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1章 断罪回避
52 彼が幸せになるまでは
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「……ベル様!アナベル様!」
窓の外から呼ばれて、ハッと我に返った。
私はイザークから離れて、袖でゴシゴシと目元を拭いた。
「ごめん。ジョルジュさんが呼んでるから、そろそろ行かなきゃ」
「ジョルジュ……?誰ですか、その男は」
イザークが低い声で尋ねてくる。
表情は変わらないけど、機嫌が悪いような気がする。
ジョルジュさんを敵か何かだと思っているんだろうか。
「大丈夫、見張りの兵士さんだよ。イザークの代わりに監視役になったの」
イザークは「ああ」と呟き、それから小さく首を傾げた。
「兵士に従わなくてはならないのですか?公爵令嬢のあなたが?」
「ジョルジュさんに従ってるんじゃなくて、そういう決まりなの。外に出られるのは三時間まで。私、まだ死刑囚だから」
「まだ死刑囚……? そうだったのですか……」
イザークは少し眉を寄せ、左手を剣の柄に置いた。
「このままでいてくれ」というように、鞘の方へと押さえつけている。
落ち込んでいるように見えたけど、彼はすぐいつもの無表情に戻り、
「貴重なお時間を割いてくださり、恐れ入ります」
と、平坦な声で言った。
昔の話を聞いたあとでは、抑揚のなさがかえって痛々しい。
そんな考えを知られたら、また「お気遣いなく」と言わせてしまう。
私はイーッと歯を出して笑ってみせた。
「貴重ってほどじゃないよ。これからは毎週外に出られるから。また来るね」
それから玄関へ向かって、ドアを開けようとした時。
ふと思いついて、私はイザークを振り返った。
「一人の方が落ち着くなら、来ないでおくけど……」
「いいえ」
即答だった。
ものすごく驚いたけど、イザークはもっと驚いたらしい。
目を丸くして、ぴたりと息を止めている。
「……いえ、その」
珍しく言い淀むイザークを見つめていると、またジョルジュさんが「アナベル様!」と呼んだ。
そこで、ようやくイザークは口を開いた。
「私は、あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います」
「……そ、そっか、よかった。だったらまた来ようかな」
私は照れ臭くなって、身を翻した。
ドアに向き直り、取っ手に手を伸ばす。
すると、イザークは私の隣に並び、肩を抱いてきた。
「私が開けます」
ドアが開くと、イザークは私の耳元で「どうぞ」と囁いた。
「……ありがとう」
私はボソボソと答えて、外へ出た。
なんとなくイザークの顔は見られなかった。
そよ風が頬をなでる。
それがやけに冷たくて、顔が火照っているのだと気づいた。
「じゃあね、イザーク」
「はい、お気をつけて」
兵士のジョルジュさんが一緒なんだから、大丈夫だよ。
イザークの顔を見られないまま、心の中で言い返した。
焦った様子でウロウロするジョルジュさんに声をかけ、木が生い茂る森へと歩き出す。
うーん、と伸びをした時、あることに気づいた。
私は、隣を歩くジョルジュさんを見た。
「ねえ。私の手、縛らなくていいの? 囚人を野放しってまずくない?」
「とんでもありません!」
ジョルジュさんは丸い頬をゆるめた。
「アナベル様も聖女様です。尊い方にそんな失礼な真似、できません。というか」
ふっくらした笑顔に、ふと陰が差す。
「個人的には、あっちの方が怖いんですけど……」
ジョルジュさんが、不安そうに後ろを一瞥する。
私も同じ方向を見て、ドキッとした。
屋敷の前にイザークが立っている。
表情はわからないけど、間違いなくこっちを見ている。
「何なんでしょう?」
ジョルジュさんの問いに、私はすぐ答えられなかった。
剣の柄を押さえるイザークの手が、何度も頭をよぎる。
私は死刑囚、彼は処刑人。
彼が私を手にかける日が、来ないとは限らない。
もしもその日が来たら、イザークは何を思うんだろう。
『あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います』
そう言った彼が、平静でいられるはずがない。
きっと物を斬るだけでは足りない。
でも、他人を傷つけることはないだろう。
イザークは優しいから。
それなら、彼が斬るのは──
いつか感じた「不思議な気持ち」を、以前よりもはっきりと感じる。
私はイザークのそばにいたいんだ。
彼が幸せになるところを見届けたい。
(……絶対に、死刑取り消しさせてやる。何がなんでも死なないんだから)
決意を胸にイザークに手を振り、前を向く。
「大丈夫、ただの見送りだよ」
心配そうなジョルジュさんにそう返しながら、私は垂れ下がる蔦を払いのけ、鬱蒼とした森の中を、大股の早足で進むのだった。
◆◆◆◆◆◆
お読みいただきありがとうございます。
1章終了です。
お気に入り、しおり、いいね、エールも、本当にありがとうございます。
楽しんでくださってるかな?とハラハラ中の作者がホッとしております。
