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第25話
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日が経つのは早いもので、特訓が始まって早二月。
今ではずいぶん慣れたもので、ジョギングの屋敷10周が15周に増えている。
各種トレーニングでこなせる数も増えており、成果は順調に出ているようだ。
その成果は、それだけではなかった。
「…え、そうなのですか?」
相も変わらず、5人が腰掛ける食堂の一角。
そこでデウスから聞いた、アーノルドの文官としての働きにミリアは驚いた。
「うん。仕事ぶりは変わらず優秀だけど、周りとの軋轢が減ったみたいだ」
「信じられませんわね」
デウスの言葉にフィーネもミリア同様驚いている。
「当然だな」
しかしその状況に驚きを示さないのが一人。
当人をしごいているルッツは平然としている。
「何が当然なのよ?」
「身体と心は繋がっている。身体を鍛えれば心も鍛えられる。鍛えられた心には余裕が生まれる。余裕がなく、周りにもただ貴族たれと強いる彼の姿は徐々に消えつつある。当然の結果だ」
「君の仕業…ってわけだ」
「俺とミリアのためにな」
平然と言い放つルッツに、もはやデウスもフィーネも慣れたものだ。
適度に流す二人に対し、まともに反応するのがむしろミリアだけになりつつある。
「全く、あなたもしつこいわね」
そう言いつつ、ミリアにの顔には笑みが浮かんでいるので言葉に説得力が無い。
そんなミリアを、ルッツは心底愛おしそうに見つめる。
「ああ。俺のお姫様はどこまでも素直じゃないからな」
そう言いながら、ルッツはデザートのチーズケーキを一掬いするとそれをミリアの口元に寄せる。
寄せられたそれにミリアは自然に口を開ける。
開けられた小さな口に、ルッツはチーズケーキを差し入れた。
「どうだ?」
「…ん、ええ、美味しいわ」
「それはよかった」
そのスプーンで、ルッツはさらにチーズケーキを一掬いし、今度は自らの口に運ぶ。
当然のように行われたそれに、目の前のデウスとフィーネはもはや呆れもしない。
ルッツがその行為を行うようになったのは二週間ほど前からだ。
珍しくデザートも注文したルッツ。
そのことに周囲が驚きつつも、食事をすすめ、ルッツがデザートに手をかけたとき、それは起こった。
「ミリア」
「何かし……ら……」
呼ばれて反応しルッツの方を向けば、そこにはフォークに盛られた一欠けらのケーキ。
その光景が最初何を意味するのか、ミリアには分からなかった。
が、そんなミリアの反応すら楽しんでいるようで、最上級の笑みを浮かべてルッツは言った。
「はい、あ~ん」
途端、食堂に黄色い悲鳴が上がる。
そこは国の将来すら左右しかねないメンバーが集まっている。当然、日々彼らには食堂に来ている令息令嬢たちの注目がある。
そんな中で、そのような行為をすれば令嬢たちが黙っているわけはなく、この騒ぎだ。
「…………」
そんな周囲の状況と、初めての行為にミリアが硬直する。
食べさせてもらう。
それ自体は、前世も今世も病人・貧弱だったミリアは経験済みだ。
……だが、この状況がその時と全く同じであるなどと思うほど、ミリアは鈍感ではない。
そして、ここまで積極的な好意に…行為に困惑している。
これまでルッツは言葉で好意を示すことは多いが、その行動は割と言葉ほどではなかった。
もちろん、接触する機会…エスコートやダンスの際には遠慮なしと言ってもいい。
が、逆に言えばそんな機会でもなければこんな行動に出ることは無かった。
まして、こんな公衆の面前で。
さび付いたロボットのごとく、そのフォークからルッツの顔へと視線を上げれば、その表情が悪戯が成功した子供のようになっている。
(そう、楽しんでるというわけね…)
ルッツにとってミリアの反応は予想通り。
その動揺を楽しんでいるのだ。
それが分かればミリアとてこのままでは終わらない。
その表情を予想外に落とし込まなければ気が済まないというもの。
となれば差し出されたままのケーキをこのままにはしておけない。
意を決し、そのケーキに食いつくミリア。
そして、満面の笑みをルッツに向ける。
「美味しいわね、このケーキ」
(さぁ、これでどうかしら?)
