遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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52 死場所

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 マーは何度も最先頭に立って身を晒そうとうとしたが、その度に周囲の老騎兵たちが彼を取り囲んだ。

「ご家老様は我らの旗でござる。我ら最後の一兵まで旗を、ご家老様を奉らん!」

 気丈にもそう言い放ち丘の敵兵との間に入って盾となった騎兵もまた狙撃されて落馬する。するとすぐに他の誰かが代わりに入った。

 いくさに明け暮れた人生もいつしか老い、一線を若い兵らに譲り半ば抜け殻のようになった身をミンの里に寄せ隠遁するように過ごして来たかつての戦士、勇者たち。

 彼らの目にもお屋形様の心映えの変わりようが我慢ならなかったのだろう。若かりしころには勇気と気概のカタマリのようだったミンの首領も、歳と共に土地や銭や美姫を追い求めるようになった。そして、時勢を見る目を失ってきたことも傍近くで仕えてきただけにわかっていたのだろう。

 彼らの中にも三十年前に幼い子供を盾に縛り付けて帝国に侵攻した経験を持つ者はいた。

 だが、帝国の力は日増しに強大になる一方であった。

 もう、チナの豪族として生きるより帝国に下るべきなのでは? 帝国の下で一族の繁栄を画するべきでは?

 彼らがミンの将来を担う存在と仰ぎ庇護しその成長を見守ってきたレイや家老のマーの再三の諫めも聞かず、首領のミンが帝国の戦艦を強奪しようとした一件。そんな彼らの思いはその一件で決定的になったのだった。

 そのやり場のない思いの鬱積が、東から侵攻する帝国軍に次々と拠点を奪われ、レイが放逐されたことで臨界に達し、起爆する先を探していたのだった。

 もうミンは終わった、と。

 彼らには主君の誅殺という暴挙に及んだ家老、マーの気持ちがよくわかっていたのだ。彼らもまたここを死に場所と思い定め、その機会を与えてくれた家老の気概に感謝しているのだ。

 だから、ご家老を早くに死なせるわけには行かない。

 ご家老には最強の戦士であった自分たちの死にざまを是非とも見届けてもらわねば。

 それは老兵たちのエゴであった。だが、最後ぐらいは自分たちの我儘を通させて欲しい。老兵たちは家老であるマーに甘えているのだった。

 マーにも、そんな老兵たちの小憎らしいほどにいじらしい気持ちがよくわかっていた。

「この、大うつけ者ども・・・」

 馬を駆けさせつつ落馬して息絶えた老兵を振り返った。そして、そんな老兵たちの美しい性根に触れ思わず感極まりそうなのを堪えた。

 もう首桶は守らずともよかろう。

 マーは首桶を擦るのをやめた。そして馬上腰の半月刀をスラリと抜き放ち、天に向かって煌めく刀身を掲げた。

「もう一度じゃ! いや、生ある限り何度でも突撃し、目にもの見せてくりょうぞっ! 行くぞ者ども!」

 おうっ!

 老兵たちの力強い唱和に馬首を巡らせ、マーは何度目かの突撃を開始した。


 

 ビアンカは無心になっていた。

 唇が渇く。舌を出して舐める。砂に含まれた塩分がしょっぱい。そして唾を飲み込む。彼女の動作はただそれだけだった。至近弾が落ちて爆風が襲い砂埃が舞い上がった。それでも動じなかった。

 是非ともこの手で仕留めたい。大物を、敵の指揮官を狙うのだ。

 白髪をなびかせて白い包みを抱えた老人。

 引き金に指をかけ、照準を、だひたすらにその時を、目標が照星と一致する瞬間を待った。

「さあ来い。しつこいジジイどもっ! 絶対に、あたしが殺ってやる」

 隣のリーズルにさえ聞こえないほどの小さな呟きだった。だが、徴兵されたての二等兵。しかも初めての実戦ですでに二人は殺った。その味が、彼女をして老練なハンターの持つ気迫、凄みを醸し出していた。

 来た!

