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山河 枝

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3章 隣国へ

3-9 カスティルの兵

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 微妙な空気のまま、大聖堂跡の前でキャンプを張った。
 気まずいなあと思っていたけど、さすがに翌朝には、みんないつも通りの顔に戻っていた。

「これから国境を越えるんだけど」

 レオナルドが話を切り出す。
 
「そうしたらファルガランの南西に入る。穢れが集中しているのは、北東地域……イザーク、間違いないよね?」

「はい。そして、その周辺に魔物の棲家があるようだ、とサムエル殿から聞いています」

「じゃあ、ファルガランの中央を通って、まっすぐ北東へ向かおうか」

「そうですね。北西地域には、カスティル公爵の城を中心として、町が密集しているそうですから。中央なら人目を避けられるでしょう」

 そうと決まれば、と私たちは荷物をまとめた。
 不要になった物品は、馬の世話係に託し、王都へ帰らせる。

 馬を身軽にして速度を上げるため。
 それから世話係のためだ。

 魔物はもちろん、ファルガラン人にも攻撃されるかもしれない。
 一般市民を連れ歩くのは危険すぎる。
 
 私たちは鎧を着ていないので、スピードさえ出さなければ、馬は長く走ってくれる。
 北東へ向かい、太陽が昇りきる頃には目的の地域に入るだろうか……という時。

 突然、イザークが馬の手綱を引き、急停止させた。

「わ、わっ!」

 そこまでスピードが出ていなかったものの、身構えていなかったので、体が前へ倒れそうになる。
 冷や汗をぬぐった直後、私はまた冷や汗をかくことになった。
 周りにいるレオナルドたちも、馬を止めて前方を見ている。

 五十メートルほど向こうから、騎兵の集団がやってきたのだ。
 全員、同じ鎧を身につけている。

「カスティル公爵の騎兵隊です」

 イザークが緊張した声で呟き、フードを深くかぶった。
 私の喉が、ゴクリと鳴った。

「どうする?逃げるのは……かえって危ないかな?」

 みんなを見回すと、エリオットから苦笑が返ってくる。

「逃げれば、やましいことがあると思われるでしょうね」

「相手の反応次第か……」

 レオナルドの言葉を最後に、私たちは口をつぐんだ。
 囲まれないようにするためか、ギデオンたちが、少しずつ横に広がっていく。

 騎兵隊は十騎で、同じく横の列を作り、私たちと向かい合って止まった。
 隊長らしき中年男性が、右から左へ、私たちをジロリと睨みつける。
 
「貴様ら、何者だ。その馬はどうした?盗んだのではあるまいな」

「とんでもございません。僕たちは、主人に調査を頼まれまして」
 
 そう言ったのはエリオットだ。

「北東地域に魔物がいるとか。西側へやって来ないかと心配なさっているのですよ」

 悪くない返事だと思ったが、騎兵隊長は眉間にしわを寄せた。
 
「北東地域だけじゃない。もう中央にまで奴らが現れるようになった」

 私はひそかに息をのんだ。
 それが本当なら、「そのうちアルデリアも襲撃されるかも」というレオナルドの言葉は、それなりに的を射ていたらしい。
 
「それより……調査と言ったな。どこの貴族の調査隊だ?カスティル公の許可も得ず、勝手に馬を出しおって」

「え?」

 思わず、全員でポカンとしてしまった。

 他領に入るなら領主の許可を取れ、と言うならまだわかる。
 しかし、カスティル公爵の許可まで得る必要はない。
 普通に考えれば、そのはずだ。

 それとも、公爵はそこまで厳しく取り締まっているのだろうか。

「お前たち、なぜ黙っている?それに、そこのフードをかぶった男。お前……金の髪をしているな」

「そ、それが何か?」

 レオナルドが少し馬を進ませる。
 しかし、騎兵隊長の目はイザークを見すえたまま。

「金髪は、王族や貴族に多いんだ。そういえば、アルデリアとの国境付近で、金髪の人物を見たという情報があった。年恰好から、アルデリアへ逃げたイザーク王子ではないかと──!?」