一時狼狽えはしたもののこれで持ち直した。
ルッツの思い通りのままにはさせない。
が、さすがは仕掛けた側といったところか。
ルッツはそれで終わることは無く、不意に伸ばした指がミリアの唇をかすめた。
「えっ?」
何を…と思う前に、その指にクリームが乗っていることに気づく。
そして、その指をルッツは自らの口へと含んだ。
「ああ、確かに美味しいな」
「~~~~~!」
(やられた!)
そう思ってももう遅い。
その一連の流れ、唇を指で拭われ、唇に付いていたクリームを舐められて煽られた羞恥心は隠しきれない。
赤くなる顔は隠すすべもなく、こうなればと開き直るしかない。
「え、ええ、そうね、お、美味しいで、しょう」
どもるミリアにこらえきれず笑い出すルッツ。
まんまとしてやられたミリアがルッツをにらみつけるも、真っ赤な顔では何の迫力も無い。
それから2週間。
毎日のように繰り返されたそれに、いい加減ミリアも慣れ、今では差し出されたケーキをためらいなくほおばる。
恋人のような初々しさはなくなっても、ルッツからすればその行為自体に喜びを感じるものだ。
そして、今のようにミリアが口にしたフォークでそのまま自分を食べるのを、やはりミリアは最初こそ恥ずかしがったものの、今ではもう何も反応を示さない。
間接キスだとなんだとぼそぼそ言っていたのが懐かしい。
もはやこの二人は何なのか。
何度言っても婚約どころかルッツを好きだと認めないミリア。
この状況を楽しみつつ、そんなミリアに愛想を尽かす様子がまるで無いルッツ。
「そういえばルッツ君は卒業後はどうするんだい?」
「俺は騎士を目指すさ」
「あら、そうなの?」
デウスがルッツに将来を聞くと、そんな答えが返ってきた。
今までそんな話を聞いたことが無かったミリアは驚いた。
「てっきりそのまま家を継ぐのだと思っていたわ」
「いずれは継ぐさ。ただまだ父上は引退するつもりはないようだからな。しばらくは家の外のことをやらせてもらうさ」
そんな風に考えていたとは意外だ。
しかし恵まれた体躯があるだけに、それを活かした職業に就くのもいいことである。
「…私はどうしようかしら」
ぽつりとつぶやくミリアは、特に何も考えていない。
今でも漠然と学園に通っているが、そもそも学園に通うこと自体が目的だったため、学園に通って何を成したいのか、その考えは無かった。
今になってその現実を突きつけられた。
「俺の嫁でいいだろう?」
「そんな職業は無いわ」
ルッツの嫁提案に、合っているような外れているような返答。
言外に嫁になることを否定していないのだから。
「フィーネ様は王妃よね?」
「もちろんですわ」
自信満々に答えるフィーネに、デウスが頷く。
家柄、教養、そしてなにより当人同士の相性ともはや他人の入る隙間が無いデウスとフィーネ。
そんなフィーネの将来はもう決まっているようなものだ。
「そうよね。ここまで熱を上げておいてやっぱり…なんてことをしたら私が許さないわ」
「…君に許さないと言われると本気で怖いんだよね」
「気にし過ぎよ。ちょっとお父様をけしかけるだけだわ」
「財務大臣けしかけるとか本気でやめてね…」
笑みをひくつかせるデウスにミリアがカラカラと笑う。
…しかし、その時事件が起きた。
突然、隣に座っていたルーミアが立ち上がるといきなりミリアの頭を抱きかかえるようにして抱き着いてきた。
直後に聞こえる液体をぶちまける音。
「ミリア!」
「ッ!!」
ルッツがミリアの名を叫ぶ。
ルーミアの苦悶でもれた息。
そして何かにこらえているのか、抱きしめる力が一瞬だけ強くなる。
「ルーミア!?」
何が起きたのか、視界をふさがれたミリアには見えないが、周囲の人間の動きは速かった。
「ルーミアさん!」
「!!」
フィーネのルーミアを呼ぶ声。
そして、ルッツが立ち上がる音と、またしても液体をかける音。
何かを掴む音。
「っ!痛いじゃありませんの!」
聞き覚えの無い女性の声。
一体どんな状態になっているのか、ミリアには分からなかった。
「ルーミア、まだ熱いか?」
「…いえ、すぐに水をかけていただいたおかげで問題ありません」
「どう…なってるの?」
未だ視界の塞がれたままのミリアには何が起きているのか分からない。
「ルーミアはすぐに医務室に向かった方がいい。火傷をしているかもしれない」
珍しく固い声色のデウス。
しかし、その内容にミリアは驚く。
「火傷!?」
「いえ、問題ありません」
「問題大ありだ。今すぐ行くんだ」
「しかし…」
「デウス様、私も付き添います」
「フィーネ、そうしてくれるとありがたいよ」
強情なルーミアだが、フィーネが付きそうということでようやく折れた。
ルーミアが離れ、視界が戻るとようやく状況が見えてくる。
ルッツが見覚えのない令嬢の腕を掴んでいる。
