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Ⅱ 身の回りに平穏を
10 最悪で最高の発言
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「カディス殿下のお顔色が、少々よろしくないような……」
医師は腰を屈め、カディス王子の顔を覗き込む。
まるで、私との話を遮るように。
もう少し話を聞きたかったが、仕方ない。
「殿下、お疲れでしたのね。気づかず申し訳ありません。そろそろ失礼しますわ」
私が一歩下がると、カディス王子は済まなさそうに目を伏せた。
「こちらこそ申し訳ありません。体はむしろ軽いのですが。せっかく来てくださったのに……」
「いいえ、ご無理なさらず。お話できて嬉しかったです。ありがとうございました」
「僕の方こそ。よろしければ、また兄の話を聞かせてください」
そう言ったカディス王子は、明らかに血色がよくなっている。
「ええ、ぜひ」
私は一礼して、部屋を出た。
廊下には、カディス王子の侍従たちがずらりと並んでいる。
「皇女殿下、もうよろしいのですか?」
侍従がにこやかに話しかけてきた。
ドアの外で聞いていたくせに、しらを切って。
私は内心で肩をすくめ、心配そうな顔を作った。
「ええ。医師が、殿下のお顔色がよろしくないと。お疲れのようだから退室したの」
「そうでしたか。お気遣い、痛み入ります」
侍従の肩には、わずかに力が入っている。
なぜ医師が私を退室させたか、わかっているらしい。
「気遣うのは当然よ。私とカディス殿下は、いずれ家族になるのだから」
「そうおっしゃってくださるとは、殿下も喜びましょう」
「それなら嬉しいわ。兄思いの、素敵な方だもの。人望もおありだし、あの方が君主となられたら、きっと善政を敷かれるでしょうね」
「皇女殿下……ありがとうございます」
侍従や護衛、メイドたちが深くお辞儀をする。
侍従が顔を上げた時、その肩が少し下がっていた。
力を抜いたのだ。
表情には安堵の色が見える。
うまく勘違いしてくれたようだ。
私の言う「家族」は夫婦のことで、「君主」は国王を意味すると。
私はソルと結婚して、カディス王子と義姉弟になるから「家族」。
ソルが即位したあとは、カディス王子はどこかの領地を与えられ、「君主」になるかもしれない。
そのことに言及しただけなのに。
噴き出しそうになるのをこらえて、私は首を傾げてみせた。
「そんなに大それたことはしていないわ。それでは、また」
私は笑顔でその場を立ち去った。
廊下を進むと同時に、近衛兵が声をかけてくる。
「お部屋にお戻りですか? ご案内いたします」
近衛兵のあとをついて歩きながら、鼻歌を歌いそうになる。
カディス王子の話が聞けて、本当に良かった。
どちらの王子も君主の資質を持っている──私がそう言った時、彼は目を輝かせた。
『本当ですか? 兄も?』
玉座を狙う第二王子が、そんな反応をするはずがない。
カディス王子は、王位に興味がないのだ。
むしろ、ソルの即位を望んでいる。
私とカディス王子を婚姻させたい輩には、最悪の発言だったろう。
しかし、私にとっては最高の発言だ。
ソルが国王になるための障壁が、一つ消えたも同然だ。
爽やかな風の吹く外廊下を進むと、用意された部屋に着いた。
「皇女殿下、お帰りなさいませ」
広々とした豪奢な部屋で、私を出迎えたのは、侍女のシェリルと護衛のオドマン。
それから、今日は会う機会がなかった二人の臣下だ。
「ラグナ、リサ。改めてよろしくね」
二人目の護衛兵ラグナ。
侍女補佐のリサ。
私とそう歳の変わらない彼らは、私の嫁入りが決まると同時に就任した。
「新婚なのに、外国行きだなんて困ったでしょう。付いてきてくれてありがとう」
「そ、そんな!滅相もございません」
リサがぶんぶんと首を振る。
肩上で切りそろえた茶髪が、大きく揺れた。
「ベリア行きを命じられた時、九死に一生を得た心地でした!」
「その通りです。妻のリサをお救い下さり、感謝いたします」
短い黒髪が爽やかなラグナも、折り目正しく頭を下げる。
「私は何もしていないわ。皇帝陛下があなたたちの能力を買った──それだけよ」
そう、彼らはあるものを持っている。
庶子である私には、簡単に手に入らないもの。
私への忠誠だ。
シェリルは没落貴族の娘だった。
オドマンは怪我を負って退役したが、帰りを待つ家族はいない。
リサは、小間使いから貴族付きメイドに昇格したところだったが、「孤児のくせに生意気だ」といじめを受けていた。
ラグナは騎士家の三男で、強者だらけの本国では出世が望めないと、半ば諦めていた。
居場所のない者たちを見つけてくれたのは、母だ。
皆、新たな居場所は失うまいと、懸命に働いてくれる。
彼らを大切にしなくては。
ソルとの放置生活を共に目指す、大事な臣下なのだから。
