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山河 枝

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3章 隣国へ

3-10 決意

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「税が払えなかっただけで、人里から追い払われる?」 
 
 イザークが、驚きの声を上げた。
 おばあさんが振り向いたので、彼は慌ててフードをかぶり直した。
 
「ええ、そうよ。馬を持てるほど恵まれたあなた方は、知らなくても無理ないわね」

 おばあさんは皮肉な笑みを浮かべて、森の奥へと歩き出した。
 慣れているのか、そこそこの速さで進んでいく。

 馬に乗ってもらおうかと思ったが、その必要はなさそうだ。
 皮肉を言うくらいだから、乗ってくれないかもしれないけど。

 私たちは彼女のあとを追って、馬をゆっくり歩かせた。
 
「そんな私たちを、どうして助けてくれるんですか?」

 私が尋ねると、おばあさんはチラッとリリィを見た。
 
「その子が、聖女様に似ているから。だから放っておけなかったの」

「聖女様をご存じなんですか?」

 リリィが興味深げに尋ねる。

「もちろん。だって私は聖女様の侍女長だったんだもの」

「侍女長?」

 私たちは、そろって目を丸くした。
 それは、すごくすごい人なのでは。

「そんな立場の人でも追放されちゃうんだ……」

「そんな立場だからこそ、と言うべきかしら」

 私のひとりごとに、おばあさんは肩をすくめた。

「カスティル公爵は、権威ある者を恐れているの。卑怯な手を使って今の地位についたから。前王様のご遺体から王冠を奪った、という噂もあるわ」

 その言葉で、イザークが手綱を強く握りしめる。
 そして、喉の奥でうなるように呟いた。

「許せない……」

 その声を、おばあさんも聞き取ったようで、哀れむようにイザークを一べつした。

「あなたも色々あったみたいね。でも、仲間はたくさんいるから……ほら」

 おばあさんが森の奥を指差した。
 木の枝で作った枠組みに、枝葉を積んだだけの頼りないテントが、いくつか見えた。
 
 そこは、大きな木が倒れて開けた場所で、三十ほどの人たちがいた。

 お年寄りが多い。
 ほかにも杖をついた人。
 腕を失った人……
 
「あの子たち、ルーシーより小さいわ……」

 リリィの視線の先には、三歳から六歳くらいまでの子どもたちが、痩せた体を寄せ合っている。
 みんな、警戒に満ちた目で私たちを見ている。
 
「今は、こんな場所がいくつもあるでしょうね」

 おばあさんがため息をついた。

「昔はここまでじゃなかったのに、魔物が少しずつ強くなってきたせいで、耕せる土地が減ってきたの。口減らしのために、弱い者から追い出されるようになった」

「反旗を翻す人はいなかったのですか?」

 そう尋ねたレオナルドを、おばあさんはフンと笑った。

「あなた、本当に世間を知らないのね。父親が貴族だったけど、カスティル公の恨みを買って、一族もろとも消されそうになってるとか?」

「……」

 素性を隠すためか、レオナルドは押し黙った。
 おばあさんは笑みを消し、話を続ける。

「誰もあの男に逆らえないわ。あいつの兵力は強大だもの。逆らっても潰される。それに、そばにいれば、少なくとも命の危険はないし」

「命の危険って、魔物のことですか?」

 私の質問に、おばあさんは頷く。

「奴らは少しずつ動いてる。ここも、いつ襲われるか……」

「それなら」

 私はこの場にいる全員に聞こえるよう、声を張り上げた。

「もう心配いりませんよ。私たち、その魔物を倒しに来たので」

 人々が目を見開く。
 おばあさんも呆然と立ち尽くしている。

 しん……と静まり返る中、レオナルドが怖々と呟いた。

「それ、言ってよかったのか?」 

「いいでしょ、別に。この人たちにデメリットはないんだから。そういうわけで、おばあさん。ここから北東地域に行くには、どうしたらいいですか?」

「え、ええと……ここはちょうど王都の真南なの。森を出て北北西へ行けばいいわ……でも」

 おばあさんは、困惑の目で私たちを見回した。

「カスティル兵でさえ、追い返すのが精一杯なのよ?あなたたちが行っても無駄死にするだけだわ」

「そうだよ。あんたらに何ができるっていうんだ」

 倒木に腰掛ける中年男性が、私たちを睨む。

「下手な希望を抱かせるのはよしてくれ。俺たちに必要なのは夢物語じゃなくて、雨風をしのげる家なんだ」

「ああ、それもそうですね。コハク、出ておいで」

