断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

43 リリィが守っていたもの

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 耳を澄ませていると、廊下を曲がった先から、女の子の声が聞こえてくる。

「ねえ、フィン。お願い。私もお姉様に会いに行きたいの」

(フィン⁉︎)

 私はルークを追い抜き、イザークの背中を押した。

「行こう、早く!」

「しかし、相手は三人ですが……」

「大丈夫、フィンだから!」

「何が大丈夫なんだよ!フィンって誰だ?」

 レオナルドが小声で私にツッコミを入れる。
 押し合っている間に、三人の人物が現れた。
 彼らは私たちを見るなり、目を丸くして硬直した。

 一人は茶色猫っ毛の青年。
 リリィの従者であり、乙女ゲームの攻略対象フィンだ。

 その隣には、金髪の優しげな四十代男性
──リリィの父親、サムエル・エルディリスがいる。

 そして、三人目。
 八歳くらいの少女が、フィンと手を繋いでいる。
 リリィやマチルダと同じ水色の髪を、三つ編みにしている。

(この子……誰?)

 さっき、「お姉様」と言ったのはこの子だろう。
 ということはリリィの妹?
 でも、ゲームではこんな子出てこなかった。

 気になるけど、とにかくリリィだ。
 私は、固まったままのフィンに尋ねた。

「フィン、リリィの居場所を知らない?」

「そ、そんなこと言うわけが……というか、なぜあなたがここに!」

 フィンは混乱しながらも、女の子を背中に隠した。
 二人の前にサムエルが、少し足を引きずりながら立ちはだかる。
 ものすごく警戒されている。

 しまった、気が急いて初手を誤った。
 私はゲームの延長で、フィンもサムエルも家族のような感じだけど、向こうから見れば、私はリリィの敵なのだから。

 どう巻き返そう。
 考えていると、レオナルドが私たちの前へ進み出た。

「君、見たことがあるな……リリィの従者か?」

「あなたは……陛下?」

 最初に気付いたのはサムエルだ。
 続いてフィンが息をのむ。

 二人は深く頭を下げ、それからまた私を見た。
 警戒は格段に薄まっていた。

 それから……サムエルがイザークを見て、懐かしいような悲しいような顔をする。
 気のせいではないだろう。
 彼はイザークの同胞、ファルガランの出身者だから。

 同郷の二人が見つめ合う。
 しかしそれは数秒のことで、サムエルは小さく会釈をして、また私たちを見回した。

「親衛隊のお二人もご一緒なのですね」

 サムエルがかすかに微笑む。
 フィンは静かに息をついた。
 
 リリィの仲間に同行しているなら、アナベルもリリィの敵ではない──そう思ってくれたらしい。
 緊張を解いたフィンを、女の子が恐る恐る見上げる。

「フィン。この人たち、誰……?」

「ルーシー様、大丈夫ですよ。この方々は、国王陛下と、親衛隊の皆様と……」

「こくおうへいかって何?」

「えっ」

 私は思わず声を漏らしてしまった。

 そんなことも教わっていないのか。
 本当に何者なんだろう。

「……リリィのお友達だよ」

 ルーシーという女の子へ、サムエルが困ったように微笑む。
 それからレオナルドに向き直り、「ご無礼をお許しください」と頭を下げた。

「い、いや、構わないが。この子は誰なんだ?」

「……私の娘です」

「娘?しかし、あなたはリリィの父親では……」

「この子の父親でもあります。この子は……ルーシーは、リリィの妹なのです」

 ルーシーは、マチルダの命令で家から出られない。
 食事も与えるな、と言われているらしい。

 当然、社交場に出たこともない。
 だから国王のレオナルドや公爵令息のルークも、存在すら知らなかった。

 リリィや父親、使用人がこっそりと面倒を見て、なんとか生きているそうだ。

『所詮は“予備”の聖女、目障りだわ』

 マチルダがそう言ったので、冷遇されているという。

 そこまで話すと、サムエルは眉を寄せ、「私が不甲斐ないばかりに……」と、唇を噛んだ。
 すかさず、ルーシーがフィンを見上げる。

「ねえ、お話は終わった?お姉様のところへ行っていい?」

「いけません。私と旦那様が戻るまで──いえ、戻らなくともお部屋でお待ちください」

「何言ってるの!」

 私は胸を張り、フィンに笑いかけた。

「フィンとパパさんも、ルーシーと待っててよ。リリィは私たちが助けるから」

 フィンはぽかんとして、しかし急に我に返り、私とレオナルドを交互に見る。

「よ、よろしいのですか?まさか陛下も、そのためにここへ……?」

「ああ。だから、リリィは僕たちに任せてほしい」

 レオナルドがそう言うと、フィンの目に涙が浮かぶ。

「ありがとうございます……!では、隠し階段の場所をお教えします」

 その言葉に、エリオットが目を見開く。

「地下へ行けるのですか」

「はい。隠し階段を使えば、兵士と顔を合わせることもございません。ですから、どうかリリィ様を……!」

 礼儀作法も何もかも無視して、フィンはガバッと頭を下げた。
 固く拳を握りしめて、「お願いします、どうか」と繰り返している。

「こらっ、フィン!まったく……国王陛下、使用人の教育が至らず申し訳ありません」

 お辞儀をするサムエルに、レオナルドはかぶりを振った。
 
「僕たちこそ、勝手に屋敷へ立ち入って済まない」

「その代わり、リリィは絶対助けるから」
 
 私がガッツポーズを取ると、ルーシーはようやく信用してくれたらしい。
 私のエプロンを握りしめ、震える声で言った。

「お願い、お姉様を助けて。お母様が、いつもと違うの……」

「違うって?」

 ルーシーに近付き、しゃがんでみる。
 俯きがちの子だから、そうしないと視線が合わない。

「お母様は……いつもお姉様を叩いてるの。『あなたが戦わないとみんな死ぬわよ』『言うことを聞かないと、ルーシーとフィンを川に捨てるから』って」

 私は目を剥いた。

 リリィは、殴られていただけじゃなかった。
 人質を取られて、抵抗できなかったんだ。

 森で聞いた、リリィの言葉が脳裏によみがえる。

『私、お姉さんとして頑張らなくちゃいけなかったから……そう言ってもらえると、嬉しいな』

 あの時、リリィはどんな気持ちだったのだろう。
 家族を守るためにと、一生懸命だったのか。

 そう思うと胸が痛くなる。
 
「お母様は、お姉様を叩くんだけど、最後には『あなたのためなのよ、わかってくれるわね』って優しくするの。でも……今日のお母様は、すごく怖かった。『役立たずは殺してやる』って──」

 そこまで聞いた私は、すばやく立ち上がった。

「フィン、地下への階段に連れていって。早く!」

 つい大声を出してしまった。
 フィンは驚いたように後ずさり、しかしすぐに来た道を戻り始めた。
 豪奢な寝室に──おそらくマチルダの部屋だ──入り、クローゼットを開ける。

 派手なドレスをかき分けると、奥の板に、四角い穴がぽっかりと開いていた。
 その穴から、かすかに風が吹いてくる。

「ここです。階段を下り切ったら、突き当たりの壁の出っ張りを押してください」

「わかった、ありがとう!」

 私たちは急いで、しかし音を立てないように階段を下りた。

 フィンに教わった通り、出っ張りを押すと、ゆっくりと壁が開いていく。
 血の匂いが鼻をついた。

 燭台の灯りを頼りに目を凝らす。
 そして、目の前に広がる光景を見て、何も言えずに立ち尽くした。
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