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3章 隣国へ
3-8 約束します
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イザークは答えない。
石畳に目を落とし、拳を握りしめている。
厳しい表情からは迷いが伝わってくる。
あと一押しが必要らしい。
早く何か言わなければ。
イザークの気持ちが変わる前に。
私が懸命に考えていると、サムエルさんがまた口を開いた。
「イザークさん。あなたにとって、アナベル様はその程度の存在ですか?」
私は驚いて、サムエルさんの顔を見た。
声が明らかに苛立っていたからだ。
イザークは気を悪くしたのか、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「どういう意味ですか?」
「私も、死を考えたことがあります。これまでに何度も」
突然の告白に、私とイザークは目を見開いた。
「結婚後、私は次第に妻の奴隷と化していきました。魔王が現れてからは、家族からの手紙が届かなくなり、『戦いたくない』と泣き叫ぶ我が子を守ることもできず……息をするだけで辛かった。しかし、そのたびに生きねばと思い直しました」
「……なぜ?」
「子どもが『一緒にいて』と言ってくれたからです」
私とイザークは息をのんだ。
短い答えの中に、彼の強い思いが詰まっていた。
「対して、あなたはどうです?」
サムエルさんは、再び声に苛立ちをにじませた。
「アナベル様よりご自分が大切なのですね。だから、『一緒に生きてほしい』という願いを受け取れないのでしょう?」
あの穏やかな人がここまでイザークを煽るなんて。
よほど怒っているらしい。
普段が優しいからか、少し怖いとすら思ってしまう。
「あなたにとって、彼女はどうでもいい存在──」
「いいえ」
イザークは、強い口調で話を遮った。
サムエルさんを睨みつけていた彼は、ふと私を見つめると、手を伸ばしてきた。
骨ばった手が、牢と外の境を越えて、私の頬に触れた。
「約束します。これからは、アナベル様とともに生きます」
まっすぐに言われて、とっさに返事ができなかった。
硬直していると、イザークは小さく笑った。
「ご安心ください。もう、約束は破りません。何があっても、あなたが望んでくださるなら、私は生き延びてみせます」
そう告げたイザークの目に、光が見えた。
私は大きく息を吸い、膝に力を込めて立ち上がった。
「わかった、約束だよ」
「はい。……では、サムエル殿」
イザークがサムエルさんを見る。
サムエルさんは、さらに奥の牢屋を指し、二人はそこで衣類を交換した。
「サムエルさん、すぐに戻ってくるから。あと……ありがとう」
「私は何も。アナベル様、どうかお気をつけて」
「うん、リリィにも伝えるね」
頷いた時、階段の方から足音が聞こえてきた。
牢番が様子を見に来たらしい。
急いで牢屋の鍵を閉め、素知らぬ顔で階段を見上げる。
下りてくる牢番が何か言う前に、私とイザークは会釈して、そそくさと階段を上がった。
屋敷の裏口から出て、三日月の弱い光を頼りに、柵に沿って歩を進める。
見張りの兵士は、特に裏手は本当に少ない。
「屋敷の裏門にレオナルドたちが来るって聞いたけど」
「私もそのように聞いております……ああ、もう到着しておられますね」
イザークが柵の向こうを指差す。
騎馬の黒い影がいくつか見えた。
裏門を開くと、「アナベル?」と小声で呼ばれる。
「うん、私。遅くなってごめん」
ヒソヒソと返事をして、騎馬の影に近づくと、一人ひとりの顔が判別できた。
数が多いと思ったら、荷運び用の馬と世話係もいるらしい。
向こうも私を認識できたようで、一番近くにいるレオナルドが、ホッと息をついた。
「イザークも一緒だな」
「二人の馬は、ギデオンがひいてきてくれたわ」
リリィもこっちへやってきて、後ろを振り返った。
ギデオンが馬をひいて現れる。
「ギデオン、ありがとう……でも、なんか機嫌悪くない?」
「そんなことはありません、アナベル様はこの馬にお乗りください。ヘイルフォード公爵からのご指示です」
「お父様の指示?本当に?」
