公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

騒乱

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「あのように挑発的な言動をなさるのはおやめくださいませ! 今は些事ですら、構っていられる場合ではないのですよ!」

アーシア一行から離れてすぐダンスを再開して何曲か踊った後、私とジークは再びテラスへと赴いた。 しかし、今度は私が手を引いて。 
そして単なる休憩のためではなく、文句を言うためであった。

「波風を立てないように話を穏便に進めていましたのに、台無しになってしまいました。 先のいらぬ諍いで何事かに支障があれば、真っ先に危機に晒されるのは御身なのですよ!  今は、御身の安全を第一にお考えくださいませ!」

例えば、先の件を根にもったアーシアに私が絡まれないとも限らない。 そうなれば、少なからずジークの盾としての職務に影響はあるだろう。
それが原因で、その隙を突いてジークが危険な目に遭ったり、最悪の場合は命を落とす事だってあり得るのだ。
ジークには、もっと慎重に行動してほしい。
……それはそれとして、私はあともう一つ、ジークに苦言を呈さねばならない。 
それは、あの意味不明な『私の評価』の件である。

「だいたい、何ですか最後のあれは! 好ましいなどと、あのように大胆な表現では私と殿下の仲を周囲に誤解されてしまいます! 殿下はこれから伴侶となるご令嬢を迎え、いずれ王太子妃となるその方との仲を深めなければならないのですよ」

具体的に私としては、サリーとの仲を深めて恋仲になり、やがてサリーには王太子妃として頑張ってもらって、最後にはジークとサリーに添い遂げてほしいのだけれど、そんな本音など口に出せるわけがないので思うに留める。 サリーはまだ、凡の男爵令嬢でしかないのだから。
サリーと結ばれていないから今はフリーなジークだけれど、だからと言ってそれを差し引いても先の発言は大胆が過ぎる。
たとえジークが深い意味も無く言った事であっても、深読みしたり曲解する人間はいるのだ。 少なくとも、私達が今いるここは、そういう人間の巣窟なのだ。
迂闊な失言の一つも出来ないというのに、本当、この人は………!

「なに、このような場で騒ぎを起こすほど、オルトリン嬢は愚かではないだろうさ。 それに、俺は思った事を口に出しただけだぞ」

「それは根拠の無い希望的観測でしかありません! それに、無防備に話すのではなく、もっとオブラートに包んだ表現をですね」

正直、今の私が令嬢としても一貴族としても失格であるのは重々承知の上でジークに苦言を呈しているのは理解している。
品も無くがなりたてて、不敬にも王太子殿下に苦言という名の文句を言っている。
けれど、今は状況が状況だ。 ジークは、いくらなんでも少しマイペースが過ぎるようにも思えるからこそ、それが命取りにならないようにと忠言しているのだ。

「お久しぶりです、お姉様! 先程から、大きな声でお話しなさってますけどジーク様に何かされましたか?」

どう言えば分かってもらえるだろうかと焦れていると、背後から声をかけられた。 さすがに声が大き過ぎたのか、と少しだけ羞恥心から体の芯が熱くなった。
私の事を『お姉様』と呼ぶ存在は唯一で、声をした方を向けば、やはり其処にはサリーの姿があった。

「ま、まあキリエル嬢、お久しぶり。 ……恥ずかしいところを見られてしまったわね」

「いえ、いつも薔薇のように気高い美しさで凛とした態度を崩されないお姉様の、あのように取り乱した姿はとても新鮮でした」

どちらにせよ、そんな隙を見せた姿を晒すのは恥ずかしい事なのだけれど、とサリーに言いたくなった。
というよりも、サリーと話していると相変わらず話が少しズレている気がしてならない。
教育の賜物か、言葉選びが洗練されてきたのは喜ばしいけれど、丁寧に話す事に気を取られて人の話をしっかり聞いているのかと不安になる。

「それよりも、ジーク様に何かされたのですか? あんな風になったお姉様は初めてですもの、きっとジーク様がやらかしたのですよね?」

突拍子もないサリーの発言に、淑女としてあるまじき事だけれど思わず吹き出しそうになった。 

「ちょ、ちょっとキリエル嬢! 殿下ご本人が目の前にいるのだから、言葉選びには気を付けなさい!」

今の発言はどう考えても不敬である。
それを堂々とジーク本人の前で口にするサリーの胆力は驚嘆に値する。 けれど、図太い神経など今見せる必要など無いのだ。 
先の自らの不敬な発言を棚に上げてサリーを注意するあたり、私も図太い方だと思うけれど、サリーの言葉はストレートに過ぎる。 せめて、もう少し表現を変えるなどして本意を隠さなければならない。
これが原因でジークとの仲に亀裂でも入ったらどうしよう。 それが、目下の心配であった。

「はは、キリエル嬢は手厳しいな」

しかし、そんな心配を他所にジークは笑っていた。 
まるで気にしていない……というよりも、慣れきっているような態度だった。

「今日のお姉様はジーク様に付きっきりですから、何かあれば大体はジーク様が原因だと考えるでしょう。 それで、どうしたのですか? 何をやらかしたんですか」

「いやなに、他を煽って無意味な波風を立てないようにと怒られていただけだよ。 俺としては、ただやり返してやっただけなんだけどね」

不敬な発言をまたも口にするサリーに驚愕するも束の間、ジークのサリーに対する口調は慣れたもので、先の不敬な発言も気にしていないどころか普通に状況の説明まで始めて、開いた口が塞がらなかった。
この2人、私が把握している範囲ではそこまで交流は無かった筈なのだけれど、いつの間にこんなにも親しくなっていたのかしら。
実に喜ばしい状況なのだけれど、どうにも腑に落ちない感があるのは何でだろう。 恋人のような甘い関係性ではなく、どちらかと言えば気の置けない友人同士のような……。
でもまあ、交流が増えたのならば構わないのかしら………?
そこの所、知識としてあるのが小説にある一節のみでしかないので実際に有識者が見たらどうなのか分からない。 ああいうぐらいの距離感が、男女の関係として健全で良いのかもしれない。

