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過去の裏話 ある日の話
過去回想:――初めての鎧と、ギャルのアドバイス
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あれは結衣がまだリサだった頃。初めに作ったのはレザーアーマーだった。
辺境の工房「アイリス」に、涼やかな夜風が吹き抜ける。
「あるじ、また難しい顔をして……。そんなに睨んでも、革は勝手に形にならんのじゃ」
そう言って、俺の横から覗き込んできたアイリスは、まだ中学生くらいの少女の姿をした第二形態だ。
大人びた口調とは裏腹に、どこか幼さの残るしなやかな肢体。
彼女が動くたびに、若々しい活気が工房に漂う。
「ああ。そろそろ、この工房の看板商品を作らなきゃと思ってな。……『初心者用レザーアーマー』だ。だが、これがなかなか……」
俺は唸りながら、広げたラビットレザーを見つめた。
現実世界のレザークラフト職人として、鞄や靴、財布ならいくらでも作れる。
だが、ファンタジー世界の「防具」は勝手が違った。
現実のレザージャケットならシルエット重視でいいが、ゲーム内では「急所の防護」と「関節の可動域」のバランスが、物理法則を無視した数値として設定に跳ね返ってくる。
「……難しいな。単に厚くすればいいってもんじゃない。現実では作らない『鎧』という構造に、俺の腕がまだ追いついてないんだ」
型紙を切り出しては捨て、試行錯誤を繰り返していると、工房の入り口から賑やかな声が聞こえてきた。
「ヤッホーおじさん! まだ作業中? マジ熱心すぎっしょ!」
現れたのは、派手な装いに身を包んだリサだ。口調もノリも完璧なギャルそのもの。その正体が現実では内気で大人しい結衣であることなど、微塵も感じさせない。
「リサか。……おじさんって言うな。これでもまだ、現役の職人のつもりなんだがな」
「えー、だっておじさんはおじさんじゃん? むしろ渋くてウケるし。……それより、何作ってんの? もしかして、そのショボい革で鎧? マジうけるー、それ絶対肩動かなくなって詰むパターンじゃん」
リサは作業台の上を覗き込むと、人差し指でひょいと革を突っついた。
「てかさー、ここ、もっと柔らかくなんないの? ギャル的にはー、動きにくい服とかマジ無理だし。裏地とかに、もっと伸縮性のある布とか使えばいーじゃん。……ほら、私が見つけたこの端切れとか、マジ伸びるよ? 使ってみれば?」
リサが「拾った」と言って差し出したのは、何の変哲もない布の端切れだった。だが、彼女のアドバイスは、行き詰まっていた俺の脳にパッとした閃きを与えた。
「……伸縮性か。なるほど、俺は『頑丈さ』にこだわりすぎていたんだな」
俺はリサのアドバイスを元に、発想を切り替えた。
現実のライダーススーツの設計思想に、リサが言った「動きやすさ」を最優先で組み込む。
シュッ、シュッ、と小刀が革を断つ。
これまでは「鎧」を作ろうとしていたが、俺はそれを「命を守るための、最高の戦闘服」として再定義した。
「よし……これでどうだ!」
数時間の格闘の末、完成したのは、無骨ながらも洗練されたフォルムのレザーアーマーだった。
初心者が着ても動きを妨げず、かつ急所はしっかりと硬質の革で守られている。
【試作型・アイリスレザーアーマー】
• 品質: 高品質(HQ)
• 特性: 物理防御(小)、敏捷補正、耐久性向上
「……ふふ、あるじ。小娘の適当な一言が、思わぬ名品を生みましたわね」
「適当とかマジ失礼しちゃう! ……でも、おじさん、これマジいいじゃん。ウチが着てもいいくらい可愛いし。……やるね、おじさん!」
リサはケラケラと笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
