そろそろ諦めてください、お父様

鳴哉

文字の大きさ
6 / 7

6

しおりを挟む
「外聞が悪い」

「ずっと父と娘として暮らしてきた。今更その関係を変えられる訳がない」

「私だけならいいが、マリーが好奇の目で見られることには耐えられない」


 必死に言い募るカーティス様は、今にもこの場から逃げ出しそうだ。先手を打って、廊下に続く扉の前に陣取る。

「どうして、私とマリーの、け、結婚、なんてことを言い出すんだ!」

 ルター伯爵家から帰宅してすぐ、カーティス様の執務室に押しかけた。

「こういうことは早い方がいいと思って」

 私は馬車の中で、お母様から伝えられていたことを全て話した。もう、いいだろう。

「私も婚約者を見つけようと一応努力はしました。でも、努力の甲斐なく成立しませんでした。なら、もういいでしょう?」

「もういい、の意味がわからない!」

「カーティス様、往生際が悪いとはこういうことを言うと思うのです」

 私はカーティス様の目を見た。もう、誤魔化さないし、誤魔化させない。

「自らは私の婚約者を見繕うこともなく、申し込みいただいた婚約者候補には文句を言う。私の婚約に消極的としか思えません」

「君には、もっと相応しい人がいるはずだから……」

「地の果てまで探しても、そんな人、見つかりません」
 
 彼の本心を曝け出して欲しければ、私だって曝け出さなければ。


「だって、私の好きな人はここにいるのですもの!」


 便宜上、カーティス様のことを父と紹介することはあった。でも、本心で父だなどと思ったことは、一度も、彼に出会ってから今まで一度も、ない。


「……ごめん。マリー。泣かないで」

「泣かせているのは、カーティス様です」

 感情が昂って溢れた涙を拭われ、抱きしめられた。
 彼が私を抱きしめるのは、あの時、私たちを守ると言ってくれた時以来。

「泣けば絆されてくれるのなら、もっと早く泣けば良かった」

 そう、涙ながらに溢せば、

「抱きしめたりなんかしたら、父親の仮面が剥がれてしまうからね」

と、吐息が溢れた。

「ごめん。マリー。私は、君の父であったことなんて、ただの一時もなかった」

 背中に回された腕の力が強くなり、それに合わせて私も腕に力を込める。

「君を守るために、君の母君と仮初の夫婦となってからも、ずっとマリーだけを想っていた」

「私も、カーティス様を、ずっと、想っていました」

 やっと、想いを伝えられた。
 想いを伝えてもらえた。
 嬉しくて嬉しくて、涙が止まらない。


「でも、結婚、はできない」
「え?」

「母親の配偶者と結婚するなんて、マリーの評判が下がってしまう。私の結婚が書類上のものだなんて誰も証明できないし、マリーの相手が再婚者なんて絶対許せない。マリーは」

 私は言葉を遮るように言い返した。

「私の評判なんて、どうでもいいです」

「良くない!!」

 思った以上に強い反論が返って来た。

「マリーは、この世で一番幸せになって欲しい。誰にも汚されたりしない、一片の曇りもない、皆から祝福される幸せを手に入れて欲しいんだ!」

 一体、カーティス様の思い描く私の幸せとはどういうものなのだろう。そこには、私やカーティス様の想いなど一欠片もなさそうなのだけれど、拗らせ切った彼の意思は、私が思うよりも固かった。


 私は、またひとつの覚悟を持って、大きく息を吐いた。

「わかりました。では、私たちの仲が、誰にも非難されなければいいのですよね?」




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

王子がイケメンだなんて誰が決めたんですか?

しがついつか
恋愛
白の国の王子は、余り器量が良くない。 結婚適齢期にさしかかっているというのに未だに婚約者がいなかった。 両親に似て誠実、堅実であり人柄は良いのだが、お見合いをした令嬢達からは断られてばかりいた。 そんな彼に、大国の令嬢との縁談が舞い込んできた。 お相手は、帝国の第二皇子の元婚約者という、やや訳ありの御令嬢であった。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

馬小屋の令嬢

satomi
恋愛
産まれた時に髪の色が黒いということで、馬小屋での生活を強いられてきたハナコ。その10年後にも男の子が髪の色が黒かったので、馬小屋へ。その一年後にもまた男の子が一人馬小屋へ。やっとその一年後に待望の金髪の子が生まれる。女の子だけど、それでも公爵閣下は嬉しかった。彼女の名前はステラリンク。馬小屋の子は名前を適当につけた。長女はハナコ。長男はタロウ、次男はジロウ。 髪の色に翻弄される彼女たちとそれとは全く関係ない世間との違い。 ある日、パーティーに招待されます。そこで歯車が狂っていきます。

駄犬の話

毒島醜女
恋愛
駄犬がいた。 不幸な場所から拾って愛情を与えたのに裏切った畜生が。 もう思い出すことはない二匹の事を、令嬢は語る。 ※かわいそうな過去を持った不幸な人間がみんな善人というわけじゃないし、何でも許されるわけじゃねえぞという話。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

デネブが死んだ

ありがとうございました。さようなら
恋愛
弟との思い出の土地で、ゆっくりと死を迎えるつもりのアデラインの隣の屋敷に、美しい夫婦がやってきた。 夫のアルビレオに強く惹かれるアデライン。 嫉妬心を抑えながら、妻のデネブと親友として接する。 アデラインは病弱のデネブを元気付けた。 原因となる病も完治した。それなのに。 ある日、デネブが死んだ。 ふわっとしてます

処理中です...