断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

文字の大きさ
52 / 105
1章 断罪回避

52 彼が幸せになるまでは

しおりを挟む
「……ベル様!アナベル様!」

 窓の外から呼ばれて、ハッと我に返った。
 私はイザークから離れて、袖でゴシゴシと目元を拭いた。

「ごめん。ジョルジュさんが呼んでるから、そろそろ行かなきゃ」

「ジョルジュ……?誰ですか、その男は」

 イザークが低い声で尋ねてくる。
 表情は変わらないけど、機嫌が悪いような気がする。

 ジョルジュさんを敵か何かだと思っているんだろうか。
 
「大丈夫、見張りの兵士さんだよ。イザークの代わりに監視役になったの」

 イザークは「ああ」と呟き、それから小さく首を傾げた。

「兵士に従わなくてはならないのですか?公爵令嬢のあなたが?」

「ジョルジュさんに従ってるんじゃなくて、そういう決まりなの。外に出られるのは三時間まで。私、まだ死刑囚だから」

「まだ死刑囚……? そうだったのですか……」

 イザークは少し眉を寄せ、左手を剣の柄に置いた。
 「このままでいてくれ」というように、鞘の方へと押さえつけている。

 落ち込んでいるように見えたけど、彼はすぐいつもの無表情に戻り、

「貴重なお時間を割いてくださり、恐れ入ります」

 と、平坦な声で言った。
 昔の話を聞いたあとでは、抑揚のなさがかえって痛々しい。

 そんな考えを知られたら、また「お気遣いなく」と言わせてしまう。
 私はイーッと歯を出して笑ってみせた。 

「貴重ってほどじゃないよ。これからは毎週外に出られるから。また来るね」

 それから玄関へ向かって、ドアを開けようとした時。
 ふと思いついて、私はイザークを振り返った。

「一人の方が落ち着くなら、来ないでおくけど……」

「いいえ」

 即答だった。

 ものすごく驚いたけど、イザークはもっと驚いたらしい。
 目を丸くして、ぴたりと息を止めている。

「……いえ、その」

 珍しく言い淀むイザークを見つめていると、またジョルジュさんが「アナベル様!」と呼んだ。
 そこで、ようやくイザークは口を開いた。

「私は、あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います」

「……そ、そっか、よかった。だったらまた来ようかな」

 私は照れ臭くなって、身を翻した。
 ドアに向き直り、取っ手に手を伸ばす。
 すると、イザークは私の隣に並び、肩を抱いてきた。

「私が開けます」

 ドアが開くと、イザークは私の耳元で「どうぞ」と囁いた。

「……ありがとう」

 私はボソボソと答えて、外へ出た。
 なんとなくイザークの顔は見られなかった。

 そよ風が頬をなでる。
 それがやけに冷たくて、顔が火照っているのだと気づいた。

「じゃあね、イザーク」

「はい、お気をつけて」

 兵士のジョルジュさんが一緒なんだから、大丈夫だよ。
 イザークの顔を見られないまま、心の中で言い返した。

 焦った様子でウロウロするジョルジュさんに声をかけ、木が生い茂る森へと歩き出す。
 うーん、と伸びをした時、あることに気づいた。

 私は、隣を歩くジョルジュさんを見た。

「ねえ。私の手、縛らなくていいの? 囚人を野放しってまずくない?」

「とんでもありません!」

 ジョルジュさんは丸い頬をゆるめた。
 
「アナベル様も聖女様です。尊い方にそんな失礼な真似、できません。というか」

 ふっくらした笑顔に、ふと陰が差す。

「個人的には、あっちの方が怖いんですけど……」

 ジョルジュさんが、不安そうに後ろを一べつする。
 私も同じ方向を見て、ドキッとした。

 屋敷の前にイザークが立っている。
 表情はわからないけど、間違いなくこっちを見ている。

「何なんでしょう?」

 ジョルジュさんの問いに、私はすぐ答えられなかった。
 剣の柄を押さえるイザークの手が、何度も頭をよぎる。

 私は死刑囚、彼は処刑人。
 彼が私を手にかける日が、来ないとは限らない。

 もしもその日が来たら、イザークは何を思うんだろう。

『あなたが来てくれて、嬉しかったのだと思います』

 そう言った彼が、平静でいられるはずがない。
 きっと物を斬るだけでは足りない。

 でも、他人を傷つけることはないだろう。
 イザークは優しいから。
 それなら、彼が斬るのは──

 いつか感じた「不思議な気持ち」を、以前よりもはっきりと感じる。

 私はイザークのそばにいたいんだ。
 彼が幸せになるところを見届けたい。
 
(……絶対に、死刑取り消しさせてやる。何がなんでも死なないんだから)

 決意を胸にイザークに手を振り、前を向く。
 
「大丈夫、ただの見送りだよ」

 心配そうなジョルジュさんにそう返しながら、私は垂れ下がる蔦を払いのけ、鬱蒼とした森の中を、大股の早足で進むのだった。




  ◆◆◆◆◆◆



 お読みいただきありがとうございます。
 1章終了です。

 お気に入り、しおり、いいね、エールも、本当にありがとうございます。
 楽しんでくださってるかな?とハラハラ中の作者がホッとしております。


 次章は、イザークとアナベルが1章よりはイチャイチャしています。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。 そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー 辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...