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1章 断罪回避
51 イザークの過去の真相
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「私の家族は、謀反の罪で死刑になったと言いましたね。密告したのは私です」
「ど……どういうこと?なんで?」
「兄を、助けたかったので」
イザークは、そうした例を祖国で見たという。
ある村の若者たちが、謀反を企てた。
村人の妹は、「兄たちを止めてくれ」と王城へ訴えてきた。
結果、その兄は投獄だけで済んだ。
だから、アルデリアの王に兄の謀反を知らせれば、誰も死なないはず──
イザークはそう思ったらしい。
しかし、予想は外れた。
当然だ。
他国の王族に乗っ取りを企てられたら、本気で国がひっくり返る。
寄せ集めの村人相手とは、わけが違う。
「それから、兄と母を処刑したのも私です」
その言葉で、私の足から頭までが、氷を飲み下したようにスッと冷たくなった。
「なんで……まさか、議員に……マチルダに命令された……?」
「いいえ、私から志願しました。処刑人になると」
当時、優秀な人材は、魔王に返り討ちにあっていた。
生き残ったのは訓練兵ばかり。
首を落とし損ねて、罪人を苦しめる可能性があった。
「ですから、私がやろうと思いました。私の一族は剣に秀でています。まだ十四歳でしたが、一撃で命を絶つ自信が、私にはありました。……それがどんな相手でも」
それから処刑の日まで、イザークは心を殺すことに注力した。
この町外れで、ただひたすら剣を振った。
余計なことを考える時間を捨てようとしたのだ。
「処刑の場面を想像しても、動揺せずに済むまで、十日かかりました」
そして、いよいよ処刑の日。
イザークの兄は「裏切り者」「人殺し」と喚いた。
イザークの母親は、「あなたは正しい、どうか生きて」と言った。
イザークは彼らの声を音として聞き、滞りなく処刑を終えた。
その夜、イザークはこの部屋に戻り──息をつく間もなく、膨大な思い出のうねりに襲われたという。
母の子守唄が優しかったこと。
父の手のひらが温かかったこと。
兄とふざけ合った日の喜び。
それに続いて、抑えようのない懐かしさと罪悪感が、イザークの胸をつらぬいた。
涙と絶叫が、喉の奥からあふれ出した──
壮絶としか言えない。
そんな話を、イザークは、凪いだ海のような平静さで語り続ける。
「早く心を消さなくては、狂人になってしまう。感情を抑えなくてはと焦りながら、どうすればいいかわからなかった。一晩中、剣を壁に叩きつけて、泣き叫んで……いつの間にか、気を失っていました」
そして目覚めた時。
世界の色も音も褪せ、イザークの頭には、何の感情も浮かばなくなっていたそうだ。
そこまで話したイザークは、急に「申し訳ありません」と言った。
「えっ、何が?」
「やはり、話すべきではありませんでした」
イザークが私の頬に触れてくる。
そこで、自分が泣いていることに気づいた。
(あれ?嘘……いつの間に?)
呆然とする私に、イザークは弱々しく言った。
「最近、どうしようもなく当時のことを思い出してしまって、息苦しかったのです。誰かに話せば楽になるかと思いましたが、甘えでした。あなたに、不快な思いをさせました……」
違うと言いたい。
リリィを励ました時のように、言葉をかけてあげたい。
でも、声が出てこない。
彼の孤独を癒す奇跡の一言なんか、きっとこの世に存在しない。
そのことがもどかしくて、心臓がギリギリと裂けるように痛む。
私は聖女なのに。
体の傷は一瞬で癒せるのに。
イザークの心を救えない。
悔しさを抑えられず、涙が目の表面へ盛り上がっていく。
「……っ!」
私が泣いちゃいけない。
辛いのはイザークの方だ。
そう思って、震え出す自分の肩を押さえつけた時。
イザークが、やわらかく私を抱きしめた。
「な、何、してる、の?」
しゃくりあげながら聞くと、イザークは口ごもりつつ答えた。
「こうすると、落ち着きやすいと、聞いたことがありますので」
その言葉通り、彼の体温に包まれていると、ぐちゃぐちゃになった心が整理されていく気がした。
イザークも同じように感じられるだろうか。
私は、震えて力の入らない手を、どうにか彼の背中に回した。
(ごめんね、こんなことしかできなくて)
彼は息苦しいと言った。
だから、きっとまだ心が残っている。
それなら傷を癒せるはずだ。
ごくわずかでも。
