僕を嫌っていた幼馴染みが記憶喪失になったら溺愛してきた

無月陸兎

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 沈む夕日を背に、二人で結婚の約束をした日の夢を見た。
 あの頃は本気でユーリのお嫁さんになれると信じていたし、多分、ちゃんと両想いだった。

 五年前に嫌われてから、彼の冷たい態度とチクチクした言葉に何度ももう好きじゃないからと言い聞かせ、必死で諦めようとして。本人に決別を告げた数時間後──記憶喪失になったユーリから愛の告白を受け、キスをされた。

 ここ最近の記憶はなく、唯一覚えてそうなのが僕のことだったけれど、それも所々しかないみたいで。仲良かった頃よりもっと雰囲気が柔らかくて僕に甘いのはどうしてだろう。

 でも、どうせ記憶が戻ったら僕への想いは無くなるんだろうな。むしろこの状況を利用して近付いたと思われて、軽蔑されて更に嫌われるかもしれない。今の言葉を真に受けないようにしないと。
 うぅ、僕のファーストキスを奪っておいて許せない。約束なんて知らない、お嫁さんになんてならないんだから。バカバカユーリのバカ!!

 腹が立って目の前にある肌色の壁をべしべしと叩く。
 僕みたいにペラペラな体ではなく、鍛えられた分厚い胸板なのがまた憎い。冒険者のお父さんたちに魔法だけではなく剣も習っていたから、今も体を鍛えてたりするのかな。

 ──待って、胸板……? 誰の?

 上を見上げると予想通りユーリの顔があった。目を閉じて穏やかな寝息を立てている。
 うわぁ…………知ってた。普通に認識してたけれど、混乱して頭が受け入れるのを拒否していた。なんで僕ユーリに抱かれて一緒に寝てるの? ベッドが広くて、二人で寝転がっても問題なかったからな。ソファで放置してくれても良かったのに。
 それに君が寝る時、裸族になるなんて初めて知ったよ。
 パンツは、多分履いてると思うんだけれど、僕の体にナニか当たっている気がする。
 こっちも何となく分かる。分かりたくないけれど経験者だから分かっちゃった。しょうがないよね朝の生理現象だもん。だから。

「だからいい加減離してよ、ユーリ!」

 がっちり抱き締められて逃げられなかった僕が情けない声を出すと、頭の上からくすくすと笑う声が聞こえてきた。腕が簡単に外れない時点で予想はしていたけれど、やっぱり寝たふりをしていたんだ!

「嫌だ。俺はもっとこうしていたい」
「ひぇっ」

 さらに腰を密着してきた。お腹に当たるモノの存在が主張されて、顔に熱が集まる。

「や、やめてよ……。そんなにくっついたら当たるから」
「ナニが当たるって?」
「何って……その……。言わなくても分かるでしょ」
「なんだろうな。ハッキリと言ってくれたら分かるかもしれない。ほら教えてくれ」
「嘘! 分かってるでしょ、意地悪しないでよ」
「ふっ、かわいい。可愛いといえば……キスをする時は口じゃなく鼻で息をした方が良い。不慣れな姿は悪くなかったが、毎度失神させたくはないからな」
「初めてしたんだから、慣れてないのは当たり前じゃないか。下手だってバカにしてるの?」
「まさか。いーちゃんの初めてを貰えて嬉しくて浮かれてるんだ。そうだ朝の挨拶をしないとな。おはようイネス、今日も可愛いよ」
「ひっ、ちょっ……やめてってば、ユーリ」
「ん、その可愛い声でもっと俺の名前を呼んでくれ」
「もー!」

 怒る僕に構わず、ユーリが満足するまで抱き締められながら耳元で囁かれた。動くと唇が当たりそうで、縮こまる。
 記憶喪失になってからのユーリは意地悪で……本当に良くないと思う!!



「そういえば、今何時だろう……」

 漸く解放されたので、身を起こした。
 鳥の鳴き声が遠くで聞こえる。気絶した割には途中目覚めることなく、朝までぐっすり眠っていたみたい。カーテンからうっすら光が漏れて、部屋の中が明るくなっていた。
 ユーリがベッド脇のサイドテーブルから懐中時計を手に取り、時間を告げる。

「六時を過ぎた頃だな」
「うわっ、爆睡し過ぎだよ……。なかなか起きなかったからベッドまで運んでくれたんだよね、ごめんね……」
「謝る必要はない。いーちゃんの寝顔を久しぶりに堪能できて、楽しかったよ」
「しなくて良いよ……」

 額に手を当てて、溜め息を吐く。
 うーん。自分の部屋に戻るつもりだったのに、まさかユーリの部屋にお泊まりしてしまうとは。気絶しちゃったから仕方ないけれど。せめて夕食前か点呼前には起きたかった……。
 寮では毎晩、管理人さんによる点呼が行われているんだけれど、それまでに部屋へ戻らなければいけなくて……あれ、待って……。
 ルールを破ってしまったことに気付いて、さあっと顔色が青くなるのを感じる。そんな僕の様子にユーリがどうしたのかと首を傾げた。

