断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

48 帰省

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「……え」

 つい、ものすごく嫌な顔をしてしまった。
 でも仕方ないと思う。

 だってアナベルの中には、父と兄に無視され続けた記憶しかない。
 そんな人たちがいる場所に、誰が行きたいだろうか。

 というか、早くイザークの様子を見たいのに。
 足の火傷や腕の傷が心配だ。
 
 ペンダントがないから治療はできないけど。
 具合の確認ぐらいはしたい。
 死にかけていたら助けを呼べるし。

「……たしかに、父にはお礼を言うべきだよ。死刑取り消しの条件を決めさせてくれたし、仮釈放も提案してくれたし。でも……来週じゃ駄目?」

「早く話したいみたいだったよ。君の母親の死因について、どうしても伝えたいことがあるんだって。聞いてあげたら?」

  ◇

 結局、私は帰省することに決めた。
 母親の死因について──しかも「どうしても伝えたい」と言われたら無視しづらい。

 新たな監視役のジョルジュさんと、二人で馬車に乗り込む。

 お忍びなので、ジョルジュさんは鎧を脱いでいる。
 私の服は、モスグリーンのワンピース。
 いい天気だねえ、と言い合いながら、馬車に揺られていく。

 ヘイルフォード公爵邸に着き、中へ入ると、まず兄嫁のルイーザさんがエントランスへやってきた。

「アナベルちゃん、お帰りなさい」

 ぽっちゃり体型にフワフワの笑顔で歩いてくる。

「大変だったわねえ、死刑囚になっちゃうなんて」

 私より頭一つ小さなルイーザさんは、世間話をするように言った。

「色々頑張ってるみたいだけど、風邪はひいてない?」

「ええ、まあ……おかげさまで」

 どう返せばいいのかと悩んだ末、手垢のついたテンプレ返答を口にした時。

「本当に来たのか、犯罪者め」

 棘のある声が聞こえた。
 ライトブラウンの髪の男性が、二階から下りてくる。

 兄のアーサーだ。
 アナベルに似て綺麗な顔立ちだけど、今はハエを見るかのように眉をひそめている。

「呼んだのはお父様ですけど」

 私は腰に手を当てて、アーサーを睨み返した。
 アーサーは苛立たしげにため息をつき、ルイーザさんの隣で足を止めた。

「父上の気まぐれを本気にするなよ。父上も、なんでこんな奴を……」

「あなた、そんなこと言っちゃ駄目」

 ルイーザさんは口を尖らせて、アーサーの頬をつついた。

「こらっ、そういうことは人前でするものじゃない!」

「ってことは、二人きりの時はやってるんだ?」

 私がニヤニヤしてみせると、アーサーは片眉を上げながら目を見開く、という奇妙な顔をした。

「何ですか?お兄様?」

「別に……」

 アーサーは気まずそうに私から目を逸らして、

「用が済んだらすぐ帰れよ」

 と、また二階へ戻ってしまった。
 それを目で追うルイーザさんは、「もう」と頬を膨らませて、そのあとまた私を見た。

「アナベルちゃん、アーサーのことは気にしないで。私はお医者様とのお話があるから戻るけど、すぐ執事が来るからね」

 そう言って、ぽてぽてと去っていく。
 すると、私が一人になるのを待っていたかのように、執事が声をかけてきた。

「お嬢様、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです」

 執事に案内されたのは客間だった。
 すぐ切り上げてイザークのところへ行くつもりだったが、想定より長引きそうだ。

 父は、ソファに腰掛けて私を待っていた。

「アナベル、来たか……まずは座れ」

「はい、お父様」

 テーブルを挟み、父の向かいのソファへ腰を下ろす。
 そして、目で問いかけた。

 母親は落馬が原因で亡くなったが、不審な点でもあったのか。
 もう二十年近く経っているのに。

 それが伝わったのか、父は「さっそくだが」と口火を切った。

「陛下から聞いたと思うが、マーガレットについて、話したいことがある」

「……母が死んだのは、落馬したからでしょう?」

「ああ。その現場に、妙なことがいくつもあったんだ。だが、それを話す前に……私の結論を聞いてほしい」

 父は息を吸い込み、声を低めて囁いた。

「お前の母マーガレットは、マチルダに殺されたのかもしれん」

「……!」

 絶句する私に、父は語った。

 母は結婚後も、アーサーを産んでからも、聖女のペンダントを思って一人泣いていたという。
 父とアーサーは母を喜ばせようと、贈り物をしたり、遠乗りに連れ出したりした。

 しかし、母が家族と向き合うことはなかった。
 私を身籠っても、頭の中はペンダントのことだけ。
 
『あの女は妻ではない。母でもない』

 ついに父とアーサーは、母を無視することにした。
 そうすることで、虚しさから目を背けようとした。

 しかし、私が生まれると状況は変わっていった。

 母は、ペンダントへの執着を少しずつ無くしていったそうだ。
 そしてある日、突然馬に飛び乗ると、エルディリス邸へ向かったという。

 もう暗くなる時刻だというのに。

「エルディリス邸って……どうして?」

「おそらく、マチルダに会うためだろう」

 父は、眉間に皺を寄せて呟いた。

「当時は理解不能だったが……今ならマーガレットの気持ちが想像できる」

 聖女の資質は、娘に渡る。
 アナベルが生まれてから、ペンダントへの執着が薄れていき、そこで母は気づいたんだろう。

 自分こそ本物の聖女だと。

「マーガレットはマチルダへ頼みに行ったのかもしれん。『ペンダントを返してくれ』と」

 そのあと、どんな会話が為されたのか。
 ともかく母はエルディリス邸で一夜を明かし──帰路で死んだ。

 自分から手綱を離し、後ろへ倒れ込んだような状況だったという。

 父は疑念を抱いた。
 母は乗馬に慣れていたのに。
 彼女の愛馬は気性が穏やかだったのに。
 
 ただの事故とは思えない──

「道中、マチルダの手下に睡眠魔法スリープをかけられたのでは、と疑った」

「……でも、あのマチルダには何も言えなかった?」

 父は目を伏せ、力なく頷いた。

 そうだったのか。
 アナベルに冷たかった父親も、一応悩んでいたんだ。
 彼なりに妻のことを愛していたんだ。

 でも、妻が生きているうちには届かなかった。
 やり切れない話である。

 我知らず俯くと、父は「悪かった」と呟いた。

「何がですか?」

「お前もペンダントに異常に執着し、私たちの言葉を聞いてすらいなかっただろう」

 そういえば私、リリィをガン見しながら歯ぎしりするほどヤバかったんだっけ。

 というか、話しけられていたのか。
 先に公爵やアーサーを無視したのはアナベルだったんだ。

「それは……すみません。でも、私にも事情が……」

「わかっている。目の前で、次から次へと魔物を倒されては信じるしかない。お前が本物の聖女だと」

 父は苦笑し、目を細めて私を見つめた。
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