40 / 97
3章:竜の国 ユミルトゥス
留学準備 3話
しおりを挟む
ただ、私がユミルトゥスに留学すると知ったアレクシス殿下が『行かないでくれ、考え直してくれ』と縋りついてきたけれど、お兄さまには内緒にしておこう。
『フローラさまと、どうぞお幸せに』
笑顔でそう言って、私は殿下との関係を完璧に終わらせた。
フローラは現在、マダムからスパルタ王妃教育を受けているらしい。魅了の魔法を使えないように、魔封じのブレスレットを強制的にはめられているみたい。
すべて、風の噂で聞いたこと。
陛下たちにはアレクシス殿下しか子どもがいない。
必然的に殿下が王太子であり、次期国王だとみんなが信じて疑わなかった。
ところがこの騒動で、いろいろ城内も騒がしくなっているみたいだし?
私はさっさと留学して、殿下たちのことを忘れる決意を固めたのよ。
お兄さまがちょっとだけ離れて、肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。
そして、どこか安堵したように表情を緩めると、ポンと私の頭を撫でた。
「今度、なにかあったら遠慮なく俺を頼りなさい。そのために戻ってきたのだから」
「――え?」
戻ってきた、とは?
夏季休暇で帰ってきた、というわけではないの?
お兄さまをじっと見つめると、彼はにこりと微笑んでぐっと親指を立てた。
「大学、スキップしてきた!」
「はい!?」
なんということでしょう。
いつの間にか、お兄さまは大学を卒業してきたようです。
卒業式ってまだよね? びっくりして口を開けると、彼はただ優しく私の頭を撫でる。
「フィリベルト、だっけ。例のリディアに婚約を申し込んできた人」
「え、ええ。そのことも……ご存知なのですね」
「父上から聞いたよ。リディアが幸せになれるのなら、俺は応援するけれど……」
そこで一度言葉を切り、お兄さまは白い歯を見せて、爽やかに次の言葉を紡いだ。
「もしもリディアを傷つけるなら、容赦しないと伝えておいてくれ」
……ゲームではちらっとしか出てこなかったから知らなかったけど、『私』の記憶がある今なら、はっきりと断言できる。
――キースお兄さまは兄バカであり、シスコンである、と。
「じゃあ、俺はこれから王城に行かないといけないから、これで。見送りできなくてすまない。今度、遊びに行くから待っていてくれ」
「はい、お待ちしております」
もう一度私を抱きしめてから、キースお兄さまは部屋から去っていく。
手を振りながらお兄さまを見送り、扉を閉めて背中をつける。
苦笑を浮かべると、ローレンとチェルシーが「キースさまは相変わらずでしたね」と微笑んだ。
「キースお兄さまが帰ってきたのなら、お父さまは大丈夫そうね」
「はい。キースさまはきっと、そのために大学を卒業したのでしょう」
スキップで大学を卒業するなんて、キースお兄さまって頭がいいのね。
小さく息を吐き、ぎゅっと胸元で手を握る。
迎えが来るまでもう少し。少しの不安と大きな期待。
だって、ユミルトゥスは私にとって未知の世界。
竜の国ってどういうことなのか、そして私はちゃんとそこで過ごせるのか……そんなことを考えていたら、どんどんと気持ちが沈んでしまう。
留学するのが初めてだからかな?
でも、その気持ちとは裏腹に、ユミルトゥスをこの目で見てみたいという気持ちと、新しい生活に対する期待を大きくて、不思議な感覚なの。
それにしても、王城は今、大変なことになっているみたいだけど、お兄さまは大丈夫かしら。
「……なんて、考えても埒が明かないわね。玄関にいくわ」
「はい、リディアお嬢さま」
扉を開けて玄関まで足を進める。荷物はローレンとチェルシーが持ってくれた。
玄関先まで移動すると、お父さまの姿が視界に入る。私に気づくと、まなじりを下げ柔らかく微笑む。
「お父さま、いつからここに?」
「……そろそろ時間だろう? ここで待っていたなら、必ずリディアに会えると思ったんだ」
どうやら、見送りにきてくれたみたい。
なんだか心が温かくなって、お父さまに駆け寄る。少し驚いたように目を瞠ったけれど、叱りはしなかった。
アレクシス殿下の婚約者だったときは結構厳しくて、『次期王妃になるものが』なんて言われていたけれど……それももう、昔の話。
『フローラさまと、どうぞお幸せに』
笑顔でそう言って、私は殿下との関係を完璧に終わらせた。
フローラは現在、マダムからスパルタ王妃教育を受けているらしい。魅了の魔法を使えないように、魔封じのブレスレットを強制的にはめられているみたい。
すべて、風の噂で聞いたこと。
陛下たちにはアレクシス殿下しか子どもがいない。
必然的に殿下が王太子であり、次期国王だとみんなが信じて疑わなかった。
ところがこの騒動で、いろいろ城内も騒がしくなっているみたいだし?
