異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第6話「面接官『将来の夢は?』陽介『異世界で畑を耕すことです(心の声)』」

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「――国立農業技能開発高等学校、受験番号137番、水野陽介くん、入室してください」
その瞬間、陽介の脳裏には、今までの全努力が走馬灯のように流れていた。
堆肥の香り。コンポストの温度。
ノートに書き込んだ微生物たちとの戦い。
夜遅くまで格闘した一次関数と光合成の図解。
(ここが……俺の10年間の“第一ステージ”の始まりだ)
気持ちは、もう異世界に片足を突っ込んでいる。

試験会場には、農家の子、農機メーカー勤務の子、酪農組合の息子など、いかにも“農の申し子”みたいな連中が集まっていた。
「え、お前農家じゃないの? なのに国農受けるの?」
「自分の家、露地栽培でスイカやってるからさ~。高校でも農業続けたいなって」
「俺、JAのインターン行ったことある。高校から資格取りまくって、大学飛ばして現場入りたい」
陽介は、その輪の外にいた。
手ぶらではない。だが、“出自”という壁は思った以上に高かった。
(農家の子じゃない。推薦枠もない。中学までサッカー部だったし……)
でも、それでも。
(堆肥なら誰にも負けない)
そう、彼には「堆肥ノート3冊分の魂」があった。

午前は筆記試験。
国農の入試問題は、やはり容赦なかった。
「問:作物の連作障害について説明しなさい」
「問:畜産における水質保全の取り組みについて述べなさい」
「問:炭素率(C/N比)が堆肥に及ぼす影響とは?」
「よっしゃあああ! 出た! 出たぞおおおおっ!!」
(C/N比の話なら昨日復習したばかりだ!!)
隣の受験生が軽く引くほど、陽介は静かにガッツポーズを決めた。
“知識を詰め込んだ”のではなく、“生活に染み込ませた”陽介の勉強法。
それはこの時、確かに発動していた。

そして、午後の面接。
陽介は3人の面接官の前に座った。
無表情な中年男性、優しそうな女性教員、そして……寡黙そうな白髪の老農家風の男性。
(こ、こわ……!)
「では、水野陽介くん。まずは志望動機をお願いします」
「はい!」
陽介は、深く息を吸った。
「僕は……将来、どこに行っても生きていける力を身につけたいと思い、農業を学ぼうと決意しました」
(※“どこに行っても”=“異世界でも”)
「自宅では生ごみから堆肥を作るコンポストを使い、毎日発酵の観察と記録を行ってきました。
また、ベランダ菜園で小松菜とラディッシュを育て、観察日誌をまとめています」
「……ご家庭が農業関係ではないようですが、どうして農業に?」
「はい。農業って、“命を育てる技術”だと思ったんです。
知識と実践を組み合わせて、人を支える力を身につけたくて……」
(そしてその力を異世界で発揮するのです)
「ちなみに、その記録ノート……持ってきていますか?」
「はい、こちらが“堆肥戦記vol.1~3”です!」
「タイトル、独特ですね」
「ありがとうございます!」
その瞬間、白髪の面接官がクスッと笑ったように見えた。
「……最後にお聞きします。将来の夢は?」
「……!」
陽介は、ほんの一瞬だけ迷った。
(言ってしまいたい。“異世界で農業して生き延びる”って)
でも――
「僕の夢は、“どんな環境でも生きていける農業人”になることです。
誰かが困っている場所でも、食べ物を作れる。そんな人になりたいです」
……静寂。
老農家の面接官が、口元を緩めてつぶやいた。
「いい根を張りそうだな、君は」
その言葉が、陽介の胸をぎゅっと締めつけた。
(ああ……俺、絶対にここで学びたい)

帰りの電車。
陽介は疲れきった顔で窓に頬をくっつけていた。
「……やれることは全部やった」
一次関数も、堆肥も、面接も――全部、自分の力でやりきった。
あとは――発酵を待つだけだ。
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