勝手に勘違いして、婚約破棄したあなたが悪い

猿喰 森繁

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54.5 ミアの回想

「……アーサー……」

暗闇の中で目を開ける。
窓の外はまだ夜明け前。部屋の中は薄暗く、私の息遣いだけが響いている。
枕元の水差しから水を飲もうとして、手を伸ばす。

その瞬間、胸の奥から沸き上がるような感情に襲われた。

「あの女……許さない……」

それは怒りだった。
昨日のアリシアの顔が頭から離れない。
得意げな微笑み。
アーサーとの交際を告げる言葉。
それがすべて嘘だと私は知っていた。

だってそうでしょう?
アーサーは病弱で繊細な人なのだから。
あんな粗暴で自己中心的な女を好きになるはずがない。
あんな成金女。そもそもこの学園に入学できたのが、おかしいことだと早く気づいていれば!!!

「そうよ……アーサーは騙されてるだけ……」

私は起き上がった。
冷たい空気が肌を刺す。
汗で濡れたパジャマが背中にまとわりついて気持ち悪い。
窓辺に歩み寄り、カーテンを少しだけ開ける。風に当たると冷たくて、気持ちよかった。
そして、少しだけ冷静になる。

「だって……アーサーには私しかいないんだから……」

幼い頃の記憶は、今でも鮮やかに私の頭の中にあった。
熱で赤くなったアーサーの頬。
苦しげな息遣い。
毎日のように彼の家に通い、薬を飲ませ、汗を拭き、額に冷たいタオルを当てた日々。

『こほっ!…こほ、こほっ……』
『アーサー。だいじょうぶ?』

幼いころから、アーサーは病弱だった。

『ミア……ありがと……』

彼の声はか細く、でも温かかった。
その言葉を聞くたびに胸が締め付けられるような痛みを感じた。
それと同時に、安堵と優越感が湧き上がった。
かわいそうで、可愛い私のアーサー。私がいないと何にもできない。

「そうよ……私の使命だったの……」

私の両親が何度私を止めようとしても、聞かなかった。
だって、アーサーには、私が必要だから。

『もうアーサーのことは彼の両親が世話をしているのだから、毎日行くのを止めなさい。彼らも迷惑している』
『嫌よ。アーサーには私しかいないもの』

そう言って、私はアーサーの家に通い続けた。
彼の両親からも私のことを思ってか、何度も断られた。
でも、そんな心配いらない。私にとってもアーサーは大事な人だったから。

『ミア。君も毎日来るのは大変だろう。君の時間を大切にしなさい』
『私の時間は全部アーサーにあげるの。だから、アーサーの時間は私の時間なの』

私は自分の世界のすべてを捧げてきた。
だからこそ分かった。
アーサーにとっても私は特別だったと。

「だから……」

拳を握りしめる。
爪が掌に食い込む感触。
でも痛みは感じない。むしろ心地よい。

「アーサーの隣は、あいつじゃない」

あの女。アリシア。
勝手にアーサーに近づいて。
勝手に彼を傷つけて。
そして勝手に彼を奪おうとしている。

「絶対に……許さない……」

窓ガラスに映る自分の顔が歪んでいることに気づく。
目が爛々と光っている。
まるで獣のようだ。
でも今はこの衝動を止められない。

「アーサーには私がいなきゃダメなのよ……」

呟く声は低く掠れている。

「あんな女じゃ駄目なの。アーサーの幸せには、私が必要なの」

私は窓から離れ、鏡の前に立つ。
乱れた髪。濡れたパジャマ。
でもそんなものは問題じゃない。
今必要なのは。

「計画を立てなくちゃ……」

私の手が無意識に胸元を押さえる。
そこには常に忍ばせているナイフの冷たい感触。
父から譲り受けた小さな護身用のもの。
でも今は「護身」なんて言葉では足りない。

「アーサーを取り戻すため……」

鏡の中の私が微笑む。
鏡の中の私も、私を応援してくれている。

「そうよ。あの女を……」

言葉を飲み込み、深く息を吸う。
胸の奥から湧き上がる憎悪と共に。

「……」

朝の光が差し始める。
新しい一日が始まる。
そして私の計画も動き出す。
どんな手段を使ってでも。
アリシアを排除し、アーサーを取り戻すために。

「早くさよならを言わなきゃね」

呟きながら、私は朝の支度を始めた。
普通の女の子のように見えるように。
誰にも怪しまれないように。

「あはは……」

乾いた笑い声が部屋に響く。
それが朝の静寂を切り裂く音だった。

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