しかしそのルッツの顔は今までないほどに怒りに満ちており、そんな顔は今まで見たことが無かった。
場を満たす雰囲気も、到底冗談を言えるようなものではない。
そして、ルッツが腕を掴んでいる令嬢がギロリとミリアをにらみつけていた。
令嬢の手には空のカップが握られ、そのカップからは液体が滴っていた。
カップの中身をミリアにぶちまけた。
しかし、それをいち早く察したルーミアが咄嗟にミリアに覆いかぶさることでミリアは難を逃れた。
けれど、かばったルーミアは当然その熱いだろう液体をもろに受けてしまった。
「………」
状況を確認した時、ミリアの体は思わぬ動きをしていた。
乾いた音が響く。
同時にカップが床に落ち、砕け散る。
その光景を、当人たち以外は唖然と見ていた。
ミリアが令嬢を叩いた。
叩いた本人すら、手に響く痛みでようやく叩いたんだと実感した。
それほどに無意識の行動。
叩かれた令嬢も唖然としている。
だが、すぐにミリアをにらみつけてくる。
けれど、もう令嬢などどうでもいいと言わんばかりに無視し、ミリアはルーミアに向き直る。
そして、強引にその手を取った。
「行くわよ。歩ける?」
「問題ありません」
「ならいいわ、行くわよ」
いつもとは違う、その強引さにルーミアすらも戸惑う中、つないだ手を引っ張りながらミリアとルーミアは食堂を出ていった。その後を急いでフィーネが追う。
***
「…少し赤くなっているけれど、問題ない。沸騰したばかりのお湯だったらまずかったが、飲み物だから少し冷まされていたし、すぐに水をかけてもらえたのは良かった」
「ありがとうございます」
医師の診察に、火傷にはなってないと言われ、ミリアは一安心した。
自分を庇ってけがをした。
物語ではよくある話でも、実際に自分が庇われてそんな状況になっては、いくらルーミアが護衛を兼ねているとしても気が気ではない。
「…はぁ、よかったわ」
「私は護衛でございます。お嬢様を守るのも仕事でございます」
「そういうことじゃないの」
護衛だからといって傷ついていい理由にはならない。
構わないと言いたげなルーミアに、ミリアは少しきつめに返す。
フィーネはルーミアの着替えを取りに行っている。
侍女の着替えを令嬢が取りに行くなどありえない。
しかし、肝心のルーミアの衣服は上半身のものすべて濡れてしまい、今は脱いでミリアの上着一枚羽織ってるだけだ。
こんな状態で外に出せるわけがない。
「せっかく特別給付金5倍のチャンスなのに…」
「? 出るでしょう」
こんな時でもルーミアだと呆れるが、何故か諦めるような物言いにミリアは首をかしげる。
「いえ、こんなことでフィーネ様のお手を煩わせてしまっては3倍に落ちてしまいます」
「……ちゃんとお父様に5倍にしてもらうわ」
どうやらフィーネに着替えを取りに行ってもらったことが申し訳ないようだ。
変なところで律義である。
「……私の、せい、よね」
標的はミリアだった。
何故かは察しが付く。
むしろ今まで何もされてこなかったのが不思議なくらいだ。
もちろん、何もさせないためにルーミアが睨みを効かせていたのだが、それでもこうなることは警戒しておくべきことだった。
ルーミアがいるから大丈夫だと過信していた。
ミリアに後悔が募る。
「ミリア様」
「……なに…っ!?」
ルーミアに名を呼ばれて顔を向けると、頬をつままれてしまった。
そのままルーミアはミリアのほほをぐにぐにと好きに動かし始めた。
「意外に面白いですね、これ」
「いひゃい!いひゃいっへは!」
無理やり手を振り払うと離れる瞬間に一番の痛みが襲った。
ヒリヒリ痛む頬をさすり、恨めし気にルーミアを睨めばそこにはいつもの無表情侍女。
「ミリア様とルッツ様は婚約しておりません」
「う~……そうだけど」
何を当たり前のことを…と思ったけれど、ルーミアの表情は変わらない。
「まぁやってることは婚約者でもやりすぎと思えることですが」
「うっ…」
心当たりはあるのか、ミリアは気まずそうに視線を外した。
心当たりはあるくせにそれでも婚約しないとかこのお嬢様は馬鹿なのか、とルーミアは内心思うがもちろん口には出さない。
「婚約していないのにこれなのです」
「………それは」
「婚約すればもっとひどくなります」
「………」
ルッツはモテる。
今は…というか昔も、ずっとミリアのことしか見ていないので忘れがちだが、ミリアのいないところでは常に女生徒に言い寄られている。
けれど、彼はミリアに夢中。
一向に婚約を受け入れないミリアに、それでも彼は毎日迎えに行ったり、ミリアに甘い言葉をかけている。
それを見て、諦める者もいれば諦めない者もいる。
婚約していないのであればまだチャンスはあると思う者もいれば、ルッツの求婚を断るミリアを逆恨みするものまでいる。
もし婚約すれば、チャンスを狙っていたものは諦めるかもしれない。
けれど、それでも諦めない者は?