すぐには信じられない。
だって父は、私に何度も「馬に乗るな」と言ったのに。
「『アナベルは止めても聞かぬから』だそうですよ」
奥にいたエリオットが苦笑した。
ギデオンが振り向き、エリオットを睨みつける。
「おい、笑ってる場合か。公爵は『止めても聞かんが、イザーク殿と二人乗りをさせろ』ともおっしゃっていたじゃないか」
「私と?」
今度はイザークが驚いている。
ギデオンは苦々しげに「ああ」と呟いた。
「乗馬の腕も、剣の腕もたしかだから、アナベル様を任せられると。クソッ……俺だって国王親衛騎士なのに」
「ギデオン、しょうがないよ。アナベルさんだってイザークと一緒がいいだろうし」
ルークがしょんぼりと言った。
全員、はあ……とため息をつく。
「み、みんなも頼りになるよ。ただ、イザークは軍事大国の訓練を受けてるから。ね?」
「……」
励ましたつもりなのに、まるで手応えがない。
「と、とりあえず出発しよう。ほら、東の空がちょっと白くなってる。急がなくちゃ」
「そうですね……まあ、イザークは『死んでもアナベル様を守る』と言い切るくらいだから、仕方ないか……」
「ギデオン様。その発言、訂正いたします」
イザークのきっぱりとした言い方に、ギデオンがたじろぐ。
「訂正って、どう訂正するんだ?」
イザークは私を馬に乗せ、自分もその後ろにまたがると、迷いのない声で答えた。
「アナベル様もお守りしますし、私も生きます。アナベル様は、私と生涯をともにすると約束なさいましたので」
「はあ!?」
目を剥いたギデオンを、レオナルドが「静かに」と大慌てでなだめる。
リリィとルークは「え?え?」と混乱し、エリオットはまたため息。
その隙に、イザークは馬を歩かせ始めた。
「ま、待て、イザーク!約束ってどういうことだ?」
ギデオンたちが出遅れてついてくる。
「そうだよ、イザーク」
私は馬に揺られながら振り返った。
「今の言い方はちょっと……」
「間違ったことは申していません。それとも、約束には期限がありましたか?」
「き、期限はないよ。でも……」
堂々と口にされると恥ずかしい。
それをイザークに言うのは、もっと恥ずかしい気がして、私は黙って下を向いた。
「では、再度訂正する必要はありませんね」
イザークは事務的な言葉を、どことなく明るい声で言った。
石畳に目を落とし、拳を握りしめている。
厳しい表情からは迷いが伝わってくる。
あと一押しが必要らしい。
早く何か言わなければ。
イザークの気持ちが変わる前に。
私が懸命に考えていると、サムエルさんがまた口を開いた。
「イザークさん。あなたにとって、アナベル様はその程度の存在ですか?」
私は驚いて、サムエルさんの顔を見た。
声が明らかに苛立っていたからだ。
イザークは気を悪くしたのか、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「どういう意味ですか?」
「私も、死を考えたことがあります。これまでに何度も」
突然の告白に、私とイザークは目を見開いた。
「結婚後、私は次第に妻の奴隷と化していきました。魔王が現れてからは、家族からの手紙が届かなくなり、『戦いたくない』と泣き叫ぶ我が子を守ることもできず……息をするだけで辛かった。しかし、そのたびに生きねばと思い直しました」
「……なぜ?」
「子どもが『一緒にいて』と言ってくれたからです」
私とイザークは息をのんだ。
短い答えの中に、彼の強い思いが詰まっていた。
「対して、あなたはどうです?」
サムエルさんは、再び声に苛立ちをにじませた。
「アナベル様よりご自分が大切なのですね。だから、『一緒に生きてほしい』という願いを受け取れないのでしょう?」
あの穏やかな人がここまでイザークを煽るなんて。
よほど怒っているらしい。
普段が優しいからか、少し怖いとすら思ってしまう。
「あなたにとって、彼女はどうでもいい存在──」
「いいえ」
イザークは、強い口調で話を遮った。
サムエルさんを睨みつけていた彼は、ふと私を見つめると、手を伸ばしてきた。
骨ばった手が、牢と外の境を越えて、私の頬に触れた。
「約束します。これからは、アナベル様とともに生きます」
まっすぐに言われて、とっさに返事ができなかった。