そう信じて、祈りながらイザークを抱きしめた。
イザークが、辛いことを思い出しませんように。
イザークが、安心して眠れますように──
「ど……どういうこと?なんで?」
「兄を、助けたかったので」
イザークは、そうした例を祖国で見たという。
ある村の若者たちが、謀反を企てた。
村人の妹は、「兄たちを止めてくれ」と王城へ訴えてきた。
結果、その兄は投獄だけで済んだ。
だから、アルデリアの王に兄の謀反を知らせれば、誰も死なないはず──
イザークはそう思ったらしい。
しかし、予想は外れた。
当然だ。
他国の王族に乗っ取りを企てられたら、本気で国がひっくり返る。
寄せ集めの村人相手とは、わけが違う。
「それから、兄と母を処刑したのも私です」
その言葉で、私の足から頭までが、氷を飲み下したようにスッと冷たくなった。
「なんで……まさか、議員に……マチルダに命令された……?」
「いいえ、私から志願しました。処刑人になると」
当時、優秀な人材は、魔王に返り討ちにあっていた。
生き残ったのは訓練兵ばかり。
首を落とし損ねて、罪人を苦しめる可能性があった。
「ですから、私がやろうと思いました。私の一族は剣に秀でています。まだ十四歳でしたが、一撃で命を絶つ自信が、私にはありました。……それがどんな相手でも」
それから処刑の日まで、イザークは心を殺すことに注力した。
この町外れで、ただひたすら剣を振った。
余計なことを考える時間を捨てようとしたのだ。
「処刑の場面を想像しても、動揺せずに済むまで、十日かかりました」
そして、いよいよ処刑の日。
イザークの兄は「裏切り者」「人殺し」と喚いた。
イザークの母親は、「あなたは正しい、どうか生きて」と言った。
イザークは彼らの声を音として聞き、滞りなく処刑を終えた。
その夜、イザークはこの部屋に戻り──息をつく間もなく、膨大な思い出のうねりに襲われたという。
母の子守唄が優しかったこと。
父の手のひらが温かかったこと。
兄とふざけ合った日の喜び。
それに続いて、抑えようのない懐かしさと罪悪感が、イザークの胸をつらぬいた。
涙と絶叫が、喉の奥からあふれ出した──
壮絶としか言えない。
そんな話を、イザークは、凪いだ海のような平静さで語り続ける。
「早く心を消さなくては、狂人になってしまう。感情を抑えなくてはと焦りながら、どうすればいいかわからなかった。一晩中、剣を壁に叩きつけて、泣き叫んで……いつの間にか、気を失っていました」
そして目覚めた時。
世界の色も音も褪せ、イザークの頭には、何の感情も浮かばなくなっていたそうだ。
そこまで話したイザークは、急に「申し訳ありません」と言った。
「えっ、何が?」
「やはり、話すべきではありませんでした」
イザークが私の頬に触れてくる。
そこで、自分が泣いていることに気づいた。
(あれ?嘘……いつの間に?)
呆然とする私に、イザークは弱々しく言った。
「最近、どうしようもなく当時のことを思い出してしまって、息苦しかったのです。誰かに話せば楽になるかと思いましたが、甘えでした。あなたに、不快な思いをさせました……」
違うと言いたい。
リリィを励ました時のように、言葉をかけてあげたい。
でも、声が出てこない。
彼の孤独を癒す奇跡の一言なんか、きっとこの世に存在しない。
そのことがもどかしくて、心臓がギリギリと裂けるように痛む。
私は聖女なのに。
体の傷は一瞬で癒せるのに。
イザークの心を救えない。
悔しさを抑えられず、涙が目の表面へ盛り上がっていく。
「……っ!」
私が泣いちゃいけない。
辛いのはイザークの方だ。
そう思って、震え出す自分の肩を押さえつけた時。
イザークが、やわらかく私を抱きしめた。
「な、何、してる、の?」
しゃくりあげながら聞くと、イザークは口ごもりつつ答えた。
「こうすると、落ち着きやすいと、聞いたことがありますので」
その言葉通り、彼の体温に包まれていると、ぐちゃぐちゃになった心が整理されていく気がした。
イザークも同じように感じられるだろうか。
私は、震えて力の入らない手を、どうにか彼の背中に回した。
(ごめんね、こんなことしかできなくて)
彼は息苦しいと言った。
だから、きっとまだ心が残っている。
それなら傷を癒せるはずだ。
ごくわずかでも。
そう信じて、祈りながらイザークを抱きしめた。
イザークが、辛いことを思い出しませんように。
イザークが、安心して眠れますように──
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