そんな者がとる行動は、より過激に二人の関係を破壊しようとするだろう。
最悪、今回のようにミリア自身へ危害が及ぶ、そんなことが増えるかもしれない。
「この程度でいちいち気に病むようなお嬢様ではないでしょう?」
「…あなたは私をなんだと思ってるのよ」
「傲慢、我儘、超自己中なお嬢様でございます」
「素直な感想ありがとう…」
前からの評判なのに、今改めて言われるとミリアの心に重くのしかかる。
しかしそれは気にしてくれない侍女は、さらに言葉を続ける。
「ですから、お嬢様はこれまで通り、ルッツ様を振り回し、周りを振り回し、私に振り回されてください」
「あなたは振り回されないのね」
「振り回せるとでも?」
ニヤリと笑う侍女に、一生勝てそうに無いなとミリアは苦笑した。
同時に、この娘が本当に自分の侍女であることを心の中で感謝した。
そして、ミリアは一つの決意を固めた。
今ではずいぶん慣れたもので、ジョギングの屋敷10周が15周に増えている。
各種トレーニングでこなせる数も増えており、成果は順調に出ているようだ。
その成果は、それだけではなかった。
「…え、そうなのですか?」
相も変わらず、5人が腰掛ける食堂の一角。
そこでデウスから聞いた、アーノルドの文官としての働きにミリアは驚いた。
「うん。仕事ぶりは変わらず優秀だけど、周りとの軋轢が減ったみたいだ」
「信じられませんわね」
デウスの言葉にフィーネもミリア同様驚いている。
「当然だな」
しかしその状況に驚きを示さないのが一人。
当人をしごいているルッツは平然としている。
「何が当然なのよ?」
「身体と心は繋がっている。身体を鍛えれば心も鍛えられる。鍛えられた心には余裕が生まれる。余裕がなく、周りにもただ貴族たれと強いる彼の姿は徐々に消えつつある。当然の結果だ」
「君の仕業…ってわけだ」
「俺とミリアのためにな」
平然と言い放つルッツに、もはやデウスもフィーネも慣れたものだ。
適度に流す二人に対し、まともに反応するのがむしろミリアだけになりつつある。
「全く、あなたもしつこいわね」
そう言いつつ、ミリアにの顔には笑みが浮かんでいるので言葉に説得力が無い。
そんなミリアを、ルッツは心底愛おしそうに見つめる。
「ああ。俺のお姫様はどこまでも素直じゃないからな」
そう言いながら、ルッツはデザートのチーズケーキを一掬いするとそれをミリアの口元に寄せる。
寄せられたそれにミリアは自然に口を開ける。
開けられた小さな口に、ルッツはチーズケーキを差し入れた。
「どうだ?」
「…ん、ええ、美味しいわ」
「それはよかった」
そのスプーンで、ルッツはさらにチーズケーキを一掬いし、今度は自らの口に運ぶ。
当然のように行われたそれに、目の前のデウスとフィーネはもはや呆れもしない。
ルッツがその行為を行うようになったのは二週間ほど前からだ。
珍しくデザートも注文したルッツ。
そのことに周囲が驚きつつも、食事をすすめ、ルッツがデザートに手をかけたとき、それは起こった。
「ミリア」
「何かし……ら……」
呼ばれて反応しルッツの方を向けば、そこにはフォークに盛られた一欠けらのケーキ。
その光景が最初何を意味するのか、ミリアには分からなかった。
が、そんなミリアの反応すら楽しんでいるようで、最上級の笑みを浮かべてルッツは言った。
「はい、あ~ん」
途端、食堂に黄色い悲鳴が上がる。
そこは国の将来すら左右しかねないメンバーが集まっている。当然、日々彼らには食堂に来ている令息令嬢たちの注目がある。
そんな中で、そのような行為をすれば令嬢たちが黙っているわけはなく、この騒ぎだ。
「…………」
そんな周囲の状況と、初めての行為にミリアが硬直する。
食べさせてもらう。
それ自体は、前世も今世も病人・貧弱だったミリアは経験済みだ。
……だが、この状況がその時と全く同じであるなどと思うほど、ミリアは鈍感ではない。
