断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

50 イザークの家へ

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 馬車は王都のはずれへ向かっていく。
 そこに、鬱蒼うっそうとした森があった。

 木々には蔦が絡み、馬車は通れない。
 私はジョルジュさんと一緒に馬車を降り、森の中を歩いた。

「アナベル様、そろそろ見えてきましたが……」

 ジョルジュさんが不安そうに、森の出口を指差す。
 私は足を早めて──開けたところに出た途端、ジョルジュさんと一緒に立ちすくんでしまった。

 豪華だけど古びた屋敷がそびえている。
 吸血鬼の根城みたいだ。

 ビクビクするジョルジュさんの隣で、私は拳を握りしめ、ドアに駆け寄った。

「イザーク!アナベルだけど!生きてる!?」

 ドアを壊さない程度の力で、連打する。
 ジョルジュさんが「ひぃっ」と言って震え上がった。
 中にいるのはイザークなのに、どうしてそこまで怖がるんだろう。

 少しして、静かにドアが開く。
 目を丸くしたイザークが立っていた。

 頬に火傷、手に切り傷、口の端に青あざがある。
 襟高のシャツの下には、もっとたくさんの傷があるかもしれない。

 どことなく顔色も悪い。
 早く治療しないと。

「アナベル様、なぜここに──」

「みんな、イザークを治して!」

 ペンダントの宝石を握りしめると、精霊たちがモフッと飛び出した。

 みんなが放つやわらかい光がイザークを包む。
 五メートルくらい後ろで、ジョルジュさんが「おぉっ」と声を上げた。

 一呼吸のあと、あざも火傷も綺麗になくなったイザークは、半ば呆然と呟いた。
 
「……ありがとうございます」

「私じゃなくて、みんなのおかげ──ひゃっ!」

「聖女様、またいつでもお呼びください!」

 ナギが長い体を私の頬にすり寄せ、ペンダントに戻っていった。

 ほかの三匹も、私の鼻に突撃したり、イヤーマフのように左右から挟んできたり。
 事態が一段落して安心したのか、はしゃいでいるようだ。

 全員が視界から消えたところで、私はイザークに向き直った。

「ねえ。ほかに何か、ない?」

「何か……とは?」

「掃除とか洗濯とか。あっ、ご飯食べてる?」

 前世では自炊生活だったし、アナベルも教育の一環として家政を経験している。
 私が腕まくりをすると、イザークは淡々と首を横に振った。

「問題ありません。通いの老メイドがいますので」

「じゃあ話し相手……は、いらないか」

 腕まくりを戻しながら、モゴモゴとつけ加える。
 イザークの返事は、ない。
 ただ、何か言いたげに、じっと私を見ている。
 
 そこで、イザークの顔色がまだ悪いことに気付いた。
 どうしたんだろう。
 怪我は治したのに。

 そういえば大聖堂でも様子がおかしかった。
 冷静じゃないというか。
 何か悩みでもあるんだろうか。
 
 尋ねようとした時、先にイザークが口を開いた。

「最近、あることが胸に詰まって、なかなか寝付けず……聞いてくださいますか。明るい話ではないのですが」

「もちろん、聞くよ」

 というかそんなことを言われたら、気になってこっちが眠れない。

「私でよければ、だけど」

「いえ。アナベル様に話したいと思っていました」

「!」

 心臓が飛び出すかと思って、私はとっさに胸を押さえた。

「そう、なんだ……そう思ってくれるなら、よかった」
 
「はい。それではまず、寝室へ来ていただけますか」

「えっ!」

「寝室!?」

 私と一緒に、後ろのジョルジュさんも叫んだ。

「問題がありましたら、結構です」

「な、ない!大丈夫!」

 相手はあのイザークだ。
 変なことは起きないだろう、絶対に。

 私は心配そうなジョルジュさんに「待ってて」と声をかけ、イザークの背中を追った。
 ドキドキしながら階段を上がり、薄暗い廊下を進む。

 外観に比べて、中はかなり綺麗だった。
 老メイドさんが丁寧に管理しているのだろう。

 廊下の奥のドアを開け、イザークに続いて私も室内に入る。
 つい、ベッドを見つめてしまったが。

「こちらです」

 イザークはベッドを無視して、右手の壁へと向かった。
 姿見、置き物……やけに物が積まれている。

 イザークは、それらを脇に移していく。
 そして現れた壁を見て、私は数秒、呼吸を忘れた。

 そこにあったのは、猛獣が暴れたかのような、悲惨な光景だった。

 内部の木材ごと壁紙が裂かれている。
 その数、十や二十じゃない。

 数え切れないほどの傷が壁に走り、向こうの部屋まで穴が開いている。
 
「何、これ……」

「私がやりました」

「イ、イザークが?」

 なぜ、という質問は喉から出てこなかった。
 知りたい。でも、知るのが怖い。

 壁の傷をただ見つめるしかできない。
 しばらくしてイザークは、一滴また一滴と水がこぼれるように、語り始めた。
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