「でも……」
当のソルはどこにいるのだろう。
謁見後、会う約束をしておけばよかった。
ため息をついた時、察しのいいシェリルが教えてくれた。
医師は腰を屈め、カディス王子の顔を覗き込む。
まるで、私との話を遮るように。
もう少し話を聞きたかったが、仕方ない。
「殿下、お疲れでしたのね。気づかず申し訳ありません。そろそろ失礼しますわ」
私が一歩下がると、カディス王子は済まなさそうに目を伏せた。
「こちらこそ申し訳ありません。体はむしろ軽いのですが。せっかく来てくださったのに……」
「いいえ、ご無理なさらず。お話できて嬉しかったです。ありがとうございました」
「僕の方こそ。よろしければ、また兄の話を聞かせてください」
そう言ったカディス王子は、明らかに血色がよくなっている。
「ええ、ぜひ」
私は一礼して、部屋を出た。
廊下には、カディス王子の侍従たちがずらりと並んでいる。
「皇女殿下、もうよろしいのですか?」
侍従がにこやかに話しかけてきた。
ドアの外で聞いていたくせに、しらを切って。
私は内心で肩をすくめ、心配そうな顔を作った。
「ええ。医師が、殿下のお顔色がよろしくないと。お疲れのようだから退室したの」
「そうでしたか。お気遣い、痛み入ります」
侍従の肩には、わずかに力が入っている。
なぜ医師が私を退室させたか、わかっているらしい。
「気遣うのは当然よ。私とカディス殿下は、いずれ家族になるのだから」
「そうおっしゃってくださるとは、殿下も喜びましょう」
「それなら嬉しいわ。兄思いの、素敵な方だもの。人望もおありだし、あの方が君主となられたら、きっと善政を敷かれるでしょうね」
「皇女殿下……ありがとうございます」
侍従や護衛、メイドたちが深くお辞儀をする。
侍従が顔を上げた時、その肩が少し下がっていた。
力を抜いたのだ。
表情には安堵の色が見える。
うまく勘違いしてくれたようだ。
私の言う「家族」は夫婦のことで、「君主」は国王を意味すると。
私はソルと結婚して、カディス王子と義姉弟になるから「家族」。
ソルが即位したあとは、カディス王子はどこかの領地を与えられ、「君主」になるかもしれない。
そのことに言及しただけなのに。
噴き出しそうになるのをこらえて、私は首を傾げてみせた。
「そんなに大それたことはしていないわ。それでは、また」
私は笑顔でその場を立ち去った。
廊下を進むと同時に、近衛兵が声をかけてくる。
「お部屋にお戻りですか? ご案内いたします」
近衛兵のあとをついて歩きながら、鼻歌を歌いそうになる。
カディス王子の話が聞けて、本当に良かった。
どちらの王子も君主の資質を持っている──私がそう言った時、彼は目を輝かせた。
『本当ですか? 兄も?』
玉座を狙う第二王子が、そんな反応をするはずがない。
カディス王子は、王位に興味がないのだ。
むしろ、ソルの即位を望んでいる。
私とカディス王子を婚姻させたい輩には、最悪の発言だったろう。
しかし、私にとっては最高の発言だ。
ソルが国王になるための障壁が、一つ消えたも同然だ。
爽やかな風の吹く外廊下を進むと、用意された部屋に着いた。
「皇女殿下、お帰りなさいませ」
広々とした豪奢な部屋で、私を出迎えたのは、侍女のシェリルと護衛のオドマン。
それから、今日は会う機会がなかった二人の臣下だ。
「ラグナ、リサ。改めてよろしくね」
二人目の護衛兵ラグナ。
侍女補佐のリサ。
私とそう歳の変わらない彼らは、私の嫁入りが決まると同時に就任した。
「新婚なのに、外国行きだなんて困ったでしょう。付いてきてくれてありがとう」
「そ、そんな!滅相もございません」
リサがぶんぶんと首を振る。
肩上で切りそろえた茶髪が、大きく揺れた。
「ベリア行きを命じられた時、九死に一生を得た心地でした!」
「その通りです。妻のリサをお救い下さり、感謝いたします」
短い黒髪が爽やかなラグナも、折り目正しく頭を下げる。
「私は何もしていないわ。皇帝陛下があなたたちの能力を買った──それだけよ」
そう、彼らはあるものを持っている。
庶子である私には、簡単に手に入らないもの。
私への忠誠だ。
シェリルは没落貴族の娘だった。
オドマンは怪我を負って退役したが、帰りを待つ家族はいない。
リサは、小間使いから貴族付きメイドに昇格したところだったが、「孤児のくせに生意気だ」といじめを受けていた。
ラグナは騎士家の三男で、強者だらけの本国では出世が望めないと、半ば諦めていた。
居場所のない者たちを見つけてくれたのは、母だ。
皆、新たな居場所は失うまいと、懸命に働いてくれる。
彼らを大切にしなくては。
ソルとの放置生活を共に目指す、大事な臣下なのだから。
「でも……」
当のソルはどこにいるのだろう。
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