが下手だと思ってる人、結構好きなんだ》
「どうして?」
《だって今の自分じゃ満足してないってことだから。上達しても満足せずに上を目指せるって、すごいことじゃない?》
「確かに!」

 海茅にその発想はなかったので、目から鱗だった。
 しかし匡史は苦笑いをして、話を続ける。

《……まあ、俺もそのタイプだからさ。自分のことが上手だと思えないのって結構キツいんだ。筆折らないためにも、こうやって必死に自分を肯定してる》

 通話を切ったあと、海茅はぼんやりとベッドに寝転んだ。
 匡史も明日香も、あんなにすごい人たちなのに自信を持てないなんて、なんて生き辛そうなんだろうと考えると、海茅はなかなか眠れなかった。
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