売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

文字の大きさ
10 / 83
第三王弟殿下

第三王弟殿下(5)

しおりを挟む



 その後、ラインハルトはユリウスに王宮の薬草園を案内してくれた。
 特に何か会話があったわけではない。彼はあまり薬草に興味がありそうにも見えなかったが、ユリウスが気になる薬草を見つけて立ち止まるたびに、足を止めて急かすことなく待ってくれていた。おかげで、近寄りがたかった偉丈夫が、薬草園を出る頃には少しだけ苦手じゃなくなっていた。

 薬草園を見終わった後は図書室に連れて行かれ、個人では手に入れることのできない貴重な薬草の書や図鑑を読み漁った。ラインハルトは陛下と話があるからと言って途中でいなくなり、「お迎えが来ました」と侍従が呼びに来たときには、いつのまにか窓の外は橙色に染まっていた。

 エイギルの家までの道中、ゲオルクは何も尋ねてこなかった。ユリウスの浮かない表情を見て、何かを察してくれたのかもしれない。
 帰り着くと、蹄の音を聞きつけ、姉のローザが娘のマリアを抱きかかえ、庭まで出てきた。
 二つ上の姉は十八才で公爵家に嫁ぎ、今は二十才にして一才の娘がいる。
 馬車の扉が開くと同時に、姉の弾んだ声が飛び込んできた。

「ユーリ、お帰りなさい! どうだった?」

 ユリウスは馬車から降りて姉の前に立ったが、期待に満ちたその視線をまっすぐに見つめ返すことができず、目を泳がせた。

「あ……、えっと……、ライニ様のところに行くことになった……」

 本当は、選定の儀で誰にも選ばれず、従僕としてラインハルトに仕えることになったと正直に話すつもりだった。でも、姉や、故郷からお供をしてくれた使用人たちにぐるりと周りを取り囲まれ、期待に満ちた眼差しを向けられると、選ばれなかったことをはっきりとは言えなかった。
 そんな真実を知る由もないローザは、ぱあっと顔を輝かせる。

「ライニ様に選ばれたのね! よかったわ。きっとそうなるって信じていたけど、ユーリは可愛いから、ライニ様の順番が来る前に国王陛下や他の殿下に選ばれてしまうかもって心配していたのよ」

 選ばれたわけではないし、可愛くもないから売れ残ったわけだけど。それについては、ひとまず棚に上げておくことにする。

「姉様はライニ様が王弟殿下だと知ってたの?」

「あら。ユーリは知らなかったの? エイギルの亡くなられたお父様とライニ様のお母様がご兄妹でしょ。ライニ様のお母様は前の王様の側妃だったそうよ」

 そんな大事なことはもっと早く教えてよと言いたくなるが、ラインハルトが家に来ている間、ユリウス自身がなるべく彼と顔を合わせないように避けていたのだから、誰も責められない。

「お父様もお母様も、王族に対する態度ではなかったように思うんだけど……」
「お父様たちは昔からの知り合いみたいよ。そのせいかしら」

 特に不思議がっている様子もなく、ローザが歩き出す。ユリウスも後ろに付き従い、家の中へと進んだ。

「結婚式のときも、『王族扱いはいらない。誰かに何か聞かれたら、エイギルの従弟とだけ紹介してほしい』と仰っていたのよ」

「結婚式」という言葉を耳にし、ユリウスの胸にかすかなさざ波が立つ。
 確かにあのときも、ラインハルトは王族の正装ではなく、騎士団の儀礼服で参列していた。

 ユリウスは屋敷の中に入り、コートを脱いで壁のフックに掛けた。チョーカーも外そうと首に手をやり、ふと湧いた疑問を口にする。

「姉様。ライニ様の家では、チョーカーをしていたほうがいいと思う?」

 藍染めのなめし皮で作られたその高級そうなチョーカーは、都に来てからエイギルとローザにプレゼントされた。オメガがうなじを噛まれないようにするためのもので、オメガにとっては、つがいがいないことを示す、貞操の証のようなものでもある。

 普段、ユリウスは発情期ヒート中以外、チョーカーをつけない。土いじりのとき、汗をかいて皮膚が荒れるからだ。でも、アルファの屋敷で働くのであれば、つけておくのがマナーのようにも思える。

「そんなの、ライニ様に聞けばいいじゃない」

 もっともな答えではあるが、尋ねたところで「お前の好きにしたらいい」と言われる予感しかない。
 そもそも使用人として働くオメガなんていないだろうから、使用人として働く上での「マナー」なんてものもないのだろう。

「もうすぐエイギルも帰って来るから、早く着替えてらっしゃい。今日はお祝いになると思って、あなたの好きな無花果のパイも用意したのよ」

 本人から「つけろ」と言われるまでは、発情期ヒート中だけでいっか……。

 ユリウスは深く考えずにそう結論をくだし、客間へと向かった。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?

モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。 平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。 ムーンライトノベルズにも掲載しております。

処理中です...