そろそろ諦めてください、お父様

鳴哉

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 卒業してから半年ほど経った夏の夜、私はカーティス様にエスコートされて王都の劇場を訪れていた。

「劇作家になった学友のデビュー作が大層評判になっているらしいの」

 そう言って私が彼を誘ったのだ。流行りの恋愛ものと聞いて少し難色を示していたものの、私をエスコートしてくれる人は他にいないことを知っているので、王都まで付き添ってくれた。

 劇場に入ると、その場の空気が揺らいだのを感じた。

「あれは、ヒルデロッタ伯爵家の」
「ああ、あの方が?」

 私たちに向けられる視線と共に囁きがさざめくように広がる中、私は目を伏せ、口元を扇で隠す。
 カーティス様は、異様な雰囲気を感じているが、その理由には思い当たらないのだろう。進んで社交をなさらない彼は、最近夜会などにも出席されていないし。

 周りの反応が攻撃的なものではないのは感じつつも不思議に思いながら、彼は私を守るように観覧席へとエスコートしてくれる。友人が用意してくれたチケットは、最上級の個室のものだ。

「いい席を譲っていただいたのだね」

 驚くカーティス様に、「私の話に彼女の創作意欲が刺激を受けたのですって」と答えた。



 観劇後、早々に劇場を退出して、今は帰りの馬車の中だ。王都で食事もする予定だったのだけど、カーティス様はそれどころじゃなかった。

「何なんだ! あの劇は!?」

 興奮した彼からの第一声。

「今、王都で一番注目されている新作の悲恋ものだそうですよ」

 新人劇作家の公演としては、劇場も劇団も破格の扱いで素晴らしいものだったと思う。

「あれが流行っている? 正気か? あの話はまるで」

「私とカーティス様のお話のようでしたわね」

 にこりと笑う。

「いや、ほとんどそのままじゃないか! 家名も、オルダリッテ伯爵家とか、ヘルタ侯爵家とか!」

 他家に家を乗っ取られそうになってやむを得ず婚約者の母と仮初の結婚をしたけれど、それでもお互いを想うことを諦められない男性とその元婚約者の女性が、周囲から追い詰められて共に命を絶つことによって、ようやく天国で結ばれる。そういった筋書きが情緒豊かに演じられていた。

「涙なしには観られない、と皆主人公の二人に感情移入しているのですって」


 在学中、劇作家を目指している女生徒と知り合った。彼女はとても勉強熱心で、その熱意に感銘を受けた私は、彼女の求めるまま、商家の娘である彼女の知らない貴族ならではのあれこれなど、いろいろな話をした。
 その中には、ヒルデロッタ家の過去や、私とカーティス様の関係も含まれていたし、なんなら恋愛相談的なものもしたりした。
 それらを題材に彼女は今回の劇の台本を創作したのだ。


「歴史や過去の事実をモチーフに劇が作られることはよくありますもの」

「流石に、ルター家からは苦情が来るだろう?!」

「ヘリオ様は進んでこの作品を広めていますよ。思ったより潔癖な方だったみたいで、過去の父親の所業が許せなかったそうです。母親と組んで父親を追い出す算段をされているらしくて、この劇を利用して悪評を広めようとされているとか」

 言葉を失うカーティス様。

「さりげなく爵位も上がって侯爵になっていることですし、そもそもただの創作ですし、苦情なんて言えば、心当たりがあるって自ら言っているようなものじゃないですか」

 現に、ルター伯爵からの抗議の類いはなかったようだ。もしそんな事があれば、今私が言ったように応対してもらうよう、劇団にも後援者筆頭となっているツェルク様とも話がついている。

「ツェルク様は、どうも私に負目がお有りの様で、今回の劇が私の話が元になったことをお知りになると、劇作家の彼女にも劇団にもかなりの援助をしていただいたそうなんです」

 新人作家の彼女の作品がこんなにも早く実演されるに至ったひとつの要因だと言える。

「あの侯爵家が後援しているのか。そう言えば、劇場のホールにあの優男もいたが、まさか彼もかんでいるのか?」

「ニール様のことですか? 彼はただ面白がっているだけですが、連日のように違う令嬢を観劇に誘ってくださっているので、収益と評判に一役買っていただけているそうですわ」

