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2章 魔王討伐
2-6 イザークの兄の日記
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「……!わ、わかった」
私はイザークの袖を引いて、部屋へ引っ張り込んだ。
声をひそめたということは、大々的に広まるのはまずいのだろう。
私が丸テーブルの席に着くと、イザークは一礼して、私の正面の椅子に腰掛けた。
「復活した原因、わかったの?」
「はい、ほぼ間違いないと思われます。こちらをご覧ください」
イザークは、脇に抱えていた本を丸テーブルに置いた。
「何?これ」
「私の兄、ヴェルクの日記です」
「お兄さんの!?」
イザークは険しい顔で頷き、日記を睨みつけた。
私の肩が、ひとりでにブルッと震える。
普段が無表情だから、かすかな変化でも、怒りがはっきり伝わってくる。
イザークは私の視線に気づくと、眉間の皺を消し、口を開いた。
「ここに、魔王が復活する原因が書かれています」
紙片の挟まれたページが開かれる。
くっきりとした大きな字が並んでいる。
「日付は十年以上前です。『完成は間近だ。もうすぐこの世によみがえる。人の恐怖を糧にする怪物が。こいつがいれば、他国など恐るるに足りない』」
「恐怖を糧に?人間の感情が餌ってこと?」
「そういうことでしょう。『人間が怯えながら死ぬと、恐怖がその空間にしみつき、湧き続ける』そうです。その結果、動植物は魔物化し、水は腐る」
「コハクがいた森とか、大聖堂みたい……」
私が呟くと、イザークは「はい」と答える。
「恐怖がしみつくというのは、つまり穢れのことなのでしょう。兄の作った怪物は『広く根を張り、恐怖を食らう』とあります」
しかも、怪物は魔物と構造が似ており、無数の魔物を操れるという。
「なるほど……魔王そのものだね」
魔王は、イザークの兄が作ったのか。
私は大きく息を吸い込み、心を落ち着けた。
「はい。そして怪物を倒すには、『完全に根の先まで破壊するか、恐怖を浄化するしかない』ようです」
「じゃあ、魔王が復活したのは、完全に破壊してないから?」
「だと思われます。『根の先』が残っていたのでしょうね」
ということは……ゲームではエンディング後にラスボスが再登場していたのか。
あんなに苦労して倒したのに、五日で復活。
知りたくなかった。
「とにかく、それなら根っこの先まで粉々にすればいいんだよね」
荒地に大穴を開ければいいのだろうか。
フルパワー攻撃を連発すれば、できるかも。
私が両手で拳を作ると、イザークは「お待ちください」と手のひらをこっちへ突き出した。
「魔王の根は、かなり広範囲に伸びているようです。『アルデリアの村まであと少し』と書いてありますから」
だから吹き飛ばさないでください、とイザークは真剣に言った。
「なんで私の考えてることがわかるの……というか十年前で『アルデリアの村まであと少し』なら、今はもっと根が伸びてるってこと?そんなの破壊したら、国内がめちゃくちゃだよ!」
「はい。ですから、私たちができるのは土地の浄化だけです」
「そっか……でも浄化って、時間がかかるんだよね」
これまで、山や湖で魔物を討伐するたび、穢れを浄化していた。
一つの山を浄化するのに三十分ほど。
「残りの穢れを浄化するには、一日二日じゃ足りないよ」
「それでも急がなくてはなりません」
イザークは別のページを開き、ある箇所を指した。
「このあたりの記述から、魔王は根を伝って移動する、と読み取れます」
「え!魔王って動けるの?」
ゲームではずっと同じ場所にいたから、動けないものだと思っていた。
「じゃあ、魔王の根が王都のそばまで来たら……」
アルデリアの──特に東側の農村は、王都周辺に集中している。
王族と、エルディリス家と、いくつもの生産源。
魔王が現れたら、全てが壊滅する。
奴が現れた瞬間、私が倒すことはできる。
だけど、私が王都を離れられなくなる。
残りの穢れを払えなくなってしまう。
今、穢れが残っているのはファルガランとの国境沿いだ。
つまり、王都から一番離れた場所。
魔王を相手にしながらそんなところへ行けるわけがない。
根はすでにそこまで伸びているだろうから、いくら倒しても国境沿いの穢れを糧に、魔王は復活。
ロボットみたいに常時監視はできないから、その隙をついて、魔王はこの一帯を壊滅させるだろう。
「うわー……厄介だなあ」
私は頭を抱えて、天井を仰いだ。
ちなみにファルガランの土地は穢れる暇もなく潰されたから、魔王の根もないだろう……とのことだった。
切ない話だけど、今は胸より頭が痛い。
情報量が多すぎてパンクしそうだ。
しばらくイザークと確認を繰り返し、話を整理してみる。
まず、魔王はイザークの兄が作った。
倒すためには、土地を浄化するしかない。
「大まかにはこの二点かな。ほかにも色々考えることはあるけど……ひとまず、目先の試練を乗り切らなくちゃ」
「目先の試練、ですか?」
「議会だよ。魔王の復活する原因、黙ってるわけにはいかないから。うぅ、どうしよう……」
「そうですね……根本の原因が私の兄だと知られれば、『この国は関係ない』と、貴族が知らぬふりをするかもしれません」
「うん……魔王討伐の時ですら、食料とか護衛とか出し渋ってたもんね」
ましてや今回は浄化だ。
討伐より時間がかかるかもしれない。
それに、本当に気がかりなのはそこじゃない。
(イザークが責められるかもしれない。『お前の兄が原因なら、責任を取れ』って……!)