 私はペンダントに声をかけた。
 ぽん、とコハクが飛び出してくる。

「ひえっ!?」

 男性はのけぞり、後ろにひっくり返った。
 ほかの人々も後ずさって……いや、子どもたちは目を輝かせてこっちに近づいてくる。

「可愛いなあ」

「あったかいね」

 子どもたちになで回されるコハクへ、私は声をかけた。

「コハク、ここに家を作れる?三十人ぐらい入れるやつ」

「家?いいよー」

 コハクが短い手をピコピコと動かす。
 もふもふな体がぼんやりと光る。

 ズズズ、と地面が揺れる。
 土が盛り上がったかと思うと、十秒もしないうちに巨大なお屋敷ができあがった。
 ……ちょっと大きすぎたかもしれない。

「こいつは家というより……」

「城ですね……」

 ギデオンとエリオットが、建造物を見上げる。

「皆さん!よかったら使ってください」

 私は建造物を手で示した。

「家具は、その辺の木とか草で作ったから、ちょっとゴワゴワするかもしれませんけど。雨は間違いなくしのげますよ」

 子どもたちがワアッと歓声を上げ、中に駆け込んだ。
 連れ込まれそうになったコハクが、スポンと子どもの手から飛び出し、ペンダントに戻ってきた。

「広ーい!」

「すごい、ベッドがある!」

 その声につられたように、大人たちも建物を覗き込む。
 ただ一人、おばあさんだけは、私をまじまじと見つめている。

「あなたは、聖女様……?いえ、まさかそんなはず……」

「うーん、説明すると長くなるので、またお会いできた時に……ひとまず、森の出口を教えてもらえますか?できるだけ、兵士に見つかりにくいところ」

 短期集中で討伐する予定だったから、食糧の手持ちが少ない。
 話し込んでいる余裕はないのだ。

「わ、わかったわ」

 おばあさんはコクコクと頷き、出口までの道を教えてくれた。
 こっちを拝むおばあさんを背に、私たちは森の中を進んだ。

 レオナルドとリリィが、おばあさんを振り返りながら、真剣な顔で言い合っている。

「早く魔物を倒さないとな」

「ええ、そうね」

 ギデオンたちもその会話に賛同する。
 
 私は、イザークと一緒に黙っていた。
 背後で手綱を取る彼から、考え込むような気配を感じる。

 私は、そっとイザークに尋ねた。

「あの人たちを助けてあげたい?」
 
「もちろんです。ファルガランの内情が、こんなにひどかったなんて。サムエル殿に、聖女の証以外について、もっと話を聞いておけばよかった……」

「どうかな。サムエルさん、イザークが動揺すると思って黙ってたのかも」

 優しいあの人なら、あり得ることだ。

「それでも、知ろうとしなかったのは私です。レオナルド陛下のおっしゃる通り、早く魔物を倒さなくては」

「そうだね。そうだけど……ほかにもしたいこと、あるんじゃない?」

「したいこと?」

「この国の人を、カスティル公爵から解放すること」

 そう告げると、イザークは口をつぐんだ。
 しばらく黙っていた彼は、森から出ようという時、ぽつりと言った。

「アナベル様。正直に申し上げると……この国の人々を救いたいと、おこがましくも思ってしまいました」

「おこがましくないよ。それができるのは、たぶんイザークだけだから」

「私の力など微々たるものです。皆を救っておられるのはアナベル様でしょう」

「でも、私はファルガランの王様にはなれない。イザークとは違って」

 イザークが、ハッと息をのむ。
 そして、言った。

「そうですね。私なら……この国の王になれます」
 
 その声は、今までになく決意に満ちていた。
 
 これでまた一つ、イザークが生きたいと思える理由ができたかもしれない。
 私の胸に、静かに喜びが湧いてくる。

 しかしそれに浸る暇もなく、イザークが怪訝そうな声を漏らした。

「あれは……?」

「ん?あれって王都跡だよね。また兵士がいるの?」

「いえ、人ではありません。それよりもずっと大きいようです。外壁に沿って歩いています。全身が黒く、まるで魔王の子どものような……」

「えっ!もしかして魔物!?」

 私の声がみんなにも聞こえたらしい。
 全員、顔を引き締めて、王都跡の方へ目を凝らした。

 魔王ほどじゃないけど、黒くて大きな生き物が一匹、ゆっくりと歩いている。
 スピードは遅いが、足が長いので、どんどん西へと移動していく。

「ねえ、あれって……アルデリアの方へ向かってない!?」

 ルークが悲痛な声で叫んだ。
 私も声を張り上げる。
 
「イザーク、魔物の方へ馬を進めて!まずはあいつを仕留めよう!」
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