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1章 断罪回避
44 一点を狙い、崩す
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「あんたのせいよ!あんたがうまくやらないから……!」
鞭を手にしたマチルダが、地下室の隅に向かって喚いている。
隅にあるのは、ぼろ布の塊。
その下から華奢な手足が見えた。
──リリィだ。
理解した瞬間、指先まで寒気が駆け抜ける。
可憐な姿は見る影もない。
薄紅色のローブは裂け、透き通るような水色の髪は、今は血で汚れている。
リリィは胎児のように丸くなり、「やめて……やめて……」とうわごとのように呟いている。
そんなリリィに、マチルダは鞭を振り上げる。
「マチルダ!」
「やめろ!」
私とギデオンが同時に怒鳴る。
そこでようやく、マチルダは私たちを振り返った。
「なっ……どうしてあんたたちがここに!兵士は何をしているの!?」
マチルダの怒鳴り声で、エルディリス家の兵士が十数人、地下室へやってくる。
彼らはマチルダを守るように並び──そこでようやくリリィに気付いたらしい。
変わり果てた姿を見て、サッと青ざめた。
マチルダは、動揺する臣下の足元を鞭で打った。
「そこの侵入者を評議室に連行しなさい!」
「し、しかし、あの方は国王陛下では?」
「だからこそ、よ。議員の前で公表してやるの。地位を利用して、死刑囚を外に出したって。それに、エルディリス邸へ無断で立ち入ったこともね!」
「ちょっ……何言ってんのよ!」
ショックを受けている間に話が進んでしまった。
私は慌ててまくし立てた。
「マチルダ、あんたはたしかに王命を無視できる。でも、国王を従わせる権利は持ってない!そうでしょ?」
と、レオナルドを振り返る。
彼はたじろぎつつも、「そうだ」と頷いた。
「それに、王命無効権があるからといって無敵ではありませんよ」
エリオットが、これまでになく冷たい声でマチルダに告げる。
「エルディリス家当主の地位を失えば、権利はなくなります」
「知ってるわよ、そんなこと。でも、だから何?身分を剥奪されるような悪いことをした?」
私はとっさにリリィを見た。
マチルダがフンと鼻を鳴らす。
「言うことを聞かない悪い子を罰しただけよ。どこの親もやってることでしょ?」
マチルダは肩をすくめると、不機嫌そうにため息をついた。
「私は間違ってないわ。その上、母親らしく振る舞ってやったのに。リリィったら『聖女をやめたい』だなんて……あーあ、演技した甲斐がなかった」
「演技……?」
マチルダは、ただ苛立たしげに顔をしかめている。
その顔を見て、私は思い知った。
マチルダは愛情が歪んでいるだけ。
そう考えていた。
でも、それはまったくの誤解だった。
この女は、子どもへの愛情を欠片も持っていない。
リリィを本気で道具だと思っているのだ。
だからマチルダは、大聖堂でリリィを戦いに向かわせた。
傷ついて弱っていたリリィを。
「ルーシーを生かしておいてよかったわ。まとわりついてきて邪魔だったから、消そうか迷っていたけど。リリィの次はあの子が聖女ね」
「は?リリィの次って……どういうこと?」
「だから、リリィはもういらないの。散々殴ってスッキリしたし、そろそろ広場に転がしておくわ。それで『偽聖女はエルディリス家が断罪した』って言っておけば、平民の溜飲もそれなりに下がるでしょう」
マチルダがほくそ笑む。
細く息をするリリィを見下ろして。
「ルーシーの方が従順そうだし。早く交換しておけばよかった」
家具を買い替えるかのような言い方に、私の肌が粟立った。
レオナルドやルークも、化物に遭遇したような顔でマチルダを見ている。
だけど怯んでいる場合じゃない。
私は改めてマチルダを睨んだ。
(こいつの自信は、「自分はエルディリス当主だ」って──その一点に支えられてる。それなら、そこを崩すしかない!)