硬直していると、イザークは小さく笑った。
「ご安心ください。もう、約束は破りません。何があっても、あなたが望んでくださるなら、私は生き延びてみせます」
そう告げたイザークの目に、光が見えた。
私は大きく息を吸い、膝に力を込めて立ち上がった。
「わかった、約束だよ」
「はい。……では、サムエル殿」
イザークがサムエルさんを見る。
サムエルさんは、さらに奥の牢屋を指し、二人はそこで衣類を交換した。
「サムエルさん、すぐに戻ってくるから。あと……ありがとう」
「私は何も。アナベル様、どうかお気をつけて」
「うん、リリィにも伝えるね」
頷いた時、階段の方から足音が聞こえてきた。
牢番が様子を見に来たらしい。
急いで牢屋の鍵を閉め、素知らぬ顔で階段を見上げる。
下りてくる牢番が何か言う前に、私とイザークは会釈して、そそくさと階段を上がった。
屋敷の裏口から出て、三日月の弱い光を頼りに、柵に沿って歩を進める。
見張りの兵士は、特に裏手は本当に少ない。
「屋敷の裏門にレオナルドたちが来るって聞いたけど」
「私もそのように聞いております……ああ、もう到着しておられますね」
イザークが柵の向こうを指差す。
騎馬の黒い影がいくつか見えた。
裏門を開くと、「アナベル?」と小声で呼ばれる。
「うん、私。遅くなってごめん」
ヒソヒソと返事をして、騎馬の影に近づくと、一人ひとりの顔が判別できた。
数が多いと思ったら、荷運び用の馬と世話係もいるらしい。
向こうも私を認識できたようで、一番近くにいるレオナルドが、ホッと息をついた。
「イザークも一緒だな」
「二人の馬は、ギデオンがひいてきてくれたわ」
リリィもこっちへやってきて、後ろを振り返った。
ギデオンが馬をひいて現れる。
「ギデオン、ありがとう……でも、なんか機嫌悪くない?」
「そんなことはありません、アナベル様はこの馬にお乗りください。ヘイルフォード公爵からのご指示です」
「お父様の指示?本当に?」
すぐには信じられない。
だって父は、私に何度も「馬に乗るな」と言ったのに。
「『アナベルは止めても聞かぬから』だそうですよ」
奥にいたエリオットが苦笑した。
ギデオンが振り向き、エリオットを睨みつける。
「おい、笑ってる場合か。公爵は『止めても聞かんが、イザーク殿と二人乗りをさせろ』ともおっしゃっていたじゃないか」
「私と?」
今度はイザークが驚いている。
ギデオンは苦々しげに「ああ」と呟いた。
「乗馬の腕も、剣の腕もたしかだから、アナベル様を任せられると。クソッ……俺だって国王親衛騎士なのに」
「ギデオン、しょうがないよ。アナベルさんだってイザークと一緒がいいだろうし」
ルークがしょんぼりと言った。
全員、はあ……とため息をつく。
「み、みんなも頼りになるよ。ただ、イザークは軍事大国の訓練を受けてるから。ね?」
「……」
励ましたつもりなのに、まるで手応えがない。
「と、とりあえず出発しよう。ほら、東の空がちょっと白くなってる。急がなくちゃ」
「そうですね……まあ、イザークは『死んでもアナベル様を守る』と言い切るくらいだから、仕方ないか……」
「ギデオン様。その発言、訂正いたします」
イザークのきっぱりとした言い方に、ギデオンがたじろぐ。
「訂正って、どう訂正するんだ?」
イザークは私を馬に乗せ、自分もその後ろにまたがると、迷いのない声で答えた。
「アナベル様もお守りしますし、私も生きます。アナベル様は、私と生涯をともにすると約束なさいましたので」
「はあ!?」
目を剥いたギデオンを、レオナルドが「静かに」と大慌てでなだめる。
リリィとルークは「え?え?」と混乱し、エリオットはまたため息。
その隙に、イザークは馬を歩かせ始めた。
「ま、待て、イザーク!約束ってどういうことだ?」
ギデオンたちが出遅れてついてくる。
「そうだよ、イザーク」
私は馬に揺られながら振り返った。
「今の言い方はちょっと……」
「間違ったことは申していません。それとも、約束には期限がありましたか?」
「き、期限はないよ。でも……」
堂々と口にされると恥ずかしい。
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