断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

44 一点を狙い、崩す

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「あんたのせいよ!あんたがうまくやらないから……!」

 鞭を手にしたマチルダが、地下室の隅に向かって喚いている。
 隅にあるのは、ぼろ布の塊。
 その下から華奢な手足が見えた。

 ──リリィだ。

 理解した瞬間、指先まで寒気が駆け抜ける。

 可憐な姿は見る影もない。
 薄紅色のローブは裂け、透き通るような水色の髪は、今は血で汚れている。

 リリィは胎児のように丸くなり、「やめて……やめて……」とうわごとのように呟いている。
 そんなリリィに、マチルダは鞭を振り上げる。

「マチルダ!」

「やめろ!」

 私とギデオンが同時に怒鳴る。
 そこでようやく、マチルダは私たちを振り返った。

「なっ……どうしてあんたたちがここに!兵士は何をしているの!?」

 マチルダの怒鳴り声で、エルディリス家の兵士が十数人、地下室へやってくる。
 
 彼らはマチルダを守るように並び──そこでようやくリリィに気付いたらしい。
 変わり果てた姿を見て、サッと青ざめた。

 マチルダは、動揺する臣下の足元を鞭で打った。

「そこの侵入者を評議室に連行しなさい!」

「し、しかし、あの方は国王陛下では?」

「だからこそ、よ。議員の前で公表してやるの。地位を利用して、死刑囚を外に出したって。それに、エルディリス邸へ無断で立ち入ったこともね!」

「ちょっ……何言ってんのよ!」

 ショックを受けている間に話が進んでしまった。
 私は慌ててまくし立てた。
 
「マチルダ、あんたはたしかに王命を無視できる。でも、国王を従わせる権利は持ってない!そうでしょ?」

 と、レオナルドを振り返る。
 彼はたじろぎつつも、「そうだ」と頷いた。

「それに、王命無効権があるからといって無敵ではありませんよ」

 エリオットが、これまでになく冷たい声でマチルダに告げる。

「エルディリス家当主の地位を失えば、権利はなくなります」

「知ってるわよ、そんなこと。でも、だから何?身分を剥奪されるような悪いことをした?」

 私はとっさにリリィを見た。
 マチルダがフンと鼻を鳴らす。

「言うことを聞かない悪い子を罰しただけよ。どこの親もやってることでしょ?」

 マチルダは肩をすくめると、不機嫌そうにため息をついた。

「私は間違ってないわ。その上、母親らしく振る舞ってやったのに。リリィったら『聖女をやめたい』だなんて……あーあ、演技した甲斐がなかった」

「演技……?」

 マチルダは、ただ苛立たしげに顔をしかめている。
 その顔を見て、私は思い知った。

 マチルダは愛情が歪んでいるだけ。
 そう考えていた。

 でも、それはまったくの誤解だった。

 この女は、子どもへの愛情を欠片も持っていない。
 リリィを本気で道具だと思っているのだ。

 だからマチルダは、大聖堂でリリィを戦いに向かわせた。
 傷ついて弱っていたリリィを。
 
「ルーシーを生かしておいてよかったわ。まとわりついてきて邪魔だったから、消そうか迷っていたけど。リリィの次はあの子が聖女ね」

「は?リリィの次って……どういうこと?」

「だから、リリィはもういらないの。散々殴ってスッキリしたし、そろそろ広場に転がしておくわ。それで『偽聖女はエルディリス家が断罪した』って言っておけば、平民の溜飲もそれなりに下がるでしょう」

 マチルダがほくそ笑む。
 細く息をするリリィを見下ろして。

「ルーシーの方が従順そうだし。早くしておけばよかった」

 家具を買い替えるかのような言い方に、私の肌が粟立った。
 レオナルドやルークも、化物に遭遇したような顔でマチルダを見ている。

 だけど怯んでいる場合じゃない。
 私は改めてマチルダを睨んだ。

(こいつの自信は、「自分はエルディリス当主だ」って──その一点に支えられてる。それなら、そこを崩すしかない!)

 今なら、材料はギリギリ揃っている。
 精霊たちには負担をかけてしまうけど……
 でも、まずはマチルダを止めないと、みんなを助けられない。
 
 私は、魔王ラスボスに挑むような覚悟で言い放った。

「マチルダ……わからないの?あんたは罪を犯してる」

「は?だから、親が子どもを罰するのは罪じゃないって──」

「あんたが犯したのは、ほかの罪だよ!」

「ほかの罪?私が何をしたっていうの?」

「それは……『聖女を騙ったこと』!」

 マチルダを鋭く指差すと、その目が一瞬揺れた。
 私の中で、はったりじみていたものが、確信へと変わっていく。

「あんたは資質がないのに『自分は聖女だ』って嘘をついて、就任したんでしょ!本当は私の母が聖女だったのに!」

 エルディリス家の兵士が顔を見合わせる。
 マチルダは堂々と立っているが、しきりに瞬きをしている。

「何を、言うの……私はちゃんと審査を受けたわ!」

「でも、『マチルダは魔物を倒したことがない』ってお父様が言ってたけど?ほかの貴族も同意してたよね?」

 兵士が息をのみ、どよめいた。
 マチルダが床を鞭で打つ。
 
 兵士は口をつぐんで後ずさったが、その目には不信の目が浮かんでいる。

「いちいち細かいことを覚えてるんじゃないわよ!父娘そろって神経質ね!」

 マチルダは唇が紫になるほど噛みしめ、私を睨んでいる。
 私はさらに煽るため、ニヤニヤ笑いを浮かべてみせた。

「それはいいから、評議室に行こうか。連行されるのはあんたの方だけど。きっと罪状まみれだよ」

 すると、私の隣でエリオットが神妙に頷く。

「その通りですね。聖女を騙り、地位を利用して貴族を脅迫……ああ、そうだ。聖女時代の俸給も、返していただかないと」

「か、返せるわけないでしょ、あんな大金!頭おかしいんじゃないの!?」

 マチルダは、鞭をぐちゃぐちゃに揉みしだいている。
 
「私は本物よ!私が本物の聖女なの!」
 
 怖がれ、怯えろ。
 私は念じながら追い討ちをかけた。

「焦るよね。だって全部嘘なんだもんね?エルディリス家当主の地位だって、そもそも就く資格がないんだから」

「で、でも、私は……!」

「いやー、かわいそうに。旦那さんの故郷は半壊して、誰も助けてくれないし。きっとカビ臭い地下牢に放り込まれるよ。精霊の力を操れるっていうなら、話は変わるかもしれないけど」

「じゃ、じゃあ……見てなさい!今、力を使ってやるから!」

 マチルダは兵士に命じてリリィを起こさせ、ペンダントを奪い取った。

「ペンダントが!」

 ギデオンが腰の剣に手をかける。
 私は彼を腕で制し、人差し指を口に当てた。

「アナベル様、何を……」

「大丈夫、予定通りだから」

 私の囁きで、飛び出そうとしていたレオナルドも足を止める。
 その間に、マチルダはペンダントを自分の首にかけた。

 マチルダも聖女の血を引いているから、一応は精霊の力を使えたのだろう。
 でも、精霊たちが「母親の方が娘よりひどい」といっていた。
 資質はギリギリだったはず。

 しかも、娘を産んだことでさらに資質が失われた。
 そんな状態で力を使おうとしたら、どうなるか。

「精霊たち、何か出しなさい!何でもいいから……えっ?」

 ペンダントが激しく震える。
 次々と色が変わる美しい宝石が、どす黒く染まっていく。
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