今なら、材料はギリギリ揃っている。
精霊たちには負担をかけてしまうけど……
でも、まずはマチルダを止めないと、みんなを助けられない。
私は、魔王に挑むような覚悟で言い放った。
「マチルダ……わからないの?あんたは罪を犯してる」
「は?だから、親が子どもを罰するのは罪じゃないって──」
「あんたが犯したのは、ほかの罪だよ!」
「ほかの罪?私が何をしたっていうの?」
「それは……『聖女を騙ったこと』!」
マチルダを鋭く指差すと、その目が一瞬揺れた。
私の中で、はったりじみていたものが、確信へと変わっていく。
「あんたは資質がないのに『自分は聖女だ』って嘘をついて、就任したんでしょ!本当は私の母が聖女だったのに!」
エルディリス家の兵士が顔を見合わせる。
マチルダは堂々と立っているが、しきりに瞬きをしている。
「何を、言うの……私はちゃんと審査を受けたわ!」
「でも、『マチルダは魔物を倒したことがない』ってお父様が言ってたけど?ほかの貴族も同意してたよね?」
兵士が息をのみ、どよめいた。
マチルダが床を鞭で打つ。
兵士は口をつぐんで後ずさったが、その目には不信の目が浮かんでいる。
「いちいち細かいことを覚えてるんじゃないわよ!父娘そろって神経質ね!」
マチルダは唇が紫になるほど噛みしめ、私を睨んでいる。
私はさらに煽るため、ニヤニヤ笑いを浮かべてみせた。
「それはいいから、評議室に行こうか。連行されるのはあんたの方だけど。きっと罪状まみれだよ」
すると、私の隣でエリオットが神妙に頷く。
「その通りですね。聖女を騙り、地位を利用して貴族を脅迫……ああ、そうだ。聖女時代の俸給も、返していただかないと」
「か、返せるわけないでしょ、あんな大金!頭おかしいんじゃないの!?」
マチルダは、鞭をぐちゃぐちゃに揉みしだいている。
「私は本物よ!私が本物の聖女なの!」
怖がれ、怯えろ。
私は念じながら追い討ちをかけた。
「焦るよね。だって全部嘘なんだもんね?エルディリス家当主の地位だって、そもそも就く資格がないんだから」
「で、でも、私は……!」
「いやー、かわいそうに。旦那さんの故郷は半壊して、誰も助けてくれないし。きっとカビ臭い地下牢に放り込まれるよ。精霊の力を操れるっていうなら、話は変わるかもしれないけど」
「じゃ、じゃあ……見てなさい!今、力を使ってやるから!」
マチルダは兵士に命じてリリィを起こさせ、ペンダントを奪い取った。
「ペンダントが!」
ギデオンが腰の剣に手をかける。
私は彼を腕で制し、人差し指を口に当てた。
「アナベル様、何を……」
「大丈夫、予定通りだから」
私の囁きで、飛び出そうとしていたレオナルドも足を止める。
その間に、マチルダはペンダントを自分の首にかけた。
マチルダも聖女の血を引いているから、一応は精霊の力を使えたのだろう。
でも、精霊たちが「母親の方が娘よりひどい」といっていた。
資質はギリギリだったはず。
しかも、娘を産んだことでさらに資質が失われた。
そんな状態で力を使おうとしたら、どうなるか。
「精霊たち、何か出しなさい!何でもいいから……えっ?」
ペンダントが激しく震える。
次々と色が変わる美しい宝石が、どす黒く染まっていく。
鞭を手にしたマチルダが、地下室の隅に向かって喚いている。
隅にあるのは、ぼろ布の塊。
その下から華奢な手足が見えた。
──リリィだ。
理解した瞬間、指先まで寒気が駆け抜ける。
可憐な姿は見る影もない。
薄紅色のローブは裂け、透き通るような水色の髪は、今は血で汚れている。
リリィは胎児のように丸くなり、「やめて……やめて……」とうわごとのように呟いている。
そんなリリィに、マチルダは鞭を振り上げる。
「マチルダ!」
「やめろ!」
私とギデオンが同時に怒鳴る。
そこでようやく、マチルダは私たちを振り返った。
「なっ……どうしてあんたたちがここに!兵士は何をしているの!?」
マチルダの怒鳴り声で、エルディリス家の兵士が十数人、地下室へやってくる。
彼らはマチルダを守るように並び──そこでようやくリリィに気付いたらしい。
変わり果てた姿を見て、サッと青ざめた。
マチルダは、動揺する臣下の足元を鞭で打った。
「そこの侵入者を評議室に連行しなさい!」
「し、しかし、あの方は国王陛下では?」
「だからこそ、よ。議員の前で公表してやるの。地位を利用して、死刑囚を外に出したって。それに、エルディリス邸へ無断で立ち入ったこともね!」
「ちょっ……何言ってんのよ!」
ショックを受けている間に話が進んでしまった。
私は慌ててまくし立てた。
「マチルダ、あんたはたしかに王命を無視できる。でも、国王を従わせる権利は持ってない!そうでしょ?」
と、レオナルドを振り返る。
彼はたじろぎつつも、「そうだ」と頷いた。
「それに、王命無効権があるからといって無敵ではありませんよ」
エリオットが、これまでになく冷たい声でマチルダに告げる。
「エルディリス家当主の地位を失えば、権利はなくなります」
