遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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24 猟犬たちの最初の壁と最初の花

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 11月16日早朝。

 昨夜から、「黒騎士」戦車大隊の先頭は第一目標のゾマまであと10キロというところまできて立ち往生を余儀なくされていた。

 最先頭は第一中隊の第一小隊マークⅠ型であることは変わりなかったが、その数が一両足りなかった。戦列から脱落した一両は戦車の最大の弱点であるクローラ、無限軌道のキャタピラーを破壊され、立ち往生したところを仲間の戦車に牽引されて50ミリ砲の弾着距離外であるここまで連れて来られ、補修部隊の修理を受けていた。いかに装甲が厚くても、戦車は脚を狙われると動けない砲台になってしまう。しかも戦車は重い。機甲部隊から機動性が失われると、馬が曳く砲兵隊よりも始末が悪かった。

 他の戦車もこの機会に後方から来た補給部隊からたらふくガソリンを呑み込んで再出動の待ちに入っていた。

 補給部隊の長い列の間を縫うようにやって来た赤い地に星二つを付けたフロックス少将の四輪駆動車が、最先頭のあたりまで来て止まった。

「ハインツ! ジャックを知らんかね?」

 少将は一中尉にも親しく声をかける人だった。

 名を呼ばれた第一中隊長、ハインツ・グデーリアン中尉はマークⅡ型のハッチから敬礼して答えた。

「お早うございます、閣下。中佐は今敵情視察中であります」

 フロックス少将は運転席を降りてつかつかマークⅡ型に歩み寄るとハッチのグデーリアン中尉を見上げた。

「おおまかには無線で聞いたが、いったい何があったのだね、ハインツ」

「それですがね、閣下・・・」

 グデーリアン中尉はこの休息の機会を整備に充てていたらしく、オイル塗れの手をボロ布で拭きながらその黒い指で西に立ちはだかる低い山を指し昨日の午後の一件を語り始めた。

 最初の前哨陣地を抜いたように、それから何カ所かの陣地をやり過ごし、その度に残敵処理をラグビーのパスよろしく順送りにしてまた再びグデーリアン中尉の中隊が最先頭を務めていた。

 低い丘陵の連なりの間を抜ければゾマまであと10キロという地点。ここまでノンストップで駆け抜けてきた「黒騎士」たちに停まる理由はなかった。

 ただ、工夫はした。

「Go a head, boys!」

 バンドルー中佐の指示で最先頭のマークⅠ型5両が真っすぐ突っ込んだ。だが続く第二第三のマークⅡ型が街道の左右に展開し砲列を敷いて最先頭の第一小隊を援護した。そしてありったけの50ミリ砲を叩きこんで牽制したはずだった。

 ところが。

「この先の坂を登るとわかります。縦深陣地になっているんです。奥行きが一キロぐらいあって、その間約二十近い50ミリ砲のトーチカがあるんです。道が狭くて縦列でしか行けないんですが、坂のせいで手前からの援護が出来ません。入ると袋叩きに遭う寸法なんです、閣下」

「なるほど。敵も考えたもんだな。この陣地を設計した奴を私のブレーンに迎えたいもんだ」

「元帝国の人らしいですよ、その人」

 フロックスは言葉を失った。例の流出した裏切り者の一人なのだろう。

 と、戦闘指揮車が一両、南から帰って来た。

「閣下じゃありませんか」

 バンドルーは疲れた顔を綻ばせて一応上司を迎える敬礼をした。

「今ハインツから聞いた。貴官でも苦労することがあるんだな」

 それでなくてもこの上司には騎兵部隊以来苦労のさせられ通しだったのだ。夜通し走り回ってこの陣地の死角がないか、抜け道はないかと探し回っていたバンドルーにはキツいジョークだった。この人は人の顔を見ると無理難題を押し付けて来る。

「そりゃ、自分も人の子ですしね」

 部下は穏やかに上司に反駁した。

「で、ここを抜く手立てはついたか」

「猟犬」は「庭師」を街道脇のテントの中に誘った。

 テーブルの上に今見分してきた事項を書きこんだ地図を広げた。

「これが目の前の忌々しい丘陵地帯、今ぐるっと回って来ましたが、周りは全て田んぼです。戦車はいいがトラックが通れるような抜け道はありません。ですから、この丘陵地帯自体を無効化するしかありません」