言われるだけならいい。
でも、それで済むはずがない。
「どうしたらいいの……もし、処刑命令が下りたら……」
私は丸テーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
直後、ガタッと音がしてテーブルが揺れた。
何事だろう、と顔から手を離そうとしたが、それより先に手首をつかまれていた。
「え?」
イザークが立ち上がり、私に顔を寄せている。
緑の瞳が不安そうに揺れている。
「アナベル様が処刑されるのですか?魔王を討ち損じた責任を、議員があなたに押し付けると?」
「あ、いや……」
私じゃなくてイザークの方。
そう言いたいけど、輝くように美しい顔が視界を埋め尽くしているせいで、うまく話せない。
「アナベル様。確実とは言えませんが、議員を黙らせられる方法が、一つだけあります」
「え?議員を……嘘っ!あるの⁉︎」
一拍遅れて我に返り、反射的に身を乗り出す。
鼻が、イザークの鼻にぶつかった。
「ご、ごめん!大丈夫⁉︎」
私は、こけそうになりながら椅子に座り直した。
イザークはちょっと目を丸くしたまま、ゆっくりゆっくり、自分の席に腰掛ける。
「イザーク?大丈夫?」
「……問題ありません」
イザークはまぶたを伏せて、静かに深呼吸をした。
それから目を開けて、日記の別のページを開いた。
「この箇所です。この部分を示せば、『アルデリアは魔王誕生と無関係ではない』と主張できます。あなたの言い方次第ですが……」
最後の一言は弱々しかった。
自信がないのだろう。
眉も普段より下がっている。
対して、私はじわじわと上がっていた──口角とテンションが。
魔王を作ったヴェルクは許せない。
だけど、一つだけ感謝しよう。
議員を最高に気まずくさせる、恨みつらみを書き残してくれるなんて。
その時、廊下からジョルジュさんの声がした。
「アナベル様、議会への出席命令が下されました!」
「わかった、今行く!」
私はそう返すと、不安そうなイザークに向き直った。
そして、ニーッと笑ってみせた。
「この日記、ちょっと貸してくれない?」
「もちろんです。しかし、お役に立つかどうか……」
「そんなことない、強力な武器だよ。これを使って、うるさいオッサンたちを黙らせてくる!」
私はイザークの袖を引いて、部屋へ引っ張り込んだ。
声をひそめたということは、大々的に広まるのはまずいのだろう。
私が丸テーブルの席に着くと、イザークは一礼して、私の正面の椅子に腰掛けた。
「復活した原因、わかったの?」
「はい、ほぼ間違いないと思われます。こちらをご覧ください」
イザークは、脇に抱えていた本を丸テーブルに置いた。
「何?これ」
「私の兄、ヴェルクの日記です」
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イザークは険しい顔で頷き、日記を睨みつけた。
私の肩が、ひとりでにブルッと震える。
普段が無表情だから、かすかな変化でも、怒りがはっきり伝わってくる。
イザークは私の視線に気づくと、眉間の皺を消し、口を開いた。
「ここに、魔王が復活する原因が書かれています」
紙片の挟まれたページが開かれる。
くっきりとした大きな字が並んでいる。
「日付は十年以上前です。『完成は間近だ。もうすぐこの世によみがえる。人の恐怖を糧にする怪物が。こいつがいれば、他国など恐るるに足りない』」
「恐怖を糧に?人間の感情が餌ってこと?」
「そういうことでしょう。『人間が怯えながら死ぬと、恐怖がその空間にしみつき、湧き続ける』そうです。その結果、動植物は魔物化し、水は腐る」
「コハクがいた森とか、大聖堂みたい……」
私が呟くと、イザークは「はい」と答える。
「恐怖がしみつくというのは、つまり穢れのことなのでしょう。兄の作った怪物は『広く根を張り、恐怖を食らう』とあります」
しかも、怪物は魔物と構造が似ており、無数の魔物を操れるという。
「なるほど……魔王そのものだね」
魔王は、イザークの兄が作ったのか。
私は大きく息を吸い込み、心を落ち着けた。
「はい。そして怪物を倒すには、『完全に根の先まで破壊するか、恐怖を浄化するしかない』ようです」
「じゃあ、魔王が復活したのは、完全に破壊してないから?」
「だと思われます。『根の先』が残っていたのでしょうね」
ということは……ゲームではエンディング後にラスボスが再登場していたのか。
あんなに苦労して倒したのに、五日で復活。
知りたくなかった。
「とにかく、それなら根っこの先まで粉々にすればいいんだよね」
荒地に大穴を開ければいいのだろうか。
フルパワー攻撃を連発すれば、できるかも。
私が両手で拳を作ると、イザークは「お待ちください」と手のひらをこっちへ突き出した。
「魔王の根は、かなり広範囲に伸びているようです。『アルデリアの村まであと少し』と書いてありますから」
だから吹き飛ばさないでください、とイザークは真剣に言った。
