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第三王弟殿下
第三王弟殿下(4)
しおりを挟むふぅ、と深いため息が聞こえて来て、ユリウスは体を起こしそちらに向き直った。
「うちで預かるとは……何故そのような話になったのだ?」
ガシガシと横髪を乱暴に掻き、ラインハルトが納得のいかない様子で問いかけてくる。
「……えっと……、その……、陛下は何故か、ガイトナー公爵の件で、イェーガー家には一つ大きな借りがあると仰っていて……。そのため、僕を自由な身にしてやりたいけど、私情で法を曲げるわけにもいかないから、まずは殿下のところで従僕として働くように言われました……」
自分でも何故こうなっているのかよくわからないまま、断片的に覚えていることを繋ぎ合わせた説明はかなりしどろもどろだった。
「お前はそれで納得しているのか?」
「僕はただ、国の決まりごとに従うだけですから……」
ユリウスが身を縮こませ、蚊の鳴くような声で答えるのは今に始まったことではない。
ラインハルトの近くにいくと、いつも体も声も委縮してしまう。
エイギルが初めてラインハルトをイェーガー家に連れてきたのは三年ほど前で、優しくて温厚なエイギルの従弟だと聞いて俄かには信じられなかった。王弟ということはかつては王子だったことになるが、どう見てもエイギルのほうが王子様らしい。
年はエイギルより一つ下だから、ユリウスより五つ上。今は二十三才のはずだ。
しかし、威圧感だけなら国王陛下にも、先ほど見たどの王族にも引けを取らないように思える。
エイギルや姉のローザと話すときは口元が和んでいるようにも見えるし、弟にねだられて剣術の稽古をつけてあげていたことを思い返すと、悪い人ではないのだろう。
ただ、たまに自分に向けられる視線にどこか非難がましいものを感じて、彼が一人でいるときは極力近づかなかったし、自分から話しかけたこともなかった。
疎まれている理由は、妾の子で平民のユリウスが大きな顔をしてイェーガー家の一員に収まっていることを、快く思っていないのかと考えていたのだが……。
顔を伏せ上目遣いで出方を窺っていると、ややあって再び声がした。
「何かやりたいことはないのか?」
その声は、怒っているようでもあり、怖がらせないよう努めて穏やかに話しているようにも感じ取れた。
「やりたいこと……ですか?」
「何かやりたいことや……誰か心に決めた……結婚したい相手はいないのか?」
普段は騎士らしく端的に必要な言葉だけ発する人には珍しく、奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い口調だった。
「僕は……選定の儀で選ばれるか、下賜されることになると思っていましたので……」
答えながら一つ思い出したことがある。そう言えば、以前にも、彼に似たようなことを言われたことがあった。
『土いじりも悪くはないが、剣術も勉強も、身につけておいて困ることはないぞ』
そう言われたのは、ラインハルトが弟に剣術の稽古をつけてやっているのを尻目に、こそこそと薬草畑に向かっていたときのことだ。
すでに自分がオメガで、いずれは王族の妾にならなければならないことを知っていたユリウスは、『どっちも向いていないので』とやる気のない答えを返しただけだった。
オメガだとわかった14才の頃から、自分の未来は決まっていた。
やりたいことも結婚したい相手も、諦める以前に最初から考えないようにしていて、家族もユリウスに将来の希望を尋ねたことはなかった。だから、そんなことを言ったのは、記憶にある限りラインハルトだけだ。
物言いたげだった渋面がわずかに眉間の皺を薄くする。
「……ならば……、うちに来て、時間をかけて、これからやりたいことを探せばよい。エイギルのところに居続けたのでは問題があるだろうからな」
「エイギルのところに居続けたのでは問題がある」というのは、エイギルがアルファでユリウスがオメガだからだろう。姉のローザはベータなので、エイギルには番がいない。ユリウスが発情期になれば、エイギルがフェロモンに影響され、過ちが起きかねない。
ただ、同じ理由で確認しておかなければいけないこともある。
「あの……。僕、オメガなので、発情期のとき、ご迷惑をおかけすると思いますが……。間隔が少し不規則なので、予定とずれて急にお休みさせてもらうこともあると思います。それでも、従僕として雇ってもらえますか?」
再び答えを考える間をおき、納得したようなしていないような、よくわからない表情でラインハルトが返事をする。
「従僕だろうと居候だろうと、俺はかまわない」
仕事内容としてはあまり期待されていないということだろう。
確かに、土いじり以外の仕事は全くやったことがないので、自分がすぐに役に立てるとも思えない。
「あ、あの……、殿下のお役に立てるように精一杯頑張ります」
ユリウスは直角に体を折ってお辞儀をした。
「俺のことは『殿下』ではなく、これからも『ライニ』でいい。それから、いちいち頭を下げるな」
ライニというのは、彼の愛称だ。ユリウスの家族は皆、彼のことをそう呼んでいる。
「あ、はい! よろしくお願いします。ライニ様!」
ユリウスは弾かれるように背筋を伸ばし、結局はまた深々と頭を下げた。ユリウスが陛下から密命を与えられていることなど微塵も疑っていないラインハルトの様子に、少しだけ胸が痛んだ。
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