「空爆か?」

 昨日のうちに空挺部隊を送り届けた飛行船団は帝国に帰っていた。兵員の座席を取り払い、代わりに爆弾倉に改造して空爆に使う案はすでに出ていた。だがそれにはまだ時間がかかる。それまでに既に降下した空挺部隊は敵地で干物になってしまうだろう。

「いいえ、閣下。ここです」

 バンドルーは地図の一点、尾根と尾根の間の谷でトーチカを作るには尾根が小さすぎる箇所を指した。

「ここだけが、この『丘陵要塞』の弱点なのです。隣のトーチカの死角になっています。

 しかもです!」

 と、バンドルーは疲れた目を剥いて上司に訴えた。

「敵はパクリ上手かもしれませんが、その技術を産み出した思想を無視しています」

「貴官にしては回りくどい。結論を先に言いたまえ」

 部下は上司の焦りを揶揄う権利ぐらいはあるはずだと思った。が、もちろん口には出さなかった。

「敵の50ミリ砲は薬莢を使わないのです」

「は? だからどうした」

「わかりませんか。一発撃つと、次弾装填まで時間がかかるのです。なにしろ、弾体と発射装薬が海軍の砲みたいに別になってますから」

「・・・砲の数が少なければほぼ無抵抗で肉薄できるということか」

「無抵抗ではありませんが、実質そういうことなのです、閣下」

 と、バンドルーは言った。

「この地点さえ無力化できれば、ここに何両かのマークⅡ型を回してこのトーチカを無力化します。このトーチカが無力化できればここが。こんな具合に三段階ほどステップを踏めば、真正面の坂を登り切った北側のトーチカが全て無力化でき、そこに十門ほどの砲を回して反対側を牽制、沈黙させれば、街道を進撃できます!」

 バンドルーは自信満々に胸を張った。

 閣下はすかさず言った。

「で、それにどれほどの時間がかかるのだ」

 バンドルーは思った。

 この人はやっぱり、鬼だと。


 

 結局、それしか手立てがないということでバンドルーの立案した「丘陵陣地無力化作戦」が実施された。

 第一機甲師団の機械化歩兵のうち一千名が野戦歩兵として敵のトーチカ死角個所に配置に着き、20両のマークⅡ型と10門の野戦砲がその後方に据えられ、攻撃命令を待った。

「ファイアー!」

 三十門の50ミリ砲の連続射撃の威力は凄まじかった。その破壊力はたちまちにトーチカを粉砕し、その爆圧は付近にいた敵兵に肺を圧迫されるほどの脅威を感じさせ早々に撤退に追い込んでいった。

「よし、一個片付いた。次だ」

 陣頭指揮に当たっていたフロックス少将はキビキビと命令を下した。兵たちは陣地転換に素直に従い、次の攻撃目標に移動した。

 そのようなことを繰り返し、やっと街道が通行可能になった。機甲部隊が停止を余儀なくされてから40時間が経過していた。本来の予定よりすでに2日、遅れていた。

「『黒騎士』戦車大隊、発進せよ!」

 バンドルーは不眠不休で「無力化」に当たった疲れ切った機械化歩兵を乗せて進撃を再開した。

 進撃する者、それを見送る者。戦車が力強いエンジン音を響かせて街道を西に向かうのを見ても、その場にいた誰もの胸に前途の暗雲が渦巻いた。

 戦いの初っ端から、これか、と。

 だが、予定より二日遅れながら、ようやくゾマの町は帝国の支配下に入った。「マーケット・ガーデン」の最初の果実である花が、ようやく固いつぼみを着けたのだった。


 


 


 


 

 話は、それから数時間前のナイグンに戻る。

「中尉、あの、あたしたち、全然気にしてませんから」

「そうです。男の子たちが勝手に言ってるだけですからね」

「元気出してください、中尉」

「中尉・・・♡」

 ナイグンの橋を望む丘の上の掩体壕。

 ラインハルト・ウェーゲナー中尉は女性兵たちから迫られ、慰められて困惑していた。困惑しつつも、

「ごめん、みんな。少し北方の敵情を見たい。ありがとね」

 そう言って疲れ切ったように丘の上の掩体壕を出て夜間の歩哨に立っていった。

 壕の中に残された女性兵陣は皆ギロリと男性兵たちを睨んだ。

「・・・ったく。あんたたちのせいよ!」

「そうよ! 『覗き魔』だなんて、ヘンタイな名前つけるから!」

「あんなに優しい士官、いないのに」

「いいこと? 中尉がヤル気失くしてこの小隊が全滅したら、あんたたちのせいだからね!」

「この、バカッ!」

「覗き魔」小隊は男性兵よりも、女性兵のほうが威勢が高かった。

「少しでも反省する気持ちがあるんなら、中尉の代わりに歩哨に立つぐらいしたらどうなのっ?!」

『覗き魔』小隊の小隊長、ウェーゲナー中尉は意外にも女性受けが良かった。

 男連中はそれぞれ隣同士で肘をつつき合い、一人が立って掩体の上に登った。

「中尉。お疲れですよね。歩哨、代わります」

 兵の一人が、北の方角に双眼鏡を構えるウェーゲナー中尉に申し出た。

「ああ、ジェイコブ。いいんだ。ありがとう」

 と、ラインハルトは言った。

「こうしていると、落ち着くんだよ。気にしないでくれ。キミももう、寝たまえ」

 渋々掩体壕に降りていったジェイコブは、予想通りに女子たちの袋叩きに遭った。

「この、ヘタレ! なんでそのまま降りてくんのよ!」

「バカかお前は! 何のために行ったんだよ!」

「もう一回行ってこい! せめてラインハルト中尉の肩でも揉んで来いっつうーの!」

 もしかするとこの作戦終了後、「覗き魔」小隊の男性兵たちは皆、女性不信に陥ってしまうかも知れなかった。それもこれも、皆彼らが無思慮につけたコールサインのせいだった。

 掩体壕の中が男性兵たちにとっての修羅場になっているとも知らず、ウェーゲナー中尉は北と、反対側の橋の両端とを交互に監視し続けた。

 街の灯りはその半数が消えていたが、半数はまだ生きていた。昼間擲弾筒で大きな爆発をお見舞いした辺りはもちろん暗かったがその南には淡いカンテラか蝋燭の灯りが辛うじて生きていた。ということは、その中にはゲリラになるかもしれない敵勢力が潜んでいるかもしれないということだった。グールド大佐は言っていた。

「敵のど真ん中に降下して、そこでのうのうとしていられるのはバカしかいない。だからオレはバカを集めたんだ」

 いざ自分がその敵中に孤立した丘の上に居てみると、大佐の言った言葉が身に染みた。

 そうだ。オレたちは類まれなるバカだと。バカでなければ、神経が持たない。

「覗き魔」がなんだ、と。そんなの、大したことないじゃないか、と。

 ウェーゲナー中尉も士官の端くれだった。彼はやっと、グールド大佐の真意に気付いた。

 どうせなら「覗き魔」に徹してやる。街の南にも北の脅威にも、ここが、この丘が最も要になる場所なのだ、と。

 もう一度、北に転じた。

 月齢は15。満月。15日だから当たり前だ。快晴の満月に照らされた降下地点、広大な田んぼは気持ちの良いほど遠くまで見通せた。

 と。

 はるか北の田んぼの向こうの地平線、チンメイ山脈の山裾辺りに淡い光が灯ったのに気づいた。それは次第に数を増して行き、やがて地平線全てを覆いつくすほどの勢いを示した。

 来やがった!

 ウェーゲナー中尉は掩体壕を見下ろし、声を抑えて叫んだ。

「誰か、フェリクスを起せ! 無線機を!」

 通信兵は無線機を背負い上がって来た。彼は寝入りばなを起され明らかに不機嫌そうに見えた。

「ふぁい、中尉殿・・・」

 ダメだ、こいつ・・・。

 ウェーゲナー中尉は自ら無線機の電源を入れてヘッドセットを着けた。

「『覗き魔』より、『学者』へ」

「こちら『学者』」

  夜中にも拘わらず「マルス」小隊の通信兵が出た。

「真北に『お客さん』発見。繰り返す。『お客さん』が真北の地平線に現れた模様!」
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