アイリスはそれを見て少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、俺は自分の手が作り出した初めての「防具」に、確かな手応えを感じていた。
まだ騒がしくなる前の、小さな工房。
生意気なギャルの隣人と、少し背伸びした第二形態のアイリス。
これが、俺の「Infinite Realm」における、本当の始まりの景色だった。
一つ目の成功に満足することなく、俺はリサのアドバイスをさらに深掘りすることにした。
リサが言った「動きやすさ」という言葉には、着る側のジョブや体格によって複数の正解があるはずだ。
俺は手元にあるラビットレザーを仕分け、さらに三つの「プロトタイプ」を造り重ねていくことに決めた。
「おじさん、またやるの? マジ体力お化けじゃん」
「プロトタイプは多い方がいいからな。リサ、さっきの『伸びる布』の配置、少し変えてみようと思うんだ」
俺は没頭した。
一つ目は、【機動力特化型】。
脇から背中にかけてリサの布を大胆に使い、短剣使いや弓使いが大きく身体を捻っても一切の抵抗がない作り。
二つ目は、【防御重点型】。
パーツの重なり(レイヤー)を増やし、急所部分の革をあえて硬化させて重ねることで、初心者用とは思えない堅牢さを持たせた。
三つ目は、【バランス調整型】。
それらの中間を取り、あらゆる動作を平均的にサポートする、いわば「おじさんブランド」の標準モデルだ。
アイリスが横で革紐を切り分け、俺がそれを編み込んでいく。
現実世界の工房でも、試作を繰り返すこの時間が一番苦しく、そして一番楽しい。
翌朝。工房の机には、三着のレザーアーマーが並んだ。
どれもラビットレザーの柔らかな質感を生かしつつ、機能美が宿っている。
「あるじ、これを街の露店ではなく、ワールドマーケットに?」
「ああ。辺境の露店じゃ、評価してくれる層が限られる。世界中のプレイヤーが見るマーケットなら、より正確な反応が返ってくるはずだ」
俺はメニュー画面を開き、ワールドマーケットの出品フォームに入力していく。
価格は、素材費に少し色をつけた程度の初心者価格に設定した。
儲けよりも、まずは俺の技術がこの世界のシステムでどう判断されるかを知りたかった。
「おじさん、説明欄に何書くの? 『マジ自信作だから買ってね』とか?」
「いや……こう書くよ」
【商品名:アイリスレザーアーマー・プロトタイプ(Type-A/B/C)】
【説明】:
現役の革職人が、動きやすさを追求して一針ずつ手縫いで仕上げました。
本来の防具としての性能に加え、着心地にこだわった積層構造を採用しています。
※購入された方は、ぜひ使用感や改善点の感想をいただけると幸いです。職人の励みになります。
「感想を求む、か。おじさん、マジでマメだねー。ウケる」
リサは面白そうに笑っているが、俺にとってはこれが「対話」なんだ。
出品ボタンを押すと、三着のアーマーは光の粒子となってシステムへと登録された。
数分後、俺の通知ログが静かに動き出した。
「お、早速一件売れたな。タイプA……機動力重視のやつだ」
「はやっ! マジで秒じゃん。おじさんのセンス、実は今の若者に刺さってたりする?」
一着売れると、堰を切ったように残りの二着も完売した。
どうやら、初心者価格で高品質(HQ)のマークがついていたのが目を引いたらしい。
「ふふ、あるじ。これは感想が届くのが楽しみなのじゃ」
アイリスが嬉しそうに微笑む。
だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。
「感想を求む」と書かれたその防具を手に取ったのが、効率を追い求めるトッププレイヤーや、装備の細部にうるさい「鑑定マニア」たちであったことを。
俺の小さな挑戦は、ワールドマーケットという巨大な海に、予想もしない大きな波紋を広げようとしていた。
【三つの声を一つに】
マーケットから届いた三通の感想。