「どうしよう……。点呼は、ルック……ルームメイトが誤魔化してくれたかもしれないけれど、無断外泊したのは流石にバレちゃうよね。罰則って何されるんだっけ……。うーん、反省文だけで済むかな。今から管理人さんに謝りに行かなきゃ。あと心配をかけてしまったルックにも謝って何か差し入れしないと……」
「いーちゃん、落ち着いて。管理人にはお前が俺のルームメイトになったと、既に伝えてあるから心配しなくていい。元ルームメイトにも話はいってる筈だ」
「えっ……? えっと、なんで僕がユーリのルームメイトなんて話に?」
「昨日も伝えたが、俺の記憶が戻るまでは離れずに傍にいて欲しい。イネスも了承してくれただろ? だからいーちゃんが寝てる間に手続きしといたんだ」
「え…………」

 記憶が戻るまで、一時的にルームメイトになるってことかな。確かにユーリが慣れるまでは一緒にいるつもりだと答えたけれど、相部屋になるのは想定していなかった。管理人さんもよく許してくれたなぁ。そういうのは事前に詳しく話をして欲しかったよ……。話す前に、僕が気絶してしまった可能性もあるけれど。

 相部屋の件、考え直してもらえないかな。
 例えばユーリの部屋で談笑してる時にふと記憶が戻ったら、僕が一緒にいるんだよ。どうしてここにいるんだとビックリする筈だし、知らない間に嫌いな相手と暮らしていたと知ったら嫌な気分になるよね?

「ねぇユーリ。心細いのは分かるけれど、僕をルームメイトにするのは止めない?」
「は? なんで?」

 空気がピリピリする。ユーリが不機嫌になった時に大気中のマナが揺れたり、眉間がピクリと動く仕草は、記憶がなくなる前と変わらない。冷や汗が流れてきて、胸がドキドキとする。この雰囲気は、やっぱり苦手だな……。
 僕、すぐにユーリのことを怒らせてしまうみたい。

「俺の部屋に住むのは嫌? それとも世話をするのが面倒になった?」
「ううん、そうじゃない。勿論、ユーリの記憶が戻るまで出来るだけ側にいてサポートするつもりだよ。でも、相部屋になるほどじゃないと思うし、僕がルームメイトになったら、きっと後悔するから……」
「お前と一緒に住みたいと言ったのは俺なのに、後悔する筈がないだろ」
「今じゃなくて記憶が戻った時の話だよ。だって、記憶を失う前のユーリは僕のことを……!」

 くぅーっ。
 情けない音が僕のお腹から発され、嫌っていると続く予定だった言葉は、形作られる前に消えた。
 ユーリの纏う威圧感も消え、彼は拍子抜けした顔で僕を見つめてくる。
 主張するように再びお腹が鳴り、慌ててお腹を押さえた。恥ずかしくて死にそう。
 真剣な話をしていたのに、どうして鳴っちゃったの。空気読んでよ僕のお腹!

「ふはっ」

 ユーリが吹き出し、肩を振るわせて笑う。僕も羞恥で体をぷるぷると震わせながら、目をぎゅっと閉じた。うぅっ、涙が滲んできた。

「あの……お話し中に、ほんとごめん。鳴らすつもりはなかったんだ……」
「んっ……昨日のお昼以降、何も食べてないもんな。こっちこそ悪かった。もう少しで朝の鐘も鳴るだろうし、着替えて朝食に行こうか」

 無言でこくりと頷く。
 うぅっ。お腹が鳴ってしまうのは、仕方がないんだ。夕飯を食べ損ねてしまったから……。
 あっ、そういえばユーリも食べられてないのでは?

「ユーリもお腹空いてない? ごめんね、僕が食堂の場所を教える前に寝ちゃった所為で……」
「気にしてないよ。俺がキスをして、いーちゃんを気絶させてしまったからな」
「きっ……。その所為だけじゃないもん……」

 キスのことを思い出してしまい、折角引いた熱がまた顔に戻ってきそうだ。誤魔化すようにベッドから降りて、僕の制服を渡して欲しいと頼む。クローゼットに入ってるって言ってたけれど、勝手に開けるのは失礼だしね。

 こくりと頷いたユーリが指を鳴らすと、一瞬で制服姿に着替えさせてくれた。綺麗にする魔法クリーンもついでにかけてくれたのか、体がさっぱりとしている。シャワーを浴びれてなかったのでありがたい。お礼を言うと、ユーリはどこか満足そうに微笑んだ。


「あっ、食堂ではパンとスープのおかわり出来るから、沢山食べてね」
「あぁ。いーちゃんも授業中にお腹が鳴らないように沢山食べるといい」
「ぐぅっ……」

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