前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず

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侍女メイルの日記帳~移動中の旅の思い出~ メイル視点

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「この辺りは、『ティラミス』と『ラザニア』が有名だそうですよ。せっかくですから、地元の味を楽しみましょう」

 この旅のメインであるロッピアンヌ湖は1日ではたどり着けない地点にあるため、旅の1日目は本日は途中にある『ヴィネラックス』という街で一泊する計画となっています。
 ですので旦那様と奥様が手配されているお宿『ライナーク』に腰を下ろし、こちらは初めて訪れる場所でしたので、その後外で夕食を摂ることとなりました。

「メイル、ミア。旅の間は私の護衛であり、私の旅仲間です。一緒に食べましょうね」

 エレーヌお嬢様は――旦那様も奥様も、いつもわたくしたちを『人』として見てくださります。邸内にいるすべての人間に対し、いつもこういった風に優しく接してくださります。
 以前の労働先・・・ではわたくしもミアも、人間として扱われたことは殆どありませんでした。ですのでわたくしたちは、幸せ者ですね。

「メイル、ミア。私は思いっきり食べますから、そちらも好きなものを好きなだけオーダーしてくださいね? 遠慮は悲しいので、やめてくださいね?」
「かしこまりました、お嬢様」
「……御意。ありがたきお言葉」

 わたくしたちは巷で有名なリストランテに入り、先ほど仰られていたラザニアやティラミス、ボロネーゼなど。お言葉に甘えて現地の名物を堪能させていただき、ありがたい幸せな時間が流れていったのですが――。
 おもわず戸惑ってしまうことが、不意に起きました。

「こちらのアサリのスープも、とても美味しいですね。メイルとミアも、よかったら追加でオーダーをしてみて――? どうかしましたか、メイル? 私の顔に、何かついていますか?」 
「い、いえ、そうではなく……。お嬢様は、アサリが苦手、でしたよね……?」

 オーダーされた際は、『旅行先で苦手を克服してみよう』――そんなお考えがあるものだと思っておりました。ですが、そうではなく……。
 やがて運ばれてきたスープを――アサリが入っているとしっかり分かるスープを、エレーヌお嬢様は美味しそうに召し上がられたのです。

「えっ? 苦手? アサリは、わたくしの大好物よ? もぅどうしちゃったの、あなたたち」
「だ、大好物でございますか……?」「……わたくし……? もぅどうしちゃったの……?」
「?? メイルもミアも、どうし――ああいえっ、そっ、そうでしたねっ。私はアサリが苦手でしたっ。きっと旅で気分が高揚していて、知らない間に美味しく食べられるようになったみたいですねっ。あはははははははは」

 少しの間、大人びた雰囲気を――わたくしたちよりも年上に感じる雰囲気を纏われていたお嬢様は、ハッとなるや普段の雰囲気に戻り、以後はずっと――お宿に戻り就寝されるまで、そういったことは発生しませんでした。

《……メイル。今日は――もう昨日だった。昨日は不思議なこと、あった》
《ええ、そうね。あの時だけ、まるで別人のようだったわ》
《……でも、あたたかさは同じ。あのエレーヌ様も、好き。だいすき》
《ふふ、わたくしもよ。……ミア。そんな方が、よい旅をできるように》
《……ん。任を全うする》

 深夜3時。警備の交代を行う際にわたくしたちは読唇術で会話を行い、そうしてわたくしはしばらくの眠りについたのでした。そして朝になると、

「おはようございます、お嬢様」「……エレーヌお嬢様。おはようございます」
「おはようございます、メイル、ミア。いつもありがとうございます」

 いつものように挨拶とお礼をいただき、わたくしたちはお宿にてモーニングを済ませ、再び目的地を目指し始めたのでした。






 今は午前8時ですから、このペースならば予定通り、明日の午後3時にはロッピアンヌ湖に到着できるでしょう。
 お嬢様は旅が決まってからずっと、そちらへの訪問を楽しみにされていました。ですのでわたくしは――いいえ。わたくしとミアは、


 エレーヌ様が、幸せなお時間を過ごせますように。


 そうお祈りをしながら馬車で進み、ついにロッピアンヌ湖に到着したのでした。

 
 
 
 
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