「知ってるわよ、そんなこと。でも、だから何?身分を剥奪されるような悪いことをした?」
私はとっさにリリィを見た。
マチルダがフンと鼻を鳴らす。
「言うことを聞かない悪い子を罰しただけよ。どこの親もやってることでしょ?」
マチルダは肩をすくめると、不機嫌そうにため息をついた。
「私は間違ってないわ。その上、母親らしく振る舞ってやったのに。リリィったら『聖女をやめたい』だなんて……あーあ、演技した甲斐がなかった」
「演技……?」
マチルダは、ただ苛立たしげに顔をしかめている。
その顔を見て、私は思い知った。
マチルダは愛情が歪んでいるだけ。
そう考えていた。
でも、それはまったくの誤解だった。
この女は、子どもへの愛情を欠片も持っていない。
リリィを本気で道具だと思っているのだ。
だからマチルダは、大聖堂でリリィを戦いに向かわせた。
傷ついて弱っていたリリィを。
「ルーシーを生かしておいてよかったわ。まとわりついてきて邪魔だったから、消そうか迷っていたけど。リリィの次はあの子が聖女ね」
「は?リリィの次って……どういうこと?」
「だから、リリィはもういらないの。散々殴ってスッキリしたし、そろそろ広場に転がしておくわ。それで『偽聖女はエルディリス家が断罪した』って言っておけば、平民の溜飲もそれなりに下がるでしょう」
マチルダがほくそ笑む。
細く息をするリリィを見下ろして。
「ルーシーの方が従順そうだし。早く交換しておけばよかった」
家具を買い替えるかのような言い方に、私の肌が粟立った。
レオナルドやルークも、化物に遭遇したような顔でマチルダを見ている。
だけど怯んでいる場合じゃない。
私は改めてマチルダを睨んだ。
(こいつの自信は、「自分はエルディリス当主だ」って──その一点に支えられてる。それなら、そこを崩すしかない!)
今なら、材料はギリギリ揃っている。
精霊たちには負担をかけてしまうけど……
でも、まずはマチルダを止めないと、みんなを助けられない。
私は、魔王に挑むような覚悟で言い放った。
「マチルダ……わからないの?あんたは罪を犯してる」
「は?だから、親が子どもを罰するのは罪じゃないって──」
「あんたが犯したのは、ほかの罪だよ!」
「ほかの罪?私が何をしたっていうの?」
「それは……『聖女を騙ったこと』!」
マチルダを鋭く指差すと、その目が一瞬揺れた。
私の中で、はったりじみていたものが、確信へと変わっていく。
「あんたは資質がないのに『自分は聖女だ』って嘘をついて、就任したんでしょ!本当は私の母が聖女だったのに!」
エルディリス家の兵士が顔を見合わせる。
マチルダは堂々と立っているが、しきりに瞬きをしている。
「何を、言うの……私はちゃんと審査を受けたわ!」
「でも、『マチルダは魔物を倒したことがない』ってお父様が言ってたけど?ほかの貴族も同意してたよね?」
兵士が息をのみ、どよめいた。
マチルダが床を鞭で打つ。
兵士は口をつぐんで後ずさったが、その目には不信の目が浮かんでいる。
「いちいち細かいことを覚えてるんじゃないわよ!父娘そろって神経質ね!」
マチルダは唇が紫になるほど噛みしめ、私を睨んでいる。
私はさらに煽るため、ニヤニヤ笑いを浮かべてみせた。
「それはいいから、評議室に行こうか。連行されるのはあんたの方だけど。きっと罪状まみれだよ」
すると、私の隣でエリオットが神妙に頷く。
「その通りですね。聖女を騙り、地位を利用して貴族を脅迫……ああ、そうだ。聖女時代の俸給も、返していただかないと」
「か、返せるわけないでしょ、あんな大金!頭おかしいんじゃないの!?」
マチルダは、鞭をぐちゃぐちゃに揉みしだいている。
「私は本物よ!私が本物の聖女なの!」
怖がれ、怯えろ。
私は念じながら追い討ちをかけた。
「焦るよね。だって全部嘘なんだもんね?エルディリス家当主の地位だって、そもそも就く資格がないんだから」
「で、でも、私は……!」
「いやー、かわいそうに。旦那さんの故郷は半壊して、誰も助けてくれないし。きっとカビ臭い地下牢に放り込まれるよ。精霊の力を操れるっていうなら、話は変わるかもしれないけど」
「じゃ、じゃあ……見てなさい!今、力を使ってやるから!」
マチルダは兵士に命じてリリィを起こさせ、ペンダントを奪い取った。
「ペンダントが!」
ギデオンが腰の剣に手をかける。
私は彼を腕で制し、人差し指を口に当てた。
「アナベル様、何を……」
「大丈夫、予定通りだから」
私の囁きで、飛び出そうとしていたレオナルドも足を止める。
その間に、マチルダはペンダントを自分の首にかけた。
マチルダも聖女の血を引いているから、一応は精霊の力を使えたのだろう。
でも、精霊たちが「母親の方が娘よりひどい」といっていた。
資質はギリギリだったはず。
しかも、娘を産んだことでさらに資質が失われた。
そんな状態で力を使おうとしたら、どうなるか。
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