それは俺にとって、どんな攻略本よりも価値のあるデータだった。
俺は工房の中央で、再びラビットレザーを広げた。
「……動きやすさ、防御の信頼性、そして日常に馴染むデザイン。どれも捨てがたい。なら、これらを高い次元で融合させた『バランス型』を、俺たちのスタンダードに据えていくか」
俺の言葉に、作業台の端で脚をぶらつかせていたリサが「えー、マジ? 全部乗せとかハードル高くない?」と身を乗り出してきた。
「アイリス、リサ。……手伝ってくれるか? 一人の頭で考えるより、お前たちの感覚をもう一度、この鎧に叩き込みたいんだ」
「もちろんなのじゃ、あるじ! 妾にできることなら、何でもいうがよいぞ!」
中学生くらいの姿をしたアイリスが、嬉しそうに胸を張る。
「ウケる、おじさんに頼まれちゃ断れないっしょ! ウチ、こう見えてセンスには自信あるし。ギャル的にダサいのは絶対NGだからね!」
製作は夜通し行われた。
俺が全体の裁断と「積層構造」の設計を担当し、アイリスが魔力伝導をスムーズにするための革紐の編み込みを手伝う。
「リサ、この肩のラインはどうだ? 防御のために少し盛り上げようと思うんだが」
「うーん、それだと肩幅広く見えてゴツくない? ここは少し斜めに削いで、ステッチでアクセント入れた方が絶対可愛いって。ほら、ここをこう……」
リサが型紙に引いた大胆な曲線。
それは、現実の防具職人では思いつかないような、ファッションとしての「美しさ」を両立させるラインだった。
「なるほど……。アイリス、その曲線に合わせて裏地の魔力回路を調整できるか?」
「お任せください。小娘のラインを活かしつつ、衝撃を外へ逃がすように編み込んでみますわ」
俺の技術、リサの感性、そしてアイリスの献身。
パーツを一つずつ重ねるたび、それは単なる「初心者用の防具」を超えた、何かもっと特別なものに変わっていく。
【アイリス・レザーアーマー(正式版)】
朝日が工房の窓から差し込む頃、一着のアーマーが完成した。
深い茶褐色のラビットレザー。
リサの提案で施された繊細なステッチ。アイリスの魔力が宿り、吸い付くような肌触りを実現した裏地。
「……できたな。これが、俺たちの答えだ」
【アイリス・レザーアーマー(正式版)】
• 品質: 最高品質(Sランク)
• 特性: 全方位可動、自動衝撃緩和、装備重量軽減(極)
• 備考: 職人ケンタロウと、その家族たちが作り上げた「一生モノ」の初心者装備。
「ヤバ……。これ、マジで私が欲しくなるレベルじゃん。おじさん、これ初心者用とか嘘でしょ?」
「ふふん。小娘、あるじが作れば、どんな素材でも『至高の一品』になりますわ」
アイリスが誇らしげに微笑む。
俺は、購入者の意見を反映し、さらに磨き上げたこのアーマーを優しく撫でた。
「これを量産するつもりはない。だが、求めている人がいるなら、一着ずつ丁寧に届けていこう。……さて、アイリス、リサ。次は、この鎧に合わせるブーツや手袋の構想も練らないとな」
レザーアーマー(正式版)の完成に続き、俺は流れるような動作で『手袋(グローブ)』と『ブーツ』の製作に取り掛かった。
せっかく最高の鎧ができたんだ。末端の装備が既製品では、職人として画竜点睛を欠くというものだ。
「おじさん、まだやるの? マジで集中力エグすぎ。職人魂(プロだましい)ってやつ?」
「ああ。手首の返し、足首の踏み込み……そこがスムーズになれば、あの鎧の性能はさらに引き出せるからな」
俺はリサのアドバイスを思い出しながら、グローブには指先の繊細な動きを邪魔しない極薄の漉きを施し、ブーツには長距離歩行でも疲れないよう、鞣した革を何層にも重ねて圧縮した衝撃吸収材をヒールに仕込んだ。
アイリスとリサの手を借りつつ、改良を重ねて、最終的に合計で5セットの「アイリス・シリーズ」が工房の机に並んだ。
「よし……リサ。悪いが、これを一式試着してみてくれないか? 感想を聞きたいんだ」
