そろそろ諦めてください、お父様

鳴哉

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「外聞が悪い」

「ずっと父と娘として暮らしてきた。今更その関係を変えられる訳がない」

「私だけならいいが、マリーが好奇の目で見られることには耐えられない」


 必死に言い募るカーティス様は、今にもこの場から逃げ出しそうだ。先手を打って、廊下に続く扉の前に陣取る。

「どうして、私とマリーの、け、結婚、なんてことを言い出すんだ!」

 ルター伯爵家から帰宅してすぐ、カーティス様の執務室に押しかけた。

「こういうことは早い方がいいと思って」

 私は馬車の中で、お母様から伝えられていたことを全て話した。もう、いいだろう。

「私も婚約者を見つけようと一応努力はしました。でも、努力の甲斐なく成立しませんでした。なら、もういいでしょう?」

「もういい、の意味がわからない!」

「カーティス様、往生際が悪いとはこういうことを言うと思うのです」

 私はカーティス様の目を見た。もう、誤魔化さないし、誤魔化させない。

「自らは私の婚約者を見繕うこともなく、申し込みいただいた婚約者候補には文句を言う。私の婚約に消極的としか思えません」

「君には、もっと相応しい人がいるはずだから……」

「地の果てまで探しても、そんな人、見つかりません」
 
 彼の本心を曝け出して欲しければ、私だって曝け出さなければ。


「だって、私の好きな人はここにいるのですもの!」


 便宜上、カーティス様のことを父と紹介することはあった。でも、本心で父だなどと思ったことは、一度も、彼に出会ってから今まで一度も、ない。


「……ごめん。マリー。泣かないで」

「泣かせているのは、カーティス様です」

 感情が昂って溢れた涙を拭われ、抱きしめられた。
 彼が私を抱きしめるのは、あの時、私たちを守ると言ってくれた時以来。

「泣けば絆されてくれるのなら、もっと早く泣けば良かった」

 そう、涙ながらに溢せば、

「抱きしめたりなんかしたら、父親の仮面が剥がれてしまうからね」

と、吐息が溢れた。

「ごめん。マリー。私は、君の父であったことなんて、ただの一時もなかった」

 背中に回された腕の力が強くなり、それに合わせて私も腕に力を込める。

「君を守るために、君の母君と仮初の夫婦となってからも、ずっとマリーだけを想っていた」

「私も、カーティス様を、ずっと、想っていました」

 やっと、想いを伝えられた。
 想いを伝えてもらえた。
 嬉しくて嬉しくて、涙が止まらない。


「でも、結婚、はできない」
「え?」

「母親の配偶者と結婚するなんて、マリーの評判が下がってしまう。私の結婚が書類上のものだなんて誰も証明できないし、マリーの相手が再婚者なんて絶対許せない。マリーは」

 私は言葉を遮るように言い返した。

「私の評判なんて、どうでもいいです」

「良くない!!」

 思った以上に強い反論が返って来た。

「マリーは、この世で一番幸せになって欲しい。誰にも汚されたりしない、一片の曇りもない、皆から祝福される幸せを手に入れて欲しいんだ!」

 一体、カーティス様の思い描く私の幸せとはどういうものなのだろう。そこには、私やカーティス様の想いなど一欠片もなさそうなのだけれど、拗らせ切った彼の意思は、私が思うよりも固かった。


 私は、またひとつの覚悟を持って、大きく息を吐いた。

「わかりました。では、私たちの仲が、誰にも非難されなければいいのですよね?」




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