断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

8 毒母

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 私は、ぎょっとして振り返った。

 ドレス姿の人物がこっちへ走ってくる。
 水色の髪を結い上げた女性だ。

 その後ろには数人の護衛兵。
 一人は紫のローブを着ている。
 あれは、状態異常を引き起こす暗黒術師のものだ。

「お母様……」

 リリィが目を泳がせる。
 群衆は、「マチルダ様だ」と背中を丸めて囁き合う。

 リリィの母マチルダは、先代の聖女だ。
 そして、代々聖女を輩出するエルディリス家の現当主。
 その権力は国王とほぼ同格だ。

 原作ではさっきの襲撃で死んでしまうけど、私が群れを吹き飛ばしたから生きているらしい。

 ギデオンや兵士はマチルダに服従を示すため、全員膝をついた。
 マチルダは、そんな彼らには目もくれない。
 リリィだけに微笑みかける。

「ああ、リリィ!急に嵐が来たから心配したのよ。処刑監督、お疲れ様。さあ、一緒に帰っ……あら?」

 私に気付いたマチルダは、不愉快そうに顔をしかめた。

「どういうこと?目障りな女が、どうしてまだ生きてるの?」

「……」

 私は怒りを抑えるため、奥歯を噛み締めた。

 マチルダの言い方も癪に触るが、それだけじゃない。
 アナベルの記憶がチリチリと神経を刺激する。

 マチルダは、昔からアナベルを見下してきた。

『浅ましいのはお姉様譲りかしら。お姉様も、あなたみたいにペンダントを狙っていたわ。聖女でもないくせに』

 アナベルの母は、マチルダの姉だった。
 アナベルが赤ん坊の時に亡くなったから、詳しい人柄はわからない。

 しかし、マチルダにとっては邪魔な存在だったらしい。
 その娘であるアナベルも。

 目の前に立つマチルダは、私に向かって舌打ちした。

「本当にしぶとい女ね。斬首じゃなくて馬に乗せるべきかしら。そうしたら、お姉様みたいに落馬死するかもね」

「なっ……!」

 不謹慎だと言い返そうとして、私はハッと口をつぐんだ。

(アナベルの母親もペンダントを狙ってた……ってことは、本物の聖女だったの?それならマチルダは偽物?)

 一応聖女の血を引いているから、偽物というより劣化版というか。
 でも、マチルダはどうやって聖女の座に……

 いや、彼女は周りから溺愛されていた。
 母親──先々代の聖女にも。
 そんな人が「後継者はマチルダ」と主張したら、周囲の人間は何も言えない。
 聖女を決定する国王さえも。

 マチルダは断らなかったのか。
 確実に違和感はあったはずなのに。

 それとも、承知の上で聖女の座についたのか。
 だとしたら、リリィが聖女に選ばれたのはマチルダのせいでもある。

 母が聖女なら娘も聖女──リリィ自身もそう思い込み、逃げられなかったに違いない。

(全部私の妄想だけど……あり得る話だよね)

 そう考えると腹が立ってくる。
 マチルダの見下すような目が、さらに私を煽る。

 苛立ちに任せてマチルダを睨むと、彼女は怯えた顔で後ずさった。

「な、何よ。いつもは幽霊みたいにボーッとしてるくせに」
 
 マチルダはそう言うと、私の隣にいる処刑人へ目を移した。

「ちょっと!早く処刑を済ませなさいよ。それしか能がないんだから。それとも、さっきの嵐で手が震えて剣が持てないの?」

「いいえ」
 
 処刑人は、感情のない声で答えた。

「先程の嵐は、アナベル様が起こしたもの。アナベル様は本物の聖女でしょう」

 目線が一切揺れない。
 まるで彫像が話しているみたいだ。
 
「マチルダ様。本当に、この場で斬ってよろしいのですか」

「イザーク、やめろ!マチルダに意見するな!」

 レオナルドが青ざめて、処刑人──イザークというらしい──に声をかける。
 マチルダはレオナルドを無視して、にやりと笑った。

「この強欲女が聖女?処刑人って、殺すことしか能がないと思ってたけど、頭もおかしいのね。そんなこと、あるわけが……」

 マチルダは嘲笑を浮かべ、私の胸元を見る。
 途端にその笑みがゆがんだ。

 次の瞬間、彼女は私の首にかかるペンダントを引っ張った。
 
「な、何すんのよ!」

 私は反射的に身を引いた。
 しかし、すぐに体が痺れて動かなくなった。

(まさか)

 マチルダの暗黒術師を見ると、相手も杖を構え、私をじっと見ていた。
 麻痺パラライズの術をかけられたらしい。
 
(嘘でしょ……そこまでする⁉︎)

 痺れは数秒で消えたけど、ペンダントは奪い取られてしまった。

「ちょっと、返してよ!」

 そう叫んだけど、マチルダには届かない。
 彼女は必死になって、自分の袖にペンダントを押し込んでいる。

「な、なんで?どうしてこれを、強欲女が……!」

「……私が貸したの」

 か細い声が聞こえた。
 背中を丸めたリリィが、マチルダのそばに立っていた。
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