そして、ここまで積極的な好意に…行為に困惑している。
これまでルッツは言葉で好意を示すことは多いが、その行動は割と言葉ほどではなかった。
もちろん、接触する機会…エスコートやダンスの際には遠慮なしと言ってもいい。
が、逆に言えばそんな機会でもなければこんな行動に出ることは無かった。
まして、こんな公衆の面前で。
さび付いたロボットのごとく、そのフォークからルッツの顔へと視線を上げれば、その表情が悪戯が成功した子供のようになっている。
(そう、楽しんでるというわけね…)
ルッツにとってミリアの反応は予想通り。
その動揺を楽しんでいるのだ。
それが分かればミリアとてこのままでは終わらない。
その表情を予想外に落とし込まなければ気が済まないというもの。
となれば差し出されたままのケーキをこのままにはしておけない。
意を決し、そのケーキに食いつくミリア。
そして、満面の笑みをルッツに向ける。
「美味しいわね、このケーキ」
(さぁ、これでどうかしら?)
一時狼狽えはしたもののこれで持ち直した。
ルッツの思い通りのままにはさせない。
が、さすがは仕掛けた側といったところか。
ルッツはそれで終わることは無く、不意に伸ばした指がミリアの唇をかすめた。
「えっ?」
何を…と思う前に、その指にクリームが乗っていることに気づく。
そして、その指をルッツは自らの口へと含んだ。
「ああ、確かに美味しいな」
「~~~~~!」
(やられた!)
そう思ってももう遅い。
その一連の流れ、唇を指で拭われ、唇に付いていたクリームを舐められて煽られた羞恥心は隠しきれない。
赤くなる顔は隠すすべもなく、こうなればと開き直るしかない。
「え、ええ、そうね、お、美味しいで、しょう」
どもるミリアにこらえきれず笑い出すルッツ。
まんまとしてやられたミリアがルッツをにらみつけるも、真っ赤な顔では何の迫力も無い。
それから2週間。
毎日のように繰り返されたそれに、いい加減ミリアも慣れ、今では差し出されたケーキをためらいなくほおばる。
恋人のような初々しさはなくなっても、ルッツからすればその行為自体に喜びを感じるものだ。
そして、今のようにミリアが口にしたフォークでそのまま自分を食べるのを、やはりミリアは最初こそ恥ずかしがったものの、今ではもう何も反応を示さない。
間接キスだとなんだとぼそぼそ言っていたのが懐かしい。
もはやこの二人は何なのか。
何度言っても婚約どころかルッツを好きだと認めないミリア。
この状況を楽しみつつ、そんなミリアに愛想を尽かす様子がまるで無いルッツ。
「そういえばルッツ君は卒業後はどうするんだい?」
「俺は騎士を目指すさ」
「あら、そうなの?」
デウスがルッツに将来を聞くと、そんな答えが返ってきた。
今までそんな話を聞いたことが無かったミリアは驚いた。
「てっきりそのまま家を継ぐのだと思っていたわ」
「いずれは継ぐさ。ただまだ父上は引退するつもりはないようだからな。しばらくは家の外のことをやらせてもらうさ」
そんな風に考えていたとは意外だ。
しかし恵まれた体躯があるだけに、それを活かした職業に就くのもいいことである。
「…私はどうしようかしら」
ぽつりとつぶやくミリアは、特に何も考えていない。
今でも漠然と学園に通っているが、そもそも学園に通うこと自体が目的だったため、学園に通って何を成したいのか、その考えは無かった。
今になってその現実を突きつけられた。
「俺の嫁でいいだろう?」
「そんな職業は無いわ」
ルッツの嫁提案に、合っているような外れているような返答。
言外に嫁になることを否定していないのだから。
「フィーネ様は王妃よね?」
「もちろんですわ」
自信満々に答えるフィーネに、デウスが頷く。
家柄、教養、そしてなにより当人同士の相性ともはや他人の入る隙間が無いデウスとフィーネ。
そんなフィーネの将来はもう決まっているようなものだ。