 もう何度目かになる敵の騎兵隊の突撃。戦闘集団の中にそれらしき影を探した。気の早い周りの兵たちがすでに射撃を始めた。だが、まだ引き金を絞るのは早い。

 一発撃つと槓桿を引きまた照準せねばならない。チャンスは一度きりだ。そう思うと自然に力が入ってしまう。

「肩と腕の力、抜きな。静かに鼻から息を吐く。いいね?」

 リーズルにもそんなビアンカのオーラが感じられたのか、アドバイスをくれた。

 わかってる。

 絶対に、あたしが、仕留める。

 そして。

 いた・・・。見つけたぞ。

 周りに何騎かの騎兵を従えてはいる。が、目標が露わになる瞬間が何度かある。正面からよりも目標の集団がもっと接近して斜め前方から狙えば死角がより増える。

 ビアンカは、待った。

 タタタタッ!

 機銃も唸り出した。周りの兵たちは躍起になってダンッ、ダンッ、と弾幕を張る。だが、焦るほどに弾が当たらない。何騎かは兵か馬に当たって脱落していった。だが、そんなのは雑魚だ。

 ズドドドドッ!

 馬蹄の響きが大きくなる。

 先頭集団が300メートルほどに近づいた。

 まだまだ。

 リーズルが撃った。

 先頭集団の一騎が落馬した。いい腕だ。落ちた騎兵の姿はすぐに後続の騎馬の上げる砂煙の中に紛れて見えなくなった。彼女の銃の槓桿が引かれ、五連の弾がスライドする。

 ビアンカの狙う大物はなかなか姿を露出しない。

 目標の手前に二騎、ジャマなのがいた。それらは計ったように交互に前後して指揮官を守っているように見えた。だが、その動きを予測することは出来るような気がした。

 馬の運動がスローモーションのように見える。手前の一騎が前に出る。奥の一騎が後ろに。その瞬間が、予測できた。

 ビアンカは細い指で引き金を絞った。

 その予測したニ三秒後の未来に、期待した。

 ドンッ!

 薬莢の中の火薬が撃鉄に打たれて発火、爆発して銃弾を撃ち出した。

 銃は発射の反動でビアンカの肩を打った。

 撃ち出された弾丸は瞬時に音速を突破してライフルの銃身内部に刻まれた螺旋の溝で回転を与えられ直進性を得て銃口を飛び出し、弾の後を追うようにして火薬の爆発煙が吐き出された。

 弾丸は錐もみしながら空気を切り裂き飛翔した。そしてしつこいミンの騎馬隊の先頭集団付近に向かってゆき、指揮官と思しき騎兵の手前にいた前後の馬の間をすり抜けるようにして目標へ到達した。


 

 半月刀を翳して馬を疾駆させるマーはひとたび周囲を見回した。

 何と頼もしい兵たちであろうか。生涯の最後に、このような勇者たちと戦えたことを嬉しく、誇りに思った。もう、後顧の憂いなど微塵もなかった。

 敵の籠る丘が近づいた。

 再び銃で、手投げ弾で襲撃せよ! あの南の砲台を潰すのだっ!

 そう下知すべく、丘の中腹にある目標に目を向けた時だった。

 丁度丘との間に位置してマーを守っていた二騎が前に後ろに分かれた。その一瞬の、刹那。

 胸に強烈な衝撃を受け、目の前に幾多の星が瞬き、思わず手綱を離した。衝撃の反動でマーの身体は後ろに倒れ、そのまま馬から振り落とされた。

 仰向けのまましばし宙に浮いた。目の前の星々が消えると真っ青な大空が彼の目を射た。

 ああ。なんと気持ちの良い空であろうか・・・。

 彼の双眸に穏やかな笑みが浮かび、やがて青い空はゆっくりと暗転して漆黒の闇に閉ざされた。


 

 ・・・やった?