「えっ、マジ!? ウチがモデル? もー、おじさんってばウチのこと好きすぎじゃん!」
リサは茶化しながらも、どこか嬉しそうに装備を受け取り、工房の奥で着替えてきた。
数分後、現れた彼女の姿に、俺とアイリスは思わず息を呑んだ。
「どーよ? マジでヤバくない? このグローブ、指先までピタッと吸い付く感じだし、ブーツもマジ軽い! 走れメロスになれそうなんだけど!」
派手なギャル風の衣装の上に纏ったラビットレザーのセット。だが、不思議と調和している。
積層構造のアーマーが彼女の細い腰のラインを強調し、手袋とブーツが全体のシルエットを引き締めていた。
「……あら、小娘、似合うじゃない。あるじ、デザインも完璧なのじゃ」
「そうだな。リサ、実際に動いてみてどうだ? 突っ張るところや、擦れる感じはないか?」
俺が真剣に尋ねると、リサは工房内で軽くステップを踏み、回し蹴りのような動作を見せた。
「……んー、完璧すぎ! 脇のカットが神だし、ブーツの足首がグニャって曲がるのに、着地するとガチで安定する。これならダンジョンでガンダ(ガンガン猛ダッシュ)しても全然平気っしょ!」
リサの太鼓判をもらい、俺は最終調整を終えた5セットの装備をマーケットへと登録した。
今回は「感想を求む」という言葉に加えて、『トータルコーディネート推奨』という一文を添えて。
「これで、また誰かの助けになればいいな」
「あるじ、悔しいけど小娘のアドバイスのおかげで、より『人』に寄り添った装備になりましたわね」
「まあね! ウチのセンス、マジでプライスレスだから。おじさん、売れたら高級なお菓子とか奢ってよね!」
リサは笑いながら俺の肩を叩く。
一着ずつ心を込めて作った5セット。
それは、辺境の小さな工房から世界へと放たれた、俺たちの情熱の結晶だった。
マーケットの通知が鳴り響くのを待ちながら、俺は心地よい疲労感の中で、次なる創作の予感に胸を膨らませていた。
その購入者が後々のトップギルドを創設する5人とはまだ誰も知らなかった……。
辺境の工房「アイリス」に、涼やかな夜風が吹き抜ける。
「あるじ、また難しい顔をして……。そんなに睨んでも、革は勝手に形にならんのじゃ」
そう言って、俺の横から覗き込んできたアイリスは、まだ中学生くらいの少女の姿をした第二形態だ。
大人びた口調とは裏腹に、どこか幼さの残るしなやかな肢体。
彼女が動くたびに、若々しい活気が工房に漂う。
「ああ。そろそろ、この工房の看板商品を作らなきゃと思ってな。……『初心者用レザーアーマー』だ。だが、これがなかなか……」
俺は唸りながら、広げたラビットレザーを見つめた。
現実世界のレザークラフト職人として、鞄や靴、財布ならいくらでも作れる。
だが、ファンタジー世界の「防具」は勝手が違った。
現実のレザージャケットならシルエット重視でいいが、ゲーム内では「急所の防護」と「関節の可動域」のバランスが、物理法則を無視した数値として設定に跳ね返ってくる。
「……難しいな。単に厚くすればいいってもんじゃない。現実では作らない『鎧』という構造に、俺の腕がまだ追いついてないんだ」
型紙を切り出しては捨て、試行錯誤を繰り返していると、工房の入り口から賑やかな声が聞こえてきた。
「ヤッホーおじさん! まだ作業中? マジ熱心すぎっしょ!」
現れたのは、派手な装いに身を包んだリサだ。口調もノリも完璧なギャルそのもの。その正体が現実では内気で大人しい結衣であることなど、微塵も感じさせない。
「リサか。……おじさんって言うな。これでもまだ、現役の職人のつもりなんだがな」
「えー、だっておじさんはおじさんじゃん? むしろ渋くてウケるし。……それより、何作ってんの? もしかして、そのショボい革で鎧? マジうけるー、それ絶対肩動かなくなって詰むパターンじゃん」
リサは作業台の上を覗き込むと、人差し指でひょいと革を突っついた。
