断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

27 不思議な気持ち

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 私がそう尋ねた時には、イザークはスープ皿を空にしていた。
 彼は次に白いパンを千切り、表情を変えずに言った。

「アナベル様が、私の素性を気になさっているので」

「私が、気にしてるから?それだけ……?」

「はい。アナベル様は、何かと考え込まれるでしょう?」

 ……そうかもしれない。
 一人で部屋に軟禁されて、することもないから、どうしようもないんだけど。

「考え事や想像は、過ぎれば害になります。魔物との戦いに、支障が出るかもしれません。ですから、想像の余地を潰すためにお話ししました」

 そんなに小さな理由で、こんなに辛い話をしたのか。
 いや、辛すぎて感情が麻痺したのかもしれない。
 イザークは「訓練の末に」と言っていたけど、それだけで完全に感情が消えるわけがない。

 そう思うと、泣きたいのに泣いてはいけないような、矛盾した気持ちが胸に詰まって苦しくなった。

「それからアナベル様は、『イザークが死んだら家族が悲しむ』とおっしゃいましたよね」

「えっと……イザークが、私をボス狼からかばってくれた時?」

「はい。あの時はお気遣いくださり、感謝します。ですが、私にはもう血縁者がいません。いくらでもあなたの盾になれます。アナベル様を生かすことは、この国を救うことに繋がりま──」 

「ストップ」

 私は低い声でイザークを止めた。
 彼の話を聞くごとに、気分が沈んでいく。
 
 同時に、お腹の底がムカムカしてくる。

「家族がいてもいなくても、イザークが死ぬのは嫌なんだけど」

「なぜですか?」

「イザークに感謝してるからだよ。当然でしょ。私、死刑囚なんだよ?なのに守ってくれたじゃない」

 イザークは一瞬、食事の手を止めた。
 それから、
 
「私は、罪人を斬ったことがあるのですよ。アナベル様の首も、いずれ落とすかもしれません」

 と、物騒な発言をして、一口サイズに千切ったパンを食べた。

「うっ……それはまあ、ちょっと怖いけど。今は『アナベルを殺せ』って命令されてないよね。イザークも、私を斬るつもりはないんだよね?」

「はい。むしろ守るべきだと考えています」

「じゃあ、やっぱり死んだら駄目だよ。貴重な味方がいなくなったら悲しいから」

 そう言って、パンにたっぷりとスープを浸し、かぶりつく。
 ふわふわの白パンにトロリとしたポタージュが絡んで、やわらかいチーズフォンデュを食べているみたいだ。

 私が味わっている間に、イザークはパンも食べ切った。
 彼は一息ついて、口を開いた。

「議会の決定次第では、味方ではなくなりますが」

「んぐっ……余計なこと言わなくていいの!とにかく死なないで!」

「……心得ました」

 イザークは無表情で答えると、フォークとナイフを手に、白身魚のハーブ焼きを食べ始めた。
 
「本当にわかってる?私の身代わりになっちゃ駄目だからね!」

 叱るように言ってみても、イザークは口を動かしながら頷くだけ。
 表情も、食べる速度も、まったく変わらない。

(本当にわかってるのかな? 糠に釘というか、マネキンに説教というか……)
 
 イザークに死んでほしくないのに、どうすれば伝わるんだろう。
 どうすれば、彼の心を動かせるんだろう。

 ひそかにため息をついた時、イザークは「あ」と呟いた。

「私には感情がないと言いましたが、あの時は不思議な気分でした」

「えっ、いつ?」

 希望が見えた気がして、私は椅子から腰を浮かせた。

「アナベル様が、『ずっと一緒にいてほしい』と言った時です」

 そんな恥ずかしいことしたっけ。
 ちょっと考えて、思い出した。

 処刑が延期されて、すぐあとだ。
 イザークに「逃げたら断罪する」と宣言された時、そんなことを言った。

 あの時は生きることに必死で、なりふり構っていられなかった。
 しかし、今は余裕がある。

「イザーク……あの時、どう思った?」

 しれっと尋ねながら、内心では冷や汗をかいていた。
 イザークは「感情が湧かない」と言っていたけど、それでもドン引きはされただろう。

 彼がまた食事の手を止めたので、さらにハラハラが募る。

「……不思議だとしか言えません。処刑人になってから、避けられることが当然だったのに、あなたが『ずっと一緒だ』と言って、私の手を握って……温かいとも苦しいともつかないあの感覚を、言葉にできないのです」

「それって……」

 ほとんど感情じゃないか。
 しかも、私が手を握って生まれたもの。

 喜怒哀楽のどれにも当てはまらなくて、よくわからないけど。
 なんだか照れ臭くて、顔がにやけそうになる。

「どうかなさいましたか?」

「……何でもない」

 とっさに下を向いてしまった。

 イザークにとって、私は特別なのかもしれない。
 そう思うと、彼に見つめられるのが恥ずかしくなった。
 もう、ご飯に集中しよう。
 私はナイフとフォークを手に、カリッと焼かれた白身魚を頬張った。

 ──食事の時間は穏やかに過ぎた。
 イザークが帰る時、私は勇気を出して口を開いた。

「よかったら、また一緒にご飯食べない?」

「はい、私でよければ」

 イザークは几帳面なお辞儀をして、部屋を出ていった。
 扉が閉まったあとも、私は出口の前からしばらく動けなかった。

(レオナルドが言う通り、一人きりにするのはたしかに心配……なんだけど……)

 そう思ったから、次の約束をしてみたけど。
 頭の中がフワフワしている。
 次にイザークと会うのが楽しみだけど、怖いような気もする。
 変な感じだ。

「……あ。不思議な気分って、これかな?」

 心地良いのに不安定な、妙な感覚を持て余して、つい部屋の中を歩き回ってしまう。

「アナベル、何してるんだ?」

「え?」

 足を止めて、出入り口を見る。
 レオナルドが困惑顔で私を見ていた。

「レオナルド……いつからそこにいた?」

「1分ぐらい前かな」

 1分間も徘徊を見られていたのか。
 おまけにフワフワしていたから、にやついていたかもしれない。

「すぐに呼んでよ!」

 恥ずかしくて、つい八つ当たり気味に叫んでしまった。

「でも、アナベルが考え事してたし。出直そうか?議会で、君をどうするか決まったんだけど」
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