断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

26 イザークの過去

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 彼はそう言うと、優雅な所作でポタージュスープをすくい、口へ運んだ。
 私はといえば、どう答えるべきかと冷や汗をかくばかりだ。

「アナベル様、召し上がらないのですか」

「あっ……た、食べる」

 パンにかぶりついてから、ハッとした。
 今、沈黙が流れると気まずい。
 急いで飲み込み、馬鹿みたいにはしゃいでみせる。

「食事が豪勢になったね!パンも増えたし。お城のパン、おいしいから嬉しいな!」

「そうなのですね。私は味がわからないのですが、何よりです」

「え」

「豪勢になったのは、先日の嵐のおかげでしょう」

「そ、そうなの?」

 味がわからない、とカミングアウトされて動揺してしまった。
 しかし、イザークは気に留めず話を続ける。

「はい。普段は収穫中に襲撃され、作物の半分は諦めていたそうです」

 しかし、今年は違った。
 ナギが数百もの魔物をぶっ飛ばした。
 村人たちは、作物を安全に収穫できたらしい。

「森の穢れもなくなりましたから、畑が広がるかもしれません。皆、聖女の力に感謝しているでしょう」

「そう……」

 イザークの感情が読めなくて、それだけしか言えなかった。

(でも、気分はよくないよね。昔の話を私が又聞きしたこと)

 すぐ謝るべきか、まずは話をそらすべきか。

 考えながら、フワフワの白パンをガブッと食べる。
 ほんのり甘くて、かすかに酵母の匂いがする。

 モヤモヤしつつ味わっていると、イザークはスープに目を落とし、口を開いた。

「ところで、祖国のことですが」

 来た──私はパンを飲み込み、耳をすませた。

「私の故郷は、この国の北東に隣接するファルガランです」

 ファルガランと聞いて、私は息をのんだ。
 ゲームの中。アナベルの記憶。
 どちらにも登場する国名だ。
 
 アルデリアの北にあり、そして──
 
「魔王の棲家……だよね」

「はい。アルデリアとファルガランの境に、山脈があります。その山脈の、ファルガラン側に、魔王は突然現れた。それからひと月と経たずに、ファルガランの王都は魔王に滅ぼされたのです。十年前のことでした」

 イザークの目が、ちらりと窓の外を見る。
 表情が変わらないので、何を考えているのかはわからない。
 
「私たちは武芸に秀でた一族で、アルデリアとの同盟を除いては、武力で自国を守ってきました。しかし、山のように巨大な魔王には敵わず……父は大勢の臣下とともに、命を落としました」

「そうだったんだ……」

「その隙をついて、地方貴族が国を牛耳りまして」

「え」

 私は白目を剥きそうになった。
 とんでもない輩がいるものだ。

「王家の血を存続させなければ──そう考えた母は、兄と私を連れて、アルデリア国へ逃げたのです」

 ファルガランとアルデリアは、貴族同士の婚姻が盛んだった。
 イザークの母親は、繋がりを主張すれば保護してもらえる、と踏んだらしい。

「そういえば、リリィのお父さんもファルガランの貴族だったような……」

 ゲームの休憩シーンで、リリィのイケメン侍従と一緒に出てきた。
 マチルダとは対照的に、優しい人だ。

 イザークも知っていたのか、小さく頷いている。

「私の曽祖母もアルデリアの王女でした。とはいえ、魔王の影響でアルデリアも混乱していた時期。議員たちが『そんな余裕はない』と反対したそうです」

 しかしイザークの母親が、アルデリアの弱みを握っていたらしい。
 それを突きつけられた前王様は、貴族の反対を押し切り、保護を決定した。

「それから、戦力として期待されたのでしょうね。当時十四の私ですら、騎士隊長に圧勝しましたから」

「す、すごい話だね……でも、ひとまず家族が一緒でよかったよ。お兄さんとお母さん、今はどうしてるの?」

 イザークが昔話をしてくれる。
 不謹慎だけど、ほんの少しワクワクしてしまう。
 
 答えを待ちながら、スープを飲んだ。
 ただ、次の一口をすくうことは、すぐにはできなかった。

「プライドの高かった兄は、保護される立場に我慢できず、アルデリア国を乗っ取ろうとしました。その企みが議会に露見し、兄は死刑を宣告されたのです」

 今度は「え」という声すら出なかった。
 わずかなワクワクが瞬時に消える。
 頭の中が真っ白で、何も考えられない。

「母は、謀反の黒幕だと疑われたようです。議会の判断により、兄と同じ日に死にました。子どもだった私は剣の腕を買われ、この国の処刑人として生かされています」

 ……ちょっと、待って。
 そんなに深刻なことを、天気の話をするみたいに言わないで。

 私がスプーンを持ったまま固まっていると、イザークは「お気遣いなく」と言った。
 
「私の精神衛生は気にしないでください。今は、訓練の末に感情を消しましたから」

「じゃあ、なんでそんな話……してくれたの?」
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