断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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3章 隣国へ

3-8 約束します

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 イザークは答えない。
 石畳に目を落とし、拳を握りしめている。
 厳しい表情からは迷いが伝わってくる。
 
 あと一押しが必要らしい。
 早く何か言わなければ。
 イザークの気持ちが変わる前に。
 
 私が懸命に考えていると、サムエルさんがまた口を開いた。

「イザークさん。あなたにとって、アナベル様はその程度の存在ですか?」

 私は驚いて、サムエルさんの顔を見た。
 声が明らかに苛立っていたからだ。

 イザークは気を悪くしたのか、眉間にしわを寄せて聞き返した。

「どういう意味ですか?」

「私も、死を考えたことがあります。これまでに何度も」

 突然の告白に、私とイザークは目を見開いた。

「結婚後、私は次第に妻の奴隷と化していきました。魔王が現れてからは、家族からの手紙が届かなくなり、『戦いたくない』と泣き叫ぶ我が子を守ることもできず……息をするだけで辛かった。しかし、そのたびに生きねばと思い直しました」

「……なぜ?」

「子どもが『一緒にいて』と言ってくれたからです」
 
 私とイザークは息をのんだ。
 短い答えの中に、彼の強い思いが詰まっていた。

「対して、あなたはどうです?」

 サムエルさんは、再び声に苛立ちをにじませた。

「アナベル様よりご自分が大切なのですね。だから、『一緒に生きてほしい』という願いを受け取れないのでしょう?」

 あの穏やかな人がここまでイザークを煽るなんて。
 よほど怒っているらしい。
 普段が優しいからか、少し怖いとすら思ってしまう。

「あなたにとって、彼女はどうでもいい存在──」

「いいえ」

 イザークは、強い口調で話を遮った。
 サムエルさんを睨みつけていた彼は、ふと私を見つめると、手を伸ばしてきた。

 骨ばった手が、牢と外の境を越えて、私の頬に触れた。

「約束します。これからは、アナベル様とともに生きます」

 まっすぐに言われて、とっさに返事ができなかった。
 硬直していると、イザークは小さく笑った。

「ご安心ください。もう、約束は破りません。何があっても、あなたが望んでくださるなら、私は生き延びてみせます」

 そう告げたイザークの目に、光が見えた。
 私は大きく息を吸い、膝に力を込めて立ち上がった。

「わかった、約束だよ」
 
「はい。……では、サムエル殿」

 イザークがサムエルさんを見る。
 サムエルさんは、さらに奥の牢屋を指し、二人はそこで衣類を交換した。

「サムエルさん、すぐに戻ってくるから。あと……ありがとう」

「私は何も。アナベル様、どうかお気をつけて」

「うん、リリィにも伝えるね」

 頷いた時、階段の方から足音が聞こえてきた。
 牢番が様子を見に来たらしい。

 急いで牢屋の鍵を閉め、素知らぬ顔で階段を見上げる。
 下りてくる牢番が何か言う前に、私とイザークは会釈して、そそくさと階段を上がった。

 屋敷の裏口から出て、三日月の弱い光を頼りに、柵に沿って歩を進める。
 見張りの兵士は、特に裏手は本当に少ない。
 
「屋敷の裏門にレオナルドたちが来るって聞いたけど」

「私もそのように聞いております……ああ、もう到着しておられますね」

 イザークが柵の向こうを指差す。
 騎馬の黒い影がいくつか見えた。

 裏門を開くと、「アナベル?」と小声で呼ばれる。

「うん、私。遅くなってごめん」

 ヒソヒソと返事をして、騎馬の影に近づくと、一人ひとりの顔が判別できた。
 数が多いと思ったら、荷運び用の馬と世話係もいるらしい。

 向こうも私を認識できたようで、一番近くにいるレオナルドが、ホッと息をついた。

「イザークも一緒だな」

「二人の馬は、ギデオンがひいてきてくれたわ」

 リリィもこっちへやってきて、後ろを振り返った。
 ギデオンが馬をひいて現れる。

「ギデオン、ありがとう……でも、なんか機嫌悪くない?」
 
「そんなことはありません、アナベル様はこの馬にお乗りください。ヘイルフォード公爵からのご指示です」

「お父様の指示?本当に?」

 すぐには信じられない。
 だって父は、私に何度も「馬に乗るな」と言ったのに。
 
「『アナベルは止めても聞かぬから』だそうですよ」

 奥にいたエリオットが苦笑した。
 ギデオンが振り向き、エリオットを睨みつける。

「おい、笑ってる場合か。公爵は『止めても聞かんが、イザーク殿と二人乗りをさせろ』ともおっしゃっていたじゃないか」
 
「私と?」

 今度はイザークが驚いている。
 ギデオンは苦々しげに「ああ」と呟いた。

「乗馬の腕も、剣の腕もたしかだから、アナベル様を任せられると。クソッ……俺だって国王親衛騎士なのに」

「ギデオン、しょうがないよ。アナベルさんだってイザークと一緒がいいだろうし」

 ルークがしょんぼりと言った。
 全員、はあ……とため息をつく。

「み、みんなも頼りになるよ。ただ、イザークは軍事大国の訓練を受けてるから。ね?」

「……」

 励ましたつもりなのに、まるで手応えがない。

「と、とりあえず出発しよう。ほら、東の空がちょっと白くなってる。急がなくちゃ」

「そうですね……まあ、イザークは『死んでもアナベル様を守る』と言い切るくらいだから、仕方ないか……」

「ギデオン様。その発言、訂正いたします」

 イザークのきっぱりとした言い方に、ギデオンがたじろぐ。

「訂正って、どう訂正するんだ?」

 イザークは私を馬に乗せ、自分もその後ろにまたがると、迷いのない声で答えた。

「アナベル様もお守りしますし、私も生きます。アナベル様は、私と生涯をともにすると約束なさいましたので」

「はあ!?」

 目を剥いたギデオンを、レオナルドが「静かに」と大慌てでなだめる。
 リリィとルークは「え?え?」と混乱し、エリオットはまたため息。

 その隙に、イザークは馬を歩かせ始めた。
 
「ま、待て、イザーク!約束ってどういうことだ?」

 ギデオンたちが出遅れてついてくる。
 
「そうだよ、イザーク」

 私は馬に揺られながら振り返った。

「今の言い方はちょっと……」

「間違ったことは申していません。それとも、約束には期限がありましたか?」

「き、期限はないよ。でも……」

 堂々と口にされると恥ずかしい。
 それをイザークに言うのは、もっと恥ずかしい気がして、私は黙って下を向いた。
 
「では、再度訂正する必要はありませんね」

 イザークは事務的な言葉を、どことなく明るい声で言った。
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