「てかさー、ここ、もっと柔らかくなんないの? ギャル的にはー、動きにくい服とかマジ無理だし。裏地とかに、もっと伸縮性のある布とか使えばいーじゃん。……ほら、私が見つけたこの端切れとか、マジ伸びるよ? 使ってみれば?」
リサが「拾った」と言って差し出したのは、何の変哲もない布の端切れだった。だが、彼女のアドバイスは、行き詰まっていた俺の脳にパッとした閃きを与えた。
「……伸縮性か。なるほど、俺は『頑丈さ』にこだわりすぎていたんだな」
俺はリサのアドバイスを元に、発想を切り替えた。
現実のライダーススーツの設計思想に、リサが言った「動きやすさ」を最優先で組み込む。
シュッ、シュッ、と小刀が革を断つ。
これまでは「鎧」を作ろうとしていたが、俺はそれを「命を守るための、最高の戦闘服」として再定義した。
「よし……これでどうだ!」
数時間の格闘の末、完成したのは、無骨ながらも洗練されたフォルムのレザーアーマーだった。
初心者が着ても動きを妨げず、かつ急所はしっかりと硬質の革で守られている。
【試作型・アイリスレザーアーマー】
• 品質: 高品質(HQ)
• 特性: 物理防御(小)、敏捷補正、耐久性向上
「……ふふ、あるじ。小娘の適当な一言が、思わぬ名品を生みましたわね」
「適当とかマジ失礼しちゃう! ……でも、おじさん、これマジいいじゃん。ウチが着てもいいくらい可愛いし。……やるね、おじさん!」
リサはケラケラと笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
アイリスはそれを見て少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、俺は自分の手が作り出した初めての「防具」に、確かな手応えを感じていた。
まだ騒がしくなる前の、小さな工房。
生意気なギャルの隣人と、少し背伸びした第二形態のアイリス。
これが、俺の「Infinite Realm」における、本当の始まりの景色だった。
一つ目の成功に満足することなく、俺はリサのアドバイスをさらに深掘りすることにした。
リサが言った「動きやすさ」という言葉には、着る側のジョブや体格によって複数の正解があるはずだ。
俺は手元にあるラビットレザーを仕分け、さらに三つの「プロトタイプ」を造り重ねていくことに決めた。
「おじさん、またやるの? マジ体力お化けじゃん」
「プロトタイプは多い方がいいからな。リサ、さっきの『伸びる布』の配置、少し変えてみようと思うんだ」
俺は没頭した。
一つ目は、【機動力特化型】。
脇から背中にかけてリサの布を大胆に使い、短剣使いや弓使いが大きく身体を捻っても一切の抵抗がない作り。
二つ目は、【防御重点型】。
パーツの重なり(レイヤー)を増やし、急所部分の革をあえて硬化させて重ねることで、初心者用とは思えない堅牢さを持たせた。
三つ目は、【バランス調整型】。
それらの中間を取り、あらゆる動作を平均的にサポートする、いわば「おじさんブランド」の標準モデルだ。
アイリスが横で革紐を切り分け、俺がそれを編み込んでいく。
現実世界の工房でも、試作を繰り返すこの時間が一番苦しく、そして一番楽しい。
翌朝。工房の机には、三着のレザーアーマーが並んだ。
どれもラビットレザーの柔らかな質感を生かしつつ、機能美が宿っている。
「あるじ、これを街の露店ではなく、ワールドマーケットに?」
「ああ。辺境の露店じゃ、評価してくれる層が限られる。世界中のプレイヤーが見るマーケットなら、より正確な反応が返ってくるはずだ」
俺はメニュー画面を開き、ワールドマーケットの出品フォームに入力していく。
価格は、素材費に少し色をつけた程度の初心者価格に設定した。
儲けよりも、まずは俺の技術がこの世界のシステムでどう判断されるかを知りたかった。
