29 / 35
第二十九話 宿命の誓いと、凍てつく沈黙と
しおりを挟む
幻のように現れた美しい息子を前に、アウグスト王は呆然と息を呑んだ。
「お前……なぜ姿を消したのだ……!」
エリックは一度、深く息をつく。
その視線は、遠い過去を見つめるようにわずかに伏せられた。
「魔族の動きが不穏でした。
王家の血を絶やさぬこと、そして抗う術を持つこと――
その二つのため、私は名を捨てて王宮を離れ、クレイモア家の守護に就きました」
その声音には、誇りと、悔いの両方がにじんでいる。
「不意を突かれ、魔族の手から公爵夫妻を救えなかった」
言葉の端が震える。
その悔しさは、歳月を経てもなお消えぬ痛みとして、胸の奥に残っていた。
「けれど……リシェル様だけは必ず守ると誓いました。
だから私は……名を捨て、彼女の傍に仕えました」
(けれど誓いなど関係ない。
本当は――あの庭園で見た君の笑顔に、運命を悟ったのだ。
私の生は、その瞬間からもう君のものだった……)
語り終えたエリックは、ようやくリシェルの方へと視線を向ける。
そこにあったのは、ただ一人の女性への、決して揺るがぬ忠誠だった。
*
「あ、兄上……?」
セドリックが情けない声を上げた。
へなへなとその場にへたりこみ、ぼんやりしたリシェルの視線を受けて、ぴょんと後ずさる。
「……睨まないで……やさしくして……」
アメリアが呆れたように扇をぱたぱた仰ぐ。
だが次の瞬間、セドリックは突然立ち上がった。
「……なっ……!?」
見開いた目がまんまるになり、顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「え、え、えええええ!? 兄上ぇぇぇぇぇぇ!?!?」
声を裏返らせて叫ぶ。ガタガタと後ずさり――つるん、と尻もち。
――暫く呆然と、わなわなと震えてクラウス――エリックを見上げる。
やがて突然がばっと立ち上がり、泣きそうな顔でエリックに駆け寄る。
「……会いたかったよぉ、兄上ぇぇぇぇん!!」
抱きつこうとした瞬間、スッとエリックに交わされ、よろける。
「えっ……ちょ、避けた!? 兄上避けた!? うわああん!!」
ぐしゃぐしゃに崩れた顔でしゃがみこみ、完全に子ども返りしたセドリックを、アメリアが呆れ顔で見下ろす。
「ほんとに、どうしてこう育ったのかしら……この子」
エリックは少しだけ苦笑して、ぽん、と弟の頭に手を置く。
「……セドリック、無事でよかった」
「うぅ……兄上ぇ……もうぼく、一人でお風呂入れないかもしれない……寝るとき隣で手、握って……」
アメリアがそっと顔を覆って天を仰ぐ。
「それはさすがに引きますわ」
しかし、セドリックの興奮はまだ収まってはいなかったようで――
「いや、でも待って! 兄上が生きていたなんて、こんなめでたいことがあるか!?
――父上、祝宴を!」
「国庫はもう空よ。二回分の違約金のせいでね――一年は無理ね」
「そんな、殺生な~~」
エリックの仮面が外れても、アメリアの仮面のような冷徹さは外れない。
*
謎のテンションに包まれたセドリック。
胸に手を当て、リシェルの前に進み出ると唐突に跪く。
「リシェル嬢! あの劇的な『ちょっと待った!』――まるで運命が呼び合った瞬間のようだった!」
セドリックの言葉に、アメリアの目が細く鋭くなる。
「だからまず、僕は君に感謝を述べたい。いや、言わせてくれ!」
セドリックは胸元をぎゅっと握り、瞳を潤ませてリシェルをじっと見つめた。
リシェルの瞳が揺れる。
「僕を、王国を救ってくれて本当にありがとう!!」
セドリックは口を結んだまま、頭を下げた。
その言葉に、リシェルはふわりと微笑んだ。
この人も、ようやくわかってくれた――そう思った次の瞬間。
「そして、君がまだ僕を諦められていないってこと――痛いほど伝わったよ!」
「は?」
リシェルの瞳から焦点が失われ、アメリアは天を仰いだ。
セドリックは得意げに胸を張る。
「だってあんな素敵なセリフ、僕を愛してなければ絶対に出てこない!」
セドリックはちらりと参列者たちを見回し、得意満面の笑みを浮かべた。
「――ね? 皆さんもそう思うでしょう?」
会場に漂うのは賛同ではなく、凍り付いた沈黙だけだった。
――それでも、セドリックは満足げに頷いた。
「ちょうど父上も、姉上も――兄上までいる。
ここで改めて申し上げます!
僕は間違っていた。君こそ、僕の妃にふさわしい人だ!