 それはあまりにも突然過ぎて、狙撃した当のビアンカにもわからないほどだった。

「やった、やったわ! ビアンカ、やるゥ! やっぱり、あたしが見込んだとおりだった! あんたは絶対にスナイパーの素質があるわっ!」

 撃った当人よりも隣のリースルや周囲の兵たちの方がやんやと大騒ぎしていた。

 やはり、アレは指揮官だったようだ。途端に騎馬隊の陣形が乱れ、先頭集団と後続の騎兵たちの間隔が大きくなっていった。落馬した指揮官を掬おうとした騎兵がいたために混乱をしているらしかった。それだけ、敵にとっては重要な人物だったのだろう。

「みんな、気を抜くのは早いよ! 敵のスピードが落ちたわ! 今なら狙い放題、撃ち放題よっ! 皆殺しにしてやれっ!」

 リーズルの命令一下、勢いづいた南砲台の兵たちはここぞと銃弾を、機銃を撃ちまくり、擲弾筒を水平に構えて至近を通過してゆく騎馬隊を撃ちまくった。

 ようやく敵は大きく乱れ、そして次々に討取られて行き、散り散りになってもはや敗走の様相を呈するようになっていった。


 

 濡らしたタオルを絞り、運ばれてきた負傷兵の額の汗を拭っていたタオも何事かと顔を上げた。砲声は絶え間なく聞こえて来ていたが、それとは全く異なるリーズルのいる南の砲台で上がった大きな歓声は横洞を通じて中央の玄室にいたヤヨイにも伝わった。

 何か大きな戦果があったのだろう。

 今すぐ見に行きたかったが彼女には指揮官としての役目があった。

 機甲部隊の到着がいつになるのかを確かめ、兵たちにあとどれくらい持ちこたえねばならないかを伝えねば。その情報が兵の士気に大きく関わるのだ。それでラジオに、通信機に張り付いていたのだった。

 ところが、状況はあまり芳しいとは言えなかった。

「アイホーの作戦での高機動によって戦車のガソリンの消費が予想以上に増え、備蓄が底をついた。今全力を挙げてトラックをフルで回転させ補給を急がせているが、あと一日持ちこたえてくれ」

 アイホーの『庭師』、『ガーデン』作戦司令部からは悲痛な情報が入って来た。

「そうですか。・・・わかりました。全力を挙げて守りますが、そろそろ弾薬も少なくなっています。出来る得る限り早期の来援を願います。オーバー」

「マルスか?」

 と、雑音混じりながらそれまで話していた相手とは違う声が、聞き覚えのある懐かしい声がいきなり入って来た。危うく名前を呼びそうになって、なんとか堪えた。

「・・・マーキュリー? どうしてそこに?」

「連絡将校として配属された」

 ブツッ。

 途中で送話を切ったような沈黙があった。

「今担当幕僚が話した通りだ。輸送隊だけでなく機械化歩兵用のトラックまで動員してハイナンの補給基地との間でピストン輸送している。もう少しの辛抱だ。頑張るんだ!」

「わかりました。頑張ります。アウト」

「ヤヨイ!」

 こっちは堪えたのに向こうが名前を呼んでしまった。いささか規定違反だが、誰も咎めないだろう。

「必ず行く。待っていてくれ。・・・アウト」

 通信を切ってから、あの途中の沈黙の意味は何だったのだろうとしばし考えた。

「おねえちゃん、誰?」

 タオが不思議そうに顔を上げた時、

 ズガーンッ!

 大きな爆発音に続いて横洞から爆風が吹き込んできた。とっさにタオと横臥している幾人かの負傷兵たちを庇ったが凄まじい砂埃が一時玄室の中に充満し息苦しいほどだった。

「げほ、げほっ!」

 タオが苦しそうに咳き込んだ。

「大丈夫? タオ。北の砲台のどれかがやられたんだわ!」

 思うより先に身体が動いていた。

 未だ濛々たるホコリと煙を掻くようにして、ヤヨイは被害を受けたであろう北の砲台に向かった。

 


 

 哲学者はよい兵とは言えない。

「今、自分が戦う意味は何だろう」

 戦闘中にそんなことを考える兵はものの役に立たない。

 ガンはずっと、自分が良き兵ではないと思って生きて来た。

 親も知らぬ。里親に拾われて育てられ、物心ついた時にはすでに剣を、そして銃をとっていた。次第にその才覚を認められて若頭の一人に抜擢されたが、ここ一番の接所にハジケられない自分を感じていたし、そんな自分がイヤだった。

 だが彼はミンの地で生を受けた男であった。兵にならねば、居場所がなかった。ガンはアイデンティティの喪失感を秘めて生きて来たのだった。

 ハイナンの島々があっという間に攻略され、帝国軍が大挙して東からやってきて瞬く間にアイエン、ゾマが陥落した。

 ここで立たねば!