 ニール様は、私と劇作家の彼女との話に時折興味本位で参加していたりした。だから、ヒルデロッタ家の実情も、私のカーティス様への想いもご存知だった。
 そんなニール様が私に婚約の話を持ちかけたのは、カーティス様に直に会ってみたかったからだと、後に聞いた。彼曰く、どういう思考の持ち主なのか、ただ興味があっただけらしい。私は本気で対応したのに、失礼な話だ。

 今では社交界で浮き名を流す彼が、社交界でこの劇を宣伝し、暗にヒルデロッタ家がモデルになった話であることを揶揄し、私とカーティス様の仲を悲劇的なものであることを噂する。

 つい先日代替わりをされ侯爵となったことで注目されているツェルク様も、夜会などの席で、贔屓の劇作家を紹介する傍ら、モチーフとなった実話があるようだと吹聴する。

 今や、私とカーティス様は、私たちの知らないところで知名度が上がっていて、劇場に入った時のように注目されているのだ。
 そして世論は、私たちが劇の主人公たちのような悲劇に終わらないよう、応援してくれる方向に向いている。もちろん、正式にあの劇がヒルデロッタ家の話であると発表されている訳ではないので、陰ながらにではあるけれど。

 劇作家となった彼女から、この劇の台本を見せてもらった時、ここまでのことを考えていた訳ではなかった。
 だけど、彼女は「私の恋の応援をしたい」と言ってくれた。その時、同席していたニール様も口にはしなかったけれど、少しはそんな気持ちを持ってくれたのかも知れない。

 実際に上演されることになって、気恥ずかしさもあったのだけれど、単純に友人たちの気持ちが嬉しかった。だから、それに賭けてみることにした。そして、世論は私の望む方向へ動き。


「誰も私たちを非難しませんよ」

 彼の憂いは取り除かれただろうか。
 後は、泣きつくことにでもしようかしら。

「私、死んでから結ばれるなんて嫌です」

 心の底からそう思って言うと、カーティス様はくしゃりと顔を歪ませる。泣きそうなのは、彼の方だった。

「マリー、君はどうしてそこまで私のことを諦めないでいてくれるのか……」

「……私、初めてカーティス様に会った時、思いましたの」

 私は、思い出す。
 伯爵家の庭の隅で蹲っていた彼を見た時のことを。彼がまだ子どもだった私に、弱さを見せてくれたあの時のことを。

「私が、他の誰でもなくこの私が、貴方の一番近くで、貴方を守る存在でありたいと思いましたの」

 結果としては、逆に守られてしまったのだけれど。
 だけど、それでも、これからも私はカーティス様の一番傍にいたい。
 そのための手段は選ばない。
 例え、誰に何と言われようとも。

「愛しております、カーティス様」

 私はカーティス様に懇願するよう、ありったけの気持ちを込めて、微笑んだ。


「そろそろ諦めて、私のものになっていただけませんか?」


 こうして、ようやく、私の溺愛は成就したのだった。




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感想 4

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みんなの感想(4件)

あかいうさぎ

他の作品も読ませていただきましたが、短い話数できれいに纏めていらっしゃる…!とても面白いし、読みやすいです。過去作全て読んできます!

2026.01.11 鳴哉

お読みいただき、ありがとうございました。隙間時間にサクッと読んでいただけたらいいな、と思って書いているので、読みやすかったと言っていただけて、本当に嬉しいです(ガッツポーズ)。感想をいただけると、本当に励みになります。ありがとうございました!

解除
SARRY
2025.12.04 SARRY

普通ならザマアでもありそうな婚約者候補達をここで使うのか〜
上手いですねぇ
ダラダラと長い話が苦手なので、まとまり良く読んでいて小気味よいです
今後の活動も楽しみにしています。

2025.12.04 鳴哉

お読みいただき、ありがとうございました。
ちょっとした隙間にでも読んでいただけるといいな、と思って書いています。まとまりよいなどと言っていただけて、本当に嬉しいです。
もう少ししたら、次の作品があげられそうなので、またお読みいただけたら幸いです。

解除
ぱんださん
2025.09.27 ぱんださん

前言撤回です。ごめんなさい。
3話以降蛇足なんかじゃなく面白かったし、溺愛ってそっちだったのかーと膝を叩いています。
最終話を読んで、また1話を読み返しました。

アンネマリー、思った以上に強かな女性で愛が重い子だったのですね。
ここまでの仕掛けをいつから考えてたのでしょう。
どうぞお幸せに。

2025.09.27 鳴哉

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。面白かったと言っていただけて、嬉しいです。さらに、二度も感想をいただけて、とても嬉しいです。ありがとうございました!

解除

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