次章は、イザークとアナベルが1章よりはイチャイチャしています。
窓の外から呼ばれて、ハッと我に返った。
私はイザークから離れて、袖でゴシゴシと目元を拭いた。
「ごめん。ジョルジュさんが呼んでるから、そろそろ行かなきゃ」
「ジョルジュ……?誰ですか、その男は」
イザークが低い声で尋ねてくる。
表情は変わらないけど、機嫌が悪いような気がする。
ジョルジュさんを敵か何かだと思っているんだろうか。
「大丈夫、見張りの兵士さんだよ。イザークの代わりに監視役になったの」
イザークは「ああ」と呟き、それから小さく首を傾げた。
「兵士に従わなくてはならないのですか?公爵令嬢のあなたが?」
「ジョルジュさんに従ってるんじゃなくて、そういう決まりなの。外に出られるのは三時間まで。私、まだ死刑囚だから」
「まだ死刑囚……? そうだったのですか……」
イザークは少し眉を寄せ、左手を剣の柄に置いた。
「このままでいてくれ」というように、鞘の方へと押さえつけている。
落ち込んでいるように見えたけど、彼はすぐいつもの無表情に戻り、
「貴重なお時間を割いてくださり、恐れ入ります」
と、平坦な声で言った。
昔の話を聞いたあとでは、抑揚のなさがかえって痛々しい。
そんな考えを知られたら、また「お気遣いなく」と言わせてしまう。
私はイーッと歯を出して笑ってみせた。
「貴重ってほどじゃないよ。これからは毎週外に出られるから。また来るね」
それから玄関へ向かって、ドアを開けようとした時。
ふと思いついて、私はイザークを振り返った。
「一人の方が落ち着くなら、来ないでおくけど……」
「いいえ」
即答だった。
ものすごく驚いたけど、イザークはもっと驚いたらしい。
目を丸くして、ぴたりと息を止めている。
「……いえ、その」
珍しく言い淀むイザークを見つめていると、またジョルジュさんが「アナベル様!」と呼んだ。
そこで、ようやくイザークは口を開いた。
「私は、あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います」
「……そ、そっか、よかった。だったらまた来ようかな」
私は照れ臭くなって、身を翻した。
ドアに向き直り、取っ手に手を伸ばす。
すると、イザークは私の隣に並び、肩を抱いてきた。
「私が開けます」
ドアが開くと、イザークは私の耳元で「どうぞ」と囁いた。
「……ありがとう」
私はボソボソと答えて、外へ出た。
なんとなくイザークの顔は見られなかった。
そよ風が頬をなでる。
それがやけに冷たくて、顔が火照っているのだと気づいた。
「じゃあね、イザーク」
「はい、お気をつけて」
兵士のジョルジュさんが一緒なんだから、大丈夫だよ。
イザークの顔を見られないまま、心の中で言い返した。
焦った様子でウロウロするジョルジュさんに声をかけ、木が生い茂る森へと歩き出す。
うーん、と伸びをした時、あることに気づいた。
私は、隣を歩くジョルジュさんを見た。
「ねえ。私の手、縛らなくていいの? 囚人を野放しってまずくない?」
「とんでもありません!」
ジョルジュさんは丸い頬をゆるめた。
「アナベル様も聖女様です。尊い方にそんな失礼な真似、できません。というか」
ふっくらした笑顔に、ふと陰が差す。
「個人的には、あっちの方が怖いんですけど……」
ジョルジュさんが、不安そうに後ろを一瞥する。
私も同じ方向を見て、ドキッとした。
屋敷の前にイザークが立っている。
表情はわからないけど、間違いなくこっちを見ている。
「何なんでしょう?」
ジョルジュさんの問いに、私はすぐ答えられなかった。
剣の柄を押さえるイザークの手が、何度も頭をよぎる。
私は死刑囚、彼は処刑人。
彼が私を手にかける日が、来ないとは限らない。
もしもその日が来たら、イザークは何を思うんだろう。
『あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います』
そう言った彼が、平静でいられるはずがない。
きっと物を斬るだけでは足りない。
でも、他人を傷つけることはないだろう。
イザークは優しいから。
それなら、彼が斬るのは──
いつか感じた「不思議な気持ち」を、以前よりもはっきりと感じる。
私はイザークのそばにいたいんだ。
彼が幸せになるところを見届けたい。
(……絶対に、死刑取り消しさせてやる。何がなんでも死なないんだから)
決意を胸にイザークに手を振り、前を向く。
「大丈夫、ただの見送りだよ」
心配そうなジョルジュさんにそう返しながら、私は垂れ下がる蔦を払いのけ、鬱蒼とした森の中を、大股の早足で進むのだった。
◆◆◆◆◆◆
お読みいただきありがとうございます。
1章終了です。
お気に入り、しおり、いいね、エールも、本当にありがとうございます。
楽しんでくださってるかな?とハラハラ中の作者がホッとしております。
次章は、イザークとアナベルが1章よりはイチャイチャしています。
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