「是非自分に一隊を指揮させてください!」

 義憤にかられた、と言えば聞こえはいいが、後先も考えず空から降ってきた帝国兵に占拠されたナイグンの橋を奪還する部隊の指揮官を買って出た。

 籠城戦では集中の自由は攻撃側にある。

 敵は少数だった。最初から砲兵を集中使用して丘を粉砕しておけばもっと楽に攻略できた。そしてガンはまさにその戦略でこのいくさに臨んだ。

 だが、現実にはチナから派遣されてきた砲兵隊との間でギクシャクが続いた。

「砲兵を一カ所に集めてそこを攻撃されたらひとたまりもない!」

 チナの派遣軍指揮官のあまりにも消極的な姿勢に辟易した。

 結局は砲兵隊との軋轢がイヤになって攻撃に積極性を欠いた。そうしてモタモタしているうちにアイホーまでが陥落したと聞いた。兄貴分のクオも討ち死にしたという。たしかアイホーにはレイ様がいたはず。レイ様も散華したというのだろうか。

 そしてご家老が来た。ご家老はガンのその軋轢を、ジレンマを、ひと振りの刀で、一瞬のうちに、いとも簡単に、切って捨ててくれた。そして、あのお屋形様の首・・・。

「そちは最後まで首尾を見届け、兵をまとめて帝国に下れ」

 ご家老もまたそう言い残して突撃していった。

 ミンはもう、終わりだ。

 ドォーンッ!

 大きな爆発音が地を震わせた。塹壕の壁もそこここで崩れ落ちた。

 丘の上の敵が撃ち出す大型の擲弾の破壊力は50ミリ野砲などとは比べ物にならないほど絶大だった。大音響と共に爆発し、その周囲20メートル以内のものを全て粉砕し、空へ舞い上げた。だがそれでも兵たちは伏せて立ってを繰り返しつつ、丘への接近を続けていた。

 服従と規律しか知らずに生きて来た自分の、唯一のよすがであったものが失われようとしていた。

 自分は今何をすべきなのだろうか。

 本当にご家老の言うがまま最後までこのいくさを見届けねばならないのか。

 この期に及んでそんなことを考えている自分がイヤになる。だって、今も自分の命で丘に向かって突撃を繰り返している兵がいるのだ。その兵たちが自分の内心を知ればどう思うだろう。

 軽蔑される。軽蔑され蔑まれて生きるのだけはご免だった。

 出来れば最前線に行って兵たちの先頭に立ち華々しく散りたかった。

 そんな千々に乱れた内心を幾重にも包み込み、後方の塹壕の中で地図に目を落とすガンの元に相次いで二人の伝令がガンの塹壕に案内され飛び込んできた。

「ガン様! お味方の砲撃によって敵の丘の東側の一角、砲台の一つが撃破されました!」

 伝令は昂奮し、息を切らせていた。だが、もう一人の伝令の声は沈んでいて重かった。

「若頭様に申し上げます! 騎兵隊を指揮されていたご家老様、討ち死になされました!」

 ガンは吉報よりも凶報をもたらした兵に先に尋ねた。

「ご家老様がか!」

「はい。ご家老は自分が討ち死にしたらそれのみを若頭様にお伝えせよと。それだけ言えば、若頭様はわかると!」

 ガンは早くも「その時」が来たのを知った。

 家老は「自分が戻らずば兵をまとめて帝国に下れ」と言った。「その時」がやってきたのだ。

 だが・・・。

 すでに最も丘に近い部隊は小銃や敵の機銃の射程内に、敵に肉薄せんばかりに近づいている。この混戦状況下では、「兵をまとめて下る」、つまり戦闘を中止して降伏するのはさらなる突撃を命じるのよりも難しいのを経験で知っていた。突撃を命じた兵には勢いというものがある。皆死にもの狂い、さながら悪鬼のごとく興奮状態で戦っているのだ。伝令だけでその勢いを止めるのは至難の業だった。