「そうよね。ここまで熱を上げておいてやっぱり…なんてことをしたら私が許さないわ」
「…君に許さないと言われると本気で怖いんだよね」
「気にし過ぎよ。ちょっとお父様をけしかけるだけだわ」
「財務大臣けしかけるとか本気でやめてね…」
笑みをひくつかせるデウスにミリアがカラカラと笑う。
…しかし、その時事件が起きた。
突然、隣に座っていたルーミアが立ち上がるといきなりミリアの頭を抱きかかえるようにして抱き着いてきた。
直後に聞こえる液体をぶちまける音。
「ミリア!」
「ッ!!」
ルッツがミリアの名を叫ぶ。
ルーミアの苦悶でもれた息。
そして何かにこらえているのか、抱きしめる力が一瞬だけ強くなる。
「ルーミア!?」
何が起きたのか、視界をふさがれたミリアには見えないが、周囲の人間の動きは速かった。
「ルーミアさん!」
「!!」
フィーネのルーミアを呼ぶ声。
そして、ルッツが立ち上がる音と、またしても液体をかける音。
何かを掴む音。
「っ!痛いじゃありませんの!」
聞き覚えの無い女性の声。
一体どんな状態になっているのか、ミリアには分からなかった。
「ルーミア、まだ熱いか?」
「…いえ、すぐに水をかけていただいたおかげで問題ありません」
「どう…なってるの?」
未だ視界の塞がれたままのミリアには何が起きているのか分からない。
「ルーミアはすぐに医務室に向かった方がいい。火傷をしているかもしれない」
珍しく固い声色のデウス。
しかし、その内容にミリアは驚く。
「火傷!?」
「いえ、問題ありません」
「問題大ありだ。今すぐ行くんだ」
「しかし…」
「デウス様、私も付き添います」
「フィーネ、そうしてくれるとありがたいよ」
強情なルーミアだが、フィーネが付きそうということでようやく折れた。
ルーミアが離れ、視界が戻るとようやく状況が見えてくる。
ルッツが見覚えのない令嬢の腕を掴んでいる。
しかしそのルッツの顔は今までないほどに怒りに満ちており、そんな顔は今まで見たことが無かった。
場を満たす雰囲気も、到底冗談を言えるようなものではない。
そして、ルッツが腕を掴んでいる令嬢がギロリとミリアをにらみつけていた。
令嬢の手には空のカップが握られ、そのカップからは液体が滴っていた。
カップの中身をミリアにぶちまけた。
しかし、それをいち早く察したルーミアが咄嗟にミリアに覆いかぶさることでミリアは難を逃れた。
けれど、かばったルーミアは当然その熱いだろう液体をもろに受けてしまった。
「………」
状況を確認した時、ミリアの体は思わぬ動きをしていた。
乾いた音が響く。
同時にカップが床に落ち、砕け散る。
その光景を、当人たち以外は唖然と見ていた。
ミリアが令嬢を叩いた。
叩いた本人すら、手に響く痛みでようやく叩いたんだと実感した。
それほどに無意識の行動。
叩かれた令嬢も唖然としている。
だが、すぐにミリアをにらみつけてくる。
けれど、もう令嬢などどうでもいいと言わんばかりに無視し、ミリアはルーミアに向き直る。
そして、強引にその手を取った。
「行くわよ。歩ける?」
「問題ありません」
「ならいいわ、行くわよ」
いつもとは違う、その強引さにルーミアすらも戸惑う中、つないだ手を引っ張りながらミリアとルーミアは食堂を出ていった。その後を急いでフィーネが追う。
***
「…少し赤くなっているけれど、問題ない。沸騰したばかりのお湯だったらまずかったが、飲み物だから少し冷まされていたし、すぐに水をかけてもらえたのは良かった」
「ありがとうございます」
医師の診察に、火傷にはなってないと言われ、ミリアは一安心した。
自分を庇ってけがをした。
物語ではよくある話でも、実際に自分が庇われてそんな状況になっては、いくらルーミアが護衛を兼ねているとしても気が気ではない。
「…はぁ、よかったわ」
「私は護衛でございます。お嬢様を守るのも仕事でございます」
「そういうことじゃないの」
