そろそろ諦めてください、お父様

鳴哉

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 カーティス様がお母様と結婚したと聞いた時、私は訳がわからなかった。

 私との婚約の話が進んでいたのに。
 あんなに仲良く笑いあっていたのに。
 あんなに優しく笑いかけてくれたのに。

「これからは父と呼ぶように」

 意味がわからない。
 自分は変わらずマリーと呼ぶくせに。
 絶対、お父様なんて呼ばない。絶対に。

 私はしばらくカーティス様と顔も合わせなかった。

 カーティス様が、お母様の代わりにお父様の仕事を引き継いだせいで忙しくなったこともあったのだけれど、どうしても気持ちの整理ができなかった。

 だけど、時間が経つにつれ、なんとなく分かってきた。
 お父様が亡くなった時、あれほど混乱していた家が落ち着いてきたのは、カーティス様のお陰だ。とても優秀な方だとは聞いていたし、そう感じてもいたけれど、長年勤めてくれている家令さえも率先するように仕事を進めている。
 きっと、このために、私ではなくお母様と結婚する必要があったのだ。

 だけど、何の相談も報告もなく、事後に2人の結婚を知らされた身としては、拗ねて2人を避けることくらいしかできなかった。
 

 二人の再婚後、しばらくしてからお母様に呼び出された。

「マリー」

 久しぶりに顔を合わせたお母様は、とても儚げで、私はしばらく寝室に寄り付かなかったことを心底後悔した。

「お母様、ごめんなさい!」

 お母様の痩せた手を握る。

「私、お母様の顔を見たら、酷いこと言ってしまいそうで……会いに来られなかったの!」

「……謝るのは、私の方よ。ごめんなさいね、マリー」

 力無く握り返された手に力を込める。

「貴女に伝えておきたいことがあるの……」

 まるで、これが話をできる最後かのような言いぶりに、私は抵抗するように頭を振った。

「お願い……聞いてマリー。今は理解出来なくてもいいから……、覚えておいて欲しいの……」

「私とカーティス様は、ヒルデロッタ家のために結婚したけれど……、それは書類上のことだけ」

 書類の上のことだけというのは、本当の結婚とどう違うのか、私には分からなかった。
 確かに、結婚式などはしていない。結婚した、と聞いただけだし、亡くなったお父様とお母様と同じように仲睦まじい様子も、お母様とカーティス様が2人きりでいるところも見たことはない。でもそれは、お母様が寝たきりだから仕方ないことじゃないのだろうか。

 お母様は苦しそうにしながら話を続ける。それを見ていられなくて、私は話を遮ろうとした。だけど、お母様は止めなかった。

「それに……養子縁組はしていない。貴女とカーティス様は……親娘ではないのよ」

 私とカーティス様は、親娘ではない?
 お母様とカーティス様が結婚すれば、お母様の娘である私は、自動的にカーティス様の娘になる訳ではないの?

「だけど、カーティス様は父と呼べとおっしゃったわ……」

 私の口からぽろりと溢れた言葉を聞いて、お母様は大きく息を吐いた。

「……全く、不器用で真面目過ぎる方ね」

 私ではなく、天井に向かってそう言ったお母様は、真剣な顔で私の目を覗き込んだ。大事なことを私に伝える時に、お母様がする仕草だ。

「マリー。カーティス様を好きなら、絶対に『お父様』などと呼んでは駄目よ」

 お母様と結婚したカーティス様を好きでいていいとは思っていなかった私は、お母様の言葉の意味が分からなかった。

「じゃあ、どう呼べばいいの?」

「今までどおりでいいのよ」

「でも……おかしいと思われない?」

 お母様は笑った。

「誰におかしいと思われてもいいのよ。それで、欲しいものを手に入れられるなら、ね」

 優しく嫋やかで穏やかな、お父様に溺愛されていたお母様の、ちょっと違う一面を見たような気がして、でもそれでも大好きなお母様には違いなくて、私は避けてばかりおらずに、ちゃんと話をすれば良かったのだと思った。

「分かった。お父様とは呼ばないわ」

 そう宣言すると、もやもやしていた胸の内が、ちょっとスッとした。
 私を見つめるお母様も、伝えたいことが伝えられたからなのか、すっきりとした表情で微笑んでいた。

 それから暫くして、お母様は亡くなった。
 そして親娘でない、私とカーティス様の2人がヒルデロッタ伯爵家に残されたのだった。




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