「おじさん、説明欄に何書くの? 『マジ自信作だから買ってね』とか?」
「いや……こう書くよ」
【商品名:アイリスレザーアーマー・プロトタイプ(Type-A/B/C)】
【説明】:
現役の革職人が、動きやすさを追求して一針ずつ手縫いで仕上げました。
本来の防具としての性能に加え、着心地にこだわった積層構造を採用しています。
※購入された方は、ぜひ使用感や改善点の感想をいただけると幸いです。職人の励みになります。
「感想を求む、か。おじさん、マジでマメだねー。ウケる」
リサは面白そうに笑っているが、俺にとってはこれが「対話」なんだ。
出品ボタンを押すと、三着のアーマーは光の粒子となってシステムへと登録された。
数分後、俺の通知ログが静かに動き出した。
「お、早速一件売れたな。タイプA……機動力重視のやつだ」
「はやっ! マジで秒じゃん。おじさんのセンス、実は今の若者に刺さってたりする?」
一着売れると、堰を切ったように残りの二着も完売した。
どうやら、初心者価格で高品質(HQ)のマークがついていたのが目を引いたらしい。
「ふふ、あるじ。これは感想が届くのが楽しみなのじゃ」
アイリスが嬉しそうに微笑む。
だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。
「感想を求む」と書かれたその防具を手に取ったのが、効率を追い求めるトッププレイヤーや、装備の細部にうるさい「鑑定マニア」たちであったことを。
俺の小さな挑戦は、ワールドマーケットという巨大な海に、予想もしない大きな波紋を広げようとしていた。
【三つの声を一つに】
マーケットから届いた三通の感想。
それは俺にとって、どんな攻略本よりも価値のあるデータだった。
俺は工房の中央で、再びラビットレザーを広げた。
「……動きやすさ、防御の信頼性、そして日常に馴染むデザイン。どれも捨てがたい。なら、これらを高い次元で融合させた『バランス型』を、俺たちのスタンダードに据えていくか」
俺の言葉に、作業台の端で脚をぶらつかせていたリサが「えー、マジ? 全部乗せとかハードル高くない?」と身を乗り出してきた。
「アイリス、リサ。……手伝ってくれるか? 一人の頭で考えるより、お前たちの感覚をもう一度、この鎧に叩き込みたいんだ」
「もちろんなのじゃ、あるじ! 妾にできることなら、何でもいうがよいぞ!」
中学生くらいの姿をしたアイリスが、嬉しそうに胸を張る。
「ウケる、おじさんに頼まれちゃ断れないっしょ! ウチ、こう見えてセンスには自信あるし。ギャル的にダサいのは絶対NGだからね!」
製作は夜通し行われた。
俺が全体の裁断と「積層構造」の設計を担当し、アイリスが魔力伝導をスムーズにするための革紐の編み込みを手伝う。
「リサ、この肩のラインはどうだ? 防御のために少し盛り上げようと思うんだが」
「うーん、それだと肩幅広く見えてゴツくない? ここは少し斜めに削いで、ステッチでアクセント入れた方が絶対可愛いって。ほら、ここをこう……」
リサが型紙に引いた大胆な曲線。
それは、現実の防具職人では思いつかないような、ファッションとしての「美しさ」を両立させるラインだった。
「なるほど……。アイリス、その曲線に合わせて裏地の魔力回路を調整できるか?」
「お任せください。小娘のラインを活かしつつ、衝撃を外へ逃がすように編み込んでみますわ」
俺の技術、リサの感性、そしてアイリスの献身。
パーツを一つずつ重ねるたび、それは単なる「初心者用の防具」を超えた、何かもっと特別なものに変わっていく。
【アイリス・レザーアーマー(正式版)】
朝日が工房の窓から差し込む頃、一着のアーマーが完成した。
深い茶褐色のラビットレザー。
リサの提案で施された繊細なステッチ。アイリスの魔力が宿り、吸い付くような肌触りを実現した裏地。
「……できたな。これが、俺たちの答えだ」