 しかも今残っている兵は敵弾をものともしない強兵ばかり。戦意旺盛な強者揃いだ。下手に戦闘を中止させようとすれば興奮する味方同士が相撃の混乱も起こりかねない。そんな無様な事態になれば、ミンの心意気を示すというこのいくさの大義が失われる。

 最も確実なのは総指揮官であるガン自身が最前線に赴き各部隊に戦闘中止を命じることだ。攻撃を中止させ、できれば後方に下がらせて帝国側に使者を、望ましくはガン自身が白旗を掲げて敵に向かうことだ。そうすれば兵たちも宥めることが出来よう。

 それが一番いい。

 ガンは自分が若輩の身で若頭に取り立てられたのは常に命令に忠実であったからだということを良く知っていた。ならば、最後までミンに忠実な幹部として全うするのが筋というものだ。それがもっとも後悔の無い生き方だと思った。

「お前の名は?」

 ガンは家老戦死の報を伝えに来た自分より年嵩の伝令に尋ねた。

「ウーと申します」

「ウー。ご家老様亡きあと、騎兵たちはどうなった」

「半数は討ち死に、残りは散り散りになってしまい、心ある者が今も南の砲台に攻撃をかけております」

「そうか・・・」

 そのミンの古強者の最たるものが家老が率いていた騎兵たちなのだ。

「では、ウー。お前は残っている騎兵たちに戦闘を中止してここに戻れと伝えに行け。そして我の指示を待てと。これはご家老様の指示である」

「・・・それは、降伏するということですか!」

 伝令に来た者も戦闘で昂奮している。ここで彼の勢いに呑まれてしまっては元も子もなかった。

「そうだ」

 ガンは憤然と言い切った。

「それは、承服いたしかねます! 里から来た兵たちも納得しないでしょう」

「さもあろうな。だが我はご家老様の指示に従い、残った兵を生かすために動く。それなのにお前たちが戦闘を続ければ帝国軍は降伏申し出を偽計と判断して戦闘を続行するだろう。それでは我はご家老様の命に背くことになる。故にその場合は丘に攻撃を続ける者たちを我が直々に討伐することもあるぞ。それでもよいか、ウー。ミン同士が相撃つ。それで亡きご家老様やミンのために死んでいった者達が喜ぶと思うか」

 騎兵隊の伝令は家老の名を出されて沈黙した。そして、両の眼にぶわっと涙を溢れさせた。

「若頭様。我はアイホーの生き残りです。親も兄弟もいません。妻も子もありません。今までの生涯全てミンのために捧げてまいりました。

 我はアイホーでクオ様の側付きをしておりました。多くの仲間がそこで死に、でもクオ様の命でクオ様の戦死を里に伝えるためにおめおめと生き残りました。そして今も。ご家老様の命で・・・」

 ウーは言った。

「我は頭が悪い。教えてくださいませ、若頭様。我はあと何度おめおめと生き残り、同じミンの仲間の死を伝えねばならないのでしょうか」

 今度はガンが口を閉じる番だった。

「わかった、ウー・・・」

 ガンは言った。

「我と共に参れ」

 塹壕にも若頭付きの兵がいた。ガンが立ち上がると彼の銃を捧げてくれたが、

「悪いが銃はもう必要ない。白い布切れがあれば用意してくれ」

 と彼は言った。

 アイホーのクオと同じような状況ではあった。が、ガンは死ぬために行くのではなかった。最後まで与えられた任を全うするために、部下を生かすために丸腰になったのであるから。最後までミン一族の誇り高き指揮官でありたい。ガンは思った。
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