「そうですか。 ところでジーク様、少しお耳を拝借してもよろしいですか? ………あまり、このお話はお姉様に聞かせたくありませんので」

と、今度は私の目の前で秘密の話があるらしい。
これは、2人の仲は良好であると思っていいのかしら?
そう思って、ジークの側を離れる訳にもいかない私は、2人に気を遣ってテラスからの景色を眺めている事にした。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


夜の帷は既に落ち、テラスから一望できる筈の庭園は月明かりのみを頼りにしか眺められない。 
けれど代わりに、夜空に散りばめられた星と月の輝きを共に覗けるその光景は、昼間の庭園とはまた違った魅力を持つ。 どこか寂し気ながらも、穏やかに時の流れを感じられる静かな景色だ。
少なくとも、パーティー会場のように明るく彩られた場所よりも、こういった静かな場所の方が私は好みだ。 願わくば、私が死後に行き着く場所もこのように穏やかな地であれば良いのだけれど。

今のところ、目立った危害のようなものは存在していない。
悪意もまた、相手を踏み付けにして利用し尽くそうという野心程度のものしか観測出来ていない。
一般的な貴族のパーティーの基準で言えば、今宵は平和そのものなのだ。
少なくとも、私がこうして夜景を眺める余裕が生まれる程度には安穏としたものである。
事前に王太子の毒殺未遂事件が起きたなどというのが嘘であるかのような穏やかさだ。 
今はジークとサリーも逢瀬を楽しめるほどの余裕もあるわけだし、私がしっかりと周囲を警戒し続けていれば問題は無いだろう。
依然、エリーナには秘密のままヒソヒソと会話を続けるサリーとジークを尻目に、平穏の外より襲いくる可能性の芽を見抜かんと視界を凝らす。
すると、庭園の奥張った場所に謎の光が灯るのが見えた。 何かとその一点に注視すれば、光は縮小を繰り返し、まるで揺らいでいるかのように蠢いていた。
あれは……炎?
そう思い至ると、湧き上がる悪寒と共に、私は衝動的に叫びをあげた。

「殿下、キリエル嬢! 早く会場の中へ戻って!」

言うとほぼ同時、光が視界の隅を掠めると、足元に生えてきたかのように火矢が刺さっていた。

「エリーナ嬢!」

「殿下、早く奥へ避難を。 狙いが王太子殿下の命ならば、襲撃はまだ続くでしょう。 ならば、貴方がここにいるのは危険です。 さあ早く中へ、私も今参ります」

ジークにサリーを任せ、ジークの背後を守るようにして少しずつ会場内へと引いていく。
幸いな事に、初めの一矢以降は火矢が飛んでくることも無く、また誰も怪我を負う事なく非難は完了した。
しかし、火矢が飛んできた事が既に会場内に知れ渡っているのか、中は騒然としていた。
我先にと会場を去ろうとする貴族達に、突然の事に泣き叫ぶ令嬢、それらを落ち着かせるべく声をかけて回る騎士や給仕。
そんな混沌とした状況ゆえ、非難が遅れるという悪循環に陥っていた。 

「これでは殿下が安全に非難いただく事は難しい……。 かと言って、いつまでもここにいる訳には」

「騎士に声を掛けよう。 保護してもらって3人とも安全に会場を出るんだ」

「そうですわね、そうするしかありません。 少々お待ちを、すぐに探して参ります。 殿下は、どうかキリエル嬢を」

「分かった」

そうして走り出そうとして、私はふと思い出した事があった。
こういう場合を想定し、忍ばせていたものが有ったのだ物があったのだ。

「殿下、これを。 小さなナイフですが、護身用にはなるかと」

「……なぜ、君がこんなものを?」

「殿下の盾ですから」

そう言い残して、疲れた表情になってしまったジークを無視して再び走り出す。
サリーの「お姉様!」と呼ぶ声が聞こえるけれど、今は構っている場合ではない。 一大事なのだ。
会場内を走ってみれば、騎士は目に付けど、誰も彼も怒ったり泣いたり喚いたりしている貴族の対応に追われてばかりで来てもらえそうな雰囲気は無い。
重いドレスを少しでも軽量化するためにパニエを半分に切ってきて、ゴテゴテした装飾の割には機動性はあるので普通のドレスより幾分かマシだけれど、それでも会場内を、通気性が悪く走りづらい格好で走り回れば簡単に酸欠になる。
ぜえぜえと息を切らし、ついには足が止まって、酸欠で視界が歪んで見えた。 けれど、ジークを守るために必要なのだと己に発破を掛けて、また足を踏み出そうとした。

「………え?」

けれど踏み出した足は体ごと崩れ落ち、意識が削り取られんばかりの激痛が頭に走った。
瞬間、殴られたのだと気付いた。 けれどその時にはもう遅く、私は意識を刈り取られてしまうのだった。
最後に見たのは、薄ぼんやりとした輪郭の、給仕服の男であった。
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