断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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2章 魔王討伐

2-5 予想外の事態

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 来てくれと言われても、下着姿なのに。
 困惑している間にも、レオナルドは「アナベル!」「早く!」と叫んでいる。

 延々と名前を呼ばれると、頭が回らない。
 とにかく服を着よう。

 私は足元に落ちているワンピースだかロングドレスだかを引っ掴んだ。
 頭から被り、袖に腕が通るか通らないか、というところで「どうぞ!」と声を張り上げる。

 直後、ドアが勢いよく開いた。
 レオナルドが部屋に飛び込んでくる。
 床を埋めるドレスは、ギリギリ踏まれずに済んだ。

「アナベル、監視塔に来てくれ!」

 見開いた目が血走っている。
 また魔物の群れが襲来したんだろうか。

 いや、この様子はただごとじゃない。
 それ以上の何かが起きたんだ。
 
「わかった、案内して」

 私はレオナルドのあとについて、外へ出た。
 ジョルジュさんが私を見てぎょっとしていたけど、気にしている場合じゃない。
 レオナルドに置いて行かれてしまう。

 何人もの兵士のそばを通り過ぎ──なぜかジョルジュさんと同じ反応だった──長いスカートを持ち上げて、監視塔を駆け上る。
 屋上に設置された望遠鏡に飛びつき、レオナルドが示した方向を見る。

 以前はあった山が、忽然と消えている。
 当然だ。私がキレて吹っ飛ばしたのだから。

 代わりに、ないはずのものがあった。
 草一本ない荒野に、ゆらめく黒い人影。

 あそこは馬車で片道二日かかる場所だ。
 人間が立っても、あんなにはっきり見えるわけがない。

 山のような大きさでもなければ。

「……レオナルド。あれ、まさか……」

 望遠鏡を覗いたまま、ゴクリを喉を鳴らす。
 レオナルドが厳しい声で答えた。

「そうだ。魔王が、復活してるんだ」
 
  ◇

「どういうことなんだろう……」

 私は背中を丸め、トボトボと城の廊下を歩いていた。

 ちなみに背中を丸めているのは、落ち込んでいるからではない。
 適当に選んだドレスの胸元が、鳩尾まで開いていたからだ。

 裂けていると言っても過言じゃない。
 おかげで監視塔から降りる時、レオナルドにものすごく怒られた。

『なんでそんな恥ずかしい服着てるんだ!すぐ着替えてよ、僕は議会の準備をするから!』

 赤鬼みたいに真っ赤な顔で、怒鳴り散らされた。
 自分だって、慌てすぎて私の格好に気づかなかった癖に。

 というか誰だ。こんなドレスを用意したのは。
 色んな人にセクハラしてしまったじゃないか──と、ため息をついたところで、後ろから肩を叩かれた。

「ん?誰……あっ」

 振り向いた私は、とっさに手で胸元を隠した。
 処刑人の黒マントを羽織ったイザークが、真剣な顔で立っていた。

 珍しく汗だくで、肩で息をしている。
 小脇に古びた本を抱えている。

「アナベル様!大事なお話がありま──」

 そこまで言ったイザークは、私の胸を見て凍りついた。

「……違うの!これが着たかったわけじゃなくて!ちょっと間違えただけ!急いでたか……ら?」

 私がまくし立てる間に、イザークはマントを脱ぎ、気付いた時には私はそれを羽織っていた。
 たぶん三秒もなかった。

(速ーっ!露出を隠せて助かったけど、そんなに急がなくても……というかこのマント、『仕事』の時に着てたものだったりして……)

 恐る恐る、息を吸い込む。
 丹念に洗われているのか、血の匂いはしない。
 ただ、男の人特有の甘い香りがした。

「アナベル様。そのように肌を見せていると、風邪をひきます」

「あ、ありがとう」

 イザークが着ていた時は、膝丈だったマント。
 今は私の足首まで隠している。

 下を見ているとまた甘い匂いがして、心がざわついてくる。
 心臓をくすぐられるような感覚に、思わず胸を押さえた。

「えっと……今から着替えるから、それまでマントを貸してくれる?」

「もちろんです。お着替えが終わりましたら、お時間を頂けますか?」

「わかった、大事な話があるって言ってたもんね。部屋の前で待ってて」

 胸元を隠さなくてもよくなったので、私は小走りに自室へ向かった。
 イザークもついてきたが、私だけ部屋に飛び込み、すばやくドアを閉めた。

 室内は服が散乱したままだ。
 その中から、Aラインドレスを掘り出した。

 ちょっとフリルが派手だけど、色は落ち着いた。
 私も議会に参加したいから、これにしよう。
 首まで布地が詰まっているし。

 私は大急ぎでドレスの海をクローゼットに戻すと、ジョルジュさんにメイドを呼んでもらった。
 着替えを手伝ってもらっている間、

「聖女様たちがおられるのですから、魔王のことは大丈夫ですよね」

 と、メイドが不安そうに尋ねてきた。

 もう魔王復活の件を知っているのか。
 噂は王都全体に広まっているのかもしれない。
 それならイザークも耳にしただろうか。

 着替えが終わると、私は「任せておいて」とメイドを部屋から出した。
 実際、魔王はすぐにぶっ飛ばせるし。

 それからイザークのマントを畳み、自分も廊下へ出る。

「お待たせ!マント、ありがとう」

 ほんの少し名残惜しく思いながら、イザークにマントを返す。
 彼は「恐れ入ります」と答えて、それを羽織り直した。

 スッとした綺麗な眉が、怪訝そうに歪む。

「この香りは……?」

 呟いたイザークは、突然目を見開いて私を見つめた。

「あっ、もしかして私の匂いが移った?ごめん!」

 監視塔を駆け上がったから、汗臭いかもしれない。

「……いえ」

 どういう「いえ」なのかはわからないけど、イザークはさっきの私みたいに胸を押さえている。
 彼は一つ深呼吸をして、口を開いた。

「では、お話を。お邪魔してもよろしいですか?」

「もちろん、どうぞ。そのうちに議会が始まるだろうけど」

 本来なら、私の死刑取り消しのために議会が開かれるはずだった。
 だから、地方の領主も王都に集まっているのだ。

「あと二時間は大丈夫かな。何の話なの?」

「それは……」

 イザークは私の耳に唇を近づけ、低く囁いた。

「通いの老メイドに聞いたのですが。再び魔王が現れたこと、アナベル様はご存じですか」

「……うん。さっき、監視塔で見た」

「その原因について、お話ししたいのです」

「なっ……!わ、わかった」

 私はイザークの袖を引いて、部屋へ引っ張り込んだ。
 
 魔王が復活した原因。
 そんな話、人には聞かせられない。

 私が丸テーブルの席に着くと、イザークは一礼して、私の正面の椅子に腰掛けた。

「なんで魔王が復活したか、わかるの?」

「ええ……まず、こちらをご覧ください」

 イザークは、脇に抱えていた本を丸テーブルに置いた。

「何?これ」

「私の兄、ヴェルクの日記です」

「お兄さんの!?」

「はい」

 イザークは険しい顔で頷き、日記を睨みつけている。
 私の肩が、ひとりでにブルッと震えた。
 普段が無表情だから、かすかな変化でも怒りがはっきりと伝わってくる。

 イザークは私の視線に気づくと、眉間の皺を消し、口を開いた。

「ここに、魔王が復活する理由が書かれています」
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