「なんで私の考えてることがわかるの……というか十年前で『アルデリアの村まであと少し』なら、今はもっと根が伸びてるってこと?そんなの破壊したら、国内がめちゃくちゃだよ!」
「はい。ですから、私たちができるのは土地の浄化だけです」
「そっか……でも浄化って、時間がかかるんだよね」
これまで、山や湖で魔物を討伐するたび、穢れを浄化していた。
一つの山を浄化するのに三十分ほど。
「残りの穢れを浄化するには、一日二日じゃ足りないよ」
「それでも急がなくてはなりません」
イザークは別のページを開き、ある箇所を指した。
「このあたりの記述から、魔王は根を伝って移動する、と読み取れます」
「え!魔王って動けるの?」
ゲームではずっと同じ場所にいたから、動けないものだと思っていた。
「じゃあ、魔王の根が王都のそばまで来たら……」
アルデリアの──特に東側の農村は、王都周辺に集中している。
王族と、エルディリス家と、いくつもの生産源。
魔王が現れたら、全てが壊滅する。
奴が現れた瞬間、私が倒すことはできる。
だけど、私が王都を離れられなくなる。
残りの穢れを払えなくなってしまう。
今、穢れが残っているのはファルガランとの国境沿いだ。
つまり、王都から一番離れた場所。
魔王を相手にしながらそんなところへ行けるわけがない。
根はすでにそこまで伸びているだろうから、いくら倒しても国境沿いの穢れを糧に、魔王は復活。
ロボットみたいに常時監視はできないから、その隙をついて、魔王はこの一帯を壊滅させるだろう。
「うわー……厄介だなあ」
私は頭を抱えて、天井を仰いだ。
ちなみにファルガランの土地は穢れる暇もなく潰されたから、魔王の根もないだろう……とのことだった。
切ない話だけど、今は胸より頭が痛い。
情報量が多すぎてパンクしそうだ。
しばらくイザークと確認を繰り返し、話を整理してみる。
まず、魔王はイザークの兄が作った。
倒すためには、土地を浄化するしかない。
「大まかにはこの二点かな。ほかにも色々考えることはあるけど……ひとまず、目先の試練を乗り切らなくちゃ」
「目先の試練、ですか?」
「議会だよ。魔王の復活する原因、黙ってるわけにはいかないから。うぅ、どうしよう……」
「そうですね……根本の原因が私の兄だと知られれば、『この国は関係ない』と、貴族が知らぬふりをするかもしれません」
「うん……魔王討伐の時ですら、食料とか護衛とか出し渋ってたもんね」
ましてや今回は浄化だ。
討伐より時間がかかるかもしれない。
それに、本当に気がかりなのはそこじゃない。
(イザークが責められるかもしれない。『お前の兄が原因なら、責任を取れ』って……!)
言われるだけならいい。
でも、それで済むはずがない。
「どうしたらいいの……もし、処刑命令が下りたら……」
私は丸テーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。
直後、ガタッと音がしてテーブルが揺れた。
何事だろう、と顔から手を離そうとしたが、それより先に手首をつかまれていた。
「え?」
イザークが立ち上がり、私に顔を寄せている。
緑の瞳が不安そうに揺れている。
「アナベル様が処刑されるのですか?魔王を討ち損じた責任を、議員があなたに押し付けると?」
「あ、いや……」
私じゃなくてイザークの方。
そう言いたいけど、輝くように美しい顔が視界を埋め尽くしているせいで、うまく話せない。
「アナベル様。確実とは言えませんが、議員を黙らせられる方法が、一つだけあります」
「え?議員を……嘘っ!あるの⁉︎」
一拍遅れて我に返り、反射的に身を乗り出す。
鼻が、イザークの鼻にぶつかった。
「ご、ごめん!大丈夫⁉︎」
私は、こけそうになりながら椅子に座り直した。
イザークはちょっと目を丸くしたまま、ゆっくりゆっくり、自分の席に腰掛ける。
「イザーク?大丈夫?」
「……問題ありません」
イザークはまぶたを伏せて、静かに深呼吸をした。
それから目を開けて、日記の別のページを開いた。
「この箇所です。この部分を示せば、『アルデリアは魔王誕生と無関係ではない』と主張できます。あなたの言い方次第ですが……」
最後の一言は弱々しかった。
自信がないのだろう。
眉も普段より下がっている。
対して、私はじわじわと上がっていた──口角とテンションが。
魔王を作ったヴェルクは許せない。
だけど、一つだけ感謝しよう。
議員を最高に気まずくさせる、恨みつらみを書き残してくれるなんて。
その時、廊下からジョルジュさんの声がした。
「アナベル様、議会への出席命令が下されました!」
「わかった、今行く!」
私はそう返すと、不安そうなイザークに向き直った。
そして、ニーッと笑ってみせた。
「この日記、ちょっと貸してくれない?」
「もちろんです。しかし、お役に立つかどうか……」
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