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第三王弟殿下
第三王弟殿下(5)
しおりを挟むその後、ラインハルトはユリウスに王宮の薬草園を案内してくれた。
特に何か会話があったわけではない。彼はあまり薬草に興味がありそうにも見えなかったが、ユリウスが気になる薬草を見つけて立ち止まるたびに、足を止めて急かすことなく待ってくれていた。おかげで、近寄りがたかった偉丈夫が、薬草園を出る頃には少しだけ苦手じゃなくなっていた。
薬草園を見終わった後は図書室に連れて行かれ、個人では手に入れることのできない貴重な薬草の書や図鑑を読み漁った。ラインハルトは陛下と話があるからと言って途中でいなくなり、「お迎えが来ました」と侍従が呼びに来たときには、いつのまにか窓の外は橙色に染まっていた。
エイギルの家までの道中、ゲオルクは何も尋ねてこなかった。ユリウスの浮かない表情を見て、何かを察してくれたのかもしれない。
帰り着くと、蹄の音を聞きつけ、姉のローザが娘のマリアを抱きかかえ、庭まで出てきた。
二つ上の姉は十八才で公爵家に嫁ぎ、今は二十才にして一才の娘がいる。
馬車の扉が開くと同時に、姉の弾んだ声が飛び込んできた。
「ユーリ、お帰りなさい! どうだった?」
ユリウスは馬車から降りて姉の前に立ったが、期待に満ちたその視線をまっすぐに見つめ返すことができず、目を泳がせた。
「あ……、えっと……、ライニ様のところに行くことになった……」
本当は、選定の儀で誰にも選ばれず、従僕としてラインハルトに仕えることになったと正直に話すつもりだった。でも、姉や、故郷からお供をしてくれた使用人たちにぐるりと周りを取り囲まれ、期待に満ちた眼差しを向けられると、選ばれなかったことをはっきりとは言えなかった。
そんな真実を知る由もないローザは、ぱあっと顔を輝かせる。
「ライニ様に選ばれたのね! よかったわ。きっとそうなるって信じていたけど、ユーリは可愛いから、ライニ様の順番が来る前に国王陛下や他の殿下に選ばれてしまうかもって心配していたのよ」
選ばれたわけではないし、可愛くもないから売れ残ったわけだけど。それについては、ひとまず棚に上げておくことにする。
「姉様はライニ様が王弟殿下だと知ってたの?」
「あら。ユーリは知らなかったの? エイギルの亡くなられたお父様とライニ様のお母様がご兄妹でしょ。ライニ様のお母様は前の王様の側妃だったそうよ」
そんな大事なことはもっと早く教えてよと言いたくなるが、ラインハルトが家に来ている間、ユリウス自身がなるべく彼と顔を合わせないように避けていたのだから、誰も責められない。
「お父様もお母様も、王族に対する態度ではなかったように思うんだけど……」
「お父様たちは昔からの知り合いみたいよ。そのせいかしら」
特に不思議がっている様子もなく、ローザが歩き出す。ユリウスも後ろに付き従い、家の中へと進んだ。
「結婚式のときも、『王族扱いはいらない。誰かに何か聞かれたら、エイギルの従弟とだけ紹介してほしい』と仰っていたのよ」
「結婚式」という言葉を耳にし、ユリウスの胸にかすかなさざ波が立つ。
確かにあのときも、ラインハルトは王族の正装ではなく、騎士団の儀礼服で参列していた。
ユリウスは屋敷の中に入り、コートを脱いで壁のフックに掛けた。チョーカーも外そうと首に手をやり、ふと湧いた疑問を口にする。
「姉様。ライニ様の家では、チョーカーをしていたほうがいいと思う?」
藍染めのなめし皮で作られたその高級そうなチョーカーは、都に来てからエイギルとローザにプレゼントされた。オメガがうなじを噛まれないようにするためのもので、オメガにとっては、番がいないことを示す、貞操の証のようなものでもある。
普段、ユリウスは発情期中以外、チョーカーをつけない。土いじりのとき、汗をかいて皮膚が荒れるからだ。でも、アルファの屋敷で働くのであれば、つけておくのがマナーのようにも思える。
「そんなの、ライニ様に聞けばいいじゃない」
もっともな答えではあるが、尋ねたところで「お前の好きにしたらいい」と言われる予感しかない。
そもそも使用人として働くオメガなんていないだろうから、使用人として働く上での「マナー」なんてものもないのだろう。
「もうすぐエイギルも帰って来るから、早く着替えてらっしゃい。今日はお祝いになると思って、あなたの好きな無花果のパイも用意したのよ」
本人から「つけろ」と言われるまでは、発情期中だけでいっか……。
ユリウスは深く考えずにそう結論をくだし、客間へと向かった。
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