――この場で、もう一度僕と婚約しましょう!」
「お前……なぜ姿を消したのだ……!」
エリックは一度、深く息をつく。
その視線は、遠い過去を見つめるようにわずかに伏せられた。
「魔族の動きが不穏でした。
王家の血を絶やさぬこと、そして抗う術を持つこと――
その二つのため、私は名を捨てて王宮を離れ、クレイモア家の守護に就きました」
その声音には、誇りと、悔いの両方がにじんでいる。
「不意を突かれ、魔族の手から公爵夫妻を救えなかった」
言葉の端が震える。
その悔しさは、歳月を経てもなお消えぬ痛みとして、胸の奥に残っていた。
「けれど……リシェル様だけは必ず守ると誓いました。
だから私は……名を捨て、彼女の傍に仕えました」
(けれど誓いなど関係ない。
本当は――あの庭園で見た君の笑顔に、運命を悟ったのだ。
私の生は、その瞬間からもう君のものだった……)
語り終えたエリックは、ようやくリシェルの方へと視線を向ける。
そこにあったのは、ただ一人の女性への、決して揺るがぬ忠誠だった。
*
「あ、兄上……?」
セドリックが情けない声を上げた。
へなへなとその場にへたりこみ、ぼんやりしたリシェルの視線を受けて、ぴょんと後ずさる。
「……睨まないで……やさしくして……」
アメリアが呆れたように扇をぱたぱた仰ぐ。
だが次の瞬間、セドリックは突然立ち上がった。
「……なっ……!?」
見開いた目がまんまるになり、顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「え、え、えええええ!? 兄上ぇぇぇぇぇぇ!?!?」
声を裏返らせて叫ぶ。ガタガタと後ずさり――つるん、と尻もち。
――暫く呆然と、わなわなと震えてクラウス――エリックを見上げる。
やがて突然がばっと立ち上がり、泣きそうな顔でエリックに駆け寄る。
「……会いたかったよぉ、兄上ぇぇぇぇん!!」
抱きつこうとした瞬間、スッとエリックに交わされ、よろける。
「えっ……ちょ、避けた!? 兄上避けた!? うわああん!!」
ぐしゃぐしゃに崩れた顔でしゃがみこみ、完全に子ども返りしたセドリックを、アメリアが呆れ顔で見下ろす。
「ほんとに、どうしてこう育ったのかしら……この子」
エリックは少しだけ苦笑して、ぽん、と弟の頭に手を置く。
「……セドリック、無事でよかった」
「うぅ……兄上ぇ……もうぼく、一人でお風呂入れないかもしれない……寝るとき隣で手、握って……」
アメリアがそっと顔を覆って天を仰ぐ。
「それはさすがに引きますわ」
しかし、セドリックの興奮はまだ収まってはいなかったようで――
「いや、でも待って! 兄上が生きていたなんて、こんなめでたいことがあるか!?
――父上、祝宴を!」
「国庫はもう空よ。二回分の違約金のせいでね――一年は無理ね」
「そんな、殺生な~~」
エリックの仮面が外れても、アメリアの仮面のような冷徹さは外れない。
*
謎のテンションに包まれたセドリック。
胸に手を当て、リシェルの前に進み出ると唐突に跪く。
「リシェル嬢! あの劇的な『ちょっと待った!』――まるで運命が呼び合った瞬間のようだった!」
セドリックの言葉に、アメリアの目が細く鋭くなる。
「だからまず、僕は君に感謝を述べたい。いや、言わせてくれ!」
セドリックは胸元をぎゅっと握り、瞳を潤ませてリシェルをじっと見つめた。
リシェルの瞳が揺れる。
「僕を、王国を救ってくれて本当にありがとう!!」
セドリックは口を結んだまま、頭を下げた。
その言葉に、リシェルはふわりと微笑んだ。
この人も、ようやくわかってくれた――そう思った次の瞬間。
「そして、君がまだ僕を諦められていないってこと――痛いほど伝わったよ!」
「は?」
リシェルの瞳から焦点が失われ、アメリアは天を仰いだ。
セドリックは得意げに胸を張る。
「だってあんな素敵なセリフ、僕を愛してなければ絶対に出てこない!」
セドリックはちらりと参列者たちを見回し、得意満面の笑みを浮かべた。
「――ね? 皆さんもそう思うでしょう?」
会場に漂うのは賛同ではなく、凍り付いた沈黙だけだった。
――それでも、セドリックは満足げに頷いた。
「ちょうど父上も、姉上も――兄上までいる。
ここで改めて申し上げます!
僕は間違っていた。君こそ、僕の妃にふさわしい人だ!
――この場で、もう一度僕と婚約しましょう!」
63
あなたにおすすめの小説
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
他小説サイトにも投稿しています。
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~
ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。
しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。
周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。
だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。
実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。
追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。
作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。
そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。
「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に!
一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。
エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。
公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀……
さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ!
**婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛**
胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!
婚約破棄され泣きながら帰宅している途中で落命してしまったのですが、待ち受けていた運命は思いもよらぬもので……?
四季
恋愛
理不尽に婚約破棄された"私"は、泣きながら家へ帰ろうとしていたところ、通りすがりの謎のおじさんに刃物で刺され、死亡した。
そうして訪れた死後の世界で対面したのは女神。
女神から思いもよらぬことを告げられた"私"は、そこから、終わりの見えないの旅に出ることとなる。
長い旅の先に待つものは……??
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる