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「……なんだか疲れるな」
教室での一件以来、学校は居心地の悪い場所となった。ミアは私を見かけるたびに睨みつけ、クラスメイトたちの視線も痛いほど感じる。私のせいで入院するほどの怪我を負ったアーサーに同情している声の方が大きいらしい。私がアーサーを脅しているだの、ろくでもない噂も流れている。そのせいで、私は加害者扱いで、ミアが可哀そうと慰められている姿を見ることもあった。アーサーがいたら、また違うだろう。
「アリシア!こっちこっち!」
昼休みになると、リリーが手招きして私を屋上に連れ出した。彼女はいつも通り明るく振る舞ってくれて、それがありがたかった。私の味方は、リリーだけになってしまった。ルドルフは、少し怖い。
「それにしてもミアさんの反応……大変だったわね」
「ええ……でも仕方ないわ」
「あら、そうでもないわよ」リリーは唇を尖らせる。「アーサーがあなたを選ぶのは当然のこと。だって彼はいつも……」
と、言いかけて彼女は慌てて口を噤んだ。首を振り、「とにかく」と話題を変える。
「今日も一緒に勉強しましょうね。最近は特に分からないところが多いって言ってたじゃない?テストも近いし、今は勉強に集中していたら、気もまぎれると思うの」
「そうね。ありがとう」
勉強は、不得意ではなかったが、リリーとおしゃべりしながら勉強するのは楽しかったし、気がまぎれるのは確かだった。最近は、本を読む気力もわかなくて、ダラダラしていたからリリーの申し出はありがたかった。
放課後、廊下を歩いていると突然後ろから肩を叩かれた。
「アリシア」
振り返るとルドルフが立っていた。彼の表情は普段より硬く、目の奥に何かを押し殺しているように見えた。
「少し話せるか?」
「ええ……でも急いでて……」
「時間は取らせない」
彼は私を壁際に追い詰めるように立ち、低い声で言った。
「アーサーのことだが……」
「ルドルフ……」
「やっぱり君には向いていないと思う」彼の目が細くなる。「彼は繊細すぎる。君みたいな……強い女性とは合わない」
その言葉に違和感を覚えた。なぜ彼がそんなことを言うのだろう?
「私がアーサーに何かするって思ってるの?」
「そうじゃない。ただ……」
ルドルフは私の髪を一房掴み、ゆっくりと指先で弄んだ。
「君が傷つくのを見たくないだけだ」
以前とは違う彼の態度に戸惑いを隠せない。どうして、急にそんな態度を変えるの。
「放して」
私の声は震えていた。ルドルフは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに手を離してくれた。
「すまない。驚かせてしまったな」
彼は苦笑し、背を向けた。
「それじゃあ、また」
そう言い残し、彼は去っていった。私は動けずに立ち尽くす。胸の鼓動が早鐘のように打っていた。
寮に戻ると、リリーはすでに部屋で待っていた。テーブルには二人分の紅茶が用意され、まだ淹れたてなのか、湯気が立ち上っている。
「おかえりなさい」彼女は優雅に微笑む。
「勉強会の準備は万端よ。いつでも始められるわ」
「ありがとう」
「顔色が悪いわ。具合でも悪いの?」
リリーがそっと私の額に触れた。ふわりと香る香水の匂いに、私は反射的に、リリーの手を払いのけてしまった。
「あら、ごめんなさい」
「ううん、ごめん」
一瞬、妙な空気が流れてしまった。私は、リリーが淹れてくれた紅茶を一口飲み、「おいしい」と笑いかけると、リリーも安心したのか「よかった」と笑ってくれた。
「勉強しましょうか」
「ええ」
しかし、私は気づいてしまった。
手紙から香る香水の匂い。やっぱり、リリーのものだ。今も同じ香水をつけているのだ。じゃあ、ミアが落とした香水瓶はなに?もしかして、ミアとリリーは友達同士だったの?私がいるから、リリーはミアと仲良く話せないのだとしたら……いや、もし隠れて遊んでいたら、一体どんな気持ちで私と仲良くしてくれているんだろう。
リリーとミアが同じ香水をつけあうほど、仲がいい友人だとして、それは私には関係ないはずなのに、どうしてこんなに寂しくて、のけ者にされたような気持ちを感じているんだろう。
……どうして、私はリリーにこんな気持ちを抱かないといけないんだろう。
教室での一件以来、学校は居心地の悪い場所となった。ミアは私を見かけるたびに睨みつけ、クラスメイトたちの視線も痛いほど感じる。私のせいで入院するほどの怪我を負ったアーサーに同情している声の方が大きいらしい。私がアーサーを脅しているだの、ろくでもない噂も流れている。そのせいで、私は加害者扱いで、ミアが可哀そうと慰められている姿を見ることもあった。アーサーがいたら、また違うだろう。
「アリシア!こっちこっち!」
昼休みになると、リリーが手招きして私を屋上に連れ出した。彼女はいつも通り明るく振る舞ってくれて、それがありがたかった。私の味方は、リリーだけになってしまった。ルドルフは、少し怖い。
「それにしてもミアさんの反応……大変だったわね」
「ええ……でも仕方ないわ」
「あら、そうでもないわよ」リリーは唇を尖らせる。「アーサーがあなたを選ぶのは当然のこと。だって彼はいつも……」
と、言いかけて彼女は慌てて口を噤んだ。首を振り、「とにかく」と話題を変える。
「今日も一緒に勉強しましょうね。最近は特に分からないところが多いって言ってたじゃない?テストも近いし、今は勉強に集中していたら、気もまぎれると思うの」
「そうね。ありがとう」
勉強は、不得意ではなかったが、リリーとおしゃべりしながら勉強するのは楽しかったし、気がまぎれるのは確かだった。最近は、本を読む気力もわかなくて、ダラダラしていたからリリーの申し出はありがたかった。
放課後、廊下を歩いていると突然後ろから肩を叩かれた。
「アリシア」
振り返るとルドルフが立っていた。彼の表情は普段より硬く、目の奥に何かを押し殺しているように見えた。
「少し話せるか?」
「ええ……でも急いでて……」
「時間は取らせない」
彼は私を壁際に追い詰めるように立ち、低い声で言った。
「アーサーのことだが……」
「ルドルフ……」
「やっぱり君には向いていないと思う」彼の目が細くなる。「彼は繊細すぎる。君みたいな……強い女性とは合わない」
その言葉に違和感を覚えた。なぜ彼がそんなことを言うのだろう?
「私がアーサーに何かするって思ってるの?」
「そうじゃない。ただ……」
ルドルフは私の髪を一房掴み、ゆっくりと指先で弄んだ。
「君が傷つくのを見たくないだけだ」
以前とは違う彼の態度に戸惑いを隠せない。どうして、急にそんな態度を変えるの。
「放して」
私の声は震えていた。ルドルフは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに手を離してくれた。
「すまない。驚かせてしまったな」
彼は苦笑し、背を向けた。
「それじゃあ、また」
そう言い残し、彼は去っていった。私は動けずに立ち尽くす。胸の鼓動が早鐘のように打っていた。
寮に戻ると、リリーはすでに部屋で待っていた。テーブルには二人分の紅茶が用意され、まだ淹れたてなのか、湯気が立ち上っている。
「おかえりなさい」彼女は優雅に微笑む。
「勉強会の準備は万端よ。いつでも始められるわ」
「ありがとう」
「顔色が悪いわ。具合でも悪いの?」
リリーがそっと私の額に触れた。ふわりと香る香水の匂いに、私は反射的に、リリーの手を払いのけてしまった。
「あら、ごめんなさい」
「ううん、ごめん」
一瞬、妙な空気が流れてしまった。私は、リリーが淹れてくれた紅茶を一口飲み、「おいしい」と笑いかけると、リリーも安心したのか「よかった」と笑ってくれた。
「勉強しましょうか」
「ええ」
しかし、私は気づいてしまった。
手紙から香る香水の匂い。やっぱり、リリーのものだ。今も同じ香水をつけているのだ。じゃあ、ミアが落とした香水瓶はなに?もしかして、ミアとリリーは友達同士だったの?私がいるから、リリーはミアと仲良く話せないのだとしたら……いや、もし隠れて遊んでいたら、一体どんな気持ちで私と仲良くしてくれているんだろう。
リリーとミアが同じ香水をつけあうほど、仲がいい友人だとして、それは私には関係ないはずなのに、どうしてこんなに寂しくて、のけ者にされたような気持ちを感じているんだろう。
……どうして、私はリリーにこんな気持ちを抱かないといけないんだろう。
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