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しおりを挟むぐすっ、すんっ……。ひっく……ぐすっ。
夕日を受けて水面がキラキラとオレンジ色に光る小川が、涙でぼやけている。山側の緩やかな傾斜がある土手の草むらで、僕は膝を抱えて座っていた。
先程まで村の子供たちが魚釣りなどをして賑やかに遊んでいたが、今はみな帰宅して誰もいない。
サラサラと流れる川の音と僕の鼻をすする音だけが聞こえていた。
「いーちゃん、ここにいたんだ。探したぞ」
かさりと草を踏みしめる音と、かけられた声に顔をあげるとユーリが立っていた。
僕の隣に座ると、慰めるように頭をそっと撫でてくれる。
「お前に酷いことを言ったモーヴたちは俺がビリビリする雷を打って懲らしめてやったよ。あいつら泣きながらぴょんぴょん跳ねて俺に謝ってきたけど、謝る相手が違うだろって追加で雷撃っといた。明日、いーちゃんに謝ってこなければ教えてくれ。また懲らしめてやるからな」
「いいよ……ひっく。だ、だって……僕が地味で鈍臭いのはっ……ぐすんっ、本当だから……」
言っていてまた悲しくなり、顔を俯く。
僕たちが住むアトル村は素朴で心優しい人たちが多いけれど、いつも悪戯をして周囲に迷惑をかける所謂悪ガキと呼ばれた三人組がいる。ふくよかな体をしたリーダー格のモーヴと、細身で鼻垂れのロッヒョと、分厚いレンズの丸眼鏡をかけたリガだ。
そんな彼らの今のお気に入りは僕だ。村の大人たちがよく引き合いに出す優秀なユーリと仲良く一緒にいるのは、泣き虫で非力な僕。憂さ晴らしするにはちょうどよい標的だった。
意地悪をしているのがバレたら毎回ユーリにお仕置きを受けているけれど、懲りずに僕にちょっかいをかけてくる。
今日は朝に足を引っ掛けられて転んだし、お昼は食後に食べようと思っていたおやつのリンゴを盗られた。さっきはユーリや村のみんなと遊んでいたら突然髪を引っ張られて『地味な顔して鈍臭いお前が、いつまでもユリウスの側にいられる訳ないだろう。勘違いしてくっついてんじゃねーよ、バーカ』とゲラゲラ笑われた。
悔しいけれど、彼らの言う通り僕がずっとユーリの側にいられるとは思ってない。
家は農民で小さなリンゴ畑しかないし。僕自身は平凡で可愛くもないし、頑張っているけれど勉強も得意ではない。去年、ユーリと一緒に行った魔法協会で魔力を鑑定してもらったら魔力持ちだと判明したけれど、人よりそこそこある位の魔力量だった。十歳になったら二人でシュベルグス魔法学園に入学することになっているので、卒業する十八歳までは一緒にいられると良いな。でも学園でユーリに恋人が出来たら……? もし、僕に嫌気が差して離れていったら?
別れを想像すると涙がポロポロと零れた。
せめてこの泣き虫な所は早く直さないと。面倒な奴だとユーリに嫌がられたくない。頑張って泣き止まないと。
そう思ってるのに涙は止まってくれない。
「いーちゃん。こっち向いて」
優しい声色に、のろのろと顔を上げてユーリを見ると、ハンカチで涙と鼻水を拭いてくれた。
「あんなモブ共の言葉を真に受けなくていい。俺は、イネスのこと可愛いと思ってるからな。出来ないことをすぐに諦めて投げださずに頑張ろうとする姿勢も、柔らかな笑顔と雰囲気も、チョコレート色をした甘そうな髪と瞳も好きだ」
「……好き?」
とくん、と胸が高鳴る。驚きと期待で、さっきまで流れていた涙も止まっていた。
ユーリが僕なんかのことを、好きって言ってくれた? 聞き間違えかな?
「嘘……僕なんかのこと……。本当に? ユーリは僕のこと、好きだと思ってくれているの?」
「あぁ、好きだ。誰よりもイネスのことが本当に好きだから、ずっと側にいて欲しいと思ってる。だから俺のお嫁さんになってくれるよな?」
「僕がユーリの……お嫁さんに……」
「嫌……なのか?」
ぶんぶんと横に首を振る。胸がドキドキして苦しいのに、嬉しい。
初めてユーリと会った時、絵本で見た妖精みたいな容姿に一目惚れした。輝くような銀髪に、冒険記に出てきた王様の宝石みたいに色が変わる青と緑の瞳。引っ越しの挨拶に来てくれたのに、緊張してろくに喋れなかった。
最初は親に言われて仕方なく僕らと付き合ってくれたようで、会話もなく、あまり笑ってもくれなかったけれど。いいとこなんて一つもなかった僕なんかと仲良くしてくれて、モーヴ達にバカにされる僕を庇ってくれるようになって、もっともっと彼のことを大好きになった。
将来はユーリのお嫁さんになれたらなって、無理な願いだって思ってたのに。実は僕たち、両想いだったんだ。ユーリが好きって……僕にお嫁さんになってほしいと言ってくれるなんて……。どうしよう、こんな奇跡みたいなこと起こってもいいのかな。
「途中でやっぱり辞めたって言わない?」
「言う訳ないだろ。イネスも後から他に好きな奴が出来たって言うのはダメだからな」
「僕も言わないよ」
「じゃあ、約束しようか。イネスは俺だけのお嫁さんだ。大人になったら結婚するぞ。絶対にだからな」
「うん!」
不安になる僕に、ユーリは優しく微笑んでくれた。嬉しくて僕も口元が緩む。
「それじゃあ約束の儀式をしようか」
「約束の儀式? いつもユーリと約束をする時に小指を絡ませるけれど、それとは違うの?」
「少し似てるけど違う。儀式の方は俺が考えたんだ」
「えっ、自分で考えたんだ。すごいねユーリ! どうやるの?」
「宣言を互いにしよう。台詞は──」
オレンジ色にブルーが混ざり始めた空を背に行った、ユーリが教えてくれた約束の儀式。絡めた左の小指はほんのりと熱を帯びていた。
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