【アイリス・レザーアーマー(正式版)】
• 品質: 最高品質(Sランク)
• 特性: 全方位可動、自動衝撃緩和、装備重量軽減(極)
• 備考: 職人ケンタロウと、その家族たちが作り上げた「一生モノ」の初心者装備。
「ヤバ……。これ、マジで私が欲しくなるレベルじゃん。おじさん、これ初心者用とか嘘でしょ?」
「ふふん。小娘、あるじが作れば、どんな素材でも『至高の一品』になりますわ」
アイリスが誇らしげに微笑む。
俺は、購入者の意見を反映し、さらに磨き上げたこのアーマーを優しく撫でた。
「これを量産するつもりはない。だが、求めている人がいるなら、一着ずつ丁寧に届けていこう。……さて、アイリス、リサ。次は、この鎧に合わせるブーツや手袋の構想も練らないとな」
レザーアーマー(正式版)の完成に続き、俺は流れるような動作で『手袋(グローブ)』と『ブーツ』の製作に取り掛かった。
せっかく最高の鎧ができたんだ。末端の装備が既製品では、職人として画竜点睛を欠くというものだ。
「おじさん、まだやるの? マジで集中力エグすぎ。職人魂(プロだましい)ってやつ?」
「ああ。手首の返し、足首の踏み込み……そこがスムーズになれば、あの鎧の性能はさらに引き出せるからな」
俺はリサのアドバイスを思い出しながら、グローブには指先の繊細な動きを邪魔しない極薄の漉きを施し、ブーツには長距離歩行でも疲れないよう、鞣した革を何層にも重ねて圧縮した衝撃吸収材をヒールに仕込んだ。
アイリスとリサの手を借りつつ、改良を重ねて、最終的に合計で5セットの「アイリス・シリーズ」が工房の机に並んだ。
「よし……リサ。悪いが、これを一式試着してみてくれないか? 感想を聞きたいんだ」
「えっ、マジ!? ウチがモデル? もー、おじさんってばウチのこと好きすぎじゃん!」
リサは茶化しながらも、どこか嬉しそうに装備を受け取り、工房の奥で着替えてきた。
数分後、現れた彼女の姿に、俺とアイリスは思わず息を呑んだ。
「どーよ? マジでヤバくない? このグローブ、指先までピタッと吸い付く感じだし、ブーツもマジ軽い! 走れメロスになれそうなんだけど!」
派手なギャル風の衣装の上に纏ったラビットレザーのセット。だが、不思議と調和している。
積層構造のアーマーが彼女の細い腰のラインを強調し、手袋とブーツが全体のシルエットを引き締めていた。
「……あら、小娘、似合うじゃない。あるじ、デザインも完璧なのじゃ」
「そうだな。リサ、実際に動いてみてどうだ? 突っ張るところや、擦れる感じはないか?」
俺が真剣に尋ねると、リサは工房内で軽くステップを踏み、回し蹴りのような動作を見せた。
「……んー、完璧すぎ! 脇のカットが神だし、ブーツの足首がグニャって曲がるのに、着地するとガチで安定する。これならダンジョンでガンダ(ガンガン猛ダッシュ)しても全然平気っしょ!」
リサの太鼓判をもらい、俺は最終調整を終えた5セットの装備をマーケットへと登録した。
今回は「感想を求む」という言葉に加えて、『トータルコーディネート推奨』という一文を添えて。
「これで、また誰かの助けになればいいな」
「あるじ、悔しいけど小娘のアドバイスのおかげで、より『人』に寄り添った装備になりましたわね」
「まあね! ウチのセンス、マジでプライスレスだから。おじさん、売れたら高級なお菓子とか奢ってよね!」
リサは笑いながら俺の肩を叩く。
一着ずつ心を込めて作った5セット。
それは、辺境の小さな工房から世界へと放たれた、俺たちの情熱の結晶だった。
マーケットの通知が鳴り響くのを待ちながら、俺は心地よい疲労感の中で、次なる創作の予感に胸を膨らませていた。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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