護衛だからといって傷ついていい理由にはならない。
構わないと言いたげなルーミアに、ミリアは少しきつめに返す。
フィーネはルーミアの着替えを取りに行っている。
侍女の着替えを令嬢が取りに行くなどありえない。
しかし、肝心のルーミアの衣服は上半身のものすべて濡れてしまい、今は脱いでミリアの上着一枚羽織ってるだけだ。
こんな状態で外に出せるわけがない。
「せっかく特別給付金5倍のチャンスなのに…」
「? 出るでしょう」
こんな時でもルーミアだと呆れるが、何故か諦めるような物言いにミリアは首をかしげる。
「いえ、こんなことでフィーネ様のお手を煩わせてしまっては3倍に落ちてしまいます」
「……ちゃんとお父様に5倍にしてもらうわ」
どうやらフィーネに着替えを取りに行ってもらったことが申し訳ないようだ。
変なところで律義である。
「……私の、せい、よね」
標的はミリアだった。
何故かは察しが付く。
むしろ今まで何もされてこなかったのが不思議なくらいだ。
もちろん、何もさせないためにルーミアが睨みを効かせていたのだが、それでもこうなることは警戒しておくべきことだった。
ルーミアがいるから大丈夫だと過信していた。
ミリアに後悔が募る。
「ミリア様」
「……なに…っ!?」
ルーミアに名を呼ばれて顔を向けると、頬をつままれてしまった。
そのままルーミアはミリアのほほをぐにぐにと好きに動かし始めた。
「意外に面白いですね、これ」
「いひゃい!いひゃいっへは!」
無理やり手を振り払うと離れる瞬間に一番の痛みが襲った。
ヒリヒリ痛む頬をさすり、恨めし気にルーミアを睨めばそこにはいつもの無表情侍女。
「ミリア様とルッツ様は婚約しておりません」
「う~……そうだけど」
何を当たり前のことを…と思ったけれど、ルーミアの表情は変わらない。
「まぁやってることは婚約者でもやりすぎと思えることですが」
「うっ…」
心当たりはあるのか、ミリアは気まずそうに視線を外した。
心当たりはあるくせにそれでも婚約しないとかこのお嬢様は馬鹿なのか、とルーミアは内心思うがもちろん口には出さない。
「婚約していないのにこれなのです」
「………それは」
「婚約すればもっとひどくなります」
「………」
ルッツはモテる。
今は…というか昔も、ずっとミリアのことしか見ていないので忘れがちだが、ミリアのいないところでは常に女生徒に言い寄られている。
けれど、彼はミリアに夢中。
一向に婚約を受け入れないミリアに、それでも彼は毎日迎えに行ったり、ミリアに甘い言葉をかけている。
それを見て、諦める者もいれば諦めない者もいる。
婚約していないのであればまだチャンスはあると思う者もいれば、ルッツの求婚を断るミリアを逆恨みするものまでいる。
もし婚約すれば、チャンスを狙っていたものは諦めるかもしれない。
けれど、それでも諦めない者は?
そんな者がとる行動は、より過激に二人の関係を破壊しようとするだろう。
最悪、今回のようにミリア自身へ危害が及ぶ、そんなことが増えるかもしれない。
「この程度でいちいち気に病むようなお嬢様ではないでしょう?」
「…あなたは私をなんだと思ってるのよ」
「傲慢、我儘、超自己中なお嬢様でございます」
「素直な感想ありがとう…」
前からの評判なのに、今改めて言われるとミリアの心に重くのしかかる。
しかしそれは気にしてくれない侍女は、さらに言葉を続ける。
「ですから、お嬢様はこれまで通り、ルッツ様を振り回し、周りを振り回し、私に振り回されてください」
「あなたは振り回されないのね」
「振り回せるとでも?」
ニヤリと笑う侍女に、一生勝てそうに無いなとミリアは苦笑した。
同時に、この娘が本当に自分の侍女であることを心の中で感謝した。
そして、ミリアは一つの決意を固めた。
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