 またもや突然だった。
 イザークが馬を走らせたのだ。

 私とイザークが乗った馬は、騎兵隊の一騎に向かって突進していく。

「ひぃっ!」

 騎兵が怯み、手綱を引いて馬の位置をずらした。
 騎兵の列に、隙間が開く。

「皆さん、ついてきてください!」

 イザークが怒鳴った。
 私たちの乗る馬は、空いた隙間をギリギリですり抜ける。

 その勢いに驚いたのか、騎兵隊の馬たちは、さらに左右へ広がった。
 あらぬ方向へ駆け出す馬もいる。

 騎兵隊の列は完全に割れた。
 おかげでレオナルドたちの馬は、全速力を出せたらしい。

 先を行く私とイザークに、すぐ追いついてきた。
 
「全員いるか!?」

 レオナルドが叫んだ。

「最後尾より確認しました!全員揃っています!」

 ギデオンの返事が飛んでくる。
 続いて、「追え!」という騎兵隊長の声も。

 大きく揺れる馬上で、私は声を張り上げた。

「イザーク、どこへ行くの!?」

「向こうに針葉樹の森があります。そこで奴らの追跡をかわしましょう」
 
 言われて正面を向くと、広い森が見えた。
 クリスマスツリーみたいな木がずらりと並んでいる。
 馬はその中へ飛び込み、人の小走り程度の速さで進んでいく。

「イザーク、逃げ切れる?」

「騎兵隊がこの森に詳しくなければ」

「イザークは詳しいの?」 

「一度だけ、入ったことはあります」

 私たちの会話に、ギデオンが「何だって?」と口を挟んだ。

「迷ったらどうするんだ。なんでこんなところに……イザークの腕なら、剣で足止めすることも容易かっただろう?」

「できる限り、傷つけたくありません。彼らもファルガランの民。私が守るべきだった人々ですから」

 イザークの一言で、ギデオンは黙った。

 彼も警護を行うことがある。
 民を守る存在だ。
 イザークの気持ちがわかってしまったのだろう。

「しかし……どこまで進めばいいんだ?」

 ギデオンの問いに、イザークは答えない。
 ただ、ある一点を見つめながら、馬の速度を落としていく。

 静かに高まる緊張感に、リリィとルークが動揺し始めた。

「どうしたの?また兵士がいたの?」

「ど、どうしよう……」

 馬が完全に止まった。
 私たちは、イザークの見つめる先を凝視した。
 
 木々がそびえる森の中、小さな木が一本……いや、違う。

 人が立っている。
 緑のショールをかぶり、茶色いワンピースを着たおばあさんだ。

 レオナルドが不思議そうに呟く。
 
「なんで、森の中にご婦人が?」

「行き倒れた者の霊でしょうか」

「や、やめてよエリオット!」

 ルークが悲鳴を上げる。
 おばあさんは、すぐさま口の前で人差し指を立てた。
 そして、慎重にこっちへ近づいてきた。

「あなたたち、カスティルの手の者に追われているの?」

 おばあさんの言葉に、ギデオンとエリオットが顔を見合わせる。

「呼び捨てということは……」

「少なくとも、公爵側の人間ではありませんね」

 みんな、同意見らしい。
 レオナルドは馬を進め、おばあさんの前で止まった。

「そうです。僕たちは、カスティル公爵の騎兵隊から逃げています」

「やっぱり……」

 そう答えたおばあさんは、なぜか目の前のレオナルドを見ていない。
 代わりに、リリィの顔をじぃっと注視している。

「あの、私が何か?」

 リリィはおずおずと尋ねたが、おばあさんは「いえ」とだけ言い、私たちに手招きをした。

「こちらへ。私たちの住まいに案内します」

「私たち……?」

 レオナルドが首をかしげると、おばあさんは頷いた。

「私のような老人や、体を悪くした者は、税を納められなくてね。町を追い出されてしまったの。外にいると魔物に襲われるから、森に隠れているのよ」
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