私はさっさと留学して、殿下たちのことを忘れる決意を固めたのよ。
お兄さまがちょっとだけ離れて、肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。
そして、どこか安堵したように表情を緩めると、ポンと私の頭を撫でた。
「今度、なにかあったら遠慮なく俺を頼りなさい。そのために戻ってきたのだから」
「――え?」
戻ってきた、とは?
夏季休暇で帰ってきた、というわけではないの?
お兄さまをじっと見つめると、彼はにこりと微笑んでぐっと親指を立てた。
「大学、スキップしてきた!」
「はい!?」
なんということでしょう。
いつの間にか、お兄さまは大学を卒業してきたようです。
卒業式ってまだよね? びっくりして口を開けると、彼はただ優しく私の頭を撫でる。
「フィリベルト、だっけ。例のリディアに婚約を申し込んできた人」
「え、ええ。そのことも……ご存知なのですね」
「父上から聞いたよ。リディアが幸せになれるのなら、俺は応援するけれど……」
そこで一度言葉を切り、お兄さまは白い歯を見せて、爽やかに次の言葉を紡いだ。
「もしもリディアを傷つけるなら、容赦しないと伝えておいてくれ」
……ゲームではちらっとしか出てこなかったから知らなかったけど、『私』の記憶がある今なら、はっきりと断言できる。
――キースお兄さまは兄バカであり、シスコンである、と。
「じゃあ、俺はこれから王城に行かないといけないから、これで。見送りできなくてすまない。今度、遊びに行くから待っていてくれ」
「はい、お待ちしております」
もう一度私を抱きしめてから、キースお兄さまは部屋から去っていく。
手を振りながらお兄さまを見送り、扉を閉めて背中をつける。
苦笑を浮かべると、ローレンとチェルシーが「キースさまは相変わらずでしたね」と微笑んだ。
「キースお兄さまが帰ってきたのなら、お父さまは大丈夫そうね」
「はい。キースさまはきっと、そのために大学を卒業したのでしょう」
スキップで大学を卒業するなんて、キースお兄さまって頭がいいのね。
小さく息を吐き、ぎゅっと胸元で手を握る。
迎えが来るまでもう少し。少しの不安と大きな期待。
だって、ユミルトゥスは私にとって未知の世界。
竜の国ってどういうことなのか、そして私はちゃんとそこで過ごせるのか……そんなことを考えていたら、どんどんと気持ちが沈んでしまう。
留学するのが初めてだからかな?
でも、その気持ちとは裏腹に、ユミルトゥスをこの目で見てみたいという気持ちと、新しい生活に対する期待を大きくて、不思議な感覚なの。
それにしても、王城は今、大変なことになっているみたいだけど、お兄さまは大丈夫かしら。
「……なんて、考えても埒が明かないわね。玄関にいくわ」
「はい、リディアお嬢さま」
扉を開けて玄関まで足を進める。荷物はローレンとチェルシーが持ってくれた。
玄関先まで移動すると、お父さまの姿が視界に入る。私に気づくと、まなじりを下げ柔らかく微笑む。
「お父さま、いつからここに?」
「……そろそろ時間だろう? ここで待っていたなら、必ずリディアに会えると思ったんだ」
どうやら、見送りにきてくれたみたい。
なんだか心が温かくなって、お父さまに駆け寄る。少し驚いたように目を瞠ったけれど、叱りはしなかった。
アレクシス殿下の婚約者だったときは結構厳しくて、『次期王妃になるものが』なんて言われていたけれど……それももう、昔の話。
330
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる