売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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第三王弟殿下

第三王弟殿下(6)

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 ローザの夫であるエイギル・ガイトナーは、ガイトナー公爵家の若き当主だ。ガイトナー家は亡くなられた父君がかつて宰相をしていたほどの、由緒正しい家柄だ。
 地方の伯爵家の娘である姉がそのような名門貴族に嫁ぐことができたのは、この国の政情が深く関わっている。

 今からおよそ十二年前の話だ。
 先の国王であるクリストフ六世が急な病で崩御した際、宮廷で政変が起こった。
 この国では男は二十才で成人の儀を迎える。当時十八才だった王太子が即位するにあたり、その母君である王太后が摂政に名乗りを上げたそうだ。王太后は名門貴族の出だが、男性のオメガだった。

 そもそも、彼が王太后になった経緯も複雑だった。
 クリストフ六世の正妃はもともと、北の隣国ケースダルム王国から嫁いできた王女だった。それに二人いた側妃のうち、同じ公爵家の嫡子でも、家格はラインハルトの母君のほうが上だった。
 しかし王が崩御する二年前に王妃が亡くなった折、王が強引に押し切る形で、第一王子の母君で王の寵愛を受けていた第二側妃を王妃に昇格させた。慣例であれば、王太子に立てられるのも正妃の子である第二王子のはずだった。
 しかし第一王子はアルファ、第二王子はベータだったため、王は第一王子を王太子に定めた。

 そういう経緯もあったため、宰相だったガイトナー公爵は、元は第二側妃で政の知識や経験のない王太后が摂政になることに反対したが、その後、宰相は謀反の罪を着せられて処刑され、王太后に異を唱える者はことごとく何らかの方法で粛清された。そうして中央貴族の誰もが王太后に意見できなくなり、摂政となった王太后の専横が続いたらしい。

 父を処刑され、爵位も剥奪されたエイギルは、母と共に母の実家であるカッシーラー辺境伯に身を寄せようとした。しかし、謀反人の息子と関わり合いになりたくなかったカッシーラー辺境伯は、エイギルの母を遠方の貴族に再嫁させ、自身が治める辺境伯領の貴族であるユリウスの父にエイギルを押し付けたそうだ。

 「押し付けた」という言葉は悪いが、当時、使用人の誰もがそのようなことを言っているのを耳にした。「旦那様は人がいいから」とか「とばっちり」と言われ、父は使用人にも同情されていた。現国王が「イェーガー家に借りがある」と言っていたのも、それが理由だろう。
 そういう事情でエイギルが同じ年ごろの侍従を一人だけ連れてイェーガー家に転がり込んできたのは、ユリウスが六つの頃で、六才上のエイギルは十二才だった。

 それから二年後。王が成人の儀を迎えたのちも、王太后は摂政に居座り続けていた。自身の後ろ盾となる貴族ばかりを優遇し、飢饉に対する救済措置も施さなかったため、各地で農奴による反乱が相次いだ。子供だましのような救済金をばらまき、奴隷制度を廃止して農奴を解放したことでひとまず反乱は落ち着いたが、自身の浪費や救済金のせいで宮廷の財政は底をついていた。そこで辺境伯領にも税を課そうとしたところ、それに反対した国中の辺境伯が自兵を率いて都を取り囲み、摂政の退陣を迫った。辺境伯軍が全て黒い兵服、黒い旗で統一されていたため、『黒衣の変』と呼ばれている。

 その頃には、王太后の目を盗んで国王に正しい国の現状を伝える人間も周りにいたようで、国王は王太后を摂政から退かせ、叔父である先王の長弟を宰相に据えた。王太后は処刑こそされなかったが、数えきれないほどの黒い噂があるため、今も宮廷の奥深くに幽閉されているらしい。

 ガイトナー公爵の謀反についても虚偽であったことが判明し、ガイトナー家は爵位を回復できたのだそうだ。エイギルは三年を待たずにイェーガー家を出て、寄宿舎のある王都の学院に入学した。
 それでも長期休暇はカッシーラー辺境伯の城で過ごしていたため、遠乗りの訓練も兼ねてイェーガー家によく遊びに来ていた。
 エイギルが身分としては格下である地方の伯爵の娘を正妻に娶ったのは、姉を愛してくれたのはもちろんだが、イェーガー家に恩を感じていたからでもあるのだろう。


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